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15.プレヤの助言

 僕はプレヤ。

 自由気ままに生きることをモットーとしていて、他人に縛られることが大嫌い。そんなこんなで三十歳の今でも独身だし、結婚の予定はまったくない。


 こんな飽きっぽい僕だけど、仕事はまあ好きで、適当適度に頑張るようにしていて、後輩たちのことも可愛いと思っている。今夜は後輩のひとり――ハルトがどうしても話を聞いてほしいっていうもんだから、時間を作ってみたんだけど。



「どうしたらいいんでしょうプレヤさん! クラルテが――クラルテが可愛すぎるんです……!」


「は? ――いや、うん。そんなこと以前から知ってるけど」



 大げさな――一体何事かと思えば、ハルトはそんなわかりきったことを口にする。



「それだけじゃないんです! クラルテを見ていると無性に触れたくなるというか……抱きしめて、愛で倒したくなるというか」


「……お前も一応男だったんだなぁ、ハルト。大丈夫だ。それが普通――至って健全で当たり前のことだよ」



 頑固で融通の効かないこの後輩と出会って早七年。こいつが僕に恋愛ごとの相談を持ちかけてくる日が来るとは夢にも思わなかった。



(人って変わるものだなぁ)



 あんなに結婚を拒否していたくせに……というか、ハルトは仕事以外のことに興味がなかった。趣味も特にないし、休みの日にも自主的にトレーニングのために職場に来ていたぐらい。夜会に連れて行っても、女性と交流しようなんて気は皆無で、いじりがいがなかったというのに。



(まったく、なにが『どうしたらいいんでしょう?』だ)



 僕からすれば、するべきことはあまりにも明確すぎる。悩む必要なんてこれっぽっちもないと思うんだけど。



「プレヤさんは女性ならば誰にでも『可愛い』と言うじゃありませんか。俺とは根本的に違います」


「いやいや、さすがに誰でもってわけじゃないし……まあ、おまえのそれが特別だっていうのはわかるけどさ」



 僕にだって一応好みはある。美醜の基準だって存在する。それなのに無類の女好き、みたいに言われたらちょっと傷ついてしまう。まあ、来るものは拒まないんだけど。



「特別……クラルテが」


「まったく、これで自覚がないというのが恐ろしいな。お前は既にクラルテに惚れてるんだよ。この間も言っただろう? 『前言撤回するなら早いほうがいいぞ』って。さっさと婚約してしまいなよ。お前は知らんだろうが、入団以降、クラルテはいろんなやつから声をかけられているんだぞ?」



 役職持ちの僕のところにはいろんな情報が集まってくる。毎年、新人が入ってくるこの時期は魔術師団全体が浮つきがちなので、上層部でこっそりと監視をしているのだ。


 そんななか、クラルテの人気は目をみはるものがあった。


 明るく可愛く、素直で従順(実情はどうあれ、若い奴らにはそう見えているらしい)、親は侯爵で資産家というのも大きなポイントだ。お嫁さんにしたい女性ナンバーワンということで、局の垣根を超えて魔術師たちが彼女を狙い、声をかけに来ている。知らないのは、こういうことに疎いハルトぐらいのものだろう。



(僕からすれば、身近な女には手を出すなって感じだけど)



 遊ぶなら後腐れのない形で。職場の女には手を出さないっていうのは鉄則だろう。まあ、本気ならばこの限りではないけど、今のところは面白半分に近づいているというところだろう。



「――知ってますよ。知っているからこそ、どうしたらいいのか悩んでいるんでしょう?」


「え? 知ってたの? 本当に?」



 意外だ。本気で意外だ。


 ハルトといえば、仕事以外のことに微塵も興味を示さない朴念仁で、みんなで噂話をしていても見向きもしないし、美しい女性を見かけても眉すら動かさないし、わかりやすく誘惑されているのに気づくこともない。本当に面白みのない男だと思っていたんだけど。



(もしかして、自分で調べたのかな?)



 だとしたら、僕としてはものすごく面白い。


 多分、クラルテは自分からハルトに他の男にアプローチをかけられていることを打ち明けないだろう。……いや、ヤキモチを焼かせる目的でそういう戦法をとる可能性もあるけど、今はまだ時期じゃないと判断するはずだ。下手すればハルトは他の男を勧めてきたり、彼女を突き放そうとするかもしれないと、そう思って。



(なんだよ、めちゃくちゃ惚れてんじゃん)



 たとえ気持ちが伴わずとも婚約に持ち込めれば御の字ぐらいのつもりでいたのに……これならクラルテの目指している恋愛結婚も夢じゃない。思わず口元が緩んだ。



「――婚約したら、他の男が寄ってこなくなりますか?」



 デカい図体を縮こまらせて、ハルトが俺に尋ねてくる。どうやら本気で悩んでいるようだ。



「うーーん……それはどうかな? ついさっき僕も婚約を勧めたし、効果は当然あるけど、だからといって男が寄ってこなくなるというものではない」



 普通、婚約者がいる女の子は恋愛(火遊び)対象から外す。だけど、クラルテの場合はそれだけでは足りなさそうだ。それだけ魅力的な子だし、なかには浮気や不倫といった背徳感を愛する男もいるからなぁ。



「だったらどうしたら……」


「牽制するのが一番だろう?」



 ビシッと指を指したら、ハルトはパチパチと瞳をしばたかせた。



「牽制、ですか」


「そう! 『クラルテは俺のものだ。誰にも渡さない』という強い想いを、客観的に見える形で示していく。そうすればほとんどの男はクラルテに近づかなくなるだろう。ただでさえおまえは厳しいことで有名だし、恐れられてもいるし、普段とのギャップも相まって効果てきめんだろう」



 効果てきめん……というか、単純に僕がそんなハルトを見て見たいだけだけど! 

 だってさ、あんなに恋愛を拒否していたのに! 絶対に誰とも結婚しないって言い張っていたくせに! 女の子に翻弄されているだなんて、面白すぎるじゃないか。



「だけど、婚約もまだなのにそんなことは……」


「だから、先に婚約すればいいだろう?」



 なにを当然のことを。思わず呆れてしまった。



「しかし、まだ彼女に出会ってから三週間程度ですし、自分の気持ちに名前をつけられているわけでもありませんし、この程度の想いで婚約を結ぶのはクラルテに失礼な気がして……」


「じゃあ聞くけど、ロザリンデと婚約したとき、おまえは彼女のことを好きだったの?」



 僕の問いかけに、ハルトは目をまん丸くし、すぐに首を横に振る。



「いいえ、まったく。というか、彼女とは完全に政略結婚で、はじめて会ったのも婚約を結んだときでしたし……」


「そうだろう? 貴族の結婚なんてそういうもんなんだよ。だから、出会ってどのぐらいしか経ってないとか、想いが云々なんてウジウジするのはナンセンスってこと。というか、お前の結婚は上官命令って言っただろう? すでに結婚前提で回答しているんだし、選択肢なんてないんだから、さっさと先に進みなよ」



 まったく、ここまでお膳立てしてやらなければ想い切ることができないなんて、うちの後輩には困ったものだ。だけど……



「そうですね。プレヤさんのおっしゃるとおりかもしれません」



 こんな穏やかな表情のハルトを見るのははじめてだ。

 真面目で融通が利かない、仕事に生きる熱い男。自分とはタイプが違うから、見ていてちっとも飽きないし、これからどう動いていくかとても気になるところ。



「……あっ! 言っとくけど、プロポーズは時と場所と場合を考えろよ! 間違っても、家の中で適当に済ましたらダメだからな!」


「え? そうなんですか?」


「当たり前だろう?」



 やっぱり、これからも僕が気にかけてやらなきゃダメなんだろうな。

 世話が焼けるな、なんてことを思いつつ、僕は密かに笑うのだった。


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