1話「理不尽な異世界」
始まりの記憶。それは唐突だった。
ゆさゆさ。
「んー…?」
誰かが眠っている俺の肩をゆすってきている。
ゆさゆさゆさ。
「う~ん…」
起きろということか。でも悪いね、俺まだ眠いから寝るわ。
ゆさゆさゆさゆさ。
「―――!!!」
「ん…んぅ、眠いってば…やめてくれよ」
耳障りな大声、そして肩を揺すられる。しつこい。
「―――――――!!!!!」
ゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさ―――
「ああもうっ!なんなんだ!起きるよ、起きますよっ!!」
そして―飛び起きてビックリ。
なんと見知らぬ部屋でフードの男たち3人組に囲まれているではないか。
「わーーーっ!!?」
「◎□△…!◆〇×…!!」
男たちは知らない言語で何事かをまくし立ててくる。でも何を言っているのかはさっぱり分からない。
「×■〇▲…」
「は、はい…?あいきゃんとすぴーくりいんぐりっしゅ!おーけー?」
「〇◎■×△!!××◆?!」
「言葉通じない相手に滅茶苦茶怒るじゃん」
身振り手振りで意思疎通を試みるが逆上される。何をそんなに急いでいるかは知らないけど、もうちょっと落ち着いて欲しい。
「▲×□◎×―――」
「え…なんだ、指…?」
男の一人がこちらへ指を向けたその瞬間―突如胸奥の辺りに痛みが走った。
「ガ―…っ!?うぐぅえっ?!」
息ができない!あまりの苦しさにそのまま地面へ這いつくばる。
(あがっ……!?く、苦しい…!なんなんだ一体…?!)
痛む胸を見ると心臓付近に六芒星の刻印が刻まれ、禍々しい光りを放っている。
いつの間にこんなものが…?
「●×〇▲…!!」
さらに別の男が何かを書きつづった巻物のようなものを俺の頭上に振りかざした。
砕けんばかりの激痛が、今度は頭へ―――
「ぐがああああああっ!!!?」
情報の洪水に襲われる!知らない言葉、知らない音、知らない口の動き…脳裏に様々な情報が浮かんでは頭の中へと刻みこまれていく。
それらは言語に関わるあらゆる情報そのもの。まるで脳内に他人の記憶がそのまま流し込まれたかのような―そんな感覚。
つまり、“無理やりなにかを覚えさせられている”―?
「―音声言語記憶魔術、成功したようです。筆記言語用のものも受け取っていますが…覚えさせますか?」
「いや、命令さえできればいいからそれはいい。……おい!」
「ぐは…っ!!」
リーダー格らしき男が痛みでのたうっている俺に蹴りをいれてくる。
こいつらの喋っている言葉が一瞬で分かるようになったのも衝撃的だが、どうやらそのことで驚いているヒマは俺に無いらしい。
「いいか、よく聴け。これから俺たちは裏口を通って逃げるから、お前はここで敵を食い止めろ」
「は、はぁ…?何で見ず知らずのお前からそんな命令を聞かなきゃいけないん…ぎゃああああああっ!!」
印の刻まれた心臓が再び痛み出す。まるで心臓の上から杭を打ち込まれているかのようだ。
「奴隷紋を刻まれた者は主人の命令に絶対服従…逆らえば死だ。分かったな?」
「は、はひぃ…」
よく分からないがコイツに逆らうと胸が痛む仕組みらしい。
できることなら抵抗してやりたいが、この心臓の痛みは脅しでも何でもなく、逆らえば本当に死ぬであろうことを伝えてきている。嘘でも何でもここは従うしかない。
「分かりました…従いましゅ…」
「よし、お前に埋め込んだ魔族を起動するための誓言は『変身』だ。追手が来たらそれで戦え」
吐き捨てるようにそう言うと、男たちは部屋を出て走り去っていった。
「い、痛ぇ…何なんだアイツら…」
何が何だか全く分からない。誰か俺に納得のいく説明をしてくれ。
しばらくして痛みが引いていくと、ようやく落ち着いて考えられるようになる。
まずは状況を整理しないと…。
「ザ・実験室って感じの場所だな」
辺りを見渡して目に付くのは俺が眠っていたベッド、よく分からない薬品や書類、その他何に使うか分からない道具が備え付けられている。
あんな連中の言いなりになるのは嫌だけど、これから追手が来るらしいしバリケードでも作ればいいのかしら。胸のつるつるした部分を触りながら考える。
「あれ…?」
その時になって初めて息苦しいことに気が付く。原因を探ろうと視線を下に動かすと、自分の首が荒縄のようなものできつく縛られている。縄の先は千切れていて何にも繋がっていない。
「…犬のリードみたいだ」
アイツらは人を痛みで服従させるだけでは足りなくて、首輪でも縛るつもりだったのだろうか?だとしたらとんでもない支配欲だ。
「胸の刻印にしろ首のヒモにせよ、一体いつの間にこんなものが…。いや、そもそもここは何処で、どうしてこんなところに俺はいるんだ…?」
その理由を少しでも知りたくて―――記憶を辿ろうとして―――頭を巡らせて―――
―――愕然とした。何も思い出せないのである。
いや、思い出せないのは直近の記憶だけじゃない。本当に恐ろしいことは―
「…そもそも俺の名前って、なんだっけ」
―自分のことすら何も覚えていないということ。どうやら俺の記憶は完全に失われてしまっているようだった。
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