25.すでにやらかしてしまったあとなんですよ
誰にでも触れられたくない黒歴史というものは存在します。いわゆる若気の至りというものです。
しかもそれは、本人が忘れた頃に突然やってきて、えもいわれぬ気持ちに陥れてしまうのです。
(どうしましょう……いえ、どうしようもないんですけれども! 一体どうするのがいいものか…………)
これはわたくしがハルト様と結婚する以上、避けて通れぬ道です。元はと言えば自分がまいた種ですし、責任を持って回収せねばなりません。
(それにしたって、なんであのとき、あんなことをしてしまったのでしょう……)
思い出すだけで、恥ずかしさのあまり顔が赤くなってしまいます。願わくば五年前のわたくしをぶん殴ってやりたい――過去に戻れる魔法があるなら、わたくしは喜んで使うでしょう。
本人に対してならまだしも、よりによってハルト様のお兄様がたにあんなことを言ってしまうなんて……いえ、当時のわたくしは焦っていたんです。焦っていたんですけれども、それでも。
「どしたの? なんかお悩み中? 僕が教えてあげようか?」
「プレヤさん」
背後から話しかけられ、わたくしはすぐに振り返ります。プレヤさんはニコニコと楽しげに笑いつつ、わたくしの隣の席に腰掛けました。
「お疲れ様です。もしかして、またおサボりですか? 最近よくいらっしゃいますけれども」
尋ねたら、プレヤさんはぶんぶんと首を横に振りました。
「違う違う。別の部署の人間とコミュニケーションをとるのも、上官たる僕の大事な仕事なんだよ。いざってときに連携がとれないんじゃ話にならないだろう?」
もっともらしいことを言ってらっしゃいますけれども、要は訓練に飽きたのでしょう! とはいえ、プレヤさんの言うことも一理ありますので、誰からも文句は言われません。わたくしも彼と話すのは普通に楽しいですし「そうなんですね」と返します。
「それで? これ、この間の火事の記録だろう? なにかわからない部分でもあった?」
プレヤさんはそう言って書類を手にとります。わたくしは「いいえ」と返事をしました。
「必要な事項は網羅できていると思います。火事が起こったときの客観的な状況を普段よりも間近で見てきましたし、臨場感もあるんじゃないかな、と」
記録というのは客観性がとっても大事です。だからといって、書き手の主観を入れてはいけないということはありません。事実と意見をきちんとわけて書けていたらオーケーだと指導を受けています。それがいずれ、なにかの手がかりになることもありますしね。さて、プレヤさんの反応はどんな感じでしょう?
「丁寧だねぇ。よく書けてる。……でも、ちょっと長い、かな。目が滑るから、このへんなんかはもっと適当に済ませてもいいと思うけど」
プレヤさんはそう言って、書類の一部を指さします。ずばり、わたくしの主観が書かれた箇所です。苦笑を漏らしつつ、わたくしは頭を下げました。
「ご指導ありがとうございます。わたくし、いつも心の声がうるさいので、記録が長くなりがちなんですよね。今後改善していきます」
プレヤさんはちゃらんぽらんしているように見えて、きちんと後輩や部下の指導をしてくださる人です。言い方がソフトで明るいですし、いつも笑顔なので、反発なくみんながついていくのだと思います。こう見えて、いざというときには頼りになりますしね。
「それで? 書類の件じゃないなら、一体なにを悩んでたの?」
と、プレヤさんが尋ねてきます。ふりだし戻ってしまいました。おかげでわたくしのほうも、己の憂いをバッチリ思い出してしまいます。プレヤさんをちらりと見つつ、わたくしは小さくため息をつきました。
「実はちょっと……お会いしたくないかたがいまして」
「会いたくない人? え〜〜、クラルテにもそんな人がいるんだ! ねえ、それってもしかしてハルトの兄二人のことを言ってる?」
プレヤさんはニコニコと笑いつつ、悩みのタネをズバリと言い当ててきます。
「……もしかして、ハルト様に聞いたんですか?」
というか、そうとしか考えられません。わたくしが軽くにらめば、プレヤさんはクスクスと笑い声を上げました。
「まあね〜! 今朝さ、あいつが悩まし気な顔してるから理由を聞いたら『クラルテに兄に会ってほしいと伝えたら、なんとも言えない微妙な表情をされたうえ、話をはぐらかされた』って言うからさぁ! 僕もうおかしくって! それで事情を聞きに来たんだよねぇ」
なんと! 人が本気で悩んでいるというのにこの人は……わたくしも彼と似たようなタイプではありますが、ちょっとムッとしてしまいます。
「へんなの〜〜。クラルテだったらハルトの親族には全力で、喜んで、気合満々で会いに行くと思ってたんだけどな」
「……おっしゃるとおりです。というか、わたくしすでに、それをやらかしてしまったあとなんですよ」
ああ……穴があったら入りたい。本気で本気で入りたい。わたくしは両手で顔を覆い隠しました。
「え、なに? 『それをやらかしたあと』……ってことはつまり、クラルテはすでにハルトの兄たちに会いに行ったあとだと。しかも、全力で、喜んで、気合満々で」
「……そうです! お願いですから、恥ずかしいのでそれ以上言わないでください〜〜」
叫びつつ、わたくしは机に突っ伏しました。
五年前といえば、わたくしはまだ十三歳。その年頃というのは、普通ならやらないようなことを平気でやってしまう魔の年齢なのです。……いえ、わたくしの場合は最近だって、いきなりハルト様のところに押しかけておりますけれども! 恥ずかしさのレベルが違うというか。思い出すだけで、めちゃくちゃ痛いんですよね……。
「なるほどねぇ。でもさ、君たち結婚するんでしょう? だったら避けては通れない道じゃない?」
「……そうなんです。そうなんですけど! すぐには割り切れないというか、勇気が出ないっていうか、そもそもわたくしが恥ずかしいっていうだけですし」
先程わたくしが考えていたのとまったく同じことを尋ねられたので、思わず言い返してしまいます。
「ふぅん。だったらハルトとの結婚やめちゃう?」
「それは嫌です! 絶対絶対ありえません!」
ひどい! プレヤさんったら、一体なんてことを言うのでしょう! というか今の、わざわざ聞く意味ありました? わたくしの返事、絶対わかってましたよね?
「だったら、なんとかしなきゃじゃん」
「わかってますよ。正直、覚悟を決めて会うしか道はないです。……まあ、もしかしたら、あちらはわたくしのことを忘れてくださっているかもしれませんし」
「いやぁ、クラルテの様子からしてそれはないんじゃない? なにかインパクトのあることしでかしたんでしょう?」
ええ、おっしゃるとおりです。……わかってます。わかってますけれども! 少しぐらい救いを求めてもいいじゃありませんか!
「まあ、頑張りなよ! あと、ハルトのフォロー、ちゃんとしといたほうがいいんじゃない? あんな無駄に熱くてでかい図体のやつがしょぼくれてたら、隊全体の士気が落ちるんだよねぇ」
「……すみません。ご指導とご助言をいただき、ありがとうございました」
そっか。ハルト様、落ち込んでるんだ。朝も残念そうな顔してたもんな……。申し訳なかったな。
(あとでちゃんと謝らないと)
ため息を一つ、わたくしはプレヤさんに頭を下げるのでした。




