8:ルートは怯える
突風のように走って消えたアンドレの後ろ姿を見つめながら、ルートはゆっくりと起き上がった。
侍女たちが怪我はないかと心配してくるが、触るなと命じて立ち上がった。そして、今日の執務はすべて休むと伝えて私室へと戻った。
――――バレた。
アンドレに胸を揉まれた。
あの表情は、絶対に気付いていた。
十九年の努力が、何百年と続いていた王族の努力が崩壊する。その恐怖は得も言われぬものだった。
父である国王に報告しなければいけないのに、足が竦んで動かない。
なんとか部屋まではたどり着いたが、ドアを閉め数歩あるいたところで、床にへたり込んでしまっていた。
明日には、国中に『王太子は女だった。王族は国民を騙していた』と広がっているだろう。
王弟派閥が勢いに乗り、父は国王の座を引きずり落とされ、母もルートも幽閉されてしまうだろう事が想像に難くない。
ルートが幼い頃から抱えていた想いが、あの一瞬で崩れ去ってしまったのだ。
――――もう、立てない。
絶望に近い感情とともに、思考が停止してしまう。
何時間も床に座り込み、窓から差し込む光がどんどんと動いていくのをただ見つめていた。
オレンジ色の光が部屋を淡く照らし出した頃、ルートの部屋のドアが勢いよく殴り叩かれた。
「アンドレ様っ、落ち着かれてください!」
「ルート殿下! 私を部屋に入れて!」
アンドレが部屋の外で何かを叫んでいる。
沈んでいたルートの意識が徐々に浮上しだす。
なぜ、アンドレが王城の自分の部屋の前にいるのだろうか? いくら考えても、ルートには正しい答えが導き出せない。
ただひとつ言えることは、面と向かって何を言われるのか分からなさすぎて、恐ろしいということだった。
「ルートさまっ!」
アンドレの声に身体が震える。両手で自身を抱きしめることしか出来ない。
喉が誰かに絞められているかのように息ができない。
ドアノブがガチャガチャと鳴る度に、アンドレと衛兵がなだれ込んでくる恐怖に押し潰されそうになっていた。
ドアの外が静かになり、アンドレが諦めたのかと思ったが、今度は続き間の方が騒がしくなった。
ルートの部屋の横は、夫婦の主寝室、その横が王太子妃用の部屋になっており、全てがドアで繋がっているのだ。
そちら側のドアには鍵を掛けていただろうか、とルートが考えると同時に、ドアが開き息を切らしたアンドレが部屋に飛び込んできた。
「ルート殿下――――」




