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第8話:地底に眠るもの(1)

 そこは暗い闇が支配した空間。

 見渡しても闇、闇、闇、と光が入る隙すらない。

 そんな中を一人の男が歩いていた。足音と地面をトランクが引きずる音で静寂を破る。まるでその音があるからこそ“ここ”があることを証明しているように。

 男がポケットから携帯電話を取り出す。ディスプレイから漏れる光が男の顔を照らす。男の顔にはゴーグルが嵌められていた――――――暗視スコープである。

 ゴーグル越しに携帯の画面を確認する。電波の届かない闇の淵のような場所なのにアンテナが一本だけ奇跡的に立っていた。それを確認すると同時に溜まっていたメールが膨大に送られてくる。それは外で起きた出来事を報告する文章ばかり。稀にさり気なくこちらの安否を心配するような文もつづられていた。

 メールを全て確認してから電話帳を開く。これを一番に報告したい人物の電話番号を押す。プッシュしてから三秒もしない内に相手は電話に出た。

『――――――久しぶり。目的の物は見つかった?』

 丁寧な女性の声。大人びて聞こえるがまだ彼女は自分と同じ学生だ。久しぶりに聞いた声なのに何も変わっていない。それがこちらを安心させる要素になる。

「見つかった。今から外に出るよ。“ここ”にいつまでもいたらおかしくなりそうだ」

『声も少し変わってるように聞こえるのは電波が悪いだけじゃないようね』

 苦笑しながら答えると相手が嫌味を含めた声で自分を気遣った言葉を口にする。初対面の人間が聞いたら誤解されるだろうが、自分と彼女は長い付き合いだからこそ、その言葉の意味が充分に伝わる。

「それはそうだろう。俺が誰かと会話するなんて約一ヶ月ぶりなんだからな。声が出ただけでもマシな方さ」

『そうね。一ヶ月も暗闇に引き篭ってたんだから仕方ないよね』

「おいおい」

 呆れるように納得される。それが無償に悲しくなった。早く外に出たい。

『外にトランクを持って第三生徒会まで持って来て。報告すれば会長も喜んでくれるわ』

「薫瑠の喜ぶ顔に興味なんてないさ」

『単位を少し多めに貰えるように交渉しておいてあげる』

「単位なんてもう入らないよ。それより生活費くれ」

 少ない授業の単位と生活費が報酬の仕事。一ヶ月暗闇の空間に篭って探し物を一人で見つける任務にはあまりにも足りない報酬だ。だが、第三生徒会の件を除いてもこれは“あの人”の頼みでもあったので断るわけにはいかなかった。

『ふふ、分かった。頼んでみる。仕事が終わったら食事にでも行きましょう。奢るわ』

「それはいい。これで外に出てからの楽しみが出来たよ」

『だったら早く戻ってきなさい。皆待ってる』

「ああ、分かった。すぐにでも――――――」

 言葉を止め、周囲に気を配る。カサカサカサ、と何かが動く音がした。

「チッ、まだいたのか」

『どうしたの?』

「・・・・・・なんでもない。すぐに終わる。今日中には出るから、交渉頼ん――――――」

 そういって一方的に切ろうと思った。しかし、沸いてきた連中がこちらに仕掛けてきたせいで携帯を地面に落としてしまった。電源は入ったままで、向こうから何か言っている声が聞こえるがうまく聞き取れない。

『どうしたの? 返事して! 直辰なおときっ!!』

 返事をする自分はもうすでにそこから離れていた――――――その声が聞こえない闇の奥へと。




 中間テストを来週に控えた金曜日の朝、僕が廊下を歩いてると意外な人物と出会った。

「あ、部長。おはようございます」

「おはよう、春幸君」

 歴史学部部長の倉嶋由貴美がなんだか疲れた笑顔を向けて挨拶を返してくる。

「どうしたんです? 部長が高等部の校舎にいるなんて珍しいですね」

「ちょっと、ね」

 珍しく歯切れの悪い反応。どうしたのだろう?

「さっきここの職員室へ行って教育実習期間を先延ばしにしてもらいにきたのよ」

「実習? この時期にですか?」

 今は学園全体が来週からテストが始まる。そんな時期に一体何が出来るというんだ。

「違う。この時期には流石にすることがないわ」

「え、じゃあ何で?」

「実際に実習をするまでに打ち合わせとか書類提出があるのよ。それを少しばかり待ってもらうように頼みに行ってきたの」

「はあ、何でまた」

「他に野暮用ができてね」

「野暮用ですか」

 倉嶋部長は普段から教職関連を除いても、用があるとかでよく彼女の自室兼部室棟を空けることがある。何をやってるのか聞いても野暮用、としか教えてくれない。危ないことをやってないといいのだが。

「ちょっと疲れてるんじゃないですか? ちゃんと睡眠取ってます?」

 倉嶋部長はよく見ると目が充血している。まるでついさっきまで泣いていたように。しかもその下には少し隈が出来ている。

「最近やることが多くてね。ちょっとばかり睡眠不足かな」

 無理矢理な笑顔を作って言う。

「心配ごとがあるならちゃんと誰かに相談した方がいいですよ。何なら僕で良ければ聞きましょうか?」

「・・・・・・ありがとう。気持ちだけ受け取っておく」

 そう言う部長は少し寂し気な目をしていた。聞いてほしいけど説明できない、そんな顔をしている。部長、と僕が声をかけようとすると、

「ちょっと由貴美! いつまでアタシを待たせるつもり!?」

 苛立った声を上げた女子がズカズカと僕らに近づいてきた。

 倉嶋部長と同じ私服姿ということはこの人も大学生なのだろう。長い髪を後ろに一条に束ね、更にそれの先をYの字のように二つに分けて三つ編みを作っている。どことなくチャイナを思わせる髪型だ。これもツインテールに含まれるのだろうか?

「担当の教師にはもう話は済んだの?」

「ああ、うん」

「それならいいけど。勝手にどっか行かれたら心配するじゃない。唯でさえ今のアナタはボーッとして危なっかしいんだから」

「うん・・・・・・ごめん」

 倉嶋部長は本当に申し訳なさそうに謝る。対してY字頭の女性は呆れているようだ。倉嶋部長の様子がおかしいのはこの人も解っているらしい。

「それで、その子は?」

 放置されてたY字頭が僕に視線を向ける。

「後輩よ。部活の」

「ほう。ということはアナタが永峰春幸?」

「僕を知ってるんですか?」

「当然よ。なんせアナタはあの高津原が一目いちもく置いてる男だからね」

 高津原先輩が僕を一目置いている? そんなの初耳だ。面倒見のいい先輩だがそこまで深い仲ではない。

「それに、最近では色々やらかしてるから嫌でも耳に入ってくるわよ」

「人違いじゃないですか?」

「あら、そうかしら。・・・・・・そういえば自己紹介がまだだったわね。アタシは第三生徒会会長の水無瀬みなせ薫瑠かおる。憶えておいて」

「生徒会長!?」

 ということは、と驚いてる僕の耳元に、

「ご想像の通りよ」

 水無瀬会長が囁いてくる。

「二人だけで何話してるの?」

 倉嶋部活が不思議そうな目で訊ねてくる。

「秘密よ。二人だけの秘密」

 楽しそうに呟く。

「それじゃ行きましょ、由貴美。またね、永峰春幸」

 そういって部長を連れて優雅に去っていく。

 僕は教室に入り自分の机の中に教科書をつめていると、沢崎と栞が何やら熱心に話している声が聞こえた。

「東の洞窟の中に何かが住んでるだって。獣のような鳴き声を聞いたって隣のクラスの子が言ってた」

「バッカ、違うって。あそこには財宝が眠ってるんだよ。昔の盗賊団が隠したっていう」

「えーそれなんかウソっぽい」

「本当だっつーの。昔この土地に逃げてきた盗賊がこの山に財宝を貯めてたんだって。ちゃんとした資料だって俺は読んだ」

「ホントにー?」

 何の話をしてるんだコイツら?

 机に教科書やらノートをしまってから二人に近づく。

「ねえねえ、ハルは東にある洞窟についてどう思う?」

「東の洞窟? 確かあれって何かの発掘現場だろ?」

 栞の言っているのは修山学園の東側に位置する場所にある穴ぼこのことだ。昔に何かを発掘作業を行った跡地だとか、何か施設を作る予定だったとか色々噂が流れている。実際そこは今は危険だから立入禁止だった気がする。

「洞窟っていうほどじゃないだろ。どうせもう埋め立てられてるよ」

「・・・・・・ハルって夢ないよね」

 栞がじと目で僕を見る。

「ホントにお前ってヤツは――――――これだからダメなんだ」

 何がだ。

「そういうことで明日その中を探検しよう」

 何がそういうことで、だ。いいねいいね、と栞も賛同の声を上げている。お前も何でそうなる。

 呆れて溜息をつく。

 この二人、絶対来週テストだって忘れてるよ。




 そして次の日。

 昨晩に雨が降ったせいか少しジメッとした暑さが空気を漂う。

「お宝見つけるぞーっ!!」

「「おおー!!」」

 沢崎は両腕を大きく広げながら掛け声を出す。それと共にミライと栞が同じく腕を上げて気合の声を上げる。陽山も「お、おー・・・・・・」と恥らうように呟いた。無理して言わなくてもいいのに。

 歴史学部の部室にメンバーの五人は集まった。僕は最初サボってやろうかと思ったが、同居人が行く気満々だったので連行される形で来ることになった。後から誘った陽山も沢崎と栞の話に興味がそそられたのか、テスト期間前なのに一回返事で行くことを了承した。

「よし、役割分担を決めよう」

「役割分担?」

 じゃんけんで荷物持ちでも決めるのか?

「ハルは食料を調達。陽山は――――――」

「ちょっと待てー!」

 僕は慌てて沢崎の言葉を遮った。コイツは今更何を言い出すのだ。

「何でこれから出発なのに食料を今から調達するんだよ!?」

「何でって。それも含めて探検だろ?」

 当たり前だろ、といった顔でしれっと言う。んなわけあるか。

「もう沢崎。流石にそれはないよ」

 意外にも僕と同じ意見を持ったのは栞だった。良かった。栞はまともだった。

「それならちゃんと私が用意してきたよ」

 そういってやたら大きなリュックサックから透明のパックを取り出す。中にはたくさんのおにぎりが詰め込まれていた。

「お茶もちゃんとあるよ」

 太い水筒も取り出して自慢するように笑う。完全にピクニック気分だな、オイ。

「あのー・・・・・・」

 陽山が控えめの声で鞄から似たようなパックを取り出す。

「私もサンドイッチ作ってきたんですけど・・・・・・余計でしたか?」

「そんなことないぜ!!」

 沢崎が喜びの声を上げる。

 僕はもうどうでもよくなってきた。

 適当な準備をしてから例の洞窟とやらに向かう。その経路は既にまともな道とは言えなかった。途中、自分の身体と同じくらいの草をかきわけ、やっと普通の道を見つけたと思いきやそこは崖のようになっていた。ここは本当に普段通っている学校の土地か? まるでジャングルだ。

「・・・・・・や、やっと着いた」

 目的地に着いたというのに全員がくたくただった。僕はだらだらと流れる汗を袖で拭いながら顔を上げる。

 件の洞窟は変な噂が流れるだけあって妙な威圧感があった。大きさは大型トラックが通れるくらいの高さにそれが二台分走れるくらいの幅がある。外からではただ山に穴が空いているようにしか見えないが、その穴はどこまで続いているのか分からないくらいの暗闇が広がっている。

 そこからゾッとするほど冷たい風が流れてくる。案外凶暴な獣の一匹くらい本当にいるかもしれない。

「よし、お前ら。これから楽しい冒険の始まりだ。準備はいいか?」

 ハァハァ、と荒い息をしながら沢崎が言う。これは疲れからでなく興味心故の興奮からくるものだろう。分かっていてもすごく気味が悪い。

「オッケー」

 と軽く答えるのはミライと栞。元気だなぁ。

 陽山の方を見ると彼女も対して疲れている様子はなかった。もしかして疲れてるのって僕だけか? 少しばかり日頃から運動を心掛けるべきか真剣に考えそうになる。

 洞窟に入ってから五分としない内に懐中電灯を使わないと先が見えなくなるくらい視界が真っ暗になった。冗談のつもりで持ってきたのに進入してすぐに使うことになるとは予想も出来なかった。

「いかにも何かありそうって雰囲気だよねー」

 ミライが楽しそうに呟いた。空洞内にはその声が無駄に響いて聞こえる。

「ああ、絶対に何かある。盗賊の財宝とか、呪われた秘法とか、消し去られた過去の歴史とかな!」

 前半二つは頑張っても無さそうだが、消し去られた過去の歴史、というのは何だか響きがいい。歴史学部の活動にはピッタリだ。

 何分か進んでからピチャピチャと水が滴り落ちる音が聞こえる。僕らが歩いている道にもそれが水溜りとなっている。どうやら土や岩盤に溜まった水が漏れているようだ。昨日の夜に雨が降っていたのを思い出す。おそらくその時に溜まった雨水だろう。靴に水が染み込んだことに顰めながらひたすら進む。

 次第に道が細くなり、人一人通れるのがやっとというくらい狭くなっていった。そんなところを三〇分近く歩くと出口に出た。そこが出口と思ったのは明かりがあったからだ。

「なんだこれ?」

 沢崎の拍子抜けするような声を漏らす。それも仕方ない。

 暗闇の洞窟を抜けた先にあったのは人工の通路だった。工事現場に置かれるようなライトが天井部分にたくさんぶら下がり、通路の真ん中には水路が通っていた。パッと見るとそれは下水道のようなところだ。だが、綺麗な水なのか特に変な臭いはしない。変わっているといえば水の届かない壁や天井にコケのような後が残っているくらいだ。

「下水道?」

 陽山が首を傾げながら言う。

「そりゃあないだろう。ここが一般と同じ下水道だったら俺たちは今頃鼻摘んでる。おまけに外に出たらう〇こ臭い。持ってきた弁当はもうう〇こ臭い」

「やめてよ、汚いなー。沢崎だけ弁当上げないよ!」

「ちょ、冗談だって」

 はは、と僕は苦笑した。沢崎の言う通り普通の下水道とは違うだろう。だったら何に使う場所だ?

「排水用の水路じゃないかな」

 ミライがポツリと言う。

「排水用? それ普通の下水道も一緒だろ?」

「違う違う。私が言ってるのは大雨とか洪水が起きた時に使う大量の水を逃がすための通路のことよ。普段はあまり使わないけど、台風とかには解放される水路。水害の多い国では珍しくないわよ」

「そういえば――――――」

 陽山が何かを思い出したように呟く。

「昨日の夜って、すごい雨が降りましたよね」

 陽山の言葉を聞いて全員が沈黙。まさかねー、と全員がお互いの顔を見渡す。すると――――――

 ズトンッ! と何かが落ちる音がした。その音と同時に鼓膜に不快な地響きのような感覚が襲う。それに合わせて天井に吊るされていた照明が全部消えて真っ暗になる。

「な、なんだ!?」

 地響きの音の方へ目を向けると、暗闇の中でも分かるくらい大量の水が押し寄せてきた。すぐに膝まで水かさが増し、水音が次第に大きくなる。そして――――――

「マジかよ!」

 通路を埋め尽くすほどの津波が押し寄せてくる。元来た道を戻ろうにも流れが強くなったせいでうまく辿り着けない。僕はただ悲鳴を上げるしかなかった。

 津波が僕たちに激突する。吹き飛ばされるようにして呑み込まれた僕は、だから天井と壁にコケがついてたんだな、とのん気に考えている内に意識を失った。

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