1.海霧 1
霧をかき分けるように車のヘッドライトが家路を照らす。
修司は予定よりも退社が遅くなったために、焦れる思いで容子の待つ我が家へ急いでいる。
二人が仙台に居を構えた途端に、二人の時間というものが、結婚しているにも関わらず思うように取れなくなっていた。
甘い新婚生活を味わう余裕もないほどに、前任者の尻拭いに追われ、修司は毎日帰宅できないほどの激務が続いている。
着替えを持参し社で連日寝泊まりしている事態に、「ふざけるな!勘弁してくれ」と悪態をつきたくなる。
そんな修司にとって今夜は久々の我が家だ。
車庫に車を入れようとすると容子が外に出て来て、修司を出迎えようとしている。
「お帰りなさい」
自分を待っていてくれる家族と家の灯りはいいなと、最近はつくずく思う修司だった。
「ただいま、はあ、疲れた」
「お風呂とご飯どちらが先ですか」
容子の丁寧語が結婚してからも変わらないのは、容子曰く、両親がずっとそうだったからというのが理由らしい。
修司は容子の丁寧語は距離感を感じるものには思えず、容子の少し古風な感じは好ましく心地よい。
特に疲れているような時は、ほっとさせられるように思う。
「今夜は何?」
「寄せ鍋です」
風呂から上がると缶ビールを開け、修司は相変わらずいつもの浴衣と丹前でくつろいでいる。
「いつまでこんな感じが続くんですか?」
「あと半月くらいかな」
前任者は体調不良でほぼ引き継ぎもなく、丸投げ状態だった。
同僚もそれぞれ忙しく、修司を手伝う余裕もあまり無い。
今回の転勤は修司と先輩の二人が候補に挙がっていたのだが、妻帯者である先輩は
「八神、悪い、頼む、このとおり!」
と、妻の第二子出産が近く、地元でどうしても産み育てたいという妻の願望が強いため、今回は悪いが絶対に行けないからという理由で修司が動くことになったのだ。
それに、転勤の辞令を受けた時には、まだ容子との関係ははじまっていなかったのだからしょうがない。
まさかここまで忙しくなるとは修司も想像していなかった。
「このままだと新婚旅行も行けるかどうかだな」
「新婚旅行は別に急ぎませんよ」
入籍だけは済ませ、身内だけの結婚式を今度帰省した際にする予定でいる。
「落ち着いてからでいいですから」
考えてみれば、容子のストーカー問題と両家への結婚挨拶等で追われ、修司とは結婚前にまともなデートすらしていなかった。
修司の家に食事を作りにいくのと、修司に容子の自宅まで送ってもらうぐらいの限られたものだけだった。
だから容子は、新婚旅行よりも普通のデートができればいいなと思っていた。
「修司さん、お疲れのところ悪いんですけど、明日午後からでいいので一緒に行って欲しいところがあるんです」
「いいよ、どこ?」
「海霧という画廊です」




