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10.クリティカルヒット

(どうしましょう……最近旦那様の様子がおかしいんです……)



 どうも、クラルテです。


 旦那様ことハルト・ディクケプフィガー様の婚約者に内々定をいただき、彼の家に押しかけてから二週間。最初はわたくしの存在に戸惑っていらっしゃった旦那様も、段々と慣れ、存在を受け入れてくださっている……なんてことを思っていたのですが、最近どうも状況が変わってきています。


 というのも、旦那様はわたくしをからかって遊んでいるというか……なんだか言動や行動が日に日に甘くなっており、わたくしのほうが戸惑っている、という状況なのです。



「……おはよう、クラルテ」


「おはようございます、旦那様」



 まず一点目。

 はじめは『起こさなくていい、自分で起きるから』という感じだった旦那様が、むしろウェルカム! といいましょうか……わたくしに『起こしてほしい』なんてことをおねだりをするようになったのです。


 そりゃ、わたくしとしては願ったり叶ったりですけれども。毎朝わたくしの顔を一番に見て、わたくしを思い出してほしいなんて言ったのはわたくしのほうですし。

 けれど、話はそれだけでは終わらないのです。



「朝から君の顔が見られて俺は嬉しい」


「……っ!」



 はい、本日一発目のクリティカルヒット! あの旦那様が! 頑固で他人をあまり寄せ付けない旦那様が! こんなことを言うようになってしまったのです!


 こんなこと言われてしまったら平常心じゃいられないでしょう? 嬉しくて舞い上がっちゃうでしょう? ただでさえわたくしは旦那様のことが大好きなのに! これ以上好きになったら身がもたないわけですよ!



「ちょ、朝食ができましたよ! 冷める前に早くいただきましょう?」



 ですからわたくしは、必死で平気なふりをしております。一生懸命、これまでどおり『押せ押せ』なわたくしを貫こうとしております。


 だけど、残念ながら、わたくしの動揺は旦那様にバレバレみたいなんです。



「今日は俺の着替えを手伝ってくれないのか?」


「…………っ!」



 はい、二発目! まったく、なんてことを言ってくれるのでしょう!?



 そりゃ、『着替えを手伝いたい』と主張したのはわたくしですよ? それも、この家に来てから数日後のことです。

 だけど、そのときの旦那様は当然『そんなものは必要ない』と恥ずかしそうに断っていらっしゃったのに……。



「えーー? いいんですか? 本当に手伝っちゃいますよ?」



 どうしましょう……こんな返事をしてみたものの、旦那様の回答によってはわたくしの首が絞まります。

 だってだって、普通に考えて無理ですよ! そりゃ、旦那様の引き締まった身体は見てみたい――とは思いますけど(小声)、相手は大好きな旦那様ですよ? 本気で恥ずかしいじゃありませんか! 直視できるはずがありません。



「ほら」



 それなのに、旦那様はベッドに腰掛けてわたくしの顔を覗き込んできました。胸を突き出すようにして、パジャマのボタンを見せつけてきます。外して、ということのようです。



(…………本当に?)



 いいんでしょうか? こんなことして許されます? というか、あとから嫌われたりしませんか?



(しかし、このままでは朝ごはんが冷めてしまいます)



 旦那様に冷や飯を食べさせるわけにはいきません。温め直したところで、一度冷めたらどうしても味が落ちてしまう気がしますし。なによりわたくしのプライドが許しません。



(いざっ)



 意を決して旦那様のそばにひざまずくと、旦那様の綺麗な青い瞳が飛び込んできます。次いで形のいい鼻梁と、少し日に焼けた肌と、ふっくらとした唇が間近に見えて、思わずゴクリとつばを飲み込みました。



(好きだなぁ。キス、したいなぁ……)



 こんなこと考えるなんて、令嬢らしくないってことは自覚してます。恥ずかしいと思わないわけでもありません。

 だけど、好きな人に触れたい、触れられたい、好きって大声で叫びたいっていう気持ちは、普通のことなんじゃないかなぁって思うわけで。



(まあ、一応他の人の前では令嬢っぽく見えるように擬態していますけどね)



 引かれたら嫌ですし。普通の人だと思われていたほうがお付き合いもしやすいですし。両親の名誉的なものもありますからね。


 だけどわたくし、旦那様の前ではどうにも自分を押さえられないんですよ……。本当に、気づいたら身体と口が動いていると申しましょうか。じっとしていられないのです。



 さてさて、そんなこんなで必死に思考を巡らせて、目の前の現実(=旦那様のお着替え)から意識を逸しているわけですが、どうやら寝間着のボタンを外すのが今のわたくしの限界のようです! これ以上はどう考えても無理! 手、かたまっちゃって動きませんし! どうしましょう? どうしたらこの状況を切り抜けられますか?



「……すまない」


「え?」



 旦那様が小さな声でつぶやきます。よく意味がわからなくて首を傾げていたら、旦那様ははにかむように笑いながら、わたくしのことをじっと見つめました。



「クラルテが可愛すぎてついつい意地悪したくなった」



 次いで、額に柔らかい感触。柔らかい感触――――って!?



「だっ、だっ、旦那様!?」



 キスされた! 旦那様に! 唇じゃなくて額だけど! キスはキスです!

 いいんでしょうか……こんなことされたら期待しちゃいますよ? このまま結婚してもらえるんじゃないかって! そう思っても大丈夫なんですか、旦那様!?



「あとは自分で着替えるから、少しだけ待っていてくれるか? 一緒に食事の準備をしよう」



 興奮していたら、ポンと頭を撫でられて、ものすごく優しい笑顔を向けられてしまいました。



(どうしましょう……胸がものすごくドキドキします)



 これでは今日一日、旦那様のことばかり考えてしまいそう……あっ、それはいつものことですね。すでに末期というか、手遅れですけど。


 わたくしは着替えをしている旦那様に背を向けつつ、ものすごくうるさい胸を必死に宥めるのでした。


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