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35.……クラルテ、それは無理だよ

(クラルテがザマスコッチと手紙のやり取りをしている……?)



 心臓がドクンドクンと鳴り響く。動揺のあまり息が上手くできなかった。



(一体何故?)



 どうしてなのか……本当は考えなくともわかる。わざわざ手紙を職場まで転送をしているのだ。……俺から隠すために。そう考えざるを得ない。



(何故だ? どうしてなんだ、クラルテ?)



 胸が苦しい。クラルテの笑顔が頭に浮かび上がり、今にも泣き出しそうになる。

 クラルテが俺以外の名前を呼ぶのが嫌だ。笑顔を向けるのが嫌だ。……俺以外の男を好きになるなんて嫌だ。



(嫌だ)



 ……というより無理だ。耐えられない。

 クラルテだけはなにがあっても絶対に失うわけにはいかない。奪われるわけにはいかないんだ。



(俺のなにがいけなかったんだろう?)



 二人の時間を作れなかったこと? もっともっと、クラルテにかまってやれていたら、こんなことにはならなかったのだろうか?

 けれど、忙しいのは俺だけじゃない。クラルテ自身も毎日忙しく働いている。



(……まさか、帰宅が遅い理由は仕事ではなくザマスコッチに会っていたから?)



 いや、違う。ありえない。クラルテがどれだけ真剣に働いているのか、俺は知っている。疑うなんてもってのほかだ。

 ……けれど、ザマスコッチと手紙のやり取りをしているのは紛れもない事実なわけで。



(ダメだ。しっかりしろ)



 クラルテに会いたい。会って、彼女の声が聞きたい。笑顔が見たい。……俺が好きだと言ってほしい。

 抱きしめたい。キスしたい。……それから、彼女が俺のものだと確かめたい。



 不安に嫉妬、葛藤……そんな生易しい言葉では言い表せない。こんな気持になったのは、生まれてはじめてだった。



 外出なんてできるはずもなく、悶々としたまま俺は夜を迎える。その日、クラルテが帰ってきたのは日付をまたいだあとだった。



「ハルト様! まだ起きていらっしゃったんですか?」



 玄関でクラルテを出迎えると、彼女は嬉しそうに俺の元へと駆け寄ってくる。使用人たちはすでに休ませているので、ここにいるのは俺たち二人きりだ。



「嬉しい! わたくし、ハルト様にとってもとっても会いたかったんです……!」



 ギュッと身体を抱きしめられ、思わず目頭が熱くなる。俺はクラルテを抱きしめかえし、彼女のつむじに顔を埋めた。



「食事は?」


「まだです……けど、お腹は空いていませんし、いりません! ハルト様と少しでも一緒にいたいから」



 そう言って、ねだるような表情でクラルテが俺を見上げてくる。


 俺はクラルテに口づけた。

 何度も、何度も。角度を変えて。頬を撫で、愛をささやき、互いの存在を――クラルテの愛情を確かめる。



「ハルト様……?」



 どうしたんですか? とクラルテが尋ねてくる。どこか不安げな表情。けれど、不安なのは……泣きたいのはこっちのほうだ。



「クラルテ、愛してる」



 本当に。

 俺は君のことが愛しくて愛しくて、たまらないんだ。



「クラルテも……俺のことが好き?」


「へ!?」



 クラルテが頬を真っ赤に染める。恥ずかしそうに視線をさまよわせつつ、彼女は俺の服の裾をギュッと掴んだ。



「好きですよ」


「……本当に?」


「ほっ……!? 当たり前じゃないですか! こんなに、こんなに大好きなのに!」


「だけど、一瞬ためらったじゃないか」


「自分から言うのと求められるのとじゃ違います。恥ずかしいじゃありませんか!」



 クラルテはそう言って唇を尖らせた。


 ダメだな、俺。これじゃ聞き分けの悪い子どもじゃないか。拗ねて、いじけて、クラルテのことを疑って……まったく救いようがない。恋はこんなにも人を愚かにするのだろうか?



「ハルト様ったら、一体どうしちゃったんですか?」


「……なんでもない。多分、寂しかったんだと思う」



 クラルテが俺の頭を撫でる。優しく、愛しげに。これまでとちっとも変わらない様子で。



(きっと見間違いだったんだ)



 クラルテが俺を裏切るはずがない。俺をひとりにするはずがない。こんなことで不安になるなんてバカげている。……わかっている。わかってはいるんだ。



「大丈夫ですよ」



 クラルテは微笑み、俺の頬へと口づける。思いきり抱きしめられて、胸がじわりと温かくなる。



「もうちょっとしたら、もっといっぱいハルト様と一緒にいられるようになりますから。……というか、それだけをモチベーションに頑張っているのですから、そうなってもらわないと困ります! 誰かのために自分を犠牲にするなんて生き方は好きじゃありませんもの」



 プンプンと頬をふくらませるクラルテの姿に、俺は思わず目を細めた。



「……そうだな。クラルテはそういう子だよな」


「えへへ」



 クラルテは笑いながら、俺の腕に抱きついてくる。



「ハルト様、好きです! 大好き!」



 ああ、君はこんなにも簡単に、俺の心を大きく揺さぶるから。



「今夜は一緒のベッドで眠ってもいい?」



 遠慮とか手加減とか、色々とどうでもよくなってしまう。


 クラルテはゆでダコみたいに真っ赤になったあと、上目遣いに俺のことを見上げてきた。潤んだ瞳。……今そこに映っているのは俺だけ。



「お手柔らかにお願いします」



 ……クラルテ、それは無理だよ。

 心のなかで返事をして、俺は小さく息をついた。


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