第34話:王室と風の騎士(2)
フレイグ・フィリッツは広大な空間にいた。
そこはとある兵器の格納庫だ。それ専用に造られた施設らしく、機材やそれらに必要な道具を除けば“そいつ”しかこの場所にはなかった。巨人兵器の格納庫に似ていたが、置かれている設備も全く違う。
巨人兵器の約三〇体分が余裕で収納出来る格納庫の中央には巨大なビーカーがあった。
薄い赤色の液体に満たされ、床と天井が接するところにはコードやケーブルが蔦のように繋がっている。それを囲んで数々の機材が並べられて、そのモニターやらボタンの光で部屋は照明を点けていないのに明るい。更にそれらから発せられる熱によってここは暖房要らずどころか、夏場のように暑く感じる。
「困りますねー。部外者をここに連れ込むのは」
低い男の声がフレイグの前を歩く人物に掛けられる。
声を掛けた男は入口付近の影が出来ている場所に態々机を運んだのか、どっかりと腰を下ろしている。飲みかけの酒瓶が男の横に置かれていることから、こちらよりも先にずっと居たらしい。
枯れたように張り付いた肌に、緑を基調とした服を纏っている男はアウクシリア財団大将のエノクだ。フレイグの前を歩く男はめんどくさそうに振り返る。
「知るか。ここのルールは俺様が決める」
エノクに向かってフレイグの前にいた男、同じく財団大将のメトセラは唾を吐くように言い放った。
溜息をつき、エノクは呆れ顔で言う。
「一応、ここはあたしの管轄なんですがねー」
「黙れよ、敗北者」
悪魔でメトセラの返事は冷たい。
慣れているのか、エノクは特に気にした様子もなくメトセラを見ている。
「まあー、本気ではなかったですからねー」
「小娘一人も殺れないのか」
「無茶を言いますねー。相手は教団の巫女。十世戒教団のナンバー2ですよ?」
「俺様なら余裕だ」
メトセラは簡単に言う。
事実、この男にはそれだけの実力があることをフレイグは知っている。
「流石ですねー。でも、あたしだって本気で戦えば勝てますよ。まあー、難しいというのは否定しませんが」
「雑魚が粋がるなよ」
そう言ってメトセラは中央のビーカーに近づいていき、中身を見つめながら口元を吊り上げる。
フレイグにとって目の前の“そいつ”はどうでもいいモノである。だが、強いて言うなら見ていて不快になる代物だ。
巨大なビーカーの中には一つの巨体が佇んでいる。痣のような赤や青が混ざった奇妙な色の鎧を纏った巨人。しかし、通常の巨人兵器より長い頭に鋭い爪など、手足や頭部は獣に近い。そして、その背中には様々な色をした結晶が鎧を突き破って数多く剣山のように生えていた。結晶の中に知っているモノを見つけてフレイグは更に不快に感じる。
「おい、雑魚」
メトセラはエノクに向き直って言葉を吐き捨てる。
「ついには同僚を雑魚呼ばわりですか。何ですかねー?」
「こいつを貰っていくぞ」
「・・・・・・いいですよ。どうせ止めたって無駄でしょうからねー。それに、まだ他にもありますし」
まだこんなのがあるのか、とフレイグは唖然とする。同時に、それを貰っていこうとするメトセラに良い予感がしない。
「何をするんだ?」
気になったフレイグはメトセラに訊ねる。
ククッと笑い声を漏らして、
「散歩だよ。ずっとこいつも閉じ込められて退屈してたろうからな」
メトセラは気味の悪い笑みを浮かべた。
大きな揺れと共に僕は目を覚ました。
「な、何だ!?」
僕は強い震動から逃れるようにベットから飛び降りる。正確には、体を起こすと同時にベットの外に重心が傾いただけなのだが。
混乱する中で頭上から声が響いた。
『十世戒教団による攻撃を確認。総員、直ちに第一時戦闘配置に移動してください!』
湯淺中尉――――――今は、少佐だったな。湯淺少佐の言葉が再び繰り返され、事態の深刻さを伝える。
急いで廊下に出ると、窓の外では銃撃戦が繰り広げられていた。
円盤のようなモノを背中に装備した戦闘機に乗った教団の巨人兵器が、こちらの輸送機にミサイルやらマシンガンをドカバカと撃っている。それらを輸送機は重火器で応戦する。弾はお互いに相殺しているが、若干こちらが押されているのが素人の僕でも解る。巨人兵器の装備から、こちらの巨人兵器を出させる間もなくこの輸送機を落とす気だ。
僕は揺れる廊下を走り、急いで司令室に駆け込む。
「うわっ!」
ドアが開くと同時に、そこから人が出てきてお互い勢いよくぶつかってしまう。体のバランスを崩して僕は倒れそうになるが、ぶつかった相手の方がそれを支えてくれる。
「ありがとうございます、イリア少佐」
「永峰春幸・・・・・・丁度良かった」
僕の言葉無視してイリア少佐は安堵の息を漏らす。しかし、その顔は何か焦っているようにも見える。
「今から君を呼びに行こうと思っていたところだ」
「え・・・・・・」
「戦力が全く足りない。大佐に話を聞いてくれ。私もすぐに出なければならないから説明する時間がない」
そう一方的に言い残してイリア少佐は走り去ってしまう。
僕は戸惑いながらも司令室に入る。
司令室は緊迫した空気に包まれていた。そこで中央に設置された机を中心に紅澤と湯淺少佐、他数名が集まって何かを言い合っているのが見えた。一番奥にいる紅澤は机に映るレーダーらしきモノや表などの素人が見ても解らない数値と、窓――――――と勘違いしてしまうくらい精密に外の光景を映像化した壁を交互に睨んでいる。集中しているせいか、僕が入室したことに全く気づいていない。その場の空気で思わず声を掛けるかどうか迷ってしまう。
すると、入口に一番近くにいた人物が僕に気づいて駆け寄ってきた。昨日、湯淺少佐と一緒に司令室に遅れて入ってきた少女だ。
「お待ちしていました。大佐。永峰春幸さんが到着しました」
中性的な声で少女は紅澤を呼ぶ。
紅澤は答える余裕がないのか、横にいる部下と話しながら手で何やら合図を送る。少女は、こちらです、と言って僕を机から少し下がった場所まで連れて行く。そこは中央のやや後ろで、他と比べて床が大きく盛り上がっていて壁の映像がよく見える。
「ボクはスバル少尉と言います。今日はよろしくお願いします」
「こ、こちらこそ」
いきなりの自己紹介に僕はどもってしまう。スバルと名乗った少女はそれに微笑んだが、すぐにキリッと表情を切り替える。
「簡単に状況を説明します。現在教団の巨人兵器によって奇襲を受けていますが、戦団は防衛するので精一杯です。なので、ボクたちはここから巨兵魔器を操って敵を迎撃します。死角部分はイリア少佐が担当してくれます。・・・・・・何か質問がありますか?」
「何となく解ったけど・・・・・・戦いにくくないですか?」
巨兵魔器はどれだけ距離が離れていても、操魔師自身がそれを確認することが出来れば操ることは可能だ。しかし、司令室の映像は本当に部分的なところばかりである。敵を中心にカメラを追っているせいか、よく映像も変わる。これでは集中して操ることが出来ない。
大丈夫です、と言ってスバル少尉は手前にあるタッチパネルを操作する。
すると、壁のモニターがプツッと消える。途端に映像が切り替わり、壁方向の光景がそのまま映される。そして、天井、モニターの無かった壁から薄型テレビが回転ドアのようにクルリと出てきた。天井にあったライトも隠され、壁と天井一面がモニターに埋め尽くされる。それからスバル少尉がタッチパネルを再び動かすと、出現したモニターに外の景色が映し出された。まるで、空の上に立っていると錯覚させられる光景に僕は唖然とする。
「イリア少佐、配置に着きました」
タイミングを合わせたかのように、オペレーターが司令室にいる全員に聞こえる声で告げる。
紅澤も顔を上げて僕らの方へ向け、
「よし。準備はいいか、お前ら?」
「はい!」
僕とスバル少尉は同時に返事する。
それを満足そうに頷いた紅澤は声を張り上げる。
「全機出撃っ! これより反撃を開始する!」
「了解っ!」
紅澤の声に全員が声を合わせて答える。
そして、僕とスバル少尉はお互いの巨兵魔器を呼ぶ。
「来い、《月讀》!」
「いくよ、《破響》!」
僕の呼びかけに応じて漆黒の鎧を纏った巨人が輸送機の上空に出現する。悪魔のような翼を広げ、背中のエンジンを噴かして僕の視界から映る場所で飛んでいる。昨日、神父の《存光》によって斬られた腕は既に再生していた。
《月讀》の横に並んで《破響》と呼ばれた紺碧色の巨人が現れる。背中に大きな逆V字型の翼が装備され、中心には大型推進装置が備え付けられている。更に両足にも補助推進装置が後ろ足首と両端部分に一基ずつ見える。それらを除いても特徴的だと言えるのが、手にしているハンマーだ。金槌のクローハンマーに形状が似ていて、頭部が二種類の形をしていた。一つは太い筒状の形をした大槌、もう一つの方には鎌のような大きな刃が付いている。奇妙としか言いようがない武器だ。
「手当たり次第敵を破壊します。どれも遠隔操作なので遠慮はいりません」
「はい!」
スバル少尉の言葉を合図に僕は《月讀》を前進させる。
《月讀》は背中の大剣を抜き、一番近くにいた巨人兵器に接近する。それに気づいた巨人兵器を乗せた戦闘機はミサイルを撃ちながら急いで後退して行く。輸送機の攻撃を受けずにいたから高速かと思えば、簡単に距離が縮まっていった。銃撃を闇の壁で防御し、大剣の間合いまで近づいたところで《月讀》は巨人兵器をそれを乗せた戦闘機ごと一刀両断する。
機体が爆散すると、他の巨人兵器の銃口が《月讀》に向けられた。僕は迷わず一番手前の巨人兵器の方へ行くよう《月讀》に指示を出す。その途中、銃を撃っても無駄だと判断したのか、横から《月讀》と同じぐらいの大剣を振り上げて別の巨人兵器が突撃してくる。《月讀》は進路を変えることなく、右手に纏った闇の塊を向かってくる巨人兵器に放り投げた。大剣を持った巨人兵器は回避が遅れて闇の塊を腹でそのまま受けてしまい、乗っていた戦闘機から叩き落とされる。更に抵抗しようとした挙句に、戦闘機も巻き込んで一緒に海に落下して行った。そして、進路上にいた巨人兵器も続いて撃墜する。
そんな形で僕は次々に歴戦の勇士のように巨人兵器を破壊していった。最近何かと負けっぱなしだったから、一機倒す度に自信がついてくる。
「それにしても、いつまで続くんだ」
僕は隣にいるスバル少尉に聞こえないように呟く。
最初にいた巨人兵器たちを倒してから数が全く減っていない。どれだけ撃破してもすぐに増援が送られる。これではキリがない。
「レーダーに新たな機影。その中の一機が高速でこちらに近づいてきます。この反応は、巨兵神器――――――《黄泉津》です!」
「なんだとっ!?」
司令室に衝撃が走る。《黄泉津》の出現に全員が驚きを隠せない。
教団のナンバー2。四つの別離兵器と光学兵器を持つ《黄泉津》は今の戦団にとって最も不利な敵だ。地上より空中戦の方が向いてる上に、接近戦に持ち込んでも《黄泉津》には『焔迦』がある。剣の実力を僕は昨日この目でしっかりと見ている。戦団も当然このことは知っている筈だ。
「スバル! 永峰! 《黄泉津》を先に迎え撃てっ! 残りの巨人兵器はこっちで引き受ける!」
「無理です! あれだけの数をこの機だけでは相手に出来ません」
僕とスバル少尉の代わりに湯淺少佐が紅澤に否定の言葉を告げる。
紅澤は歯噛みするような表情で叫ぶ。
「イリア! 援護出来るか!?」
「暫しお待ちください。現在、新手の敵と交戦中!」
切羽詰まった声で返ってきて紅澤はとうとう頭を抱える。
何か他に手伝えることはないかと思ったが、今は自分に出来ることをしようと意識を《月讀》に集中させる。
僕の出来ること――――――それは《黄泉津》がここに来る前に少しでも多くの敵を倒すことだ。
そして、巨人兵器を数機潰すと、再び《月讀》を多くの機体が囲む。キリがないと思いながらも大剣を構え直す。すると、すぐ目の前にいた機体が三機同時に爆散した。爆発の煙を抜け、巨人兵器の輪を強引に乱入してきた《破響》は《月讀》の横に並ぶ。
「加勢します。一気に倒しますよ!」
「はい!」
僕はスバル少尉の言葉を剣で答える。
大剣を振るい、《月讀》は一機一機確実に潰していく。だが、敵も馬鹿ではない。《月讀》の攻撃を躱したり、防御したりして徐々に一撃で倒せなくなっていく。闇の塊を撃ち出して攻撃を増やすが、ペースがうまく上がらない。
対して、《破響》はすごかった。そうとしか言いようがないくらい鮮やかに敵を破壊していく。一機を破壊してすぐにまた一機、時には複数まとめて敵を撃破する。その動きは僕の《月讀》と違って無駄がない。全ての動作が格闘ゲームの連続攻撃に見えてしまう。これが経験の差。苦戦中でなければ思わず戦いを忘れて見とれてしまう光景だ。
《破響》の連続攻撃の良さは巨兵魔器の性能だけでなく、武器にもあると言える。ハンマーが膨張して敵を叩き潰し、鎌の刃が伸びて複数の敵を巻き込んで斬り裂く。その時に応じてどちらかが大きくなり、片方が小さくなって一方の性能をしっかりと発揮している。柄の長さも、まるで質量をどこかに分け合っているように変化する。
丁度、囲んでいた敵を倒し終えた頃に、輸送機のカメラが白銀の巨人――――――《黄泉津》を捉える。
しかし、仕掛けてくる様子がない。光を帯びた翼を広げ、一定の距離を保ったまま空中で停止している。何を考えているのかと思っていると、
「大佐。《黄泉津》から通信が入りました」
「・・・・・・繋げ」
壁のモニターがすぐに変わり、教団の巫女の無表情な顔が映し出される。
『こんにちは。紅澤大佐と戦団の皆さん』
画面が切り替わると同時に抑揚のない声で教団の巫女は挨拶する。
「これはご丁寧に。・・・・・・一体どういうつもりだ?」
『警告に来ました』
「これからてめらを皆殺しにするからよろしく・・・・・・とでも伝えに来たのか?」
『返答次第ではそうなります』
紅澤の皮肉にも平然とした態度でいる教団の巫女。
嘘くさい発言に紅澤も平然を装う。顔の表情から感情を読み取られるようなことはしたくないのだろう。
「用件は?」
『今のイギリスには入国しないでください』
思いもよらない一言に戦団一同内心で唖然とする。
教団の巫女の話が見えない。僕たちを本気でイギリスに入国させたくないのなら、こうやって警告する必要はない。迷わず攻撃し続ければこの輸送機が落とすのは時間の問題である。それを中断してまで通信を入れたのは何故だ?
「どうしてだ?」
『もうすぐイギリスに爆弾が落とされる。災厄と言う名の爆弾が首都を中心にイギリスを破壊して行く』
「・・・・・・だから、巻き込まれる前に引けってか? オレ様たちを必死に海の藻屑にしようとした連中の言葉じゃねえな」
紅澤は教団の巫女の意味不明な発言を冷静に受け止める。正直僕には全く理解出来なかったし、紅澤のように即返答するのも迷って出来なかっただろう。どんな時でもどんな意味不明な発言でも、すぐに反応出来るところは流石は部隊長といったところか。
教団の巫女も紅澤の嫌味を流して話を続ける。
『勘違いしないでください。我々が恐れているのは、あなた方がそれに介入して阻止することです』
「随分と信用されてるな。オレ様たちが巻き込まれる前にトンズラするとは思わねえのか?」
『思いません』
即答で断言する。そう言われてしまっては何も言い返せない。
紅澤もまた別の質問をする。
「第一、どうして教団はイギリスなんて狙うんだ? お前らにとってあそこはどうでもいい国だろ」
『これは教団の活動ではありません』
「・・・・・・ってことは財団か。何かやらかすことは判っているが、その何かが解らない。だからお前たちは自分の目で財団が何をやるのか確かめたいんだな?」
『・・・・・・流石は紅澤大佐。それが解った上で訊きます――――――どうしますか?』
この返事次第で状況は変わる。
紅澤の答えは――――――
「却下だ」
迷うことなく拒否の言葉を返す。戦団の皆も答えが最初から解っていたからか、落ち着いた――――――より引き締まった空気が司令室を支配する。僕自身もこの回答に賛成だったので特に慌てることもない。ただ、次の攻撃に備えて《月讀》に意識を集中させる。
『・・・・・・残念です』
短く呟くと、教団の巫女が映っていたモニターが元の景色へと戻る。
刹那。
「レーダーに新たな機影。及び強力な熱源反応を確認っ!」
オペレーターが叫ぶと映像の一部にその機影が表示される。
巨人兵器が三機、固まって巨大な砲身を抱えている。二機が肩に担ぎ、残りの一機が後ろで引き鉄を両手で握っていた。巨人兵器が持っていたのは、どこか《黄泉津》の別離兵器に似ていて――――――
「回避っ! 絶対に攻撃を受けるな!」
紅澤の声と同時に砲身から勢いよく光明が放たれた。細いがかなりの距離があるのにも関わらず、真っ直ぐとこちらに高速で向かってくる。
そして、バカンッ! という爆発と共に僕たちの乗っている輸送機が激しく揺れた。近くの手すりに掴まることで精一杯で僕は何も出来ない。
暫くすると激動が治まった。しかし、僅かな振動が未だに続いている。この輸送機がまだ揺れているのだ。モニターを見れば、カメラが壊れたのか映像が切れたのがいくつかある。回復する様子もない。
「第一エンジン、後方バルカン砲塔二門、ミサイル発射管被弾」
「本機の損害率が四〇パーセントを超えました。推力低下。姿勢維持出来ません!」
震えた声でオペレーターは報告する。
報告は絶望的だ。それを証明するように輸送機がゆっくりと傾き始めている。この輸送機のメインエンジンは二つ。その一つが破壊されれば無事に飛んでいられる筈がない。おそらく補助エンジンで強引に保っているのだろうが、これでは数分で海に落ちてしまう。
「永峰さん、今は!」
僕が呆けていると、スバル少尉が声を上げる。声から余裕がないことが伝わってくる。
「はい。すみません!」
慌てて謝罪すると意識を《月讀》に戻す。
モニターを見れば、《黄泉津》相手に《破響》が一体で戦っていた。すぐに《月讀》で応援に向かう。
だが、《黄泉津》は予想以上に手強かった。二体掛かりでも余裕と思わせる動きで攻撃を仕掛けてくる。近づいて剣を振るえば『焔迦』で弾かれ、離れれば別離兵器の砲火が待っている。それどころか、《黄泉津》は双剣と別離兵器を巧みに操り、《月讀》と《破響》に少しずつダメージを与えていく。対して、《黄泉津》は無傷だ。
そして――――――
「左主翼に着弾。推力更に低下!」
ついに別離兵器の攻撃を許してしまった。
左の翼から炎が上がってすぐに鎮火されるが、そこには目でハッキリ判る程の大きな穴が空いていた。
『ただいま。砲撃部隊より帰艦』
タイミングよくイリア少佐がエンジンを撃ち抜いた巨人兵器たちを殲滅して戻ってきた。
「スバルと永峰を援護してやれ。船が海に落下する前に決めろ!」
『了解!』
返事と共に《月讀》と《破響》が映っているモニターに紺鼠色の巨人が現れる。
紺鼠色の巨人は細身な機体だ。《月讀》や《破響》と違って大きな翼はなく、ハの字に付けられた独特の形をしたスラスターが背中に四つある。足にも片方で左右側面に一つずつ、両足で合計四つバーニアが備え付けてあった。その姿は飛行しているというより、空中を跳んでいるような印象を受ける。
紺鼠色の巨人は手に黒い光沢を放ったナイフを持ち、高速で《黄泉津》に突進していく。
短いナイフを下から上に放り投げるように振るい、《黄泉津》に斬り掛かるがあっさりと躱されてしまう。しかし、《黄泉津》の左肩に亀裂が入り、教団のマークである十字架に傷が付く。
『舐なめていると、今以上に痛い目に合うぞ、小娘』
イリア少佐の言葉が司令室に通信機を通じて伝わる。
《黄泉津》は自分の信教のマークを傷付けられたからか、改めて双剣を構えて紺鼠色の巨人に向き直る。それを確認すると紺鼠色の巨人は攻撃を再開する。剣とナイフがぶつかり合い、激しい剣戟が繰り広げられる。リーチで不利になりやすい紺鼠色の巨人は《黄泉津》の動きについていく。よく見ると、双剣とナイフが触れていないのに火花が散っている。
一体どうして、と思っていると《黄泉津》が距離をとった。そして、別離兵器で攻撃すると、躱しながら紺鼠色の巨人はナイフを振るう。《黄泉津》は急いで移動すると、その横に透明の何かが通過した。ナイフを振るう度にそれは《黄泉津》に放たれ、今では別離兵器と見えない攻撃による撃ち合いになっている。
太陽の光に反射してやっと見える。その正体は氷だ。氷が槍のようになって撃ち出されているのだ。ナイフにもそれが纏わりつき、氷の刃と柄をした槍に見える。イリア少佐が槍型と言っていた理由がこれで解った。
気づけば、《破響》が別離兵器の一部と格闘している。標的が小さい上に動きが速いため、攻撃が当たらないようだ。僕も残りの別離兵器に向かって《月讀》を突撃させる。
丁度その時、
「こちらに接近する機影を確認。識別信号は・・・・・・イギリス軍です!」
「領海付近でこれだけ派手に暴れれば出てくるのは当然か」
疲れた声で紅澤は呟く。
レーダーには巨人兵器よりも大きい点が数多くこちらに近づいているのが見える。艦隊クラスが容易に思い浮かんでしまう。
「後どれくらい持つ?」
「着水まで残り三分ほどです」
オペレーターの言葉で新たな衝撃が走る。
輸送機はエンジンを損傷しているため飛べない。武装も殆ど壊れていてとても戦える状態ではない。不利とか厳しいの問題とは訳が違う。
『どうしますか?』
「深追いする必要はねえ。問題はこっちだ」
イギリス軍がモニターで確認出来る距離まで来たところで、《黄泉津》が輸送機から離れていく。向こうもイギリスの艦隊とやり合うつもりはないらしい。
「イギリス艦隊より入電」
「ちくしょう、あのクソガキめ。気づかれることなくさっさと済ませたかったのによ。・・・・・・繋げ」
悪態をつく紅澤。気持ちは全員一緒のようで、司令室の空気が重たくなった気がする。一難去ってまた一難とはこのことだ。
紅澤の指示でイギリス軍の通信が入る。
『接近中の十世戒教団、及び所属不明の航空機に告げる。ここは既にイギリスの領域内である。すぐに針路を変更されたし。尚、転進が認められない場合、我々は発砲する権限が与えられている。これは最後通達である』
台本を読み上げるかのように淡々とイギリス軍は告げる。
転進するにも、輸送機はもう海面ギリギリのところまで来ている。高度も取れないのに針路が変えられるわけもない。
「イリア、帰艦しろ。スバルも永峰も巨兵魔器を戻せ」
やれやれといった様子で紅澤は指示を出す。
了解、と言ってイリア少佐とスバル少尉は返事をするが、僕は居ても立っても居られない気持ちで紅澤に訊ねる。
「・・・・・・これから、どうするんですか?」
「白旗挙げる」
あっさりと紅澤は降服宣言をする。
間もなく、輸送機は着水して動きを止める。一撃で粉砕可能な破壊力を持っていそうな砲塔を積んだ戦艦がこちらにいくつも近づいてくる。
――――――紅き虎戦団の輸送機はイギリス軍に包囲された。