28.はじめまして
プレヤさんとお別れしたあとは、ふたりで会場をぐるりと回りました。本日のメインイベント、知り合いにわたくしたちが婚約したことをお伝えするためです。
「……まさか、本当に実現させちゃうなんて思いませんでしたわ」
「でしょう? すごいでしょう? 想いの強さって偉大なんですよ!」
アカデミー時代の友人たちは、わたくしの勝利報告にびっくり仰天しつつ、祝福をしてくれました。在学中は恋バナ、相当聞かせてましたからね! 結婚式にも来てもらえるよう約束を取り付けて、わたくしは足早に友人たちのもとをあとにします。
「いいのか? 久々に再会したんだろう? もう少しゆっくり話しても……」
「いえいえ。そんなことして、みんながハルト様を好きになったら大変ですから!」
わたくし、そういう空気には敏感なんです。みんな、ハルト様のかっこよさに見惚れてましたから! これ以上長居するわけには参りません。
まあ、もしも横恋慕されても絶対譲りませんし、返り討ちにしてやりますけどね! 恋は戦闘。たとえ友人同士でも情けは無用です。
ハルト様のご友人も数人いらっしゃってましたので挨拶をさせていただきました。みなさま一様に驚かれていらっしゃって、わたくしは楽しかったです。
「ハルトが結婚?」
「あんなに拒否してたのに?」
「そもそも夜会に出てくるなんて!」
……とまあ、こんな感じです。ハルト様って誰の目から見ても印象が変わらないというか、ブレてないんだなぁと、すごく嬉しくなりました。
もっとハルト様のお話を色々とお聞きしたい。そう思ってあれこれ質問をしていたのですが、ハルト様は「それじゃあまた」と言って、友人がたのもとを早々に離れてしまいます。
「え〜〜? お話、もうやめてしまうのですか? わたくしなんかより、ハルト様のほうがよほど久しぶりにお会いになったみたいですし、もう少しゆっくりお話しても……」
「ダメだ! 奴らがクラルテに夢中になってしまうだろう?」
ハルト様はムッと唇を尖らせます。
先程わたくしが口にしたのとまったく同じ理由なのがおかしくて、思わず笑ってしまいました。
「さて、クラルテ。覚悟は決まったか?」
ハルト様が尋ねてきます。彼の視線の先には二人の男性――ハルト様のお兄様がいます。本日の本丸です。わたくしにとってのラスボスです。
正直なところ、胃はずっとキリキリしていますし、とっても不安でたまりません。ですが、ハルト様が『なにがあってもわたくしと離れない』と約束してくれましたからね! 怖くても逃げ出すわけには参りません。
「お願いいたします」
ギュッとハルト様の腕を抱きしめ、わたくしは彼のあとに続きました。
「兄さん」
会話の合間をぬってハルト様が声をかけます。お兄様方はすぐにこちらを向きました。
「こんばんは、ハルト。こうして会うのは久しぶりだね。手紙のやりとりはしていたけど」
一番上のお兄様が言います。ヴァイラー様――次期伯爵様です。顔立ちはハルト様に似ていらっしゃいますが、体型がほっそりとしているので、受ける印象はかなり違います。
「報せをもらったときはびっくりしたよ。まさか、おまえが夜会に出てくるなんて思わなかったからね。僕たちが何度誘っても仕事が関連しないと出席しなかったし」
こちらは二番目のお兄様、エッシュ様です。王宮で文官をしていらっしゃいます。性格も顔も、あんまりハルト様には似ていらっしゃいません。柔和な雰囲気……少しだけプレヤさんに似ています。
「それで――――君がクラルテだね」
ああ、もう少し兄弟の会話が続くと思っていたのに! さっそく話題を振られてしまいました! おそるおそる顔を上げ、わたくしは必死に微笑みます。
「お、お初にお目にかかります。クラルテでございます……」
どうか、わたくしのことは忘れていてほしい。心臓をバクバク鳴らしつつ、わたくしはお二人の顔をそっと見上げます。
「お初にお目にって……あははっ! そうか……そう来たか」
ああ! ダメです! 笑われてしまいました! やっぱりわたくしのことを覚えていらっしゃったようです。頬が真っ赤に染まっていきました。
「二度目まして、だよね? 五年前、君が僕たちに会いに来たときのこと、今でもしっかり覚えてるよ。強烈だったなぁ。兄さんとふたりで定期的に君の話をしていたんだよ」
エッシュ様がわたくしの顔を覗き込んできます。わたくしはたまらずハルト様の影に隠れました。
「クラルテが兄さんたちに会いに行ったことがある、という話は事前に聞いていたが、一体どんな話をしたんだ?」
ハルト様が尋ねてきます。わたくしは首を横に振りました。
「どうか忘れてください。わたくしの黒歴史なんです……」
恥ずかしい。覚悟はしておりましたが、やっぱり相当恥ずかしいです。
けれど、わたくしの必死の訴えも虚しく、お兄様たちはクスクスと笑い声を上げました。
「クラルテさんはね、僕たちのところに自己紹介に来てくれたんだよ。あと、宣誓?」
エッシュ様が言います。わたくしはハルト様の背中に顔を埋めました。
「『いつかハルト様のお嫁さんになるクラルテと申します! わたくしは将来、絶対、あなたがたの義妹になります! 絶対なります! ですから、また会いに行くその日まで、どうかわたくしのことを覚えていてください!』……だったっけか。いや、ハルトにはもったいないなんとも可愛らしいお嬢様だなぁと思ったよ」
あぁあぁあああ!
もうダメです。わたくしのライフは完全にゼロ。今すぐここから逃げ出したい気分です!
「クラルテがそんなことを……」
「驚いたけど、俺たちはとても嬉しかったよ。ハルトは頑固で融通が利かない男だから、そんなふうに言ってくれる女の子がいるってわかって、なんだか救われた気分だった」
「そうそう。だから、ハルトが婚約するって話を聞いて、お相手の君の名前を見て、僕たちはとても喜んだんだ。あのときの誓いが実現したんだ! ってね。だから……再会できて嬉しいよ、クラルテさん」
ハルト様のお兄様がわたくしを見つめていらっしゃるのを感じます。温かくて優しい眼差しです。そっと顔を上げて、二人の顔を確認したら、ニコリと微笑んでくださいました。
(呆れられていない……?)
いえいえ、油断は禁物です。安心したところでグサッと刺すのは狩の常套手段ですから! ……とはいえ、見るからに結婚を反対されたり、嫌われている様子はありません。わたくしはハルト様に導かれて、もう一度お二人の前に立ちます。
「……あの、改めましてこんばんは。あのときは大変失礼いたしました」
心からの謝意を込めて、わたくしは頭を下げました。
「こんばんは、クラルテさん。もう一度君に会うことができて、俺たちはとても嬉しいよ」
ヴァイラー様とエッシュ様がそう言って目を細めます。顔や体型は違えども、ハルト様の醸し出す温かな雰囲気とそっくりです。
きっと――いえ! これは絶対! 怒っても呆れてもいらっしゃいません。本気でわたくしを歓迎してくださっています!
「あのときの約束がようやく果たせるね。こんなに可愛い義妹ができるなんて、嬉しいな」
エッシュ様が差し出した手のひらを、ハルト様が払います。その瞬間、お兄様方ふたりは顔を見合わせ、声を上げて笑いました。
「まさかあのハルトがこんなふうになるなんて……! 恋愛にも女性にも興味のなかったあのハルトが……!」
ハルト様の顔がみるみる赤くなっていきます。けれど、彼はわたくしをさらに抱き寄せ、お二人から隠すようにしてにらみました。
「いや、デートのプランについて俺たちに助言を求めてきた時点で、ある程度は予想できていたよ。だけど、まさかここまでとは……いや、いいものを見せてもらった」
ヴァイラー様が目尻にたまった涙を拭きつつ、ハルト様の肩をポンと叩きます。
「兄さん! デートの話はクラルテの前でしないでくれ! 恥ずかしいじゃないか!」
焦ったような様子で、ハルト様が文句を言いました。プレヤさんと話しているときとも、わたくしと話しているときとも違っていて、なんだかとっても新鮮です。
(仲がいいなぁ)
見ていてとても微笑ましい……わたくしのことも受け入れていただけて、本当に良かったと心から思います。
「あの……!」
意を決し、わたくしは大きく息を吸い込みます。三人はわたくしを見つめ「どうしたの?」と尋ねてくれました。一歩踏み出し、わたくしはしっかりと顔を上げます。
「もうすぐハルト様のお嫁さんになるクラルテと申します! ハルト様と結婚できること……お二人の義妹になれること、とても嬉しく思います! どうか、末永くよろしくお願いいたします!」
ペコリと頭を下げ、もう一度上げます――力強くうなずいてくれる三人を見て、わたくしは満面の笑みを浮かべるのでした。




