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22.それはありふれた言葉だけれど

 新たに発生した爆発のため、俺たちはすぐに建物からの退避を余儀なくされた。

 建物の外側からの消火活動は、内部からのそれよりも効果はどうしたって落ちてしまう。けれど、隊員の安全を考慮すれば、ここまでが限界だった。


 おまけに、三階と四階のフロアを繋ぐ階段は炎で完全に塞がれていた。階段を通らずに四階に向かうためには、転移魔法を使うしかない。しかし、転移魔法の使い手は建物の外部にいる上、安全に転移できる場所があるかどうかもわからない。退避の前に、俺たちが様子をうかがうことはできなかった。



(クラルテは今、どこにいるんだ……?)



 他の魔術師たちとともに外から水魔法を放ちつつ、俺は必死で視線を彷徨わせる。行き交う救護担当の魔術師たちのなかに、クラルテの姿は見当たらない。火災現場付近の立ち入りは禁止されているものの、魔術師や避難者たちでごった返しており、姿を確認するのは困難だった。



 クラルテの無事が確認できないまま、消火活動はそれから約一時間続いた。地獄のような――拷問のような一時間だ。

 ようやく鎮火したタイミングを見計らい、俺は急いでその場をあとにする。



(このあと残火処理や実況見分がはじまるが、今日の俺は非番だ。ここで抜けたところで、咎めるものはいないだろう)



 仮に叱られたとしても、そんなことはどうでもいい! 今すぐクラルテの無事を確認したかった。



「クラルテ! どこだ? どこにいる!?」



 叫びながら、俺は必死に火災現場の周辺を走り回る。

 と、馴染みの隊員を見つけ、俺は思わず足を止めた。クラルテと同じ班の男性だ。



「君、クラルテを見なかったか?」


「クラルテさん……? え? 彼女は今日お休みのはずですけど……ここに来ていたんですか?」


「――見ていないのか?」



 心臓がドクンドクンと鳴り響く。別の班の隊員に聞いても、こたえはみな同じだった。



「クラルテ……クラルテ…………!」



 まさか――――いや、違う。大丈夫だ。彼女は無事だ。絶対に逃げている。だって、約束したんだ。クラルテが俺との約束を破るはずがない。



「クラルテ!」



 ゴクリとつばを飲み、目の前の黒く焼け焦げた建物を見上げる。



(もしもまだ、この中にクラルテがいたとしたら――)



 嫌だ。怖い。

 こんなにも火災を恐ろしいと思ったのは初めてだった。


 クラルテを失うだなんて――ありえない。そんなこと、想像もできない。けれど、もしも彼女があそこにいたら……?



 深呼吸をし、覚悟を決める。震える足を一歩踏み出したそのときだった。



「旦那様!」



 背後から聞こえる俺を呼ぶ声。目頭がものすごく熱くなる。

 振り返り、クラルテの姿を確認したその瞬間、俺は彼女を抱きしめていた。



「クラルテ!」



 涙が止め処なく流れ落ちる。全身の力が一気に抜け、立っているのがやっとだった。

 けれど、クラルテが俺を抱き返してくれる――その確かなぬくもりに、心と体が満たされていった。



「よかった……! 本当に、よかった! 今まで一体どこにいたんだ?」



 改めて、クラルテの顔を覗き込む。煤で汚れた頬を拭ってやると、クラルテはえへへと苦笑を漏らした。



「心配かけてごめんなさい。実は、旦那様と別れたあと、親御さんとはぐれてしまったお子さんを見つけたんです。棚の下敷きになっていたので、そちらを先に退かすなどして、なんとか二度目の爆発の寸前になんとか地上に転移したのですが、今度は親御さんが中々見つけられなくて。ようやく見つけて傷の手当をし、今に至る、という状況なのです」



 口調は明るく、必死に取り繕ってはいるが、クラルテの声は小刻みに震えていた。


 怖かったのだろう。不安だったのだろう。俺はもう一度、彼女を強く抱きしめ直した。



「怪我は? どこか痛むところは?」


「ございません! 見ての通り、ピンピンしてますよ! ああ、だけど! ……待って! やだやだ、どうしよう……」


「なんだ!? 一体どうしたんだ!?」



 突如取り乱すクラルテを、俺は思わず凝視する。クラルテは涙目になりながら、首を大きく横に降った。



「旦那様……どうか、どうかわたくしを見ないでください!」



 涙を流しながらクラルテが懇願する。俺はさらに身を乗り出した。



「頭を打ったのか? それとも背中? 俺に見せてみろ。すぐに救護魔術師のところに……」


「違うんです! こんな……こんなみっともない格好を旦那様にお見せする羽目になってしまって! 髪の毛も服もぐちゃぐちゃのボロボロですし、お化粧だって溶けてドロドロになってるはずで! 旦那様にはわたくしの可愛い姿だけを見てほしいって思ってたのに……絶対、こんな姿は見せたくなかったのに! だから、お願い! 見ないでください!」



 クラルテはそう言って、顔を両手で覆い隠す。

 煤にまみれ、破れてしまったスカート。綺麗にまとめてあった髪型も、今ではすっかり解けてしまっていた。


 けれど、俺は大きく首を横に振る。それからクラルテの額にそっと口づけた。



「だっ……」


「なにを言う! クラルテは綺麗だ! 誰よりも、なによりも綺麗だ! みっともないだなんてとんでもない! 俺は君を誇りに思うよ」



 どんなにきらびやかなドレスも、宝石も、絶世の美女だって、クラルテには敵わない。俺にとってクラルテは、なによりも光り輝く、唯一無二の宝だ。絶対に失ってはならない――改めてそう実感した。



「旦那様……!」



 その場にひざまずき、クラルテの手をギュッと握る。左手にはビロードの小箱に入った指輪を。俺はまっすぐにクラルテを見つめる。



「クラルテ――俺は君を心から愛している」



 それはあまりにもシンプルで、ありふれた言葉かもしれない。けれど、なによりも大切で、なによりも愛しくて、自分の命を、すべてを賭して守りたいと思える存在に出会えたその喜びを――人は愛していると表現してしまうのだろう。俺には一生縁のない言葉だと思っていたのに――毎朝、毎晩ささやいても足りないぐらい、感情が溢れかえっている。



「これから先の人生を、俺と一緒に歩んでほしい。俺と結婚してくれるだろうか? 俺を君の、本当の『旦那様』にしてほしい」



 ここにはロマンチックな夜景も、豪華なディナーもなにもない。目の前にあるのは先程まで燃えていた建物と、指輪と、あちこち焼け焦げて煤だらけになった俺たちだ。



(――こんな泥臭いプロポーズは失格だと、プレヤさんに笑われるだろうか?)



 けれど、そんな俺のプロポーズにも、クラルテは涙を流しながら笑っている。



「はい、喜んで!」



 胸に飛び込んでくるクラルテを抱きとめながら、俺は目を細めたのだった。


これにて2章が終わりです。

次回から晴れて婚約者になり溺愛度がパワーアップした二人(とちょっぴり事件要素)のお話をお届けします。引き続き、よろしくお願いいたします!

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