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シンク&タンク

 二本の操縦桿を前に出すと同時に、下に弧を描く形で六個並んだフットペダルをリズム良く動かす。

 そうやりながら自分の愛機を、相手に近づけていく。


 六脚の多脚歩行戦車。戦車の身体つきと変わらないのに、キャタピラの代わりに六本の脚が付いており、それを用いてバッタのように飛んだり跳ねたりしながら一二〇ミリ砲を撃つ、そんな兵器を用いた、コロッセオでの一対一の戦い。


 相手が、撃ってきた。近づいてくるタイミングを見計らったのだろう。

 だが。

 そう思ってから、アッシュはフットペダルと操縦桿をいじり、側面に避ける。


 直後に壁に張り付いて、壁を伝いながら更に相手との距離を詰めた。

 脚部が甲高い金属音をかき鳴らしている。

 相手も前方へ少し動いた。


 しかし、遅い。


 アッシュはそう思った直後、更にフットペダルを踏み込んで、機体に壁を蹴らせた。

 そして、そのまま、相手の頭上へと着地し、一二〇ミリ砲を相手の頭上に撃った。

 瞬間、相手の多脚歩行戦車が赤く染まり、相手が戦闘不能になったことを告げる文字が、自分の機体のモニターに表示された。


 直後、響き渡る歓声。

 そう、これはショーだ。一対一での多脚歩行戦車バトル。重装甲でありながら軽快な動きをする多脚歩行戦車だから画面映えもする。ペイント弾を当てあい、その当たった場所は操作不能になるというAIの独自機能も付いている。

 そんなショーで、アッシュは生きていた。


 コクピットを開けると、客席からの歓声がより大きく聞こえる。

 これが、自分にとって快感だった。ファンの声援は、それだけで力になる。そこにペイント弾にまみれた相手機体がいればなお最高だ。

 それが、アッシュにとっての日常だった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ある試合から、妙なことが起こり始めた。


「相手が硬いのか……?」


 アッシュは確かに、敵機の脚部関節一本にペイント弾を当てた。

 だが、敵が全く動く気配を止めない。


 確かに六本も脚があるのだ。そう簡単に動きは止まらないのは分かっている。

 だから今度は反対側の脚部にペイント弾を当てた。それも、二発。

 これだけ当たれば本来ならばバランスを崩す。


 だが、相手はどうだ。動きに何一つ変化がない。

 アッシュは正面のコンソールパネルを操作し、審判につないだ。


「おい審判。相手はバグでも起こしてるのか? ペイント弾当てた箇所が動いてるぞ」


 そう言った瞬間に、相手が撃ってきた。

 舌打ちして、一気に避ける。


 ならばと、機体を側面から一気に前進させた。

 そして、零距離まで接近し、すれ違いざまに敵機の本体にペイント弾を当てた。

 ボディに直撃したペイント弾が、敵機を赤く染めた。


 これならば文句はないだろう。そう思っていた。


 だが、どうだ。

 モニターに勝利の文字は出てこない。それどころか、相手はまだ動く。


 こちらに砲門が向いた。

 こちらが唖然としている時には、すでに遅かった。避けられるはずもなく、自機にペイント弾が当たった。


 衝撃が、一気に自分を襲った。

 そして、自分のモニターには敗北の文字が入っている。


「どうなってやがる……!」


 アッシュが呟く。観客もこの事態に納得ができないのか、案の定ざわついていた。

 もう一度、コンソールパネルを操作して審判につなぐ。


「審判! これはどうなってんだ! こっちは零距離でボディに当てたんだぞ! その上何発も相手に当てた! なんであっちはノーダメージでこっちだけがダメージくらうんだ!」

『状況確認。エラーは認められません。あなたの敗北は確定的に明らかです。何より、相手に『弾は当たっていない』じゃないですか』


 アッシュは、絶句していた。

 何を言ってるんだ。そう思い、コクピットのハッチを開けた。


 唖然としたのは、自分の目に飛び込んできた光景だ。

 一発たりとも、敵機にペイント弾が当たっていない。モニター上で自分が当てたはずの部位には、一個たりともペイント弾の跡がない。

 地面も確認したが、それは同様。多脚歩行戦車の擦れた足跡があるだけ。


「馬鹿な……。俺が撃った弾が、幻だったとでもいうのか……?」


 その場に、アッシュは崩れ落ちた。

 周りの声が聞こえない。

 何があった。そのことだけが、頭から離れなかった。


 試合の後、すぐさまデータを見ると、操縦桿のトリガーを引いたのは間違いないが、砲弾が出ていかなかった、というログデータになっていた。

 だが、モニター上では確かに相手にペイント弾は当たっていたのだ。


 何故だ。


 自分の所属している整備班と総出で、機体のログを全部確認した。

 実に数日もかかった。


「クラックされてた、だと……?」


 整備班からの報告書いわく、トリガーを引いた後ペイント弾が発射されるというその動作がクラックされていたという結論に至った。

 更に、当たったようにアッシュが錯覚するために、ペイント弾が命中した部位と連動するようにモニターもクラックされていた跡が見つかったとのことだった。


 しかし、こうしたショーで行われる多脚歩行戦車は外部からの通信はすべて遮断されている。

 内部でやっている者がいる。そうアッシュが感じるには十分だったが、誰がやったか、それに対する証拠はまったく上がらなかった。


「うまい具合にやってくれたよ」


 整備班の一人がため息を吐きながら言う。

 相当のプロがやっている。そうとしかアッシュには思えなかった。


 俺だけが狙い撃ちされたのか。そう思って、アッシュはふと他のチームの試合を見た。

 すると他のチームの試合でも同様だ。撃ったつもりが撃っていない。当たったつもりが当たっていない。


 あるチームなんか記者会見で完全にキレていた。

 こうなるのも無理はねぇなと、アッシュはため息交じりに思うだけだった。


「アッシュ、これは僕からの提案なんだけどさ」


 そう言って、整備班の一人が図面を持ってきたのは、そんな会見から三日ほど経った時だった。

 それを見て、アッシュは思わず息を呑んだ。


 弾丸に頼らない形の戦闘システムを組み込んだ多脚歩行戦車が、その設計図には書いてあったのだ。


「前面部の砲塔をなくして大型のブレードを設置か」

「アッシュは元から近接で試合決めること多かったし、何より機動性を重視してたからね。ならば、ペイント弾なんてもの使わないで、『物理的に』相手の多脚歩行戦車を戦闘不能にする。それが出来ればいいんじゃないかな?」


 確かに、この設計図に書かれているのはもはや戦車ではない。

 何せ重火器はない。あるのは前面のブレードだけだ。


 だが、たしかにその整備班の言うことはもっともだ。

 クラックの手口はどの連中を見ても一緒。トリガーを引いているのに弾丸が出ていない、というものだ。

 逆に言えば、物理的な破壊の場合は何一つクラックされる心配はない。

 やってみるか。そう思える、何かがあった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 装備を換装して、初めての試合。

 会場は、ざわめきで溢れていた。


 それもそうだ。相手は砲塔を積んだ標準的な多脚歩行戦車なのに、こっちはその装備を外して、その砲塔部分を上下左右に可動する砲塔以上の長さを備えたブレードになっているのだから。


 アッシュは気でも狂ったのか。


 そういう声が客席から聞こえた。


「はっ。言ってろ」


 アッシュはそう言ってから、不敵に笑う。

 試合開始のブザーが鳴った。


 相手が、撃ってくる。

 すぐさま前方へとジャンプさせて回避した後、敵機との距離を詰めた。

 更に操縦桿を押し、フットペダルを踏み込んで加速する。

 相手もまた移動し、こちらの側面を狙おうとしている。


 二発目を、相手が撃った。

 側面に避け、旋回しながら一気に距離を詰めた。


 そして、相手の側面に付くと同時に、アッシュは自機のブレードで敵機の脚部をすべて切り裂いた。

 一瞬で、敵機が地面に轟音とともに伏せた。


 だが、砲塔がこちらを向く。

 その瞬間に、砲塔に向かってブレードを一閃した。敵機の砲塔が、鋭い音とともに真っ二つに割れた。


 それで試合終了のブザーが鳴った。

 勝利の文字が、自機のモニターに表示される。


 よしと、アッシュはガッツポーズをした後、コクピットを開けた。


 だが、目の前に広がる光景はどうだ。

 バラバラになった敵機。ペイント弾で鮮やかに塗られた色ではなく傷だらけになった多脚歩行戦車だった残骸が転がり、コロシアムもまたそれに引っ張られるようにシンと静まり返っている。

 心臓の音がなる。


 俺はこんなことを望んでいたのか。

 相手をバラすことを望んだのか。

 これはもはやショーじゃないと、アッシュは心底感じた。


 呆然としながら、自分は愛機とともに回収されていく。


 整備ドッグの片隅に、一人でアッシュは座った。


 なんだったんだ、俺は。


 その思いだけが、ずっとこだましている。


 呆然とする観客を見たかったのか? そうじゃないだろうと、アッシュは考えるのだ。


 だが、クラックの手段すらわからない今、自分は何をすればいいのか、分からなくなった。


 引退。その言葉も、脳裏をよぎる。

 ため息を吐くと、整備班の一人が寄ってきた。


「やはり、お気に召さなかったかな?」


 声を聞いて顔をあげると、あのブレードを付けることを考えた整備班のメンバーだった。

 力なく、アッシュは頷いた。


「俺は、こんな解体をするためにショーをやってるんじゃねぇんだ。これじゃ、ただの壊し屋じゃねぇか」

「引退、とか考えてるのかい?」


 少し、アッシュはキョトンとした。


「よく、俺の考えわかったな」

「顔に書いてある。なら、引退したっていいんじゃないかな? だけど」


 そう言って、自分の顔の前に整備班が顔を近づけた。


「引退後も多脚歩行戦車に乗れて、なおかつ今の戦法でも喝采を浴びる場所があるよ」


 何か、不思議な感情がよぎった。

 喝采を浴びられる。それは、確かに自分にとっては最高のフィールドだ。

 しかも、それを今の戦法でも出来る。

 そんな願ってもない場所があるとは、アッシュは知らなかった。


「本当か?! 何処だ、それは?! 新しいリーグか?!」


 立ち上がって、思わずその整備員に聞いていた。


「うん、それはね」


 その言葉の後、急に衝撃が襲った。

 何か、腹が痛い。


 見ると、腹に穴が空いて、上体が血だらけになっていくのがわかった。

 眼の前の整備員の手には、いつの間にか銃が握られていた。

 それで撃ったのだと、アッシュは分かった。


「戦場だよ。戦場だったら、残虐な手を使おうが何しようが、敵を破壊した奴が一番喝采を浴びられるんだよ」


 眼の前の整備班員が、淡々と言った。

 それと同時に、自分が倒れたのが、アッシュにはわかった。


「え……?」

「あー、知らなかったんだっけ? こんな多脚歩行戦車使うバトルなんてただのショーなわけないでしょ? これ最適なAI選ぶための選定テストだったんだよ。アッシュ、君はね、なかなか優秀だし戦い方も面白い。だから近接適応型のAIとして生まれ変わる。舞台は戦場、乗るのは多脚歩行戦車。もっとも、乗るのは正確には君じゃなくて無人コクピットに君の脳みそを改造したAIを入れたやつだけど」


 まったく変わらない表情のまま、整備員が言う。


「なんだ、お前は……?」

「僕は君の監視役だよ。クラックしたのも僕。僕は、いや、このチーム自体が軍のお抱えでね。多脚歩行戦車の運用実績とデータ取りのために存在していたんだ。で、ある程度の状況になって有望だと思ったら引退させてAIにする。別に脳みそだけ無事ならそれでいいんだ。脳使って改造するんだから」


 絶望が、アッシュを塗りつぶしていく。


 俺は、何のために多脚歩行戦車に乗っていたんだ。


 それが、分からなくなった。


「じゃ、アッシュ。次は戦場で会おうか」


 そう言ってから、整備員はもう一度、こちらに銃を向けて、撃った。

 心臓を射抜かれて、それで、アッシュの意識が飛んだ。


 目覚めたら、アッシュは、いや、アッシュだったものは戦場にいた。

 大型のブレード、一二〇ミリ砲、それを積んだフル装備だが、機動性を出すために軽量な装甲にされた特殊な多脚歩行戦車のAIとなって、そこにいた。


 敵が見える。すぐさま、多脚歩行戦車を動かして接近する。

 一二〇ミリ砲を牽制で撃ちながら眼の前の敵機へと向かう。

 相手が撃つと同時に飛んで、先端についていたブレードで、敵多脚歩行戦車のボディを真っ二つにした。

 鋭い金属音が鳴り響くと同時に、敵の車体が轟音を立てて地に伏して動かなくなった。


 味方からの歓声が鳴る。

 バラバラになった敵機をカメラで見やると、あのペイント弾に塗れたかつての敵がバカバカしく思えてきた。


 今は勝利だけじゃなく、破壊もしてこそ喝采を浴びられるのだ。

 最初にブレードを装備した時、観客は愕然としていたが、今の戦場ならば破壊すればするだけ歓声を浴びられる。勝利すればなお喝采をもって迎え入れられる。


 ああ、悪くない。

 そう、いつの間にかアッシュだったものは感じていた。


『コード『アッシュ』、これで敵機一五機撃破だ。悪くないぞ』


 オペレーターの声がする。

 誰の声だったか。そんなものはどうでもいい。


 ただ、自分の存在を褒めてくれる奴がいる。歓声を上げる者がいる。

 そのためなら、この戦場を駆けよう。


 それだけが、今の欲望としてアッシュだったものの中に渦巻いていた。


「コード『アッシュ』よりHQ。より喝采を浴びられる戦場を求む」


(了)

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