24.すっかり忘れていました
さて、朝食の席です。晴れて婚約者同士になったわたくしたちは、これまでに増して甘々な日々を過ごしています。
もちろん、食事の場ですから、イチャイチャできるわけではないんですけれども、我が家の朝食には甘いパンやフルーツのたぐいは不要だなぁと思うレベルには甘いです! 使用人たちが気を利かせて、紅茶をコーヒーに変えてくれたほどに……! ラブラブってやつですね!
「今日は外勤? それとも現場当番?」
旦那様が尋ねてきます。わたくしの仕事の状況を把握しておきたいってこともあるようですが、つまるところランチのお誘いです! ほんのわずかな時間でも、一緒に過ごすのが当たり前になっているのが嬉しくて、わたくしはぶんぶん首を横に振ります。
「いいえ、今日は内勤です。先日の商会の火事の件で書類の作成を頼まれてまして。現場にいた人間が取りまとめをしたほうが効率がいいですし、正確な記録がとれるってことで、しばらくは書類仕事が多くなりそうです」
先日の火事――わたくしとハルト様が遭遇したあの火災は、放火事件と断定され、目下捜査が進められています。
現場に居合わせた――というか、二度目の爆発の際に間近にいたわたくしは、あれこれと事情聴取を受けていて、中々に忙しい日々を過ごしています。……あの日のわたくしたちって非番だったんですけどね! まあ、公務員ですからそういうこともあります。
「そうか……大変だな」
ハルト様はそう言って、労るようなまなざしでわたくしのことを見つめています。テーブルがもっと小さかったら、わたくしのことを撫でてくれていたに違いありません。……そんなふうに想像するだけで、わたくしの心と体はびっくりするぐらい安らぎます。どれだけささくれたっていても、一瞬でなおってしまいます。とても嬉しいし、幸せです。これが朝食の場じゃなかったら、わたくしはハルト様に抱きついていたでしょう!
「へっちゃらですよ! 書類仕事は嫌いじゃありませんし、ハルト様とお昼の時間も合わせやすいですし! 毎日職場でデートができるの、幸せだなぁって思います」
ハルト様はただでさえ二日に一回しか家に帰ってきませんからね! 少しでも一緒にいることができて――なんなら同じ空間で同じ空気を吸えるってだけでわたくしは嬉しいです。
「……そうか。なあクラルテ、結婚後は仕事、どうしたいと思ってる?」
ハルト様がおもむろに尋ねてきます。わたくしは思わず目を丸くしてしまいました。
貴婦人っていうのはあまり外に働きにでないものです。ついでにいうと、家の中のことも使用人におまかせで、昼間はお茶会などの社交に勤しみ、夜は愛する人の帰りを待つのが相場だと決まっています。決まってはいるのですが――
「わたくしはこのまま仕事を続けたいと思っています」
答えれば、ハルト様は優しく目を細めます。彼はきっと、わたくしがどんな選択をしても受け入れると決めていたのでしょう……ハルト様はそういうお方です。わたくしの大好きな人です! 温かい気持ちを胸に、わたくしは言葉を続けます。
「元々はハルト様とお近づきになりたくて決めた進路です。けれどわたくしは、この仕事に使命感とやりがいを感じています。わたくしがハルト様に命を助けていただいたように、わたくしも誰かを守れるような人間になりたい。もしかしたら、この先わたくしにしかできないことがあるかもしれない――あったらいいなぁってそう思っています。それに、せっかく転移魔法や救護魔法を勉強して、とっても得意になりましたしね! 活用しなきゃ損です!」
いい機会なので、わたくしは思いの丈を存分に打ち明けました。ハルト様は何度も何度もうなずきながら、わたくしのことを見つめています。あまりにも温かい眼差しで――愛されているなぁってすごく感じます。
「それに、仕事に行くのはわたくしにとって大事な自己規制です」
「自己規制?」
ハルト様が首を傾げます。わたくしはうなずきつつ、ずいと身を乗り出しました。
「家でじっとしていたら体力と気力があり余ってしまいますし、ハルト様に会いたくて会いたくて会いたすぎて、今よりさらに甘えん坊になってしまいます。ハルト様が仕事から帰ってきたときにはべったり張り付いて、放してあげられそうにありませんから」
「ふっ……!」
わたくしの言葉に、ハルト様は声を上げて笑います。あまりにも屈託のない愛らしい笑顔に、目が釘付けになってしまいました。
「クラルテ……その状況については正直望むところだが」
「なんと!」
いいんですか? 本当に? わたくし、ガチで放しませんよ? 邪魔だって言われてもまとわりつき続けますし、本気でイチャイチャしつづけますよ!?
「君が働くことに俺は賛成だ。クラルテはとても優秀な魔術師だし、自立した素敵な女性だと思う。この間の火事のときだって、君がいなければどうなっていたかわからない。本当に、感謝している。……まあ正直なところ、危険を伴う仕事だから心配だし、クラルテを誰にも見せたくないという気持ちはあるのだが」
「まあ……!」
ハルト様ったら! わたくしのこと、独占したいんですって! 誰にも見せたくないんですって! どうしましょう? ……そんなこと言われたら、めちゃくちゃ嬉しいですし、ドキドキしちゃうんですけど!
「それでも、クラルテがクラルテらしく笑っていられることが、俺にとっての幸せだから」
ハルト様がそう言って微笑みます。とびきり温かい、優しい笑顔です。
(わたくし、この人を好きになってよかった……)
ハルト様に出会えて、好きになれて、本当にとても幸せだと思います。想いもちゃんと届きましたしね!今のわたくしって、向かうところ敵なしというか、最強なんじゃないでしょうか?
「ところで、今度一緒に出席する夜会の件だけど」
感慨に浸っておりましたら、旦那様がおもむろに話題を変えます。わたくしは身を乗り出しつつ「はい、なんでしょう?」と元気に返事をしました。
「兄たちが来るらしいので、クラルテを紹介したいんだ。会ってくれるだろう?」
「…………え?」
兄。
お兄様。
ハルト様のお兄様。
(――すっかり忘れていました)
わたくし、全然最強なんかじゃない。
一気に血の気が引いてしまいました。