第3話 荷物
「重い」
できるだけ荷物は持たず、手ぶらに近い格好で出発したつもりだったが、防寒具やら雨具やら記録のための手帳やら当面の食糧やらは、やはりかさばっている。
それに、どうしても断れなかった餞別の品々も、重い。
さすがに捨ててしまうわけにはいかないが、今更引き返すというわけにもいかない。
「一旦、食事にしますか」
イェドを出て三日。
私とソルラは北に向かう道中にいた。
野宿しつつの旅は、慣れているとは言え、体の節々に痛みをもたらした。
周囲にはのどかな田畑が広がっており、いくつかの作業場や小屋はあるが、宿や店の類は見当たらない。人の姿も、農作業をする者や、旅人などがそれなりにある程度である。
ありがたいことに、弟子のソルラは宣言通り衣食住の管理をこなしてくれ、特に食についてはろくに調理器具もない野でよくもまあ、と思うような美味い飯をつくってくれていた。
「そういえば、この辺りは米どころとして有名ですね。聞いたところによると、つぶして板状にしたものを焼き、歯ごたえをよくして食べるのだそうです」
手際よく何かをつくりながら、ソルラは話を続ける。
「味付けは家々で違うようですが、私たちのような旅人は塩の摂取が肝要ですので、たれにつけて焼いてみるなどしてみましょう」
網の上で、パチパチと音を立てながら焼かれていく、それら。
ふわっを香ばしさが漂ったかと思うと、それは風に乗って周囲に満ちる。
「なんともはや……良い香りだ」
「なんだなんだ、なんのにおいだ」
「いやぁ、腹が減るにおいだ」
「兄さん方、いったい何をつくっておいでだね」
近くで作業をしていた農夫や、同じような格好の旅人達が集まってきた。
この香りだ、無理もない。
「この辺りで食べられているという料理を真似させていただきました」
ソルラの言葉に、地元の民らしい数人は笑った。
「いやいや、俺らのつくるやつはこんなにうまそうなもんじゃねぇ。兄さん、あんたのそのたれが、随分良いものなんだろう」
「よければ、少しお分けしましょうか」
ソルラが笑うと、集まっていた人々の顔に喜色が浮かぶ。
ソルラのたれを譲ってもらえる嬉しさもあるだろうが、この弟子のこの顔が、老若男女を問わず、恍惚感を与えるのだ。
まったく、恐ろしい美丈夫である。
腹ごしらえが遅くなりそうだと思いながら視線を遠くに移すと、山肌に影がうごめいているのが見えた。
反射的に、腹に気をためる。
どうやらソルラの料理に反応したのは、人だけではないようだ。
「オークだ! オークが来たぞォ!!」
同じく気付いた民の一人が叫んだ。
十人ほどの集団が、手に棒きれや錆びた剣などを持って駆けてきている。
オーク。
言葉持たぬ野人、獣面人身、鬼。
別の名を様々にもつが、その性質は一言、略奪者である。
人間と相容れることはないだろうと言われ、その数がどれほどか、知る者はいない。
集まっていた人々がちりぢりになって逃げる……前に、私が制した。
「あー、皆、私たちの後ろに下がりなさい」
落ち着き払った私の言葉に、民はすぐに従ってくれた。
バラバラでは守りにくいが、固まっていれば簡単だ。
「あ、あんた、いったい何者なんだい。オーク相手に大丈夫なのかい」
おびえた声で、ひとりが聞いてくる。
「名乗るほどの者でもないが、オークの一団くらいは取るに足らんよ」
目を凝らす。
一団の肌の色は、赤がほとんどで、2人が青だ。
「手強い黒もいませんし、術なしで片付けますか?」
ソルラが言う。手には特殊な金属でつくられた棍を構えていた。
「いや、乱戦で彼らに何かあっては事だし、作物がめちゃくちゃになるのもな」
「では……」
「術で片付けちゃおう」
そう言い、私は言葉を紡ぐ。
「野ざらしを心に風のしむ身かな」
唱え終えると、畑を越えてこちらに向かってきていた一団は音もなく崩れ落ちた。
散らばっているのは、彼らがもっていた粗末な武器と、彼らの骨である。
「やれやれ、随分前につくった句だが、この威力たるや、我ながら恐ろしいな」
「さすがはマッツォ師です。同じように野の原で唱えて試した子弟も多くおりますが、このような威力は発揮できませんでした」
淡々と話す我らと対照的に、後ろで震えていた衆は呆然としていた。
「あんた方、いったい……」
「いやなに、北に向かう旅人というだけのこと。それでは、あらためて腹ごしらえをしようか」
腰を下ろして話を聞くと、先程のオーク達は、流浪の一団だろう、と農夫の一人が言った。確かに、イェドの近くでオークの被害に遭った話はほとんど聞かない。将軍がかなりの金と人を動かし、徹底的に治安を守る政策が功を奏しているということだ。
とはいえ、私たちはそのイェドから離れ、街もまばらな北に向かう。
ソルラがつくった飯を食いながら、私はこの旅の中で白髪が増えるような気がした。
作者の成井です。
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