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2:侯爵令嬢、アンドレ

 



 アンドレは焦っていた。

 父である公爵が、あのアイシクル・プリンスと婚約を決めたと言うのだから。


「な…………にを考えているんですか!」

「アンドレ、お前はもう二五だろう? そろそろ結婚してくれ。我が家はブルーノが継ぐから心配するな」

「それは……弟がいれば安心ですが。私は何のために…………生まれてきたんですか……!」


 歳の離れた弟が侯爵家を継ぐことに心配はないし、納得している。だが、自分はどうなるのだ、と。

 王太子を、王家を、騙し続けるなど不可能に近い。

 真実がバレてしまえば、自身の命はもちろん、一族郎党みな処刑されてしまう。


「バレても構わない。ただし、陛下と王妃殿下と王太子殿下にだけだ」

「……………………は?」


 たっぷりと時間を置いて出てきたのは、たった一言。

 父の言葉はアンドレの脳内に届いているはずなのに、理解が出来なかった。


 両陛下と王太子には『バレてもいい』ということは、王太子は────?


「え、嫌だ、キモい!」

「アンドレ…………流石にそれを殿下に直接は言うなよ?」

「言いませんよ! 斬首なんて嫌です!」


 アンドレは黒く艷やかな髪ごと首をキュッと抱き締め、ぷるぷると震えた。その姿はまるでか弱い子羊そのもの。

 スラリと背が高く、細すぎるわけでもないのに、なぜか(たお)やかさが感じられた。零れそうなほどに潤んだアンバーの瞳と、ぷっくりと膨れたチェリーのような唇はまるで乙女のよう。

 貴族女性としては薹が立つと言われるような年齢とは思えないほどに、幼さが残る見た目をしている。

 ()()()()()、引く手数多だっただろう。




 ◆◇◆◇◆




 アンドレの母親は心を壊していた。

 実の父親から受け続けた暴力で、幼馴染だった侯爵以外は受け入れられないという重度の男性恐怖症。

 侯爵の見た目がとても中性的だったからこそ成し得た結婚と出産だった。


 侯爵夫人は子を望んでおり、侯爵はそれを受け入れた。

 ところが、出産し男児だったとわかると、発狂したように泣き叫び、まだ目も開いていないアンドレを殺そうとしてしまった。

 公爵は、苦肉の策を取る。

 夫人が興奮しすぎて気絶している間に、事実を覆い隠した。


「…………んっ」

「おはよう、出産お疲れ様。可愛い女の子だ」


 目が覚めた瞬間に、そう言って女児用の産着を着せたアンドレを見せた。


「…………? え? あれは、夢だったのかしら?」

「ん? どうしたんだい? なんの夢を見たのかな?」


 侯爵は、押し通した。使用人に箝口令を敷いた。

 息子の命を守るため、妻の命を守るため。


 だがその十五年後、侯爵夫人は帰らぬ人となった。元々食が細く病気がちであったことも理由の一つだった。

 そこでアンドレを長子に戻せればよかったのだが、出生届を女児として提出しているうえに、貴族名鑑にも載ってしまっていた。

 アンドレは女として生きていくしか、道がなくなっていた。


 


 ◇◆◇◆◇




 父親と後妻との間でゆっくりと愛が育まれ、七年前に生まれた弟が笑顔で喜ぶ姿を眺める。


「お姉様が王太子妃にですか! すごい!」

「あぁ、アンドレの美しさが、王家の目にとまったようだ」


 家族仲はとてもいい。

 後妻である義母はアンドレの性別を知っているが、弟は知らない。まだ幼いから、もう暫くしてから、と事実を伝える事を先送りしていた。


「男勝りなところがバレないようにしないとですね」

「まぁ! 言うようになったわねっ」

「いたい、いたいー! あはははは!」


 無邪気に笑う弟の頬をつまみながら、アンドレはそっと溜め息を吐いた。


 ――――()()()()()()かよ。




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