14.クラルテのお仕事②
「クラルテさんはどうして魔術師団に入ったの?」
巡回の道中、ペアの先輩が尋ねてきます。社交(というか夜会)が好きな男性で、名前をユーゴさんといいます。入団から二年目、わたくしがはじめての後輩です。
「えーーと、これはもういろんな方にお伝えしていることなんですけれども、わたくしはハルト・ディクケプフィガー様と結婚するのが夢でして、彼にお近づきになるために魔術師団への入団を目指していたんです」
「へぇ……ハルトさんに。なにがそんなによかったの?」
「え? 全部ですけど」
すかさず返事をすれば、ユーゴさんはウッと言葉に詰まったようでした。
(まったく! 人が好きだといっているものに対して『どこが?』といった表情を向けてくるなんて失礼な人ですよね!)
旦那様は公平で厳しく、強いお方です。わたくしはそんな彼を愛しています。
だけど、わたくしの先輩たちの中には、そんな旦那様に苦手意識を持っている人もいるのだといいます。特に不真面目な方はそういう傾向にあるんだとか。
(まあ、ユーゴさんは婚約者がいながら夜な夜な夜会に通っているってお話ですものね)
なんならそのために転移魔法班のほうに配置を希望したって聞きました。(シフトにもよりますけど、夜は毎日家に帰れますからね)
一途な旦那様とは正反対。男の風上にも置けません。
とはいえ、この方ならほんの少しアプローチしたら靡いてくれそうなので、そういう点は羨ましくもあるんですが……。
「でもさ、あの人って五年も前の婚約破棄を未だに引きずってるっていう話だよ? 見込みのない恋よりも他に行ったほうが建設的だと思わない?」
先輩はそう言って、わたくしの手を握ってきます。
(ああ、またですか……)
そんなふうに言われるのは何人目のことでしょう? 同じ配置先である転移魔法の使い手だけじゃなく、水魔法部隊の方々からも同じように言われました。新人というのはなにをしていても、いなくても目立つらしく、しょっちゅう話しかけられますし、恋愛(主に火遊び)の対象だと思われてしまうようです。
「見込みのない恋でも、わたくしが好きでやっていることですし、諦めるまでは終わらないからそれでいいんですよ〜。それに、いよいよ無理だった場合は親の決めた政略結婚をすることになるでしょうから」
言外に『遊び相手になるつもりはない』ことを伝えつつ、わたくしは心のなかでため息をつきます。
(旦那様に会いたい……)
ランチの時間、合わせられるかな? 合わせたいなぁ。一緒に食べられたら嬉しいんですが、訓練の関係で諦めることもしばしばなんですよね。残念。少しでも一緒にいたいんですが、今日は外勤ですし、厳しいかもしれません。
「せっかくの外勤だし、今日は外でランチしない? 俺、おごるし」
「ユーゴさんの婚約者様に誤解されたくないので、謹んで遠慮させていただきます!」
そんなこんなでようやく巡回を終えたのですが、職場に戻るのがすっかり遅くなってしまいました。ほとんどの人が既に食事を終えているようです。
もう一度ユーゴさんに食事に誘われましたが、これまた丁重にお断りしました。見かけによらず、案外たくましい人なのかもしれません。
(旦那様は……もう仕事に戻っているんだろうな)
しょんぼりしていたら、後ろから誰かに肩を叩かれます。すぐに振り返ったら、そこには――
「旦那様!」
「……おつかれ、クラルテ」
旦那様です! 旦那様がいらっしゃいました! 先程までの殺伐としていた気持ちが嘘のように晴れやかになっていきます。
「嬉しい! わたくし、すっごく旦那様に会いたかったんです!」
会いたかった――それに、本当は今すぐ旦那様に抱きつきたい。あのたくましい体にギュってしたら、午後からも頑張れそうだなぁって。癒やされるに違いないと思うんですが。
「その……」
「……?」
「実は午前の訓練が長引いて、これから食事をとるところなんだ。だから、もしもクラルテがまだ食事をしていないなら……」
「まだです! 行きます! わたくしも是非ご一緒させてください!」
嬉しい! 嬉しいです! こんなこと言われたらたまらないじゃありませんか! 仮に自分がすでに食事を終えていたとしてももう一食追加で食べちゃいますよ!
「良かった……」
旦那様はそう言って、わたくしの頭をそっと撫でてくださいます。実際のところ、なにが良かったのかはよくわかりません。だけど、わたくしはこの状況が嬉しいので問いただそうとは思いません。自分に都合の良いように解釈させていただきます。
「わたくしも、お会いできて良かったです。午前中、ずっと旦那様のことを考えながら仕事をしていたんですよ?」
なんて、これじゃ不真面目だと思われちゃうでしょうか? だけど、本当のことだから仕方がありません。
旦那様がふっと目元を和らげます。一瞬だけ『嫌われたんじゃ?』なんて焦ったものの、杞憂でした。
「だ、旦那様……」
なんと! 旦那様がわたくしの手を! 手を握ってくださったのです!
(温かい……これ、別人の手じゃありませんよね?)
あまりにも信じられなくて、思わず視線をやったのですが、大きくてゴツゴツしたその手のひらは間違いなく旦那様に繋がっています。
「嫌じゃないか?」
旦那様がそんなことを尋ねてきます。わたくしはちぎれんばかりに首を横に振りました。
「嬉しいです! すっごくすっごく嬉しいです!」
はにかむような旦那様の微笑み。胸がキューッと苦しくなって、それからものすごく甘ったるくなります。
(食堂までの距離がもっと遠くなったらいいのに)
そんなことを思いながら、わたくしは満面の笑みを浮かべるのでした。




