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愛する婚約者様のもとに押しかけた令嬢ですが、途中で攻守交代されるなんて聞いてません!  作者: 鈴宮(すずみや)
【3章】攻守交代……のはずが、ハルトのターンが終わらない
29/41

29.ハルト様に消毒してもらわなきゃ……!

 挨拶が一段落したところで、わたくしたちは食事やダンスを楽しむことにしました。


 これまでの夜会のときはいつも『なんとかハルト様の目にとまりたい』と、彼の視線の先をうろちょろしていて、こんなふうに食事を楽しむ余裕はなかったので、なんだかとっても嬉しかったです。



 ダンスのほうは……ハルト様はちょっぴり苦手意識があるというか、あまり気乗りしないようでしたが『俺が踊らなかったら他の男が群がるから』という理由で踊ってくださいました!


 けれど、正直な気持ちを打ち明けますと、わたくしはハルト様のダンスがあんまり上手じゃなくて、ひどく安心してしまいました。

 だってだちぇ、それってつまり、わたくし以外の女性と踊り慣れていないってことでしょう? 経験豊富じゃないってことでしょう? 過去のアレコレを想像してしまうのって、とっても嫌じゃないですか。独占欲強いんですよ、わたくしって。



 踊り終わったタイミングで、プレヤさんが近づいてきました。ハルト様はムッとした表情で、わたくしのことを後ろに隠します。……もう一度ダンスに誘うつもりだと思っているみたいです。



「違う違う。こんなときにごめんなんだけど、ハルトと少し仕事の話がしたくて」


「仕事? でも……」



 ハルト様がちらりとわたくしを見ました。


 プレヤさんがわざわざ断りを入れている時点で、ここではできないお話なのでしょう。『ハルトと』と指定しているあたり、わたくしは一緒じゃないほうがいいんだろうなぁってこともわかります。


 しかし、どうやらハルト様は、わたくしを会場にひとりで残したくないようです。



「大丈夫ですよ! さっきあんなに挨拶して回ってダンスもして『婚約者』アピールしましたし、単身参加の夜会にも慣れてますから」



 わたくしはそう言ってドンと胸を叩きます。


 あっ、念のために申し上げるとこれは本当です。わたくしのパートナーはハルト様しかありえないので、男性を伴っての夜会には出席したことないんですよ。しかも、友人たちにはパートナーがいるもんだから、一人になるのは必然的といいましょうか。自然の流れだったのですよね。



「でもなぁ……」



 じとっとした瞳でハルト様が見つめてきます。



「わたくし、信用ないんですかね?」



 なんだか残念です、と呟けば、ハルト様は首を横に振りました。



「クラルテじゃなくて周りの男が信用できないんだよ」



 はーーーーとあまりにも長いため息をつき、ハルト様はわたくしの肩に手を置きます。これは……本当は抱きしめたいんでしょうね。表情から、すっごく葛藤してるのがわかります。基本常識人なので、なんとかかんとかこらえているみたいですが。



「いってらっしゃい」



 プレヤさんの影を利用して、わたくしはささっとハルト様の頬に口づけます。ハルト様は頬を真っ赤にしながら唇を引き結び、やがて「いってくる」と微笑んでくれました。



(よしよし。なんとか送り出せました)



 ごねる夫を仕事に送り出すのも妻の大事な役目ですからね! 頑張らねばと思うわけです。



 さて、夜会会場をぐるりと見回します。友人たちは現在ダンスの真っ最中。ハルト様のお兄様たちはすでにお帰りになったようです。ぱっと見合流できそうなグループも見当たらないので、わたくしは食事を再開することにしました。



(しかし、やっぱりハルト様と一緒のほうが美味しく感じられますね……)



 味気ないというか、面白みがないというか。いえ、わたくしの人生は食事に限らず常にそんな感じではありますけれども。



「失礼、レディー」



 そのとき、視界にひとりの男性が飛び込んできました。まっすぐにわたくしを見つめているので、わたくしに話しかけているようです。



(今どきレディーって……)



 ぷふっと笑いそうになるのをこらえつつ、わたくしは「なんでしょう?」と答えました。



「先程からとてもお美しいなぁと、声をかけてみたいと思ってみていたのです」


「まあ……先程から見ていらっしゃったのなら、わたくしが別の男性と終始一緒にいたことをご存知なのでは?」



 ニコリと微笑みつつ、わたくしは食事を続けます。男性は少しだけ目を丸くしてから、ニヤリと口の端を上げました。



「……見かけによらず気の強いご令嬢なのですね」


「はい、よく言われます。ふわふわして見えるのに案外小賢しく、したたかだって。個人的には最高の褒め言葉だと思ってますけど」



 視線を合わせないままそう返せば、男性はハハッと笑いました。



「私の名前はセオドア・ザマスコッチです――――と言ったら、少しは興味を示してくれるかな?」


「……!」



 なんと。

 そうでしたか……この人はハルト様の元婚約者であるロザリンデさんの夫のようです。わたくしにとってはいわば敵。二人はハルト様の心を深く傷つけたのですから。



「ザマスコッチ子爵がわたくしになにかご用が?」


「ええ。ロザリンデがハルトさんの様子を気にしていてね……元気にやっているか、確かめたかったのですよ」



 胡散臭い笑みを浮かべつつ、ザマスコッチ子爵がそう言います。どの口が、と罵ってやりたいところですが、ここは社交の場。直接的な悪口より遠回しな嫌味を言えるほうが強いのです。



「それはもう! わたくしと出会って、ハルト様は毎日楽しく暮らしていらっしゃいますよ! お仕事のほうも昇進が決まるなどしてすこぶる順調ですし。飛ぶ鳥を落とす勢いと言いましょうか、向かうところ敵なしという感じです」



 目の前の敵がハルト様の前に現れなければ……と心のなかで付け加えつつ、わたくしはニコリと微笑みました。こういう輩は、相手が自分よりも低い位置にいることに安心し、優越感を覚える聞きます。ですから、彼がほしがっている情報――ハルト様はロザリンデさんとの婚約破棄なんて引きずってないってことをしっかりと示します。



「そうでしたか……けれど、王都では最近火事が多い様子。消防局務めのハルトさんの出動が頻繁でしょうし、ご自宅の火事の心配もありますし、心が休まらないのでは?」


「まあ……! そうですわねぇ」



 ふむ。どうやらこの人、わたくしも魔術師団で働いているということを知らないようです。まあ、貴族の令嬢ってあまり働きませんし(奥さんのロザリンデさんはまさにそういう方だそうですから)。この方にわたくしの情報を知られていたら気持ち悪いので、むしろ良かった気もしますけど。



「私の商会では万が一の火災に備えた保険をご紹介しているんですよ」


「保険、ですか?」



 なんでしょう? あまり聞き慣れない言葉です。

 わたくしが食いついたとみたのか、ザマスコッチ子爵は身を乗り出してきました。



「ほら、ひとたび火事が起きると、家具を新調しないといけなかったり、建物を建て直す必要があったり、なにかとお金がかかるでしょう? 平民だと現金を自宅に置いていることも多く、無一文になることも多いわけです。けれど、保険に入っている方については、それらの費用をいくらか補償が受けられるんですよ」


「……なるほど」



 なんとなくですが、保険というのがどういうものか、わかってきました。もう少し情報を聞き出したくて、わたくしはしきりに相槌を打ちます。



「先日の商会の大火事! ご覧になりましたか? あれは怖かったですよね……放火って噂も聞きましたし、やはり備えは大事だと思うのですよ」



 その瞬間、わたくしは思わずピクリと反応をしてしまいました。



(噂……)



 それは一体、どこから出ているものでしょう? 少なくとも、魔術師団側からは情報規制をかけているはずです。新聞等の報道状況も逐一チェックしていますし、現在は『詳細を調査中』ってことで統一しているはずなのですが……。



「いや、気の毒だったなぁ……大事な商品を失い、建物を失い、お客様たちからの信用を失い……あの商会はもうダメです。立て直せません。そもそも元手となるお金がありませんからね。私共としても、大事なライバルを失って、心を痛めているんです」


「そうでしたか」



 しらじらしい。本心は真逆であるってこと、聞いていればすぐにわかりますのに。



「それで、保険料はいかほどなんです? そこから補償をなさっているのでしょう?」



 興味津々というふうを装って、わたくしは子爵に尋ねます。彼はニヤリと口角を上げ、わたくしの手を握ってきました。



「保険料は建物の大きさや家具家財の価値によって算定しております。私たちのお客様は、ほとんどが商会や高位貴族の方ですから、それ以外の方は比較的お安く保険を利用していただいてますよ」


「まあ、そうなんですね……!」



 感銘を受けたふうにお返事をすれば、ザマスコッチ子爵は嬉しそうに微笑みました。



「興味を持たれましたら、ぜひ我がザマスコッチ商会へ。……そこでなら、ハルトさんに気づかれず、いいことが色々とできますよ。保険だけじゃなく、私にも興味を持ってくださいね」



 耳元でささやかれ、ゾワッと悪寒が走ります。



(気持ち悪いっ! 気持ち悪いっ! 気持ち悪いです!!!)



 あとでハルト様に消毒してもらわなきゃ……! わたくしはバクバクと嫌な音を立てて鳴り響く胸を押さえつつ、ザマスコッチ子爵の後ろ姿を見送るのでした。


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