5.呪いふたたび 2
修司の職場までは最寄りの駅から二度乗り換えて、40分程でつく。
ほぼ駅の構内を歩くので雨でも濡れることもない。
着替えを持って来ましたとメールすると、修司が姿を現して、二人で遅めの昼食を取った。
拘束時間は長いが、食事の時間帯の外出は自由が効くようだ。
「明日はなんとか帰れそうだから」と言う修司を見送って容子は駅に向かった。
話すのは、ゆっくり時間の取れる明日にしよう。
「八神さんて結婚してるんですか?!」
職場ではあまりに帰宅していない修司に対して、同僚達に驚かれている。
転勤の辞令が下りた時には婚約者すらいなかったのだから、無理もないのかもしれない。
「転勤がきっかけで結婚に至ったというか」
「新婚じゃないですか! 大丈夫なんですか?!」
「はは、なんとか···」
先ほど修司と食事をしている容子の姿を見かけたのか「あれは彼女ですか?」と聞かれて同僚に妻だと説明した。
転属早々に心配よりも好奇の目で見られているようで居心地が悪かった。
後少しで軌道に乗る筈だから、前任者の残務処理、彼が放置した入院前からのほぼ数ヶ月分を早く片付けてしまいたい修司だった。
容子が駅のホームで立っていると、「和佳、和佳、和佳」と誰かがその名を繰り返し叫ぶ声が聞こえて来た。
誰だろうと気にはなったが、あの佐和さんのことではないだろうと、そのままでいた。
その声が段々近づいているように思え、声のする方へ顔を向けようとした瞬間、容子は背後から物凄い力で押されてしまった。
「えっ?!」
容子はその勢いで、ホームに入って来る車両が迫る線路へ落ちそうになったが、すんでのところで誰かに腕を掴まれて引き戻された。
「大丈夫ですか?」
声の主は、あの画廊の主人だった。
和佳と叫ぶ男が容子に近寄って来て、今度はその人物に両肩をがっしりと掴まれてしまった。
「和佳、ここにいたのか」
男の狂気に近い表情に、容子は身をすくませた。
「人違いですからやめなさい、山瀬さん」
画廊海霧の主人が制止した男性は、山瀬と呼ばれたが、これが佐和さんのお兄さんなのだろうか?
「あの、助けていただき本当にありがとうございました」
画廊の主人に礼を言った。
「危なかったですね、気をつけて」と労ってくれる視線は優しさが滲んでいた。
先ほど山瀬と呼ばれた男は、痴呆症がはじまっているそうで、過去と現在の記憶を混同してしまうのだとか。
「和佳さんのお兄様なのですか?」と容子が問うと、画廊の主人は頷いた。
「普通に話せる時もあるのですけどね、今はあなたを見て混乱しているのかもしれません。山瀬さん帰りましょう、あなたの乗る電車のホームはあちらですよ」
山瀬の手を引いて海霧の主人は去って行った。
修司には報告することだらけ、情報が向こうからやって来ているような感じねと容子はひとりごちた。