私
課題作品です。
僕は「私」というものを一番理解できている。他人に厳しい。自分に甘い。欲望に忠実。そんな僕を「やさしい」と言ってくれた人がいた。
彼女は言った。「○○はやさしいね」
その時僕は、それはもうひどい顔をしていたと思う。僕はやさしくなんてない。自分に甘く、他人に厳しい。その甘さが、こうしてまた君を傷つけているではないか。
禁欲もまともにできたためしがない。長くて一週間、一度決壊してしまえばその後は結局一日一回。多くて三回。やさしくない、というか、弱い。男らしさのかけらもないこの体型はそのせいか。
「いや」
引っ張り出した言葉はそれだけ。
「ひどい顔してるよ」
ああ、知っているとも。僕だってしたくてしてるわけじゃない。もともとどちらかと言えば残念な顔立ち。そんな僕と交際してくれていた彼女が言うのだ。相当ひどいのだろう。
「やっぱり、これっきりにするべきだね」
心にもない。そんなことは望んでいない。本当はもっと一緒に居たい。でも、こう言えばもしかしたら彼女は……。
「……うん」
悲しげな表情。ほら、こうしてまた悲しませる。
わかっていた。この話を持ち出して来たのは彼女の方だ。勇気を出して話してくれたに違いない。でも、僕はこうして傷つける。
「最後だから」
そう言って彼女は両手を広げた。何を望まれているのかはわかる。しかしそれをしてしまえば、その後僕はきっぱり割り切れるだろうか?彼女の感触を、においを、名残惜しさをその手に握りしめたまま、彼女のことを忘れられるか。
「ううん。できない、ごめん」
今にも泣きだしそうな顔で僕を見る。傷つけたくない、傷つけないようにしよう、傷つけてしまった。何度繰返しただろう、付き合ってから別れるまでと、別れた後から今まで。やはり、彼女の「やさしい」は僕の知るそれと違うのではなかろうか。
僕は耐えきれなくなって、僕はベンチから立ち上がった。カバンのベルトを強く握りしめる。
「え、まだ」
彼女が僕の左袖をつかんだ。僕は右手を添える。
「ごめん。きっぱり割り切れなくなるから」
そういっても、僕を放そうとしない。放してくれない。
「お願い、もう少しだけ」
もう会わない、と提案して来たのは彼女だ。このとき、僕が彼女の願いをかなえなかったから、僕はやさしくない……のだろうか?僕は「私」というものがわからない。
あのあと、後悔してそのベンチに戻ってみてもそこに彼女の姿はなかった。
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