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5.思い込んだら一直線

(朝か……)



 まぶたが重い。爽やかとは言い難い朝だ。

 理由は明白。

 なぜか――クラルテがこの家にやって来たせいだ。


 明るくて、可愛くて――それからあざとい。ほんの数時間の間にすっかり彼女に振り回されてしまった俺は、ベッドに入って以降もなかなか寝付くことができなかった。



(いや、あれは強烈だろう?)



 クラルテには俺の隣の部屋を与えた。この屋敷で二番目にいい部屋と考えれば自然な流れだった。


 とはいえ、魔術師団に入隊してからずっと、男だけしかいない寮の部屋で生活していたのだ。隣の部屋に異性が寝ていると思うと、どうにもこうにも寝付けない。


 おまけに彼女は、寝る前にわざわざ俺の部屋を訪れ「おやすみなさい」と挨拶に来たのだ。あれが一番いけなかった。


 ……いや、寝間着は露出の殆どない愛らしく清楚なものだった。だが、それがかえって背徳感を増すというか、心臓に悪い。



(クラルテ、可愛かったな……)



 はっとして首を横に振る。

 いかん、まただ。気を抜くとこういうことを考えはじめるのだからたちが悪い。せっかく冷たいシャワーを浴びたというのに努力が完全に水の泡だ。



(仕方がない。今日まで休みをもらっているし、もう少し寝るか)



 本当は家を片付けるためにとった休暇だが、このままでは日常生活に支障が出る。元々片づけるものなど殆どないし、昼から動いても十分に間に合うのだ。

 頭の中を空っぽにし、ひたすらに目をつぶる。段々まぶたが重たくなってきた。心地よい睡魔の波にいざなわれ、意識が遠ざかっていく……。



「おはようございます、旦那様」


「っ……!?」



 それからどれぐらい経っただろうか? 俺はクラルテの声に飛び上がる。



「なっ……おはっ…………?」



 俺の枕元でクラルテが穏やかに微笑んでいる。清涼感あふれる薄黄色の愛らしいドレスがよく似合っていて、思わず二度見してしまった。



「もうお昼ですよ? さすがに寝過ぎかなぁと思って起こしに参りました」



 クラルテの言うとおり、太陽は既にかなり高いところまで昇っている。相当長い時間二度寝をしていたようだ。



 しかし、だ。

 寝起きにクラルテは心臓に悪い。ものすごく悪い。



(いやいや、可愛すぎるだろう!?)



 こんなふうに優しく起こされたらグラっときてしまうのが男の性というものじゃなかろうか? 新妻感満載だし! 俺には刺激が強すぎる!



「あ……明日からは起こさなくていい。自分でちゃんと起きるから」



 こんなのが毎日続いては身が持たない。朝から嬉しくはあるだろうが、一日中ソワソワしてしまいそうだ。



「そうですか……それは残念です」


「残念?」


「はい。旦那様が朝起きて、一番に見るのがわたくしの顔だったら嬉しいなぁって。そしたらその日一日、わたくしのことを覚えていてくれるかなぁなんて期待していたんですが……」


「いや……そんなことしなくても、クラルテは十分インパクトが強いから大丈夫だよ」



 本当に。たった一日で俺の懐に入り込んできた。ここまでグイグイくる人間はそういないだろう。



「……一体いつだ?」


「え?」


「君は俺が仕事で助けた人間のうちのひとりだろう? 大体何年前の話だ?」



 これだけ強烈な女性だというのに、俺が覚えていないはずがない。普通に出会っていたら、忘れたくても忘れられないはずだ。



「そうですねぇ……もう七年程前の話になります」


「七年前……俺が魔術師団に入団したての頃か」



 否定はしないらしい。やはりクラルテは俺に命を助けられたことで恩義を感じ今に至った、ということのようだ。


 だが、俺が彼女を思い出すのは相当困難だろう。日々たくさんの現場に趣き、色んな人を助けているのだから。今だって必死に記憶を辿っているが、思い出せる気がしないし。



「別に、こちらは仕事でやったことだ。恩返しだなどと考えなくていいのに」


「そう言うと思ってましたよ〜! だけど、わたくしは本当に嬉しかったし、あのとき本当に旦那様に惚れてしまったんです! でもでも、旦那様には当時婚約者がいましたし、わたくしはたった11歳の小娘でしたから『あなたの婚約者様はわたくしがいただきます!』をやるわけにもいかなかったわけです。その後、旦那様が婚約を破棄されたとお聞きして、新しい婚約者に名乗りを上げたかったのですが、そもそも結婚を拒否されているというお話でしたから、あまりグイグイいくわけにもいかなくて」



 相変わらずひとつ尋ねたらその数倍答えが返ってくる……。本当に、たおやかな見かけによらずエネルギッシュな令嬢だ。



「そんなわけですから、ようやく巡ってきた絶好のチャンスをみすみす逃すわけがありません! 最大限に活用しなきゃ、と思いません?」


「言いたいことは分かるが……たった一度命を助けられただけで、こうも思い込めるものか? 上辺の情報は調べられても、性格とか癖とか、そういうものは知らないだろうし……」


「そんなことはありませんよ! 旦那様の上司であるプレヤさんとは昔からの知り合いですし、旦那様のことを色々と教えていただきました。曰く、大層な頑固者だそうで」


「あの人はまた……」



 脳裏にのほほんと微笑むプレヤさんの表情が浮かんできて、眉間に自然とシワが寄る。というか、クラルテとプレヤさんが一緒にいる光景を想像すると、無性に胸がムカムカする。二人ともほんわかしているようで計算高いし、ものすごく仲が良さそうだ。普通に妬けるのだが……?



「旦那様! わたくしもかなりの頑固者ですから、旦那様とお揃いですね!」


「お揃い……いや、クラルテの場合は頑固というか、思い込みが激しいというか……」



 返事をしつつ、なぜか口元がにやける。



(なんだこれ……なにを笑っているんだ、俺? 実は満更でもないってことなのか?)



 お揃いと言われただけなのに……しかも『頑固者』って。あまりいい意味で使われる言葉じゃないはずなのに。嬉しいとか思っている自分に気づいて呆れてしまう。



「いいじゃありませんか! 大恋愛っていうのは大抵片方の強い思い込みからはじまるものなのだそうですよ?」


「それで相手の家にいきなり押しかけるのか?」


「そうですよ〜! じゃなきゃ物語がはじまりませんから! 実はこれ、異国では昔からよくあるお話なんだそうです」


「異国? よくある……? 具体的にはどういう……」


「『恩返しのために美しい女性や動物等の異種族のメスが男性の家に押しかけて、そのままお嫁さんになっちゃう』っていうお話! みんな情熱的ですよね!」


「……一応確認するが、クラルテは人間だよな?」


「もちろん! 正真正銘ただの人間ですよ!」



 クラルテはえっへんと胸を張って笑っている。

 だが、俺としては人間じゃないと言われたほうが寧ろしっくりくるんだが!?



「ささ、一緒にブランチを食べましょう〜?」


「……ああ、そうだな」



 別に、人間だろうが異種族だろうが構わない。クラルテはクラルテだ。……そう思う程度には、この子のことを受け入れはじめている自分がいる。


 楽しそうに微笑むクラルテを眺めつつ、俺は自室をあとにするのだった。


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