第4話 煙
「あそこには、木の名を冠する姫神が祭られているそうです」
遠くに神殿が見える木陰で涼んでいると、ソルラが言った。
「姫神か。とすると、あの、火の神の話の舞台となったのが、この地ということか」
私が聞いたことのある話は、次のようなものだ。
木の姫神が、夫に不貞を疑われた。
姫神は自分の身の潔白を証明するために、入口を塞いだ産室にこもった。
そして炎が燃え上がる中で、火の神を出産した、と。
「とかく、この国の神々にはいろいろな物語がありますね。それにつけて、禁則や禁忌も生まれている」
ソルラがつぶやく。
「思えば、オークの存在とは、歴史上のいつ頃からあるものなのでしょうか」
ふむ、と私は応えたが、その答えはもっていなかった。
誰もが幼少時代に脅し文句としてその名を聞く。
言うことを聞かないと、オークのところにつれていくよ、と。
悪い子にしてたら、オークが来るよ、と。
あるいは、昔話で登場する悪者も、オークばかりだ。
流れ着いた桃から産まれた勇者の物語も、体が小指ほどの大きさの勇者の物語も、英雄譚の悪役はオークだ。
しかし、文献をたどっていつから登場するのか、歴史書のいつ頃からその名が見られるのか、それは定かではないのではないか。
「神話や伝説の中に、その誕生が歌われていてもおかしくないが、どうなのだろうな」
「人の形をした者といえば、死者の国に住まう醜い女亡者が浮かびますが、似て非なる者という気がしますね」
ソルラの言葉を際に、ふたりで黙ってしまった。
春も過ぎたというのに、どこか薄ら寒いような気配がしてくる。
「やれやれ、木と火の神に捧げて煙の歌でも詠もうかと思ったが、どうにも、浮かびそうにないな。先を急ぐとするか」
「ええ、そうしましょう」
旅を続けている内に、オークとの戦いは何度もあるだろう。
相容れぬ存在とはいえ、いたずらに命を奪うことはしたくない。可能な限り相まみえたくはないものだが……
北の空を見る。
雲の動きは速く、夏の到来を思わせた。
作者の成井です。
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