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超克☆ライダー!  作者: 三角谷偽女
プロローグ
1/116

0-1 プロローグ1


 「女賢者の脳さ食べれば、オラでも賢くなれるかなァ?」


 曇天の空の下、影を伸ばす軍勢が丘の上下に一つずつ。全身を皮防具や鉄製武器で固めた人間の軍勢と―それとは似ても似つかない異形の集団、豚面の大男たち。

 ―――魔族だ。


 「やめとけやめとけ、あれは人間共の士気をくじくことが目的なのだ。人間の脳なんざ食っても大して美味くはないし、食えば賢くなるという話も俺は迷信だと思っとる」


 「そうかなぁ…それでも一生に一度は食ってみてぇよ」


 そう野太い声で会話するのは巨体を誇る豚鬼族(オーク)の中でも特に身体が大きい二人の戦士たち。彼らは部族内で身分が高い者のみが騎乗を許される灰色の戦獣―体長4、5メートルはある巨大なサイ―にまたがっている。


 「そこまで言うなら俺の代わりに食ってこい。あんなものは譲ってやる」


 「やっただぁ!モルガン兄ぃの許しが出ただ!!」


 大将の許しを得たことで、茶色い豚男は大喜びで軍勢の後ろへ引っ込んでいく。

丘の上に陣をしく豚鬼(オーク)たちはその間も堂々として動かず、対陣の人間たちを眺めてはニヤニヤと(あざけ)った。


 「…ぐっ」


 「ぬぅ…」


 丘下の人間たちも動かないが、彼らは好き好んで動かないわけではない。むしろ動けないのだ。

 度重なる魔族との戦いで軍の中核となる騎士や魔術使いのほとんどは失われてしまった。今彼らの軍で大勢をなすのは、数合わせで集めたような未熟で装備も不揃(ふぞろ)いの民兵たちばかり。不利を埋めるため、せめて友軍と合流しようとした矢先にこの接敵であった。


 「あ、あれが魔族だか…初めて見た。あんなデカい連中に勝てるのか…?」


 「ひぃぃぃ…どうかこっちに来ませんように!神様…!!」


 「……」


 戦いに慣れぬ兵士たちは皆、歯をガチガチと鳴らして恐れおののいている。

 それを見た馬上の将―この軍兵たちの中では唯一壮麗(そうれい)な鉄鎧をまとっている指揮官―アンドレは頭を悩ませた。


 もしも今半端な用兵や後退をしようものなら隊列は乱れ、少なくない隙を敵の眼前でさらすことになる。そうなれば敵はその合間に丘を駆け下り、浮足立った兵士たちを襲うだろう。

 せめて兵同士の間隔をしき詰め、規律を保たせている現状が精一杯…それが偽らざる実情であった。


 「……?」


 両軍がにらみ合ってからしばらく。その異変に最初気が付いたものは幸か不幸か、前列の中でも特に目の良い者たちであった。


 「なんだ?軍が割れた…?」


 豚鬼(オーク)の軍勢がワアワアと騒ぎながら左右に割れ、中央から『何か』を車台に載せた一団が進み出て来る。最前の兵士たちから顔を青くしていくが、まだ多くの者にはそれが何であるのかが分からない。


 「一体何なのだ…?」


 アンドレ将軍はしきりに目を細めていたが、車台が横に並びきった段階でようやく『それ』の正体に気が付いた。


 「…ッ!?」


 ―――それはこの世のものとは思えない、地獄の光景だった。


 「こ、殺してよォ…もう殺してよォ…!!」


 「お“ッ…お”お“ッ…お”お“お”お“……」


 なんと素裸の女性たちが食台に載せられ、豚鬼(オーク)の高官らしき者らに配されているではないか!しかも彼女たちは生きたまま脳を開頭させられ、まるで魚の活け造りのように食用花や香草で飾りつけられている。

 人の脳が、豚鬼(オーク)に食べられているのだ。


 (…そんな馬鹿な)


 アンドレにとって彼女たちの顔には見覚えがあった。勇者一行として教皇庁に任ぜられ、ほんの数か月前に魔族討伐へ向かった選りすぐりの精鋭部隊―それが彼女たちなのだ。


 「や、やめろォ…!やめてください…っ!!お願いしますから…ガッ―!あっ、ひぐッ!」


 銀のスプーンで左脳をすくうと、言語野を破壊された女戦士が失禁しながら奇声を上げる。幾度も戦功を立てて戦場の女神と評された彼女が今、ヨダレと涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら動物のように泣き叫んでいる。


 「あんまり味はしねぇけど、面白い食感してるだなぁ…」


 「あっ…あ、あっ…!」


 その隣で(もだ)え、更なる惨状を晒しているのは女賢者。彼女は若きにして数多くの魔術を修め、将来は歴代の魔術師の中でも十指に入るであろうと評された才女である。

 ―いや、才女で“あった”という方が正しいか。


 「ギっ…あっ、ぐぇぁぁぁ……!」


 いかにも無学で粗暴そうな豚鬼(オーク)に脳をぐちゃぐちゃとかき混ぜられ、学識を刻み込んだ脳細胞がただの肉片となって豚男の胃へと運ばれていく。

 かつて知性を感じさせた少女の瞳は光を失い、次第に肉塊と変わりがない―ただピクピクとうごめくだけの廃人となっていった。


 脳に痛覚は無い。故に、彼女たちの顔に浮かぶ苦悶の表情は痛みから来るものではない―が、スプーンで脳をほじくる度に抜け落ちていくのだ。彼女たちの人格が、知性が、精神が、その人間を人間足らしめている諸要素が、一さじ毎にぽろぽろと抜け落ちて『かつて人間だったもの』へと変わり果てていく―。


 「げっ……!?ふぎぃぃぃぃ……!!?」


 「だ、だ、だずげて“ぇ”ぇ“ぇ”ぇ“!!!誰か”あ“あ”あ“あ”あ“!!!死ぬのは嫌”あ“あ”あ“あ”っ”!!!」


 (けい)(けん)をうたわれた僧侶は狂い、人類の希望を託された勇者は絶望に()いている。

 この景色を見た者は生涯忘れることができないであろう―そんな異景が今、丘下の人々へまざまざと見せつけられた。


 「ふざけるな!魔物共の蛮行許すまじ!!」将兵の中には一部そう怒りに沸き立つ者もいた。人の尊厳が汚されたことに対する義憤である。しかし、この光景を目にした者の多くは別の感想を持った―それは恐怖。


 「な、なぁ…あれ勇者様たちじゃねぇか…?」


 「そんな…あんなに強かったお人がまるで食い物のように…」


 「もうダメだ…あんな連中に勝てるわけがない……」


 あこがれを抱いて見送った英雄たちの惨状を前にして、兵士たちの心がどこかでぼきりと折れた気がした。

 アンドレはにわかに騒ぎ始めた兵の恐怖心を察知し、逡巡する。


 (不味い…!戦場において恐怖は容易く伝播(でんぱ)する。このままでは一戦を交えぬうちに軍が崩壊してしまう…!)


 意を決した彼は副将に指揮を譲り渡し、馬を駆って戦場中央へと躍り出た。


 「この()れ者がーーーッ!!神の戦士をなんと心得るか!まして敗者を見世物にして(はずかし)めるなぞ武人の振舞いではないッ!野蛮人共め恥を知れィ!!」


 丘上の豚鬼(オーク)たちにそう一喝して短槍を突き示す。古式ゆかしい一騎打ちの誘い。


 「もしも貴様らが武人としての誇りを欠片でも持つならば、将同士の槍合にていざ尋常(じんじょう)に勝負せい!!勝負!勝負!勝負ッ!!」


 喧騒(けんそう)の中でもアンドレの声は鋭く敵陣へ届いた。指揮をするにも気勢(きせい)を上げるにも役立つ大音声(だいおんじょう)は名将の証である。


 「野蛮人?人間だって牛族や猿族の脳を食べているくせによく言うだなぁ」


 「全くだな。人族というのは自分たちのことは棚に上げる傲慢(ごうまん)な種族らしい」


 「オラを行かせてくれよモルガン兄ぃ。あの生意気な小人をブチ殺してくるだよ」


 「ん~…」


 モルガンと呼ばれた黒き豚鬼(オーク)は首を捻って考える。そもそも一騎打ちとは集団戦術によって淘汰(とうた)されつつあるやや時代遅れの戦文化。勝てば「敵は恐れるに足らず」と味方の士気は上がるだろうが、万が一負ければその逆の結果となる。

 現時点でも豚鬼(オーク)側の有利は明らかであり、わざわざ危険を冒してまで一騎打ちに乗る必要は無い。

 しかし……


 「デネブ、行ってこい。奴らにお前の力をみせてやれ」


 「おうさッ!!!」


 巨大な豚男が食台を()っ飛ばして道を開けると、台にくくり付けられていた勇者たちがカエルのような声を上げて絶命した。

 潰れた彼女らの(むくろ)を更に踏みつぶすのは巨大な戦獣。それに騎乗したデネブが、戦場中央の平地へと進み出る。


 「……」


 両将の動向を上下双方の人々が見守る様相となった。―片や祈りを含み、片や侮りを含むものではあったが。

 向かいから来た敵手をにらみつけ、アンドレは馬上にて叫ぶ。


 「我が名はアンドレ・ディア・ボイド!猛霊ダビの力を受け継ぐボイド家の末裔(まつえい)なり!精霊と主家の御名(みな)において貴様を討伐するッ!!」


 「オラはモルガン族の戦士デネブ!お前にとっての死神だァ!!そっ首置いて行けィ!」


 「抜かせェ!!」


 獣の咆哮(ほうこう)じみた唸り声を上げながら両者は突っ込んでいき―影が重なり、交差する。

 人魔による一騎打ちが幕を明けた。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※





 「ラ“ァッ!!」


 ブォンと風を切りながら目にも止まらぬ速さで槍を繰り出すアンドレ。対するデネブも巨大な三日月斧を振り回しながら応戦する。


 「う“お”お“お”お“お”お“お”お“ッ!!」


 「―ぬうっ」


 豚鬼(オーク)デネブから繰り出された大質量の斬撃がアンドレの突きよりもわずかに速く飛来する。見切ったアンドレが突きの動作を中断、瞬時にのけぞることで間一髪の回避―。


 「ちいっ!」


 武芸者同士の戦いとなれば技や呼吸の読み合いによって動きの少ない戦いになることも珍しくない―が、それはあくまで地に足をつけて戦う平時の話。


 「ヌオオオオオオオオ!」


 互いに騎乗して行う馬上の戦に重要なのは勢い、そして『攻撃射程(リーチ)』がものをいう。2メートル近い長身を持つデネブと、彼が乗る戦犀(サイ)が圧倒的な高低差を生んで頭上からアンドレに襲い掛かる。


 「ぐっ―」


 アンドレは魔術で肉体を強化。動体視力と反射速度を上げて攻撃を防ぐが防戦一方。弾くだけで槍を持つ手が痺れるほどの強打を連続で受け、次第に苦悶の表情となる。


 「どうしたどうしたッ!逃げ回ってばっかりじゃオラには勝てんぞ!!」


 「……」


 数合打ち合いを繰り返し、鉄と鉄が(こす)れては火花が(おど)る。

 死線の応酬は必然気力と体力が優れる者の勝利に資する。両者が交わる度にアンドレが消耗していることは明らかであり、戦場を見守る誰もが彼の不利を確信した―その時


 「―――」


 アンドレの手綱が操作され、それまで半円の軌道を見せていた乗馬が突如鋭角にて曲がり出した。


 「なにッ」


 馬は戦犀(サイ)より身長や衝撃力に劣るが速度と旋回力では勝っている。栗毛の神速が主人の意を汲み、直角に近い機動でデネブの背後を取り襲撃―上段の姿勢で頭蓋(ずがい)を砕かんとアンドレの槍が敵手に迫る!


 「オオオッ!」


 並みの戦士なら死角より迫り来る次の一手を受けて絶命する他なかっただろう。が、デネブは巨体を感じさせない動きで体を捻ると、即座に三日月斧を頭上へ掲げて槍の軌道を防ぎだす。わずかな時間の中で最適な行動を取れることは練達の証。戦士デネブ、難敵である。


 ―ところが、真に驚くべきは次の行動を取ったアンドレにあった。


 「―?!」


 大上段から振り下ろされていた槍がアンドレの手のひらでするりと動くと、刃の付いた穂先(ほさき)ではなく柄の最後部、石突をデネブの腕と体の間に突き入れた。

 攻撃動作中に思い付きで行なえる動きではない。最初から意図していた手さばき、つまりは―――


 (牽制(フェイント)だとっ!?)


 「―――」


 アンドレは突き入れた槍を左手で持ち結ぶと、それを瞬時に小回転。槍ごとデネブの腕を(ひね)り上げる。そこに生れる結果は―『腕間接技(アームロック)』!


 「ガッ―?!!」


 万力の如き圧力がデネブの左腕を襲う。地上ですら絶大の威力を持つそれが、騎乗戦では下で暴れる動物たちによって更なる圧力が加わっていく。

 丸太のように太いデネブの腕が引きちぎれんばかりの激痛に受けて―


 「ぐああッ!!」


 ―とうとう三日月斧を手放してしまった。

 締め上げていた技はようやく外れたが、武人の命とも呼ぶべき得物を落としてしまう。


 「―覚悟!」


 「ぬおおおおっ!!」


 片手を痛めたデネブは手綱を上手く操れず、腰の武器(サブ・ウェポン)を抜くこともままならない。何度かの肉薄を経てようやく剣を抜いた時、頭上には鉄槍―!


 「触れば弾ける神の怒り―火焔(かえん)(そう)!!」


 空中に魔力が凝縮され、聖なる炎が槍を包み込む。火を司る精霊ダビの加護を得た必殺の槍―これに触れれば鋼鉄の鎧すら溶かし穿(うが)てるだろう―を勢いよく繰り出した。


 「ぬっがあああああっ!!!」


 直撃!左手で防ごうとしたデネブの掌を溶かし、腕を焼き、肩すら焦がし―――――しかし、そこで槍は止まってしまった。


 「なっ!?」


 驚いたのはアンドレの方である。残る魔力のほとんどを注いだ全力の一撃であったにも関わらず、致命傷を与えることができなかったのだ。


 (馬鹿な…俺は肩口どころか上半身を丸ごと吹っ飛ばすつもりで術を使ったのだぞ!?)


 焼け焦げた傷口から血ではない大量の水と蒸気があふれかえる。これが意味するところは即ち―――


 「水魔術…?!しかもこれほど高精度のものを…魔族である貴様が何故…!!」


 「ブ、ブヘヘヘ…オラたちが魔術を使うと人間はみんな驚くだねぇ。魔族が魔術を使うことがそんなにおかしいだか?」


 水魔術。デネブは炎槍を防ぐために水の膜で身体を防護し、当たる寸前にその半身を守っていたのだ。

 聞いてはいた。魔族が戦場で魔術を使いだしたと。しかし、それは戦いに敗れた人々が責任逃れに吐いた虚言だと思っていたし、よしんば使えても魔術史五百年の歴史を持つ己ら帝国貴族には遠く及ばないものだと思っていて―


 (不味い―っ)


 半端に刺さった槍は肉厚で止まり、今は完全に静止してしまっている。アンドレは急ぎ槍を抜こうとする―が、抜けぬ。

 槍を手放そうとしたその瞬間、見えたのはきらめく半月刀―。


 次の瞬間、アンドレの首は斬り飛ばされて宙へと舞った。


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