6話「わからないことがどんどんでてくる!」
「一難去ってまた一難だなぁ」
気絶から目が覚めた場所―そこは天然の洞窟に鉄格子を嵌めて作られた牢屋であった。どうも俺は何者かに捕らえられてしまったらしい。
不便ではあったが取りあえず命の危険は無いようで、ひとまず平和ではある。これまでずっと命の危険にさらされていたのでこれ幸いとごろごろ寝転ぶ。
部屋の詳細は以下の通り。元々の空間を鉄格子で二分割しており、俺がいる側には石のように固いベッドとトイレ代わりの穴が備え付けられている。部屋前には見張りらしき武装した男。食事は一日二回薄いスープのようなものが出るだけで内容も量も不満はあるが無いよりマシ。まぁ大体そんなカンジだ。
「無事山から脱出できたと思ったらこれか…まぁいいや」
記憶を失う前の自分がどんな人間だったかは分からないが、俺は寝るだけの時間が全く苦にならないタイプのようだ。嫌なことも苦しいことも無く、ただ寝てるだけの生活が許されるのなら俺は喜んで牢につながれていたいと思う。
ところが俺のそんな幸せは二日もしない内に脅かされてしまった。というのも…
「吐け!あそこでお前は何をしていたのだ!」
「だ、だからぁ…記憶が無いんですって。私だって何が何だかわかんないんですよう」
そう、鉄格子越しに極卒らしき男が尋問してくるようになったのだ。
しかもわざわざ椅子と机を持ってきて念入りに調べたいご様子。後ろ手に鞭らしきものを持っているし、割と怖い。
「誤魔化すな!お前が見つかった場所には怪しげな術の痕跡や死体ばかりが見つかったと聞く。何か魔族と取引でもしていたんじゃないのか!?」
「そんなこと言われても…」
どうも俺の体を改造した勢力と今牢に繋いでいる勢力は違うらしい。正直に『不思議な力で変身してどでかいネズミやトカゲを倒していました』と答えたら、怪しい奴認定されて何をされるか分かったもんじゃない。うかつなことは喋れなかった。
だがそんな俺を見て極卒は苛立ったのか、どんどん口調が荒っぽくなっていく「隠し立てするとためにならんぞ!」そう言って手に持った鞭を振りかざしてくるではないか!
「ひえぇぇぇ…乱暴はやめて下さい!」
そんな時、コンコンと扉が叩かれる音がした。誰かが部屋に入ってくる。
「あ…」
背筋の伸びた美しい人―気絶した瞬間に見た、あの銀髪の少女であった。
彼女はこの部屋の誰よりも上等そうな軍装を身に着け、後ろには赤髪の女騎士を伴っている。
「どうです、何か分かりましたか」
「い、いえ姫様…申し訳ありません。コイツは知らない分からないと繰り返すばかりでして…」
「ふむ…なら私が代わりに聞いてみましょう」
「「「えっ?」」」
俺、極卒、後ろの女騎士がそろって同じリアクションをする。見るからに貴人であるこの人がそんなことを言いだすとは思わなかったのだ。
「お、恐れながら…捕虜の尋問なぞは下賤な職務です。こんなことは我々にお任せください。わざわざ姫のお手を煩わせるようなことでは…」
「人を介さず自分の耳目で知りたいのです。この人には直接確かめたいことがありますし」
そう言う彼女はいかにも生真面目そうな声音。極卒はしばらくうろたえていたが、やがて立ち上がって俺の対面にある席を譲った。
「…それと、今の私は姫ではありません。伯爵と呼んでください」
「は…はっ!失礼致しました伯爵!」
それだけ言って極卒は逃げるようにして部屋を出て行った。部屋には三人のみが残る。
「あ、あの…」
「オイ」
バゴンと大きな音が鳴る。赤髪の女騎士が威圧する調子で机をぶっ叩いたのだ。怖い!
「お前は聞かれたことだけを素直に答えればいいんだ。返事は?」
「は、はいぃ…!!」
思わず情けない声が出た。だって殴った衝撃で机にヒビが入ったんだもの。
「レオナ、乱暴はいけませんよ」
「……はっ、失礼をば」
下がる赤髪に変わって銀髪の少女が前に出て座る。コホンと一つ咳払い。
「私の名前はイレーネ・ノア・アンドリュー。伯爵位を賜ってこの地を治めている者です。今日は先日領内で起きた事件、あなたが倒れていた場所で一体何が起こっていたかについて詳しい話を聞きに来ました。正直に答えて下さるのでしたら貴方を無下に扱うつもりはありません」
そう語る彼女の目は真剣そのものだが、俺は内心驚きを隠せなかった。
(伯爵って結構偉い人なんじゃなかったっけ?…ていうか若すぎる)
見たところ彼女はまだ20にも届いていない女の子だ。この世界の常識は知らないが、肩書に対して異常な若さだと思う。だが、ここはとりあえず納得したフリをして話を進めることにする。
「は、はぁ…そういうことなら出来るだけ協力したいですけど、生憎私ほとんどの記憶が無いんです。どうも私、異世界人らしくって」
「記憶が無い異世界人…ですか」
(まぁこんなこと言ってもどうせ信じて貰えないよね…)
さっきの極卒がそうであったように、頭のおかしな奴だと思われたらどうしようと心配になる。
が、意外にもイレーネと名乗った少女は心当たりがありそうな様子で考え込んだ。
「…以前帝都へ留学していた時に聞いたことがあります。最高神バルツメイアー様の系統で異世界人を召喚する魔術があり、なんでもその魔術で召喚された異世界人は記憶を無くした状態でこの世界へ召される…と」
「えっ」
彼女が俺の言うことを信じてくれたことも驚きだが、話の内容も驚くべきものだ。
そういえば俺と戦っている時にカーピブと名乗ったあのトカゲも似たようなことを言っていた気がする。
「な、何故記憶が消された状態で召喚されるのでしょうか…?」
「さぁ、そこまでは…。とにかく貴方の置かれている状況は技術的に説明がつくものです」
イレーネは事実を確かめるように一つ一つ、しかしていねいに俺の質問に答えてくれる。
「誰かの意図で私は召喚されたのでしょうか…?」
「分かりません。しかし異世界人を召喚する魔術は極めて不効率的なもので、近頃は研究用途以外ではほとんど使われない魔術だとも聞きました」
「不効率?」
「術を行使するのに消費する魔力、司る神へ捧げる供物、それらの割合が酷く偏ったものだと記憶しています。術者の優劣で多少の違いは出ますが、たしか一人呼ぶ分の生贄だけでも二百人近くを捧げなくてはなりません」
「そんなに…!?」
「異世界人には記憶がありませんし、魔力も持てません。そこまでの犠牲を払ってわざわざ召喚する意味がないのです。それでも古代の時代には別の理由で召喚されていたようですが、今はそれも皆無と言っていいでしょう」
「……」
別の理由とやらが気になったが、ここで俺ばかりが聞くと質問攻めのようになるのでやめておく。
それにさっきから後ろの赤髪が『あまり舐めた真似をしたらぶっ殺す』と言わんばかりの形相で睨んできている。
「そういうことなら憶えている範囲で構いません。あの場所で一体何が起こったのかを教えて頂けないでしょうか?」
「は、はい…勿論です」
俺はあの場で起こったことをかいつまんで話した。目を覚ました時には既にフードの男たちに体を弄られていたこと。誓言を唱えることで変身し、巨大なネズミやトカゲ男たちと戦ったこと。最後に戦い終わった後でいくつかの記憶を取り戻したこと。
自分が自殺したらしいことは流石に伏せておいたが…。
「記憶を取り戻した…ですか?」
「ええ、そういえばまだ名乗っていませんでしたね。その時に思い出した私の名前は鎌田白男といいます」
「…ふむ」
イレーネは記憶を失ったという話を聞いた時以上に顔をしかめている。なんだろう。
「異世界人が記憶を取り戻したという話は初めて聞きました。むしろそっちの方が話としては気になりますね」
…何だって?
「その…失礼ながら、記憶違いとか聞いた情報が間違っているとかではなくてですか?」
「オイ貴様ァ!!!イレーネ様になんて口のきき方ッ…!」
「ひよわぁっ!?」
「レオナ、いいですから」
イレーネは赤髪の騎士を手で制して会話を続ける。
「少なくとも私が教わった時、わずかでも記憶を取り戻した異世界人の事例は0だと聞きました。『異界人召喚魔術は神の御業に預かる部分が大きい故、誤りはない』当時話してくださった恩師がそうきっぱりと断言していたのでよく覚えています」
「……」
だとすれば何故俺は記憶を取り戻せたのだろう。知れば知るほど謎は深まるばかりで、まるで霧の中を歩いているような心地になってくる。
「先程の話の中でいくつか気になったことがあります。変身して倒したトカゲというのは―――」
「はい、切り離した尻尾もすぐに生え変わっていました。ただ―――」
その後やり取りを重ねていく間も、俺の頭はぐるぐるとした考えごとで満たされていた。しゃべりながら悩んでいるのでぐるんぐるんだ。
最後にイレーネは一際真剣な顔つきで―きっと笑えばもっと可愛くなるのに勿体ない―意を決したように話しかけてくる。
「成程、大方のことは分かりました。シラオさん…でしたか、もし他に行くところが無ければこのまま我が家中に残って力を貸してくれませんか?」
就職先が突然生えてきた!「え、いいんですか!?よろこんで!!」
「もちろん断ったからといっていきなり野に放り出すような真似は…え?」
あまりに即答な返事だったからか、イレーネは目をパチクリとさせて驚いている。可愛い。
だが俺の判断は至って切実なものだ。異世界に来たばかりの俺にはこの世界の常識というものが分からないし、生活の基盤も持っていない。流石に奴隷のような生活は勘弁だが、働き口が貰えるならそれに越したことはない。
第一、この世界に来てから初めて友好的な言葉をかけてもらい、俺にはそれがとても嬉しかったのだ。
奴隷にされたり、時間稼ぎの捨て石にされたり、魔物と殺しあったり、自分が自殺したことを知ったり等々…。俺はこの世界に来てからロクな目にあっていない。きっとこうした誘い自体が幸運なのだ。逃す手はない!
「そ、そうですか…。それは何よりです。詳しい話はまた明日するので今日の所はこのまま休んでいてください」
「はい!!!」
元気いっぱいに返事して部屋を出て行く二人を見送る俺。いやー一時はどうなることかと思ったけど、よかったよかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
洞窟から出た二人の女が外の暗闇を歩みゆく。
彼女たちの間隔は近く、それは護衛というよりも信頼できる相手にのみ許す親密な距離感。
「あんまりいい笑顔で答えられたものだから変身とやらについて聞くのを忘れていました。レオナ、彼が言っていたことについて明日確かめてもらえませんか?」
「…待ってくださいイレーネ、あいつの言うことを鵜呑みにするのですか?」
「不満ですか」
「もちろん、あんな訳の分からない奴は怪しすぎて信用が置けません」
二人きりになって敬称を解いたレオナがそう口をとがらせる。
長年を共にした相手だからこそ主君に異を唱えても彼女の忠誠は疑われない。その遠慮の要らない間柄は、君臣関係というよりも友と呼ぶ方がふさわしいだろう。
「戦場では明確な敵より半端な味方が足を引っ張るもの。あんな得体の知れない奴と共に行動するなぞ私は反対です。不穏分子を自陣に入れるぐらいなら最初から居ないほうがいい」
「まぁ、言いたいことはわかります。しかしレオナ、これを見てください」
そう言って懐から取り出したのは赤き鉄片。戦場に残されたカーピブの鉄鎧、その一部であった。
「これは…」
「彼が見つかった場所には激しい戦闘の跡が残っていました。言っていたことも恐らく本当で、真実魔族の武人を討ち取っているのです」
―イレーネは彼が見つかった時の記憶をたぐる。うつ伏せに失神していた彼から続いていたのは引き摺ったような血痕。それがある部屋にまで続いていた。
そこは異様な部屋であった。一面にあるのは血、血、血。壁天井全てに血がぶちまかれ、部屋そのものが赤黒く染め上げられていた狂気の空間。そこで一体何が行われたのか最初は検討もつかなかったが、残っていた魔族の骨や武具の痕跡からやっと争いがあったのだと察することが出来た。
たとえそれがどのような性質のものであれ、彼があの部屋を作り出した張本人ならそれ相応の『力』を持っていることには違いない。そしてその矛先は人類の憎き仇である魔族を滅することに使われていたのだ。
だが見ず知らずの彼を気にかける、その一番の理由は―――
「……」
一度思い浮かんだ『それ』を頭振って打ち消し、イレーネは続ける。
「状況から見ても話の辻褄が合いますし、彼が何らかの力を持った人間であることは間違いないでしょう」
「なるほど、敵の敵は味方。バカとハサミは使いようというわけですな」
「そこまでは言いませんが…でも今はどのような形であれ、一人でも多くの戦力が欲しい。そしてもしもまともな味方が手に入るのなら、わずかな可能性でもそれに掛けたくなるぐらい私たちは追い詰められている。それもまた事実でしょう?」
「…それは」
その言葉を聞いて赤髪の騎士は押し黙るしかなかった。この国の危機と現状を、隣で歩く主君と同じぐらいには理解していたが故に。
「私達には何もかもが不足しています。考えるだけの時間も、人の手も」
「……」
それから二人の間に流れた沈黙は重く、苦しいものだった。