白鳥
都市部に設けられた公園には、大きな池があった
池には、白鳥たちが住んでいた
豪快に生えている葦の裏側に、一羽のオスの白鳥がいた
オスの目には、足元の小魚を食む一羽のメスが映っていた
オスはメスと番う事を願って、近づいた
オスはメスに求愛したが、メスは受け入れなかった
メスは、違うオスの求愛を受け入れて番った
戦いに敗れたオスの白鳥は、意気消沈した
落ち込む白鳥に、声をかける白鳥がいた
「元気出しなさいよ」
声をかけた白鳥の方を見ようともしないで、白鳥は吐き捨てた
「元気なんかでない」
眼鏡橋の下に行ってしまったメスを目で追いながら、白鳥は吐き捨てた
「もう、あれほどの恋はできない」
声をかけた白鳥が、近づいてきた
「できるかもしれないじゃない」
白鳥は、近寄ってきた白鳥から離れながら吐き捨てた
「僕は一生、孤独に過ごすと決めた」
濁った池の上をスイっと移動しながら、吐き捨てた
「ねえ、私、あなたと番いになってもいいよ」
移動し始めた白鳥を追いながら、白鳥が、声をかけた
「僕はあのメスがよかった」
声をかける白鳥をふり返ろうともしないで、白鳥は吐き捨てた
「でもあのメスとは、もう番うことはできないわ?」
遠ざかっていく白鳥にかけた声は、届いたのか届かなかったのか…返事はなかった
公園の池は大きかったが、自分を振ったメスと二度と会わないだけの広さはなかった
傷ついた白鳥は、時折幸せそうに羽を広げるメスを見た
選ばれなかった白鳥は、時折憎たらしいオスの気配を感じて逃げ出した
一羽で汚い池に浮かんでいる白鳥のもとにやってきては、声をかける白鳥がいた
「まだ引きずっているの?」
「ねえ、こっちにいらっしゃいな」
「あそこの水がキレイみたいよ」
「あっちは人間が多いから行かない方が良いわ?」
近づく白鳥から逃げる白鳥がいた
「君には関係ないだろう」
「自由に泳がせてくれ」
「すぐに汚くなるからここでいい」
「大げさに翼を広げれば逃げていくさ」
声をかけられるたび、うっとおしそうに吐き捨てる白鳥がいた
ある時、白鳥は池のほとりで、求愛される白鳥を見た
求愛されていたのは、うっとおしい白鳥だった
白鳥は、オスに求愛されて、それを受け入れた
誰からも声がかからなくなった白鳥は、一羽で澱んだ池の上を泳いだ
何も吐き捨てることなく、黙って濁った池の上で美しい羽根を誇り続けた
白鳥は、一羽で生き続けた
やがて、白鳥が求愛したメスが死んだ
孤独になった番いのオスも、すぐに死んだ
白鳥は、一羽で生き続けた
そして、番ってもいいよと言った白鳥も死んだ
孤独になった番いのオスも、すぐに死んだ。
白鳥は、誰とも番わずに年を重ねた
白鳥は、孤独に生き続けていた
公園の池から白鳥がどんどんいなくなっても、生き続けていた
自分以外に池に住む白鳥がいなくなってずいぶん経ったころ、白鳥は汚い池のほとりで、濁った水に沈み始めた
ぼんやりと思い出したのは、一羽の白鳥の姿だった
―――私、あなたと番いになってもいいよ
愛おしくてたまらなかった番いになれなかったメスではなく、毎日うるさく声をかけてきた白鳥の姿を思い出した
白鳥は、あの時あのメスと番っていたなら、こんなにも長生きはしなかっただろうと思いながら、目を閉じた




