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16.君の時間を貰えないだろうか?

 使用人の方がいらっしゃるようになって、かれこれ一ヶ月が経ちました。


 最初は旦那様から『雇うのはほんの数人だけ』って話を聞いていたのですが、みるみるうちに人数が増えていきまして、今ではお屋敷の大きさの割にたくさんの人たちに囲まれて生活しています。



「クラルテ様、今日はどんな髪型がよろしいですか?」


「もちろん、旦那様を悩殺できるような可愛い髪型でお願いします!」



 わたくしこんな性格をしていますが、一応は侯爵家の娘なので、人に囲まれ世話をされることには慣れています。お願いできることはとことんお願いしますし、自分を押し殺して窮屈になるなんてこともありません。


 とはいえ、旦那様はそういう貴族らしい生活を嫌がると思っていました。


 魔術師団に入ってからは気ままな寮生活を送っていたと聞きますし、人を雇うのにはお金もかかります。ご実家の伯爵家は裕福ではありますが、必要のないお金は使わない主義だと思っていました。自分でできることは自分でする……なんて主張をなさると思っていたのですが。



「いや、そういうわけにはいかないだろう」



 思い切って疑問をぶつけてみたら、旦那様は困ったように眉根を寄せました。よく見れば少しだけ顔が赤くなっています。



(……もしかして、わたくしのためでしょうか?)



 貴族としての体面を保つだけなら、ごく少人数を雇えば事足ります。けれど、それでよしとしなかったのは、わたくしを想ってのことなんじゃ? ――なんて、うぬぼれがすぎるでしょうか?



「それにしても、最近は火事が多いですね」



 旦那様とのデート(出勤時間)を満喫しつつ、わたくしはちょっとだけため息をつきます。


 王都は広く、その分だけ火事も多いです。旦那様たちは毎日たくさんの出動依頼を受け、たくさん火を消しています。けれど、ここ数日ほど、その件数が異様なまでに増えているのです。



「旦那様、大丈夫ですか? 疲れがとれていないんじゃありませんか?」



 正直言って、わたくしは旦那様のことが心配です。もっとたくさん休んでいただきたい。……もちろん、他の人との兼ね合いもあるので、旦那様だけお休みを増やすなんてことができないのはわかっています。ですが、旦那様がいつも全身全霊でお仕事をなさっていることを知っているので、この現状には少しだけ不安になってしまうわけで。



「いや、大丈夫だ。クラルテのほうこそ、俺とは違って毎日出勤しているんだ。疲れがたまっているだろう?」


「え? わたくしですか?」



 旦那様がわたくしの頭をそっと撫でます。心配そうな表情。旦那様の手のひらは温かくて、ものすごく優しい労るような手付きで、縋りついてしまいたくなるような魔力を放っていました。



(うう、ギュッてしたい……!)



 旦那様をたくさん抱きしめて、それからわたくしのことを思い切り抱き返していただきたい! なんならキスもしていただきたい!

 しかし、こんな公衆の面前でそのような行為は許されません。……いえ、家でもしたことないんですけど。



「このぐらい、へっちゃらですよ〜! わたくし、体力にはまあまあ自信があるのです! そのかわり、運動のほうはからっきしですけどね! それにしても、王都にはうっかりさんが多すぎやしませんか? みなさん『たしかに火を消したはずなのに』って……消したら火事は起きないはずなんですけどねぇ」



 最近は仕事にも慣れてきたので、事務仕事なんかも任されるようになってきました。実況見分に立ち会って火事の記録をまとめているんですけれども、火災理由のほとんどが『原因不明の火の不始末』なんですよね。


 ひとたび発見や通報が遅れれば、火はたちまち大きくなります。しかも、自分の家だけでなく、他人の家にまで影響が出る場合も多々あります。さらにさらに、風が強い日には火は一気に燃え広がりますし、過去には街中が火の海になった――なんて記録も残っているのです。ボヤで済んだからいい、で済ませてはいけません。



「ほんの数日の間にこんなにもウッカリさんが増えるものでしょうか? 過去の記録も引っ張り出して色々と見比べているんですが、なんだか釈然としないというか……」



 わたくしの考え過ぎでしょうか? けれど、なにか見落としていたとしたら――そう思うと怖いのです。



「その件については、上層部のほうでも色々と調査をしている。任せておけばきっと大丈夫だ。俺たちは俺たちの仕事に専念しよう。クラルテが気をもむ必要はないよ」


「……それもそうですね」



 入団したばかりのわたくしにできることはまだまだ限られています。今は目の前の仕事に集中すべきときなのでしょう。もう一度旦那様に頭を撫でられ、わたくしはそっと目を細めました。



「それより、疲れているところ悪いんだが……次の休日、俺に君の時間を貰えないだろうか? 一緒に出かけたいところがあるんだ」



 旦那様はそう言って、わたくしの手をギュッと握ります。なんだか少しだけ緊張した面持ちです。



「えっ! お出かけ? 旦那様とわたくしが? それってつまりは『デートのお誘い』ってことですよね? ね!?」



 食料や日用品の買い出しなら、こんな誘い方はなさらないはず――というか、すでに使用人を雇っているから、わたくしたちで買い物に行く必要はありませんもの。つまり、これはデート! 愛する者同士がする逢引というもの! そうですよね、旦那様!? というか、違うなんて言わせませんよ!



「デート……まあ、そうなるのか?」



 旦那様はそう言って、はにかむように笑います。ほんのりと赤くなった頬があまりに可愛くて、こちらまでつられてしまうじゃありませんか!



「嬉しい……」



 どうしましょう。口がニマニマしてしまいます。とてもじゃないけど旦那様には見せられない表情です。急いで隠そうとしたのに、旦那様がわたくしの両手首を掴んで、顔を覗き込んできました。



「だ、旦那様……」


「可愛い」


「へっ?」



 ダメです。顔からボン! と火が出てしまいそう。こんな顔、旦那様に見られたくないのに……それなのに、旦那様は『これ』が可愛いって言うし。なんだかとっても嬉しそうな表情でこちらを見つめていらっしゃるし。恥ずかしくて、旦那様の顔を、瞳を直視できるような状況じゃなくて――それなのに、ずっと見ていたくて。



(とびきりオシャレしなきゃな)



 旦那様にもっともっと可愛いって思われたい。わたくしのことを好きになっていただきたい。……いえ、旦那様がこれ以上甘々になったら、わたくしの身がもたないかもしれませんが、それでも。



「今日も一日、頑張りましょうね」



 朝から最高の気分で、わたくしは仕事に向かうのでした。


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