第22話 三代の英雄
「あの白い奴の話は、よく理解できなかった」
食事が落ち着いたあたりで、ガウェンが口を開いた。
「あの男は、なんだ。誰かの願いとか、戦が本分とか、どういうことだ」
ソルラが私を見る。
私はソルラを促す。
「フルジラッハといえば、三代に渡って北の国を治め、黄金郷を築いたとされる名君一族です。
彼らは、ヨシトウルネ公が、時の最高権力者にして実の兄君に命を狙われたときに匿い、共に滅ぼされてしまったと言われている。
おそらく、フルジラッハ一族が願ったというのは、悲劇の将ヨシトウルネ公の無念が果たされることなのではないでしょうか。
そして、私たちがオークと呼んでいる彼らは、人間の無念が受肉した存在だということなのでは」
ソルラの説明を聞き、ガウェンは、むぅと唸った。
私も、弟子の説明に納得しながらも、ところどころに引っかかりを覚える。
「少し、違うかもしれん」
ソルラが頷く。
「私も、確信はありません。
師は、どのようにお考えですか」
「古い建物の近くに彼らが出現するという点から、無念が受肉、というのはそうだろう。
だが、例外的な存在について考える必要がある」
私の言葉に、ソルラが大きく頷く。
「あの、ヨシトウルネ公を名乗った白武者と、以前の大鬼ですね」
「そうだ。
おそらく、他者の祈りや願いによっても念が固まり、受肉することがあるのだ。
思えば、大鬼が出現したのは、私が世話になった僧の庵だった……」
私は自分の言葉に落胆した。
自分の推察が当たっていれば、あの大鬼は、世話になった僧その人である。
まさか人の身を失った後、あのような悪鬼になるとは。
「しかし、あの大鬼と、白武者とは、また随分と違う様相でした。
何よりも……」
「しゃべる鬼は、初めて見た」
ガウェンが言う。
「私もそうだ。歴史上には、いたのかもしれないがな。
だが、念の強さによって鬼の程度が変わるとなれば、説明がつく。
人語を解するほどとは、それほど多くの人々に望まれた存在だということだ」
「ヨシトウルネ公は、今でもなおその名声が語り継がれ、慕われている英雄。
ヒルライズミには、彼を参り、拝むような心持ちの者もいるとか。
あのような特異な存在になるのも、致し方ないのかもしれません」
ソルラが肩を落とす。
まぁ、こやつもまさに、拝むような気持ちをもっていたであろうからなぁ。
「人は何をおいても正しい道に励み、義を守るべきだ。
そうすれば名声もあとからついてくる」
私はひとつの文句を思い出し、つぶやいた。
「誰の言葉ですか」
ソルラの問いに、私は答える。
「私だ、と言いたいところだが、確か、フルジラッハの二代目当主の言葉だ。
皮肉なものだな、名声は確かについてきたかもしれんが、人でなくなるとは」
それを聞いたガウェンが、音を立てて杯を置いた。
「重要なのはそこだ。
あの者が過去の英雄であることではなく、鬼であるということ。
そして、ここセンドアインの都に迫ってこようとしている、ということだ」
ソルラは頷いた。
私はしばし考える。
戦を目論んで、先遣隊を出したのは、自然なことだ。
大将自ら偵察に来たのも、まあそういう御仁なのかもしれん。
だが、あの場で我々を殺さず、北で待つとは、どういう思惑があるのか。
攻め入る準備が整っていないというなら、それは人の軍も同じこと。
むしろ、向こうに一日の長があると見るのが自然である。
「あのヨシトウルネ公には、戦とは違う狙いがあるようにも見えたがなぁ」
私の言葉に、ガウェンが首を傾げる。
「それは、どんな」
「いや、正直、私にもわからん。そんな気がする、というだけだ」
そこまで言って、思い直し、私は続けた。
「まぁ、彼の狙いがなんであれ、我々がヒルライズミに向かうという結論は変わるまい。
とりあえず、彼の地に向かってみよう」
「俺も同行しよう」
ガウェンの意志を、私は手で断った。
「いや、そなたはここに留まり、有事に備えるがよかろう。
今の段階で上にかけあったところで、信じがたい話にどれだけ動くか」
ガウェンは表情を曇らせる。
「いざその時になってから、慌てて準備せよと。
それでは間に合わぬ」
「そうだ、だから信頼できる者達には話をしておくのだ。
私の名前を出せば、一応の信憑性も増すであろうからな」
その後のいくつかの問答を経て、ガウェンは渋々了承した。
ガウェンは後詰としてセンドアインに残り、可能な限りの戦支度をすることにした。
その支度が空振りに終わってしまう可能性はあるが、それならばそれで良い。
マッツォという変わり者の話が広がり、数人の名誉が傷つくだけだ。
私とソルラは、杜の都の誇る名勝地、松山を目指す。
史跡ではないが、歴史に名を残す景勝地ならば、鬼が発生しているかも知れぬ。
私は湯冷ましを飲み干し、北の地へ思いを馳せた。
作者の成井です。
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