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20.どうして忘れていたのだろう?

 クラルテのドレスと俺の夜会服を購入したあとは、カフェでゆっくりと休憩することにした。クラルテはフルーツがたっぷりのったタルトを、俺はチョコレートケーキを注文して、二人で分け合いながら食べる。とても幸せなひとときだ。



(しかし、夜までまだ時間があるな……)



 夕食はレストランを予約してある。夜景が見えると評判の人気店だ。料理も美味しくロマンチックで、プロポーズをするのに最適だとプレヤさんからも太鼓判を押されている。


 だけど、緊張のあまり、段々と指先が冷たくなってきた。いっそのこと、早く言ってしまいたい――が、それではダメだと厳しく指導されている。求婚を適当に済ませた場合、相手は自分が『適当な存在』だと認識してしまうし、仮にOKをもらえたとしても一生根に持つのだそうだ。



(でもなぁ……いかんせん待ち時間が長い。死刑判決を待つ囚人ってこういう気持ちなんだろうな)



 ものごとには適切なときと場合があるというのはわかっている。それでも、結果がわからないことには、落ち着かないのが人間というもので……。



「ハルト様、よろしければこのあと、寄り道をしてもいいですか? 行きたいところがあるのです」


「ん? ……ああ、もちろん構わないよ」



 目的の半分は達成しているのだし、クラルテの行きたい場所に行くのが一番だ。それに、プロポーズでいっぱいになった頭をリセットできそうで、正直とてもありがたい。



 店を出てクラルテが向かったのは、王都の外れにある住宅街だった。貴族ではない中流階級の人たちが暮らすエリアで、住宅が密集しているせいか火事も多いので、仕事では何度も訪れている場所だ。



(この辺にはあまり店はないはずだが……クラルテはどこに行きたいのだろう?)



 首を傾げていたら、クラルテはおもむろに立ち止まり、ニコリと微笑んだ。



「実はわたくしの母には妹がいるんですけれども、これがわたくしによく似たとっても我の強い女性でして。公爵家の娘だというのに平民と恋に落ちて、そのまま駆け落ちをしてしまったのです」


「駆け落ち……。そうなのか。血は争えない、ということなのだろうな」



 公爵家の娘――ということは、王族に次ぐ地位の持ち主だ。それなのに平民との結婚を押し通すとは、相当我の強い女性なのだろう。



「そんな叔母が住んでいるのがこの辺で、わたくしはよく母と一緒に遊びに来ていたんです。年の離れたいとこもいまして、これがとっても可愛くて。わたくしはいとこといとこの友人たちと一緒に、しょっちゅうこの辺で遊び回っていたんです」


「なるほど。だから俺をここに連れて来たのか」



 彼女にとって、ここは思い出の場所なのだろう。ゆっくり周囲を見渡しつつ、俺は小さくうなずいた。



「クラルテにとって大切な場所は、俺にとっても大切な場所だ。教えてくれてとても嬉しいよ」



 言いながらクラルテをそっと抱き寄せる。彼女は照れくさそうに笑ってから、静かに目をつぶった。



「ありがとうございます。そう言っていただけて嬉しいです! ……ねえハルト様、この場所、今は家が建っておりますが、以前は古い教会があったんです。その隣には子どもたちが自由に遊びに来たり、文字や数字を学べる建物がありまして。けれど、七年前に火事でなくなってしまったんです……」



 クラルテは目の前の集合住宅を指さしながら、俺の顔を見上げた。



「ああ、覚えてるよ。俺がはじめて担当した現場だ。すごく大きな火事だった。中々火が消えないし、右も左もわからずあたふたして……。そのうえ俺は上官命令を待たずに単独行動をしたもんで、あとでこってり絞られた。苦い思い出だ」



 そう言って笑えば、クラルテは小さく息をのむ。



(俺に同調してくれているのだろうか?)



 気にする必要なんてないのに……俺はクラルテの頭を撫でた。



「だけど、後悔はしていない。あのときああしていなければ、俺は今頃仕事をやめていただろう。上官の命令を待つことよりも幼い子供の命が、声のほうがずっと大事だった。それだけのことだ」



 目をつぶると、あのときの出来事が思い出される。



『待ってください! まだなかに小さな子供がいるんです! わたくしたち、一緒にかくれんぼをしていて。絶対に見つけるから、それまで出てきちゃダメだよってわたくしがそう言ったから……だから、火事に気づかず逃げ遅れてしまったんです。わたくしが迎えに行かなくちゃ――』



 それはまだ幼い少女だった。自分も火傷を負っていて、助け出されたばかりだというのに、燃え盛る建物の中に戻ろうとしていた。


 当然、先輩たちは少女を止めた。危ないから離れるように、自分たちが必ず助け出すから、と。


 だけど、あの状態の建物のなかに再び突入するなんて、本当は無理だった。消火を優先しなければならなかったし、転移のための魔法陣を送れる安全な場所だって見つけられなかった。……あの子もきっと、それをわかっていたのだろう。だからこそ、自分で飛び込もうとしたのだ。



(このままでは、この子は一生苦しみ続けることになる)



 自責の念と無力感に駆られながら、生地獄を味わうのはどれほど辛いことだろう? 少なくとも、こんな小さな子供に背負わせていい重荷ではない。

 ――俺だって、そんなのは嫌だ。



『どのへんだ?』


『え?』


『君がまだ探していない場所。俺が君のかわりに見つけてくる』



 そうして俺は先輩たちが消火活動をしている合間に、建物の中に突入した。規律を重んじる消防局の隊員としては失格の行動だ。

 正直、プレヤさんがかばってくれなかったら危なかった。俺は仕事を辞めさせられていただろう。けれど――



『ありがとう、お兄さん。助けてくれて……わたくしの想いを聞いてくれて、本当にありがとう!』



 結果的に幼い命と、あの女の子の笑顔が――未来が守れたのだ。そちらのほうが俺の身分や立場よりもずっと大事だた。



 ふと見れば、クラルテの瞳が涙で潤んでいた。手を伸ばし、指先でそっと拭ってやる。色んな感情を押し殺した、そんな表情に俺には見えた。



「クラルテ……」



 呼べば、クラルテがそっと微笑む。

 その瞬間、記憶の中の小さな少女と、目の前のクラルテの姿がピタリと重なった。

 身なりは――貴族の令嬢のものではなかったけれど、先程のクラルテの発言と照らし合わせれば辻褄が合う。このエリアに来るときには、街に合わせて服装を変えるようにしていたのだろう。


 間違いない。

 あれは、あの少女は――クラルテだった。

 


(どうして忘れていたのだろう?)



 クラルテこそが、俺に仕事への情熱と誇り、やりがいを与えてくれた張本人だというのに。



「俺は……」



 伝えたい。今すぐに、彼女への想いを。未来への誓いを。


 けれどそのとき、ドン! という爆音と地響きがする。次いで王都の中心街からモクモクと煙が上がりはじめ、俺たちは顔を見合わせた。


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