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12.わかっていますとも

 旦那様が出勤の日には、二人で仲良く歩いていきます。本当はわたくしの転移魔法を使ったら早くて一瞬で済むのですが、体力づくりをしたいという旦那様の強い希望です。



「別に、クラルテは転移魔法で出勤してもいいんだぞ?」



 あるとき、旦那様にそんなことを言われました。少しだけ申し訳無さそうな表情です。



「ふふふ……まだまだ旦那様はわたくしという女をわかっていらっしゃらないようですねぇ」



 わたくしがニヤリと笑えば、旦那様はキョトンと目を丸くなさいました。



「そんなこと、旦那様命のこのわたくしがするはずないじゃないですか! 少しでも長い時間、旦那様と一緒にいたいですもの! 当然、わたくしも歩いて出勤します! それに、仕事のときに魔力切れを起こしちゃいけませんし、温存したほうがいいでしょう?」



 わたくしの返事を聞きながら、旦那様は「そうか……それならいいんだが」と微笑みます。



 魔法はあれば便利なものです。しかし、ないと生活ができないというわけではありません。すべての事柄を魔法に頼っていては、わたくしはすぐにヨボヨボのおばあさんになってしまうでしょう。


 それに、魔力というのは無尽蔵に湧いてくるわけではありません。使えば減りますし、回復にかかる時間は、その日の体力等に左右されます。

 おまけに、人によって容量が異なるうえ、スカスカになると術が発動しなくなってしまいます。体力とは違って、魔力が完全になくなると命に関わることもあるらしく。

 ですから、己の魔力が枯渇しないよう、魔術師たちは自己管理を行わなければならないのです。



「そうは言うが、クラルテの魔力量は相当なものだと聞くぞ?」


「まあ……! わたくしの噂を気にかけてくださっているのですか? 嬉しいです! わたくし、こういう性格……というか、性質をしておりますでしょう? ですから、人よりも魔力の受け皿が大きいと申しましょうか……使ったそばからメキメキと魔力が湧いてくるのですよ!」



 せっかくのプレゼンの機会を逃すまい――わたくしは旦那様に向かって自分というものを売り込みます。



「たしかに……それだけのバイタリティの持ち主だ。もしかしたら国一番の魔力の持ち主かもしれないな」


「バイタリティ! すっごくよく言われるんですよ! 君のバイタリティは素晴らしいって!」



 感心半分、呆れ半分――あまりにも言われすぎて、もはや褒め言葉なのかよくわかりませんが(しかも、人前では猫を被っているといいますのに)……愛する旦那様もそう表現するくらいですし、ここは褒め言葉ということにしておきましょう!



「今度先輩が魔力測定に連れて行ってくださるそうです! わたくし、訓練のなかでしか自分の限界値を測ったことがないので、少し楽しみなんです!」


「先輩って……女性だよな?」



 すかさず旦那様が確認をしてきます。見れば、顔が真っ赤に染まっているじゃありませんか!



「――どっちだと思います?」



 あーー可愛い! 旦那様ったら、すごく可愛い! これって嫉妬……というか、お相手を警戒していらっしゃるってことですよね? わたくしが他の男にうつつを抜かすんじゃないかって。もしくは他の男からちょっかいをかけられるんじゃないかって! 後者はさておき、前者は絶対ありえないのですが、せっかくの機会なので有効に活用させていただかなくては!



「ねえ、どっちだと思います?」


「……そういう聞き方はずるくないか?」



 旦那様はそう言って、フイと顔を背けます。わたくし、思わず笑ってしまいました。



「ずるいですよ? だって、そうじゃないと、旦那様にドキドキしていただけないでしょう?」



 最近わたくしのほうがドキドキさせられてばかりですし。たまにはしっかりとお返しをしなくては。もっとわたくしのことを好きになってほしいですから! 陥落する気満々ですから!



「わかっているくせに」



 とんだ小悪魔め、なんてつぶやきながら、旦那様はわたくしのことをチラチラと見ます。



(ええ、わかっていますとも)



 人はわたくしのような女を『あざとい』とか『計算高い』と呼ぶのです。


 けれど、あざとくたって――計算高くたっていいじゃありませんか? もちろん、旦那様に嫌われてしまったら元も子もありませんけど、そうじゃなさそうってことぐらいはちゃんと観察してわかっています。

 それに、わたくしは攻められるのは性に合わないのです! 目的のためならズルくもなります。



「クラルテ……あまりいじめないでくれ」



 旦那様が切なげな表情で囁いてきます。

 ああ、またです。ドキッと胸が高鳴りました。こんな顔されちゃあ堪りません。なんでも言うこと聞いてあげたくなってしまいます。



「ご安心ください! ちゃんと女性の先輩ですよ〜〜! というか、わたくしの周りでわたくしにアプローチをしようなんて男性はいないと思いますけど」


「そ、そんなことは言い切れないだろう?」



 旦那様はそう言って、唇を少しだけ尖らせています。

 実際のところは旦那様のほうが正しいのです……新人ってだけで男性は寄ってくるものですからね。だけど、いたずらに旦那様を心配させちゃいけません。嘘も方便って言いますし。



「わたくし、色んなところで『旦那様の婚約者に内々定をいただいている』と吹聴しておりますからね。わざわざ婚約者(仮)持ちに特攻してくる男性は少ないのですよ! もちろん、正式に婚約を結んでいただくのが一番なんですけど……」



 チラリと旦那様を見上げ、わたくしは大げさにため息をつきます。


 そうなんです。わたくしはまだ、旦那様の婚約者(仮)状態を抜け出せていないのです。


 もちろん、長丁場になることは覚悟していましたし、旦那様の愛情を勝ち取るのは『望み薄だよ』ってプレヤさんに忠告されていました。


 だけど、結婚は旦那様が魔術師団に残る条件だって聞いてますし、愛がなくても結婚だけは了承してもらえるかなぁなんて打算もありましたし。結婚さえしてしまえばこっちのもの。ゆっくりと落とせばいいんじゃないかなぁなんて思っていたのですけれども。



「それについては追々……ちゃんと考えてはいるから」



 額をそっと押さえつつ、旦那様は小さく息をつきます。心なしか頬が赤くなっているように見えました。



「……いいですよ。急かすつもりはありませんから」



 旦那様は真面目な方ですから。中途半端な気持ちで、ことを進めたくはないのでしょう。


 それでいいです。わたくしはそんな旦那様を――そんな旦那様だからこそ、好きになったのですから。



(その分わたくしも本腰を入れて、旦那様に好きになってもらえるように頑張らないと)



 そのためなら、いくらでもあざとくなってやりましょう!


 密かに気を引き締めつつ、わたくしは旦那様を見つめるのでした。


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