3:二人の顔合わせ
春の陽射しが穏やかなとある日。
ルートとアンドレ、二人の顔合わせが王城庭園のガゼボにて行われた。
「……」
「…………」
使用人を下がらせたため、二人きり。双方が一言も話さず、ただ紅茶と菓子が減り続けるという異様な空間と化している。
ルートは悩んでいた。
こんなにも可憐で嫋やかなご令嬢を騙して、白い結婚をしていいのかと。今までに心から愛する人はいなかったのだろうかと。
年上で二五歳だと分かっていても、それを感じさせないほどに儚げで、病弱なのでは?といった疑惑が生まれる。
菓子をガッツリと食べているが、妙に可愛いから気にはならない。
アンドレはキレていた。
何なんだこのイケメンは!と。恐ろしいほどに輝いているじゃないかと。
『氷柱の王子』の名は伊達じゃなかった。凍り付いたように変わらない表情と、鋭い視線。
真実を見抜かれていそうで怖かった。あと単純に、男とバレているのか、いないのかも気になった。
色んな意味で命と貞操の危機じゃないのか。あの父親はなぜこんなに危険な相手との婚約を結ぶのだと。
「アンドレ嬢」
高くはないが低すぎない中性的な声が、アンドレを呼ぶ。
主流に逆らうダークカラーの襟の詰まった禁欲的なドレスを着たアンドレの肩がビクリと震え、ルートは妙な庇護欲をそそられた。
「そのように怯えないで欲しい。いきなりこのような場に呼び出されて驚いているだろう」
「めっ……そうもございません」
アンドレのハスキーな声を聞いたルートは、彼女の見た目に反するその声色にとてつもなく惹かれた。違和感というよりは、とても似合っていたからだ。
「その……今回の話が出て、アンドレ嬢のことを知ったものだから、気になっていることがあってね。普段の生活など聞いてもいいかな?」
アンドレは、参加必須で人が多い夜会以外にはほとんど参加していなかった。理由はもちろん、どこから性別がバレるかわからないから。人が多いと注目されづらいから。
反対に、ルートはかなり頻繁に茶会や夜会に参加していた。だが、そこでアンドレを見た記憶が無い。
もしかしたら、社交が苦手か苦痛に感じるのかもしれない。そうなると、王太子妃という立場はかなり厳しいものになるからだ。
自分は間違いなく国王になる。自ずと、王太子妃は王妃に。
何かあれば助けるつもりだが……と考えたところで、ルートはハッとした。
――――なぜ、結婚する前提で考えているんだ!?
確かに婚約はしてしまっている。知らないうちに書類にサインがされてしまっていたから。本人のサインがなくとも、国王がサインしてしまえばそれは、最大の効力を持ってしまう。
だが、どうにかやって婚約破棄が出来ないかと考えていたはずなのに、だ。
「普段は、幼い弟の教育やレース編みなどをして過ごしています」
「社交は苦手?」
「え……えぇ、どちらかといえば」
ならば、とルートは王太子妃は重責すぎてアンドレには厳しいのではと伝えた。辺りに使用人がいれば全員の顔が凍りつきそうなほどの『氷柱の王子』の雰囲気で。
普通の令嬢ならば、泣くレベルの恐ろしさだっただろう。王太子という高い立場の人物からの、冷たく切り捨てられるような言葉は。
だが、アンドレは違った――――。