19.俺も同じだから
馬車から降りたあとは、ふたりで王都の街をゆっくりと歩きはじめた。
俺には女性がどんなところに行きたがるのかも、なにをしたがるのかもわからない。ノープランで挑めるはずもないので、プレヤさんに探りを入れた。
だけど、返ってきた答えは『クラルテならどこに連れて行っても喜ぶよ』というまったく参考にならないものだったので俺は大いに頭を抱えてしまった。
曰く、プレヤさんのデートは室内が主らしく(なにをしているのかはあえて聞いていない)……というか、女性と外で会うことはほとんどないそうで、聞かれても困るとのことだ。
結局俺は、兄たちの話や雑誌の特集なんかを参考に、オーソドックスなプランを選択することにした。
おもむろに街を歩いて店を見て回り、昼になったら女性――特に貴族に人気のオシャレな店でランチを食べる。斬新さのない普通のデートだ。
だけど、たったそれだけのことでも、クラルテはとても喜んでくれた。なにを見ても、どこに行っても楽しそうに笑ってくれるし、友人たちにも教えてあげたいと魔法で写真を撮ってまわる。料理だってひと口食べるごとに幸せそうな表情を浮かべてくれるので、見ていてちっとも飽きなかった。
「美味しいですね、ハルト様」
「うん。だけど、俺にとってはクラルテの料理が一番美味しいよ」
「本当ですか!? わたくしの料理が? 一番?」
「もちろん。これまで食べたどの料理よりも美味しいよ」
それは嘘偽りのない俺の本心だった。できることなら、毎日毎食、彼女の手料理を食べていたい。
真心のこもった食事があんなにも美味しいなんて、俺はちっとも知らなかった。食事とは、生命と肉体、健康を維持するためにあるもので、それ以外の感情――喜びを伴うものとは思いもしなかったからだ。
「でしたら……また作ってもいいですか? 毎日じゃなくて、お休みの日だけでも。その……貴族らしくない行為ではありますけれども」
「そんなこと、俺はちっとも気にしないよ。クラルテはクラルテだ」
たしかに、クラルテは貴族らしくはないかもしれない。パワフルで、底抜けに明るくて、いつも一生懸命で――やりたいと思ったことは他人に反対されてもやりとおす。そんな彼女を――――そんなクラルテだからこそ、俺は愛しく思うのだ。
「それじゃあ、次のお休みには、腕によりをかけてご飯を作りますね!」
「ああ、楽しみにしている」
今にも泣き出しそうなクラルテを見つめつつ、俺は目を細めた。
***
食事のあとは、再びふたりで街を歩く。
「わたくし、ショッピングって大好きです! おまけに今日はだん……ハルト様と一緒ですから、楽しさ百倍ですね!」
クラルテはそう言って、とても嬉しそうに笑っていた。
(本当に、この子はどこに連れて行っても喜んでくれるんだろうな……)
海でも山でも、観劇でも乗馬でも、クラルテはきっと全力で楽しんでくれるだろう。俺も、どこへ行ってもなにをしていても、クラルテと一緒なら心から幸せだろうとそう思う。
ほんの少し前まで、仕事以外のことはどうでもいいと思っていた。行きたいことも、やりたいこともなかったというのに、自分で自分の変化に驚いてしまう
「旦那様……じゃなくて! ハルト様はなにか買いたいものがおありですか? わたくし、オシャレは大好きですし、いくらでも見繕いますよ! というか、ハルト様のものを選ばせていただきたいなぁなんて。それってなんだか夫婦感があるじゃないですか?」
えへへ、と笑いながら、クラルテが俺の腕をギュッと抱きしめる。
俺のお願いを律儀に守って名前を呼びなおすところも、俺のものを選びたいというセリフも、仕草も行動もなにもかもが可愛くて。思わず彼女の頭を撫でながら、俺はわずかに目を細めた。
「ああ、あるよ。今日はクラルテのドレスを選びに来たんだ」
「……わたくしの、ですか?」
「うん。今度、一緒に夜会に出席したいと思って」
答えれば、クラルテはキョトンと目を丸くした。
「本当に!? わたくしと一緒に出席してくださるんですか?」
「ああ」
「でもでも、ハルト様は夜会が苦手だって調べがついているんですけれども! それなのにいいのですか? わたくしに合わせて無理していらっしゃいません?」
上目遣いに俺を見つめつつ、クラルテが質問を重ねてくる。
「そうだな。たしかに俺は夜会が苦手だ。だけど、クラルテのドレスアップした姿は是が非でも見たい。……それに、君の友人やご家族にもご挨拶したいし」
「……え?」
俺の言葉にクラルテはポッと頬を赤らめる。聡明な彼女のことだ。俺がどういう気持ちで――どういう目的で今日という日を迎えたのか、薄々気づきはじめていることだろう。
「それに、プレヤさんから『牽制が大事』だと助言を受けている。クラルテは男どもに人気だから、二人でそういう場に出席することも効果がある……と思いたい」
言いながら、心臓が大きく鳴り響く。
突然こんなことを言われて、クラルテはどう思うだろうか? 嫌じゃないだろうか? 戸惑ったりしないだろうか? 男のくせに嫉妬なんてみっともないと、思われたくはないのだが……。
「――――こんなに期待させて、大丈夫なんですか?」
やがて返ってきた言葉は、ほんの少しだけ震えているように聞こえた。見れば、クラルテは唇を引き結び、ほんのりと目を潤ませている。
「わたくし、だ……ハルト様のことが大好きなんですよ! 本当に本当に大好きなんですよ!」
「……ああ、知ってるよ」
本当に。あまりにも真っ直ぐすぎて、もはや疑いようがない。
(俺も同じだから)
ポケットのなかにしまった小箱をそっと握りつつ、俺は思わず苦笑した。




