第6話:陽山家の来訪者(2)
放課後になって僕は陽山の家を訪れた。
丸々一限目をサボって説教を職員室で受けてる最中に、気分が悪いから、と早退したらしい。見た感じ症状から風邪っぽいと沢崎から聞かされたが僕はそれを作った原因は自分だと解っている。間違いなく昨日の戦いのせいだ。陽山は勉強疲れと言っていたがそれは僕に気を使ってのことだろう。そっとして置くのが一番かもしれないがやはり気になって来てしまった。
よくよく考えたら僕は陽山の家を訪れるのは初めてである。ちなみに住所は部活メンバーの住所録を倉嶋部長に、陽山の見舞いに行きたいからと頼んだら快く見せてくれた。
「で、でかいな」
思わず呟いてしまう。
白塗りの壁に普通の家より高めの塀。そのせいで中が外から確認できないがそこが広大な土地であることは明白だった。なんと言っても山の麓より少し上まで塀が続き、そこから和風の屋敷が覗いているのだ。どう考えてもお金持ちの家である。
遠くからでも目立つ場所なのだが、いつも乗るバスの逆方向で三〇分以上もかかるところだったからこんな家があるなんて知らなかった。
「陽山って良い家のお嬢様なのかな?」
そんなことを思いながら僕は門の脇にあったインターホンを押した。ほどなくして丁寧な女性の声が聞こえた。
『はい。どちら様ですか?』
「修山学園の・・・・・・陽山沙月のクラスメイトの永峰春幸と言います。沙月さんのお見舞いに来たんですけど――――――」
名乗ると同時にブツッとインターホンを切られた音がした。いきなりのことで焦る。何か失礼なことでも言ったかな?
途方に暮れていると門の向こうから足音が聞こえた。足を止める間も入れず門が勢いよく開いた。
「男の子!!」
「は、はい?」
突然の言葉に僕はうろたえてしまう。男だから何だと言うのだ。
高い声色だがさっきのインターホンの対応した女性と同じ声であるのは間違いない。ジーンズに半袖の薄いジャケットというラフな格好をして、茶色に染めた髪を陽山と同じように後ろに結んでいる。大人びて見えるがおそらく大学生だろう。
「ささ、入って入って」
「わっ、ちょっと」
僕を強引に引っ張って敷地内に連れて行く。
中に入って改めて驚いた。中に広がっている庭園が修山学園のグラウンドに等しいくらいなのだ。どれも整備が届いていて思わず場違いなところに来てしまったと思ってしまう。こういうのは使用人とか庭師が手入れしているのだろうか。
「君があの永峰くんか。あたしは鳴海梓。よろしくね」
「あ・・・・・・こちら、こそ」
いきなり自己紹介を始めるので僕はうまく言葉が出せなかった。それを鳴海さんはクスクスと笑う。
「もしかして僕のことを知ってるんですか?」
あの永峰君、と強調して言うくらいだから陽山の友人として僕のことを彼女は知っているかもしれない。僕はなんとなく聞いてみた。
「沙月を強引に歴史学部に入部させた子でしょ? 沙月から聞いてるよ」
「いや、僕はただ興味あったみたいだから誘っただけですけど」
「そうなの? なんだ、つまんない」
つまんないってなんだよ。陽山が強引に入部させられたと思っていると誤解しそうになったじゃないか。
「鳴海さんは陽山の親戚か何かですか?」
「親戚とは違うかな。・・・・・・昔からの知人ってところだね。沙月とは姉妹みたいな仲だから沙月について知りたいことがあるなら何でも教えるよ?」
面白そうに鳴海さんは僕が何を聞くか期待しているような目を向けながら言う。その姿はそこらのエロオヤジと変わらない。
「・・・・・・今は、特にないです」
「そう、残念」
残念と言いながら声は弾んでいる。僕の反応を見て楽しいでるよ、この人。
庭園に続く道を進んで母屋に案内される。長い歴史を感じさせる造りの家は傷んでいるイメージがあったが、歩いていても木の床があまり軋まない。それだけ頑丈な造りになっていることが解る。
暫く進んでからとある一室に案内される。襖を開けて通された場所は応接間だった。
「椅子に座って待ってて。今お茶入れてくるから」
「あ、いや。お構いなく」
鳴海さんは僕のことを置いて襖を閉めてしまった。仕方なく僕はソファのような椅子に座って待つことにする。応接するためだけの部屋らしく、椅子や机以外は家具は置かれていなかった。壁には達筆な字で書かれた習字が掛けられているが、達筆すぎて何て書いてあるのか全く読めない。
直接陽山に会わせてもらえないのには訳があるのだろうか。
もしかしたら陽山の家族が来て昨日のことを問われるのかもしれない。陽山が倒れたのはお前のせいだとか、よく顔が出せたなと罵られるかもしれない。倒れたと決まったわけではないが、初めて来た場所に一人でいると不安なことばかり考えてしまう。
やがて襖が開いて鳴海さんが二人分の湯呑みを乗せたオボンを持って入って来た。短い間だったが、長い時間待っていた気がする。襖が開けられるまで僕は不安で精神が潰れてしまうのではないだろうかと思ってしまった。
「待たせて悪かったね。寝てたから起こすのに時間がかかちゃって。もうすぐ来ると思うから」
湯気の立ったお茶を置きながら説明してくれる。
成程。確かにそうだよな。早退して休んでいるのだから今は寝ているのが当然だ。だから直接陽山の部屋に行ったらパジャマ姿で無防備の彼女と対面することになる。そんなことになったらあの陽山のことだ。そうとうなパニックになるに違いない。男友達のお見舞いとはわけが違うのだ。
「いただきます」
渡されたお茶を啜ってから安堵の息をはく。理由が解っただけですごく安心した。
廊下から足音が聞こえる。鳴海さんが外を覗いて、来たよ、と教えてくれる。
「それじゃ、あたしは失礼するね。ゆっくりしていって」
「あ、はい。ありがとうございます」
軽く頭を下げると鳴海さんは微笑んで廊下に出て行った。入れ違いに少し大きめの影が襖の障子に写る。こんな武家屋敷みたいなとこに住んでいるから陽山は浴衣のような寝間着なのかもしれない。なるべく笑顔でいよう。そう思ったが、
「待たせてすまなかったな、にいちゃん」
笑えなかった。
応接間に入って来たのは屈強そうな男。四十代後半の中年男が険しい表情で僕の座っている椅子の向かい側にドサッと腰掛けた。これはどうみても陽山の父親だろ。似てはいないが状況的におそらくそうだ。もしかして想像通りになるのか? 僕は陽山の父に対面を求めてはいないが、こうして会いに来たと言う事は何か話すことがあるのだろう。不安が再び僕の頭の中をよぎる。それとも鳴海さんは陽山が家に帰ったらゴツイ男に変わるとでも言い張るつもりか? そんな冗談でも僕は期待してしまう。
「沙月の友達と梓から聞いたが・・・・・・娘に何の用で?」
やっぱり陽山の父親だったのか、この人。答え次第では僕は殺されてしまうかもしれない。そんな嫌な空気が応接間に満ちている。
「陽・・・・・・沙月さんが学校で体調を崩したので心配してお見舞いに来ただけで、別にやましいことなどいっさい――――――」
「何っ!?」
「ひっ」
陽山父の目がカッと限界まで見開かれる。僕は反射的に顔を机に押し付ける形で頭を下げる。
「す、すみません!」
「何をあやまっとる」
「へ?」
恐る恐る顔を上げるとキョトンとした陽山父の姿があった。・・・・・・怒ってない?
「いやー、今まで娘に見舞いに来る友達がいなかったからすごく嬉しくての。娘は・・・・・・沙月は学校では楽しくやっとるか?」
険しい顔を崩して陽山父は訊ねてくる。そういえば陽山は僕が声をかけるまで学校では殆ど一人で過ごしていたな。陽山父は陽山の普段の生活からそのことを心配しているのかもしれない。
「あー・・・・・・はい。僕と陽山とは同じクラスで同じ部活をやってて、そのメンバーでいつも学校で過ごしてます。一緒に授業受けてその宿題を見せ合いしたり、昼休みは皆で飯食いながら喋って、放課後は部活行ってたまにその帰りに飯食いに行ったり、普通にやってます。僕はそれで毎日が楽しいし、陽山も楽しんでくれていると僕は思っています」
何言ってるんだろうと思ったが、僕の言葉を陽山父は黙って聞いていた。
陽山は昨日の生徒会室で力を振るうことで誰かに悲しい思いをさせたくないと言っていた。神器という力で他人を傷つけたくなくて今まで周りから距離を置いていたんだな、と今更ながら解った。
「・・・・・・そうか。高校に上がってから顔色が変わったと思ったらそういうことやったんやな」
陽山父は顔を綻ばせる。
「ありがとうな。これからも娘と仲良くしてやってほしい」
そういって頭を下げられた。僕は慌てて、
「いえいえ、こちらこそよろしくお願いします」
「はっはっは。アンタ面白いな。良かったら名前教えてくれんか?」
「・・・・・永峰春幸です」
「わしは陽山源綯だ。よろしくな、永峰さん」
そういって握手を求めてきた。僕が手を出すと強く握ってきた。わざとではないだろうがすごく痛い。放した後も右手がジンジンと痛んだ。
「すぐに梓にでも娘の部屋に案内させよう。ちょっと待っとってくれ」
「はい・・・・・・」
来た時と比べて大分印象変わったな、と思いながら見送ると、ドタドタと慌しい足音を立てながら応接室にスーツ姿の男が入ってきた。荒々しい息遣いで源綯さんに駆け寄る。
「源綯様。大変です!」
「どうした?」
「陽山家の敷地内に進入者です!!」
外から轟音が響いた。