4:アンドレの矜持
王太子妃には向かない、と断言されたアンドレは、なぜかムキになってしまった。
「なぜ断言する――――んですか!」
この二五年、ずっと女性の振りをしてきた。
誰よりも女性らしく、誰よりも淑やかに。数少ない夜会の参加時には、様々な令嬢の観察を欠かさなかった。
確かに、父親に伝えられたときはバレたときの恐怖に包まれはした。だが、覚悟を決めれば王太子妃になったとしても、欺き続けられるはずだ! そう思うほどに、アンドレは自身の生き方に矜持を持っていた。
嫋やかさの奥にある芯の強さが露わになり、ルートは目を見張った。
ガタリと立ち上がり、声を張り上げるなど思わなかったのだ。
アンバー色の瞳に宿る炎に魅せられた。
「すまなかった。言葉が過ぎた」
王族が簡単に頭を下げてはいけない。
そう、教えられていたのに。気付けばアンドレに頭を下げていた。
「っえ!?」
アンドレは、銀に近い美しい髪がサラリと下に流れていく様を目にして、頭が真っ白になった。
あの、アイシクル・プリンスが頭を下げている。
歴代の中で一番有能で冷静な王になるだろう、と言われている王太子の頭が、自分の顔よりも下にある。
髪が流れてルートの耳裏と首筋が見えた瞬間、心臓がドクリと、跳ねた。
――――え?
アンドレはなぜか王太子にときめきを覚えてしまった。その事実が、思考回路を停止させる。
ルートがそっと頭を上げると、耳を真っ赤にしたアンドレが放心していた。
自分が頭を下げたせいで、萎縮させてしまったのだと勘違いし、彼女の腰に手を添え、座るように促す。
ペタリとベンチに座り込んだアンドレに声をかけるが、全くと言っていいほど反応がない。
ルートは困り果てつつも、彼女の真横に座り続けた。
アンドレはというと、脳内会議が忙しかった。
自分には、男色の趣味はなかったはずだ。どんなに女性の格好をし、女性らしくしていても、可愛いと思うのは女性のみ。
今まで明確な恋などはなかったものの、夜会で見かけるご令嬢たちに可愛いなといった感情を抱くことはあったのだから。
「アンドレ嬢?」
「……」
「アンドレ嬢……その、もちろん、君が婚約者でいることが苦痛でないのなら、それで構わないんだ」
「…………」
「アンドレ嬢? その…………というか、お願いできるだろうか?」
「……」
「アンドレ嬢? 大丈夫かな?」
「……あ? あ、はい。大丈夫です」
このとき、アンドレは何か分からずに返事をした。
このとき、ルートは了承の返事だと受け取りホッとした。
そして二人とも、自身の部屋に帰ったところで盛大なる後悔をすることになった。