7.独占欲発動
(嘘だろう? 本当にクラルテ……なのか?)
今年度新しく入った他の職員と一緒に並ぶクラルテを眺めつつ、俺は呆然としてしまう。
薄茶色の美しい髪も、神秘的な色合いの紫色の瞳も、愛らしい顔立ちも、華奢な体も、すべて俺の知っているクラルテそのものだ。普段とは違ってドレスではなく、魔術師団員の制服を着てはいるものの、その愛くるしさは健在だ。見間違いようがない。
しかし、わかっていても受け入れがたいことというのは存在する。
今朝俺を仕事に送り出すとき、クラルテは完全にいつもどおりだった。普段と違うところなんてひとつもなかった。『旦那様にしばらく会えないなんて寂しい』とつぶやきつつ、俺の襟を整えて『いってらっしゃいませ』なんて微笑むものだから、俺も寂しいかもしれない、なんてことを思っていたというのに……。
(会えなかった時間なんてほんの一時間じゃないか!)
これじゃ詐欺だ。あのときの俺の気持ちを返してほしい。いや、無理だとはわかっているが……。
「クラルテと申します。転移魔法、救護魔法が扱えます。一生懸命頑張りますので、よろしくお願いします」
悶々としている間に自己紹介が進んでいる。気づけばクラルテがみんなに向かってお辞儀をしているところだった。すぐに拍手が沸き起こる。俺も慌てて手を叩いた。
「……なあ、あの子可愛くない?」
(…………!)
そんななか、どこからともなく聞こえてきたつぶやきに俺は思わず振り返る。幸い、声の主はすぐに判別できた。
(あれは……昨年度の採用者たちか)
なるほど、後輩が入ってきたことで浮足立っているのだろう。気持ちはわからないでもないが、たるんでいる。あとで活を入れなければ――そんなことを思っていたら、今度は先程とは別人の声が聞こえてきた。
「俺、知ってるよ。ブクディワ侯爵の愛娘だ。何度か夜会で顔を合わせたことがある。まさか同じ職場になるとはな……気さくないい子だよ。たしか、婚約者もいなかったはずだし、仲良くなったら玉の輿に乗れる……なんてこともあるかも」
(なにっ!?)
なんとも身の程知らずがいたものだ! あいつはたしか子爵家の長男……クラルテよりも大分身分が低いじゃないか。
……いや、違う。クラルテはそんなことを気にするような女性じゃない。俺の使用人に志願するような人だ。身分の差なんて関係なく、色んな人と別け隔てなく仲良くなろうとするだろう。
とはいえ、そんなに簡単に近づこうと思っていい女性じゃないのはたしかだ。
……いや、それも違うな。違う。
単純に俺が嫌なだけだ。
(くそっ)
バカか、俺は。どうしていっちょ前に独占欲なんて出してるんだ?
彼女は俺のものなんかじゃないのに。
……いや、家に押しかけられてはいる。押しかけられてはいるが、正式に婚約をしているわけではない。なんなら俺が拒否している立場だというのに……。
「旦那様!」
悶々としている間に職員紹介が終わり、解散の号令がかかった瞬間、クラルテが俺のもとに駆け寄ってくる。思わずドキッとしてしまった。
「クラルテ、お前……」
「ビックリしました? ……その様子だと作戦成功ですね!」
クラルテはそう言って楽しそうに笑っている。気づいたら俺は天を仰いでいた。
「ビックリした……。こういう大切なことは事前に言ってくれ。心臓に悪いから」
「え〜〜? でも、おかげで少しはドキッとしたでしょう? 吊り橋効果、的な? 驚きからくるドキドキが恋に変わったらいいなぁ、なんて思った次第で」
……認めよう。効いているよ。クラルテの狙いどおりだ。
だけど、これでは俺の体がもたない。
「色々と聞きたいことがあるが、仕事の時間だ。……また、昼飯のときに」
というか、ここで話し込んでいたら周りの男どもの視線を集めてしまう。クラルテの同期も、先程の二年目職員たちも、プレヤさんまでもがこっちを凝視しているじゃないか。
「わぁ、お昼! 旦那様にご一緒していただけるんですか? 嬉しいです!」
クラルテは言いながら俺の手をギュッと握る。思わぬことに、全身がブワッと熱くなった。
(待てよ、俺)
そもそも、当たり前のようにランチに誘ってしまったが、よく考えたらまずかったのではなかろうか? 入団したての頃は同期との繋がりも重要だ。色々と付き合いもあるだろうし、俺との話は明日家に帰ってからでも遅くはない。
「いや……同期と一緒に食べたいと言うなら別に」
「その気遣いは無用の長物ですよ〜。だって、わたくしの最優先事項は旦那様ですから! 同期とは研修で嫌でも一緒になりますし、お昼は別で構いません。っていうか、ほとんどがアカデミーの同級生ですし、いまさら親交を深める理由もありませんもの」
まただ。俺の思考は完全に読まれている。
というか、なにを言ってもクラルテに説き伏せられてしまうだろう。
「……それじゃあ、時間になったら迎えに行く」
「はい! お待ちしております」
嬉しそうなクラルテを見送りつつ、俺は小さく息をつくのだった。