5:ルートの葛藤
ルートは私室のベッドに座り俯き、大きな溜め息を吐いた。
なぜ、継続するよう頼んでしまったのか。
なぜ、了承してもらいホッとしたのか。
彼女は自分と結婚して幸せになれるのだろうか?
そんな言葉ばかりが、頭の中で渦巻き膨れ上がる。
白い結婚。
つまりは男女の関係などなく、子作りもせず、ただ婚姻をしているだけというもの。
子供をもうけたくない夫婦もいるだろうが、アンドレはどうなんだろうか、と聞くわけにもいかないのが現実である。
聞いてしまえば、その瞬間に不信感を抱かれることはわかり切っているのだ。
「っ……だから、何で!」
バスンと力任せに枕を殴った。
なぜか、彼女に嫌われたくないと思ってしまう。
今日初めて逢った相手なのに。
しかも、同性に。
自分よりも儚く嫋やかな、美しい女性。
少女のような見た目に反して、体格や体幹はとてもしっかりとしていた。
スラリと背が高く、ピシッと伸ばされた背筋。
黒く真っ直ぐな髪はまるで新月の夜空のよう。
アンバー色の瞳はまるではちみつのように艶めいていた。
どう抗おうとも、彼女の仕草に見入ってしまっていた。
何時間も経った今でも思い出せるほどに。
男でもなく女でもない自分は歪な存在で、この世界の理から外れている。それに他人を巻き込みたくはない。
だから、今までは親密な相手を作らなかった。
当たり障りのない会話、必要最低限の触れ合い。茶会や夜会に頻繁に出るのは、王弟派閥たちに付け入る隙を与えないため。
「はぁぁぁ……」
今日の顔合わせを経て、父である国王に正式に返事をするとは伝えていた。
婚約成立の書類は既にあるものの、ルートが絶対に嫌だと伝えれば、破棄してもらえるはずだ。
だが、ルートには決心が付かなかった。
もう少しだけ、ほんのもう少しだけ、アンドレのことを知りたい。
そして、彼女が白い結婚でも構わないと言うのであれば、友人のような形での夫婦という手もあるのでは? とルートは考えた。
「はぁぁぁぁ……」
同性婚。
他国にはあるものの、自国では法律上では認可されていない。良くも悪くも、異質なものは排除されてしまう風潮があるのだ。
そういった古臭い考えは、破り捨てて行くべきなのだろうが、今はそういう問題ではない。
思考が完全に逃避行動していた。
一番に考えねばならないのは、アンドレにルートの性別がバレたとき。
アンドレをどれだけ傷つけるのか、国をどれだけ揺らすことになるのか。
考えただけで、胃が潰れてしまいそうだった。
「はぁぁぁぁぁ……」
この日、ルートの部屋には大きな溜め息が幾度となく響いていた。