11.ホーム スイート ホーム
山瀬は焼けどを負ったが命に別状はなく、痴呆の症状も安定している。
あの日山瀬が八神家にいたのは、痴呆による徘徊で付近をうろうろしていたところ、火の手が上がった。
容子を和佳と混同していた山瀬は、和佳を助けなければと、出火した家の中へ入り込んだということだった。
修司と共に見舞に行くと、和佳ではなく「容子ちゃん」と山瀬は呼んだ。
今日は普通に会話ができるようなので、和佳について聞いてみた。
和佳が八神家を失踪する前に、偶然兄である山瀬と小由留木で再会していた。
父がお前の行方を探しているから気をつけろと和佳にその時伝えたことを明かした。
それが失踪の理由かはわからないが、和佳にとって頼りない兄であったことを今でも悔やんでいると語った。
修司が幼い頃に和佳とみつわ荘に二人で行ったことがあったのは、八神家が家族で出掛けた宿が「みつわ荘」という名であったことから、和佳自身が興味を惹かれたからだったのだろう。
かつての夫が自分を描いてくれた絵のタイトルと同じ名の宿だったのだから。
あの絵は架空の宿だったから、実在している宿に行って見たかったのではないか。
静養という名目を使ってでも。
それも全て憶測でしかないのだが。
和佳がみつわ荘に惹かれたように、和佳を探していた和佳の父も、池澤の描いた絵のタイトルから、同じみつわ荘に辿りついていた。
みつわ荘からの帰途、和佳の父は自分の娘を偶然見つけた。
娘を密かに追いかけて来た和佳の父は、修司と和佳しか在宅していなかった時に八神邸を突然訪ねて来たのだ。
幼い修司はそれを知らなかった。
和佳が失踪したのはその次の日だった。
和佳はみつわ荘が見渡せる、みつわ荘の向かいの旅館に住み込みの仲居として雇ってもらった。
まさかみつわ荘近くに戻るなんてことは予想外だろうと、遠くに逃げたと思わせて、父の裏をかこうとした。
一月がたち、和佳が隠れ場所を他に移そうとした矢先、みつわ荘からの最寄駅の階段で父と鉢合わせてしまった。
父に腕を掴まれ揉み合いになり、和佳はホームへ降りるための急な階段を踏み外してしまった。
救急車を呼んだのは父だったが、閑散としていた駅には目撃者はおらず、転落して意識を失った和佳をそのまま置いて逃げ去った。
和佳の意識は戻らず絶命した。
これは今は既に他界した和佳の父しか知らない真相だ。
当時はまだ、その駅の階段付近には防犯カメラは設置されていなかった。
もしそれがあったならば、修司のその後はまた違っていたかもしれない。
失語症から回復した修司がみつわ荘を欲しがったのは、和佳がみつわ荘に向かおうとしていた途中で事故に遭ったと聞いていたからでもあった。
それは無理だと家族にたしなめられ、似ている家でもいいからとなったわけなのだが、その後みつわ荘が廃業し人手に渡ったことを知ったのは、修司が中学生になってからだった。
思い入れのある大切な家が焼け落ちてしまい、修司はさぞ気落ちしているのではないかと思っていたが、「案外元気なんで自分でも驚く」と言っているのを容子は信じられない思いでいた。
「修司さん、無理をしていませんか?」
「家を燃やしたあの女は絶対に許せない。だけど不思議とスッキリしているんだ。
和佳のことも大分わかったし、これでスッパリ踏ん切りがついたと思う。
過去を手放すのを否応なしに決断させられたな、これは。
それよりも、容子は大丈夫か?」
「少しの間でしたが、修司さんのみつわ荘に住むことができてとても幸せでした。家の形は消えてしまっても、私の中ではこれからもみつわ荘は永遠に私の家です」
「俺は、容子がいてくれさえすればそれでいいよ」
「私も修司さんと暮らせればどこでも構いません」
掛け替えの無い大切な家、懐かしい我が家、
愛しい我が家は、それはもうお互いのことなのだから。
後年容子は児童向けの「みつわ荘物語」を出版した。
その物語には幼少期の容子と修司、佐和がモデルの登場人物達が、みつわ荘を舞台にして生き生きと描かれている。
「ねえママ、みつわ荘って本当にあったの?」
「そうよ。ママはそこで生まれて育ったの」
「パパは子どもの時にそこでママと出会ったんだよ」
「えっ~?そうなの?」
ふふと笑いながら、容子は愛娘の頭を優しく撫でた。
「今度おいじいちゃん家に遊びに行った時に、みつわ荘があったところへ寄ってみようか?」
「そうね、そうしましょ、あなた」
「舞は、純くんと蓮ちゃんにも会いたいな」
蓮は純の妹のことだ。
「姉貴も遊びに来いってうるさいからな。よし、じゃあそうするか」
容子達はまだ仙台暮らしが続いていた。
その年の秋、修司はまた転勤になったが、新しい家で親子三人で暮らすことには変わりはない。
容子達が愛しの我が家に新しい命が加わることを知るのはもうすぐだ。
(了)
このような、まだまだ拙い作品をお読み下さってありがとうございました。
「ホームスイートホーム」は、自分が小説を書くきっかけになった大切な作品です。
物語を書き始めて一年にもまだ満たないですが、これから更に精進いたしますので、どうぞよろしくお願いいたします。




