第3話:神器と巨兵魔器(1)
翌日の朝。
僕は全身を打ち付ける痛みで目を覚ました。
目を開けるとそこは床。固い床から起き上がり未だに焦点の合わない瞳で周囲を見渡す。ここは自室ではなくリビングだった。どうやら僕はソファーから落ちたらしい。
「そうか。昨日はここで寝たんだっけ」
寝惚けた頭でぼんやりと思い出す。
昨日の出来事についてミライに訊きたいことがあってとりあえず家に戻ってきたのだ。
しかし、めんどーい、とか言ってあまり詳しく教えてもらえなかった。適当な単語だけ言って本人はちゃんと説明したつもりでいるらしい。
挙句に帰る場所がないと言い張り勝手に居座り始める始末。だからといって追い出すわけにもいかないので泊まっていくことになったのだ。
今はミライが僕の部屋のベットで寝ている。本当は両親の寝室を使ってもらおうと思ったのだが、普段使わないだけあって埃が酷く、とても眠れる状態じゃなかった。必然的に男の僕がベットを譲ることになったのだ。
「時間的にまだ余裕だな」
時間はいつも起きる時間より一時間程度早かった。二度寝して起きる自信がないので朝食を作ることにした。洗面所で顔を洗い、朝食の支度する。
出来上がった朝食を机に並び終えた頃、僕の部屋から上下の黒ジャージを着たミライが出てきた。
「・・・・・・おはよう」
「おはよう。顔洗ってこい」
「ういー」
部屋から出てきたミライは昨日会った時とは別人のようにマヌケな顔をしていた。朝は誰でもそうなのだろうが、美人の場合だと不自然におかしいと思ってしまう。そう思いながらも対応はいたって普通。まるで昔から一緒に暮らしてるみたいだ。これに関しては倉嶋部長のお陰かな。
洗面所から出てきたミライは欠伸を漏らしながらリビングに入ってくる。昨日会ったばかりの相手なのに無防備すぎるだろ。
「頭クラクラする。起きるの早くない?」
「そうでもないよ。僕はいつもこれくらいに起きる」
「時差の影響かな」
ミライがボソッと呟く。
「そういえばミライってどこから着たんだ?」
「アメリカ」
かなり遠いところからいらっしゃったようだ。それなのに自分の荷物を何も持たないで日本に乗り込んで来たのは度胸があるのか、単なるバカなのかいまいち分からない。
「確か一四時間くらい違ってるんだっけ?」
「たぶんそう。本当なら眠ってる時間」
へえ、と思いながら不意に今更な疑問が上がる。
「・・・・・・僕の両親はミライの関係者?」
ミライは両親の荷物と一緒に届いたのだ。宛名もそうだった。海外を飛び回ってる理由ってもしかしてヤバい仕事をしているからじゃないのか?
「それはないよ。ハルユキの親の名前使ったのは不審に思われないためだから。安心して」
僕は心の底から安堵する。
「ミライはその・・・・・・兄貴と何をやってたの?」
「自分の身体の調査とか他解んないことの手伝いかな」
「身体の調査・・・・・・? どっか悪いのか?」
見た限り健康体のように見えるけど、持病持ちなのか?
「いや、私の体。殆ど人間じゃないからさ」
「は?」
「あれ? 話してなかったっけ?」
ご飯を頬張りながらすっ呆けたように意味不明なことを呟くミライ。人間じゃないってなんだよ。
「じゃあ見せてあげるよ」
ミライは箸を置いて立ち上がる。
すると、ミライが光を放つ。真っ白な光が徐々に形を変えていく。光が収まると一本の抜き身の刀が浮かんでいた。刀身はミライの身長と同じくらいで、とても迫力があった。
『どう? 驚いた?』
刀からミライの声が響く。
『これが私、神器「布都霊」の姿よ』
「神器?」
うん、と言って再び光を放つ。今度は刀から人の形に戻っていく。
トンッと着地して何事もなかったかのように席に着き食事を再開する。
「神器は簡単に言えば神様の武器のことよ」
「神様なんて実在したのか」
「神話とかで色々出てくるじゃない。その中の実在する武具が神器として現世に残ってる。ほら、三種の神器とか学校で習わなかった?」
学校で習うのは電化製品の方だと思う。でも僕だって一応歴史学部の一員だから少しは知っている。確か草薙の剣とかのことの筈だ。
「じゃあ、ミライも神話に出てくるのか?」
「私の場合はちょっと違うかな。でも名前は出てくるよ。真名は私の口からは言えないけどね。それだけで『布都霊』が反応しちゃうから」
「僕が言う分では問題ないのか?」
「それなら大丈夫。私の神器の真名なんてネットですぐにヒットするし。神名が殆ど一緒だから」
「そ、そうなんだ」
結構軽いな。神様の武器とか言うから重要機密だとか思った。そういえば『布都霊』ってなんか聞いたことある気がする。
ペラペラと話したミライが不意にねえ、と呟く。
「私のこと軽蔑した? 怖い?」
今にも消えてしまいそうな声でそう訊ねる。僕は突然込み上げてきた怒りを抑えながら告げる。
「そんなわけないだろ。刀に姿が変えられるからってミライがミライでなくなるわけじゃないんだからな。どうしてそれで怖がることになるんだ」
殆ど愚痴みたいな言い方になってしまった。昨日会ったばかりの女の子に何言ってるんだろうと思うが言葉が勝手に出てきた。
僕は四年前の事故で重傷を負った。学校に通える程度に回復した僕は同級生からひどく避けられた。動けるようになったとはいえ、体にはまだ包帯やギプスが外れていない所もあり、周囲はそれを何故か気味悪がった。僕がひどく落ち込んでいたということがあったのも事実だが、それでも避けられたのも事実だ。自分と少し違うだけで軽蔑するなんて人として最悪な行為である。僕は体験からそのことを知っていた。
「・・・・・・ありがとう」
ミライは照れたようにボソッとギリギリ聞こえる声で呟いた。
「話は変わるけど、昨日の箱から出てきた巨人は何なの?」
「巨兵魔器と呼ばれる人の鎧を纏った魔器。昨日言ったじゃない」
「だからもっと重要なことがあるだろ!?」
「昨日ハルユキが操ってたのは《月讀》って名前よ」
「それは昨日も聞いた!」
何でこう簡単にしか説明できないんだ。聞いててイライラしてくる。大体魔器ってなんだよ。今度は悪魔の武器とでも言い張る気か?
「それよりも時間大丈夫?」
「へ?」
時計を見る。
針はいつも家を出る時間より五分もオーバーしていた。
ミライと話をしていたせいで朝からすごく疲れた。
何とか時間に間に合って今はバス停から降りて校門に向かって歩いている。小学生から大学院生までいる学園なのに、校門はでかいのが一つだけなので大行列が自然と出来てしまう。まるで大晦日の参拝みたいだ。校門を出ればそれぞれの学校によって道は別れるから楽になるのだが、出入口をもっと増やしてくれと思う。
満員電車の中を歩いているみたいで、何だかスリに遭いそうで不安だ。だが、僕はそれ以外の理由で落ち着けないでいた。
それは、朱莉の存在だ。
人が大勢いる中でナイフを構える大胆さから人混みにいても油断は出来ない。チラチラと周囲を見渡して警戒する。振り返る度に変な目をされるが今はそれどころではない。何せ自分の命がかかっている。
歩いていると突然右肩を叩かれた。驚いて悲鳴を上げそうになる。
「おはようっ! ハル」
朝からハイテンションの栞がいつの間にか僕の隣に並んでいた。警戒していたのに簡単に近づかれて唖然とする。
「なんだ、栞かよ」
僕は安堵の溜め息をつく。その態度に栞は頬を膨らませる。ガキかお前は。
「何よそれ。誰だと思ったの? もしかして沙月ちゃん!?」
「何でそこで陽山の名前が出てくるんだ」
「だってー・・・・・・それじゃあ昨日の人?」
「昨日の人?」
誰だ?
「ふっふーん、偶然にも私は見てしまったのだよ。君が女の子とどこかへ走って行くところを。第一、今も隣にいるじゃない。一緒に来たんじゃないの?」
「え?」
栞のふざけた笑い方を無視して逆隣を見る。僕は今度こそ悲鳴を上げる。
「な、ななななな何でいるんだっ!?」
「やっと気づいてくれましたね、春幸さん」
そこにはにこやかに笑う月島朱莉がいた。それが悪魔の笑みに見える。
「いつまで経っても気づいてくれないから忘れられたのかと思いましたよ」
忘れる筈がない。
つい昨日に僕は彼女に殺されそうになったのだ。・・・・・・でも、キャラ変わってないか?
「ねえ、朱莉。この人がさっき話してた先輩?」
「え、この人? へぇー」
などと朱莉の奥隣に並んでいた彼女の同級生らしき少女たちが横に割って入った。金髪に茶髪と明らかに染めた髪をした彼女たちは好奇心の目で僕と朱莉を交互に見る。
「うん、そうだよ」
そう朱莉が答えると二人は揃って僕の顔を見る。しかも口元が若干吊り上がっている。一体何の話をしたんだ?
「きゃっ」
突然朱莉が足でも躓いたのか、僕の方へ倒れこんできた。
咄嗟に両手で支える。掴んだ朱莉の両腕の感触に僕は一瞬ビクッとする。だがその時に髪の毛から香るトリートメントの淡く甘い匂いが僕の思考を中断させる。
後ろから、ほほー、とオヤジっぽい声がしたが聞こえなかったことにする。
「あっ、すみません」
朱莉が顔を赤らめながら慌てて離れる。怖い怖い。
「大丈夫?」
僕は反射的にそう訊ねる。自然の流れとしてはこうだが、昨日とはまるで別人の彼女にどう対応していいのか正直困っている。
「平気です」
そう言って僕から離れる。気づくと、いつの間にか既に校門まで来ていた。
「じゃあ、春幸さん・・・・・・また」
そのまま下駄箱のところまでさっさと行ってしまった。彼女の友人も僕を一瞥してから後を追った。何なんだ一体?
「運がいいね、ハル。今日は吉日かな?」
今まで黙っていた栞がからかうように僕の顔を覗き込んでくる。
「そんなわけないだろ」
僕は栞に見えないように手にしていたくしゃくしゃの紙を広げる。先程朱莉がぶつかってから離れる際にさりげなく握らされたメモ用紙だ。そこには『放課後、生徒会室に来てください』とだけ書かれていた。
「今日は厄日だよ」
すごく胸騒ぎがした。
嫌な時間ほど早く来てしまうものだ。
既に授業を全て終えて放課後の時間となっていた。
嫌な予感がしなくもなかったが断ると後が怖い。昼ドラみたいに夜中に背後から刺されそうだ。
僕は渋々と生徒会室へ足を運ぶ。
修山学園の生徒会は一般の学校と同じ一校ごとに一つだが、生徒会室は全部で三つある。初等部と中等部が一緒に置かれた第一生徒会室。大学と大学院が共同に活動する第三生徒会室。そして、僕が向かう高等部を扱った第二生徒会室だ。
しかし、入学してから一度も利用する機会がなかったため場所が分からない。移動教室も広範囲にあるから見かけてもおかしくないのだが、
「理由は分からないですけど、第二生徒会室は高等部エリアから離れた場所にあります」
成程。
道理で見たことないはずだ。
「どうして外の場所に生徒会室があるんだ?」
「土地が無かったからじゃないでしょうか」
「土地が無かったからって・・・・・・」
土地も部屋も高等部エリアなら十分あると思うのだが。
「陽山は第二生徒会室に行ったことあるの?」
「見たことはあります。でも――――――まだ中は入ったことはありません」
道案内役を買って出てくれた陽山沙月が恥ずかしそうに頬を染める。別にこれくらいで照れるられても困る。
「永峰くんはどうして生徒会に?」
当然の疑問を陽山は投げかけてくる。生徒会に呼び出されるなんて大体はイメージ的に問題児ばかりだろう。陽山に変な勘違いはされたくないな。
「昨日の帰りにちょっと・・・・・・それで少し話が聞きたいから来てくれってさ。何やるんだろうなぁ。僕も正直よく解らないんだ」
「はぁ・・・・・・」
適当に答えたが微妙な反応をされてしまう。余計に誤解させてしまったかな?
何かもっといい理由は思いつかなかったのか、と反省しながらもいつの間にか目的地に着いた。
それを見て僕は絶句する。
「え、ここが第二生徒会室・・・・・・?」
「はい・・・・・・いちおう」
陽山が少し自信がなさそうに呟く。
案内された第二生徒会室は大学のエリアを少し抜けた先のひっそりとした場所に建っていた。校舎と変わらないくらいの大きな施設だ。正面がガラス張りの壁になっていて、側面が頑丈そうなコンクリートになっている。なんだか都会のビルを縮めたような建物である。この中にあるのかと思いながら入口に近づくと、ドアの横に『第二生徒会室』と書かれたプレートがかけられている。
「この建物そのものが第二生徒会室!?」
そんな馬鹿な、と他のところも見渡す。しかし、それ以外の案内はなかった。
あるのは『御用の方はインターホンでお呼びください』書かれた壁ぐらいである。インターホンもちゃんと付いてる。これを押せばいいのかな?
「君たち、生徒会に何の用?」
僕たちが入口でグダグダやっていると、不意に後ろから声が聞こえた。振り返ると、柔和な笑みを浮かべた女子学生が立っていた。身長が異様に高く、男の僕も見下ろされる形となっている。
「もしかして見学の子って君たちのこと?」
「いや、見学というか・・・・・・」
「ちょっと待っててすぐに開けるから」
僕の話を聞かずに僕と陽山の間を割って入口に立つ。すると、すぐ横の壁が開いて黒いタッチパネルが出現した。そこに女子学生が右手を置くとアルファベットと数字が浮き上がり、それをピッピッと慣れた手つきで押していく。押し終わるとガラス張りの扉が自動で左右にスライドする。
「指紋照合と暗証番号入力って・・・・・・ここ本当に生徒会室ですか?」
「当然の処置よ。だって中のものが外に漏れたらまずいじゃない」
生徒会室の中に何を隠してるんだ。公になったら困るような物資を保管してるとか言わないよな。
「そういえば、自己紹介がまだだったわね。あたしは第二生徒会副会長の伏見杏子よ。よろしくね」
「永峰春幸です」
「陽山沙月・・・・・・です」
伏見先輩に続いて自己紹介をする。陽山も少し控えめな声で自分の名前を言う。陽山の名前を聞いた伏見先輩は怪訝な顔をする。
「陽山・・・・・・?」
伏見先輩は顎に手を置いて何かを考えるように陽山を見る。
「どうかしたんですか?」
「何でもない。どっかで聞いたことがると思ったんだけど・・・・・・気のせいよね。こんな可愛い子、一度見たら忘れないだろうし」
そう言って陽山をジッと見る。陽山は見られていることにうつむいてモジモジとしている。逆に伏見先輩は楽しそうだ。
「ふふっ、さあ行きましょう。案内するわ」
「ありがとうございます」
もう完全に見学者扱いになっているが、違うということを言った方がいいだろうか? 朱莉には来てくれと一方的に言われたからてっきり待ってると思ったのに。もしかして場所を間違えたか? 一方、陽山といえば新鮮なものを見るような顔で周りを見渡している。彼女にしてはさっきとは別の意味で落ち着きがない。まあ、無理もないか。
入口を潜った僕らの最初に映ったのは一階から最上階の天井まである綺麗に整ったロビーだった。ピカピカに磨き上げられた壁に床。高級ホテルと同じような造りのロビー奥には通路と階段が見える。その奥が部屋となっているのだろう。ロビーだけでこの建物の三分の一は使っていて随分と無駄が多い気がする。この広さなら巨兵魔器を入れてもまだ余裕がある。
伏見先輩はロビーを抜けて通路の置くにあるエレベーターのスイッチを押す。その階数を見て僕は驚いた。
「地下十階!?」
地上は精々三階までしかなかったが、地下はその三倍以上もある。ちなみに先輩が押したのは八階だ。
「驚いた? でもこれからもっと驚くわよ」
伏見先輩がいたずらっぽく笑う。
「一体、生徒会は何をやっているんです?」
「それはこれから説明するわ。でも、その前にちょこっと挨拶しにいきましょう」
「挨拶?」
安心して、とでも言うように微笑みながら伏見先輩は告げる。
「ええ、この第二生徒会で一番偉い人物に、ね」