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36.仕事しかしておりませんけれども

 人間っていうのは案外脆いものなのだと最近になって思い知った。大事なものがあるならなおさら。失って平気なものは、そもそも興味がなかったからなのだと――そう知ったのは本当に最近のことだ。



(一体、クラルテの机のどこに手紙が転送されているんだろう?)



 今日はクラルテは非番で、俺が仕事の日。俺は訓練の休憩時間を使って、クラルテの仕事場に来ていた。


 いつ見てもきちんと片付けられた机の上。書類も小物も、なにひとつ乗っていない。息をつく暇もないほど忙しいのに……彼女の性格と誠実な仕事ぶりがうかがえる。



「……おまえさ、クラルテになかなか会えないからってデスクに来てまで存在感を求めるって末期だぞ?」


「自覚はあります。放っておいてください」



 揶揄してきたのはプレヤさんだ。知らない間についてきていたらしい。俺はムッとしつつ、小さく息をついた。


 クラルテの存在を求めていたのも事実だが、手紙の真相を確かめられたら……というのが本当のところだ。しかし、プレヤさんにそんなことを言えば「女々しい」「最低」「ありえない」と笑われるので黙っておく。パッと見た限り、収穫もなさそうだ。



「それにしても、綺麗に整理されてる机だよね。どこになにがあるってすぐにわかるし、僕の部下たちの机とは大違いだ」



 しかし、プレヤさんはそう言ってクラルテの引き出しを勢いよく開けた。



「ちょっ! 勝手に人の机を開けるなんて……!」


「平気平気。ちゃんと本人の了解を得てるから。『休みの日には書類は引き出しに入れてるから勝手に取っていいよ』ってね」



 プレヤさんは引き出しを一番上から下まで順番に開けていく。けれど、中にザマスコッチからの手紙も、魔法陣らしきものも見当たらなかった。てっきり家のクラルテの机の魔法陣と繋がっていると思っていたのだが……。



「あ、あったあった」



 プレヤさんは一つのファイルに目を留めると、小さく笑いながらそれを手に取った。なぜそこで笑う? と思いつつ、俺は思わず眉間にしわを寄せる。



「どうしたの? めちゃくちゃ凝視してたね」


「……プレヤさんがクラルテの机に変なことをしないか見張っていただけですよ」



 元々俺は引き出しまで開けるつもりなんてなかった。プライバシーは大事だし、机の上に手紙が乗っていたらいいなあ、ぐらいの気持ちでここに来たのだ。もしあれば『誰に見られてもいいものだ』と思えそうだな、とそう思ってのことだったのだが。



「ねえねえ、ハルトに相談なんだけど」


「なんです? プレヤさんが珍しいですね」



 一人で考え込んでいた俺に、プレヤさんが尋ねてくる。

 彼は優柔不断に見えて、意志のハッキリとした人だ。あまり誰かに相談事をしたり、悩んだりしている様子を見たことがないのだが。



「ハルトはさ、女の子から人気のない建物に誘われたら警戒する?」


「…………は?」



 この人は、いきなりなにを言ってるんだ? 色々と前提条件がおかしいし、聞く相手を間違っているだろう?



「なんですか? 誰かにお誘いでも受けたんですか?」


「うーーん、僕の場合女の子からのお誘いはしょっちゅうあるんだけど、今してるのは仮定の話。ハルトはさ、直接に会ったのは一回だけの女の子から、倉庫とかそういう場所に誘われたら会いに行く?」


「倉庫? なんでそんな場所に?」



 意味がわからない、と首を傾げたものの、プレヤさんは割と真剣な表情だった。



「俺なら絶対に行きません。俺にはクラルテというものが……」


「クラルテと出会う前なら?」


「行きません。というか、俺に声をかけてくる時点ですでに怪しすぎます。なにかの罠だと考えます」


「……そっか。まあ、ハルトはそうかもしれないね。じゃあ、ナルシストで女好きの浮気男ならどう考えると思う?」


「ナルシストで女好きの浮気男?」



 今度はやけに具体的な人物像があがってきた。首をひねりつつ、想像を巡らせる。



「行くんじゃないんですか? そういう場所のほうが好きだし興奮するって人間も多いでしょう? 罠だなんて思わなさそうな気がしますし」


「やっぱりそう思う? よかった! ハルトもそう思うなら多分大丈夫そうだ」



 プレヤさんはそう言ってホッと安堵のため息をつく。



「僕って案外警戒心が強いからさ、お前と一緒でそういうお誘いは避けるんだよ。でも、あいつは結構単純そうだし」


「あいつ?」



 俺の問いかけにこたえないまま、プレヤさんはくるりと踵を返した。



「それじゃあハルト、明日はゆっくり家で休んでてよ」


「は? なんですか、いきなり」



 言われなくても明日は非番だし、家でゆっくり休むつもりだったのだが。



「もうちょっとしたらクラルテも早く帰ってこれるようになるからさ」


「いや、だからどうして……」



 プレヤさんは俺の疑問にこたえる気がないらしい。そそくさと俺をおいて仕事に戻ってしまった。



***



(怪しい)



 絶対に。今日、俺のいない魔術師団でなにかがあるに違いない。


 そのうえで天邪鬼なプレヤさんは、事情をなにも知らない俺を焚き付けて遊んでいるんだ。あの人の『明日はゆっくり家で休んでてよ』は『明日は忙しい一日になるから、しっかり暴れてくれ』に違いない。



「クラルテ、プレヤさんからなにか聞いていないか?」


「えっ……? なにがですか?」



 朝食の席のこと。俺はクラルテに疑問を投げかけてみる。


 クラルテは平然を装っていたが、ほんの一瞬――少しだけ視線を泳がせた。



(間違いない)



 クラルテはプレヤさんの企みを知っている。知っていて、知らんぷりをするように指令を受けているんだ。……いや、むしろ『なにかあると匂わせてこい』と言われている感じもする。



「……クラルテは今日、仕事に行くんだよな?」


「そうですよ。昨日はお休みでしたし。もちろん、職場に直行いたしますよ?」



 あっ、これは直行しないやつだ。隠したいのか、隠したくないのか……クラルテの本心は後者なんだろうな。ついて来いと言われているようにしか聞こえない。



「そうか……。なあ、俺に言えないようなことをしていないか?」


「いえいえ! わたくしは仕事しかしておりませんけれども!」



 勢いよくそう否定され、俺は思わず唇を尖らせた。



(仕事しかしておりませんけれども、ねぇ)



 つまり、裏を返せば『仕事でなにかをしている』ということだ。しかし、すべてを教えてくれる気はないらしい。――じれったいな、と俺はため息をついた。

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