2.海霧 2
容子は修司が日中いない平日は、気が向くと市内を一人で散策している。
容子はこうやってストーカーを気にすることなく自由に歩き回れることが嬉しかった。
そんな時偶然見つけた画廊で、容子は目を疑うような作品に出会った。
それは若き日の佐和とおぼしき絵画だった。
容子は八神家で凛子に見せてもらった古いアルバムの写真でしか見たことがないが、非常によく似ているのだ。
これは修司に教えなくてはと気が逸っていた。
しかも、容子がその絵に釘付けになっていると、画廊のスタッフに声をかけられた。
振り向くと、そのスタッフは容子の顔を見てハッとしていたのだ。
容子自身はそれ程似ているとは思わないのだが、佐和を知る人からするとやはり彼女を彷彿するものがあるのだろうか。
修司ならば、この絵を見てどう反応するだろうかと、容子はそれが知りたかったのだ。
「修司さんを驚かせたいので、到着するまで内緒です」
そう言って連れてこられた修司は画廊「海霧」の中を容子にこっちですと手を引かれている。
容子が指し示すまでもなく、修司はその絵を見て息を飲んだ。
温泉宿で、浴衣を来て窓辺に腰をおろして外を眺める18、9くらいのまだ若い娘の絵だった。
湯上がりの長い髪を無造作に垂らして、団扇を持って窓の外の景色を眺めている一枚の絵。
容子が驚いたのはそれだけではなかった。
「修司さん、これを見てください」
その絵は「みつわ荘にて」というタイトルだったのだ。
修司は絵を凝視しているだけでまだ何も発しない。
先日の画廊スタッフが近づいてきて「もしかして、この絵のモデルとお知り合ですか?」と尋ねてきた。
「同一人物かはわからないのですが、知人にとても似ています」
「モデルはこの絵を描いた人の妹さんだと伺っています」
絵の作者は山瀬和明となっている。
では、佐和さんは山瀬佐和というのだろうかと思い、修司に聞いて見た。
「いや、山瀬ではなかったな」
「結婚されて姓が変わったのでしょうか?」
今となっては、佐和という名も本名なのかはわからない。
本名ならば親族が見つかりそうなものだからだ。
それともやはり何か事情があったのだろうか。
「あの、この絵の作者様は今どちらに?」
「市内に在住されていますよ」
容子は「失礼ですが、もしかしてこの女性とお知り合なのですか」と聞いてみた。
少し沈黙した後に、彼女とは高校の同級生でしたと答えた。