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第7話:陽山家の来訪者(3)

 あれだけ綺麗だった庭園はひどい有り様になっていた。

 植えられた木が根元から抜け、地面は猛獣の爪痕のように抉れている。頑丈そうな門も中央から爆破されたように吹き飛んでいた。とても人がやったようには見えない。まるで自然災害の跡地だ。

 そんな中で人が集まっている一角があった。さっき駆け込んできた人と同じスーツ姿の男たちが大勢で銃を構えて進入者を囲んでいる。この人たちはどうして銃なんて物騒なものを持っているんだ、という疑問は起きなかった。

 何故なら囲まれている進入者の手には自身の身長以上の奇妙な薙刀なぎなたが握られていたからだ。刀身は半月形で反りが大きく、その刃はギロチンのように太い。あんなのに斬られればそのまま体が持っていかれてしまいそうだ。

 薙刀を持った少年は僕たちに気がつくとニコリと笑いかけてきた。

「『偃月えんげつ』」

 そう呟くと今まで無風だったのに少年の方から強風がこちらに流れ込んでくる。少年を囲んでいた男たちがそれを合図にいきなり発砲する。パンッ! という銃声が複数重なって響いた。

 しかし、その弾は少年には届かない。当たったと思った瞬間にある弾は弾かれ、ある弾は風に流され、ある弾は弾丸が真っ二つになって地面を転がった。

 少年は薙刀を構え、淡く青色に光る刀身を振るう。すると少年と僕の間にいた人たちが突如宙を舞った。ドサッと人が物のように落下する。見た限り全員無事らしい。

「今朝といい、君とは意外なところで会うな、永峰春幸」

「あなたは・・・・・・」

 今朝倉庫で会った長髪のハンサム顔の祐哉とか呼ばれていた上級生が、何事もなかったかのように歩み寄ってきた。やっぱりあの時の突風は神器の力だったか。

 僕は反射的にポケットに手を入れる。《月讀》の入ったグリモワールへと。

「止めておいた方がいい。操魔師エクソシストになったばかりの君ではボクには敵わないよ」

「なんじゃと?」

 祐哉の声に反応したのは源綯さんだ。神器使いと操魔師は敵。当然の反応だった。

「永峰さん。藍葉あいばのいうことは本当ですかい?」

「本当・・・・・・です。でも、僕は神器使い――――――陽山の敵になるつもりはありません」

 僕はグリモワールを取り出す。

「――――――《月讀》!」

 僕の呼びかけに応じて箱から闇が噴出す。漆黒の亡霊が形を成して鎧を纏った巨人へと姿を変えた。

 闇夜に溶け込むような巨人の出現と共に周囲の息を呑む様子が伝わってくる。

「へえ、意外に好戦的なんだね」

 ただ一人、余裕の態度をとる藍葉祐哉は面白そうに呟いた。

「何しにきたか知らないですけど、帰ってください。ここには病人がいるんです」

「用件も言ってないのに追い出すのはひどいなあ」

 態度を変えることなく笑いかけてくる。この人は本当に自分の状況が解っているのか?

「他人の家をこんなにして一体何考えてるんですか?」

「『焔迦』を貰いに来た」

 確かそれは陽山が持っている双剣型の神器。どうしてそれをこの人がほしがるんだ?

「何度も断るわしらに痺れを切らしたか――――――何を焦っとる?」

 僕の疑問を口にしたのは源綯さんだ。

 源綯さんの言葉に一瞬だけ眉をひそめる。

「あなたにはウソはつけませんね」

 やれやれ、と言ったように溜息をつく。

「沙月が先日『焔迦』を使ったそうじゃないですか。そこの永峰春幸のために」

「何・・・・・・?」

 衝撃を受けたように源綯さんは顔を歪ませる。

「沙月はあなたも知るように『焔迦』に認められながらも神器の力を使うことを拒んでいました。そのせいで齟齬そごが生まれ、仮契約の状態となっている。このままだったら時間をかければ沙月自身が神器を手放すか、神器が沙月を見切るかで沙月から『焔迦』が離れると思ったんですけどね」

 僕を軽く一瞥し、

「しかし、それなのに力を使ってしまった。もう時間がないんですよ」

 祐哉が薙刀を振るう。淡く輝いた刃から風が吹き出す。

「《月讀》!」

 思わず腕で顔を覆ってしまうほどの突風を《月讀》が受け止める。うまく防御できたが身動きができない。

「『偃月』!」

 それを好機とみた祐哉が横薙に薙刀を振るう。刃から伸びた風が巨体の横腹にぶつかって《月讀》が吹き飛ばされる。地面を滑るように転がり、塀の壁に激突した。あの巨体を吹き飛ばすなんて一体どれだけの力を持っているんだ。

「交渉します。『焔迦』を渡してください」

「何が交渉じゃ。これは脅しというんやないかい?」

「それで?」

 祐哉の目つき鋭くなる。

 それでも、源綯さんの態度は変わらない。

「渡せん」

「それじゃあ、話題を変えましょう。そこの彼をどう思います?」

「は?」

 全く予想外の質問に源綯さんはキョトンとした顔になる。

「彼は操魔師でありながら神器使いの沙月と交友を深めていますよ。この点に関してあなたは心配じゃないんですか?」

 確かにその通りだと思った。

 操魔師と神器使いは敵同士だ。何故そういうことになっているのか知らないが、そうであるなら一緒にいるだけで危険なこともあるかもしれない。

 しかし、今はそんなことは関係ない。話を変えて注意を逸らすつもりだ。

「結構なことやないかい」

 源綯さんの答えは即答だった。

「永峰さんはわしの大事な娘の大事な友人や。例え操魔師であろうと関係ない。それに、危険なマネしてまでお前に立ち向かってくれたしなぁ」

 そういって僕の方を見る。温かく安心させるように微笑む。

「残念です」

 祐哉の顔に影がかかる。

「源綯さん!」

 僕は源綯さんに体当たりするように突き飛ばした。同時に強い衝撃が体を襲う。《月讀》ほどじゃないが、地面を転がり体中土塗れになる。

 うまく体が動かない。ケホッと咳込みながら祐哉を睨む。

「それが未来視ってやつかい? 面白い能力だね」

 僕はただ無言で睨み返す。祐哉が動けない僕のすぐ近くまで来て喉元に刃を突きつける。

「君が原因なのかな? 沙月が神器を使ったのは」

 解っているのに訊ねてくる。その声色には若干の苛立ちが含まれていた。

「そうだとしたらどうするんです?」

 嘘はついてない。

「こんなことをしてホントに何かが手には入ると思ってるんですか?」

「思ってるよ。だから、ここで手を止めるわけにはいかないんだ」

 祐哉が薙刀を振り上げる。

「君を傷つけたと知れば、沙月はどんな反応をするだろうね?」

 今度は心底楽しそうに呟く。

 そして振り上げた薙刀を振り下ろす。躊躇いはなかった。顔色も変えずに僕の体に刃を刻む。

 直前。

 ギンッ! と鉄と鉄がぶつかる音が響いた。

 眼前には二振りの直剣で薙刀を防いでいるパジャマ姿の陽山があった。

「陽山!?」

「やっとご本人の登場か。遅いよ」

「――――――帰ってください、祐哉さん」

 陽山が薙刀を弾く。弾かれた祐哉は僕らと距離を置く。

「開口一番がそれかい? 相変わらず連れないな」

「帰らないなら追い返すまでです!」

 数歩の踏み込みで陽山は祐哉に斬りかかる。

 祐哉はハエでも追い払うように軽く薙刀を振るう。そこから出現した風を陽山は草を鎌で刈り上げるように薙ぎ払った。風が霧散し、祐哉の正面に隙が出来る。陽山はその間に割り込むように突貫して右手の剣を振り上げる。しかし、祐哉は俊敏に身を翻し、薙刀でそれを受け止める。

 攻撃はそれでも終わらない。受け止めた動作のまま薙刀が青色に光る。そこから容赦なく陽山を風が襲う。左手の剣で何とか受け止めるが、体勢を崩してしまった。

「きゃっ」

 あっさり剣を弾かれ、その間隙に風を陽山の体に滑り込ませて先程の僕のように殴る。

 その勢いで僕のところに飛ばされた陽山を何とか立ち上がって抱き止める。

「大丈夫か、陽山?」

「は、はい・・・・・・」

 そう答えるが、無理をしているのが明白だ。

 僕は後ろを振り返る。《月讀》はすでに立ち上がり、僕の指示を待っている。

「来い、《月讀》!」

 僕の合図で《月讀》が駆け寄る。その一歩一歩が大きいため、すぐに僕と祐哉の間に立つ。

 陽山も立ち上がり『焔迦』を構える。

 それを見た祐哉が軽く溜息をつく。

「君たち二人を相手に流石にやり合いたくないな」

 祐哉が降参と言うように両手を挙げる。降参と言うよりは、きたと言うべきかもしれない。

「帰るよ。僕の負けだ」

 あっさりと身を引こうとする祐哉に、一瞬驚きながらも、陽山は彼を睨み続ける。

「もうこんなことやめてください。また永峰くんにひどいことしたら――――――許さない」

 陽山が警戒を止めずに剣を構えながら言う。その表情は険しく、相手に敵意を示す目をしていた。

 これは怒りだ。

 自分の大切な友人が知り合いに痛めつけられていれば怒るのは当然だ。自分でそう思うのは少々こそばゆい気もするが、僕が陽山の立場だったら同じようなことを口にしただろう。今思えば、ここまで怒りを露にした彼女の姿を見るのは初めてかもしれない。

「君がそこまで感情をむき出すなんて珍しいね。そんなに彼が大切かい?」

 陽山は口にはしなかった。

 しかし、それに答えるように『焔迦』が赤く輝く。紅蓮の炎を纏った色へと。その刀身は昨日見た時のような透明でなく、しっかりとした実体を持っていた。

「・・・・・・わかったよ。じゃあ帰ろうか、辰実」

「え?」

 僕は思わず呟く。

 薙刀が光を放って人の形へと変わる。その姿は今朝祐哉と一緒にいた辰実だった。僕が彼女とミライが同じ感じだと思ったのはこれのせいか。

 彼女は悲しい表情を浮かばせながら、

「じゃあね、沙月ちゃん」

 そう一礼してから祐哉と並んで敷地外へ行ってしまった。

 姿を見えなくなったのを確認して僕は《月讀》をグリモワールへしまう。陽山は未だに『焔迦』を握ったまま二人が消えた道を眺めている。その背中はいつもの陽山より小さく見えた。ちょっと刺激を与えれば崩れてしまうような気がする。

 昔にあの三人は何かがあったのだろう。それが陽山が神器を使わなくなった理由に関係あるのかは解らない。僕には聞く勇気も権利もないのだから。

「・・・・・・陽山」

「はい」

 僕の呟きに陽山がいつも通りの笑顔で答える。予想外な反応だったので逆に面食らってしまった。何せ、その表情は何かを吹っ切ったようにすっきりとした顔なのだ。

「その・・・・・・大丈夫なのか?」

「何がですか?」

 本当に何のことか解ってないように訊いてくる。・・・・・・まあ、いいか。

「風邪だよ。僕が教室追い出されてる間に早退したじゃないか」

「あー・・・・・・そういえば」

 彼女は素で忘れていたようだ。陽山らしいと言えば陽山らしいのだが、なんだか拍子抜けしてしまう。

「永峰くんはどうしてここに?」

「何でって・・・・・・」

 陽山にそう言われるとわりとショックだ。悪気がないのは解ってるのだが、実際の彼女は健康体そのものなのでそう思ってしまうのも無理ないかもしれない。祐哉にはぶっ飛ばされるし、ホントに僕は何しに来たのだろう・・・・・・。

「一応、お見舞い。陽山が熱出して心配だったし、もしかしたら昨日の僕のせいかなって引け目もあったし・・・・・・」

「え、それだけですか?」

「うん、そうだけど・・・・・・おかしいかな?」

 友達同士でも男一人で女の子の家に行くのはやはり変だったかな? 本来なら栞や沢崎も誘うのだろうが、神器云々があったから単身で来たんだけどなあ。

「いや、そんなことない・・・・・・です。私、今とっても嬉しいです」

「それなら良かった」

「ありがとうございます」

 陽山がそういって笑った。

 何故かすごく上機嫌なその笑顔を見て僕は思った――――――ああ、僕はこれを見に来たんだな、って。

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