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第33話:王室と風の騎士(1)

 エディックにカルア、紅澤たちの救援によって僕とティエル、安藤中尉の三人は何とか教団から逃げ切ることが出来た。

 安全圏まで来ると瑠璃色の巨人兵器オートマタが僕たちを乗せた手を地面へとゆっくり降ろしてくれる。

「うおっ!?」

 立ち上がろうとしたところで、僕はバランスを崩して情けなく地面に顔面から突っ込んだ。

「大丈夫か?」

「大丈夫、ハル君?」

 同時に頭上から二つの声が掛けられる。

 僕以上の重傷を負っている筈のエディックとカルアが二人揃って手を差し出してくれる。僕はそれを両方受けとると、今度は二人が地面に崩れ落ちた。

『何をやってるんだか・・・・・・』

 頭上から安藤中尉の呆れた声が聞こえる。

 今度は倒れた拍子に転がった『暗天』が人の姿になり、

「よしよし」

 とティエルが僕がぶつけた部分をさすってくれる。僕はどうしてか、それがすごくおかしくて笑った。つられるようにティエルも笑顔になり、やがて声となってエディックとカルアも笑う。笑いの連鎖が全員に伝わって、ついには安藤中尉からも微かに聞こえた。

 暫く全員で笑い合ってから、それを掻き消す大きな音が響いた。

 複数の地面を滑る音。僕たちの周りを灰青はいあお色の量産機が囲み、銃を向けてくる。財団の巨人兵器と同じ機動性重視の無駄な装備のない巨人で、肩には赤い獣のマークが描かれていた。その銃口はよく見ると瑠璃色の巨人へと向けられている。

「な、何だ・・・・・・?」

 いきなりの事態に頭がうまく動かない。

『――――――当然の処置だ』

 聞き覚えのある声。

 量産機の輪を抜けて《嵐焔》が前に出てきた。その後ろには量産機と形状の異なる機体が二機、従者のように待機している。

『最初に礼を言わせてもらう。ウチの連中が世話になった。心より感謝する』

『こちらこそ援護感謝します。お陰で生き残ることが出来ました』

『さて、早速本題だが・・・・・・』

『ええ・・・・・・捕虜にするなり好きにしてください』

 安藤中尉が諦めたように答え、瑠璃色の巨人が降参と言わんばかりに膝を地面に付ける。

「ちょっと! どういうことですか!?」 僕は声を上げ、未だに違和感のある体をフラフラしながらも無理矢理立たせる。エディックとカルアも僕に合わせてゆっくりと立ち上がる。

『見た通りだよ。忘れた? あの時は共闘したけど、私たちは敵同士。本当ならこうなる前に逃げないけないのに・・・・・・ホント、情けない』

 安藤中尉が苦々しく呟く。

「紅澤さん! 本当にこの人を捕まえるつもりなんですか!?」

『誰がそんなこと言った』

 予想外の回答に僕も安藤中尉も言葉を失う。

 そんなことも気にせずに紅澤は口を開く。

『捕虜にするつもりはねえ。どうせ拷問したって何もしゃべらねえだろ?』

『・・・・・・』

 安藤中尉は無言で頷き、意を決したように立ち上がる。そして、不安を帯びた声で訊ねる。

『よろしいのですか?』

『あたりめえだ。おめえら、道を開けてやれ』

 紅澤の命令で安藤中尉の後ろにいた灰青色の巨人が巨人兵器でも通れるくらいの道を作る。しかし、銃口は相変わらず向けられたままだ。

『感謝します、大佐』

 控えめだが、明るい声で安藤中尉は紅澤にお礼を告げる。

『――――――あと、春幸もありがとう。君のお陰で今の私がある。・・・・・・五年経っても君は変わらないんだね』

「え・・・・・・」

 最後に意味有り気なことを言って安藤中尉は走り去っていった。追いかけるわけにもいかず、僕は見えなくなるまでその背中を見続けた。 静寂が訪れる。そして、静かになったこの場で最初に口を開いたのは《嵐焔》の後ろに控えていた内の一機だった。

『本当によかったのですか、大佐?』

 女性の声を発した紺鼠こんねず色の巨人に紅澤は体を向け、

『ああ。捕虜にしたって仕方ねえってのは本音だ。ここはノアの野郎に借りを作っといた方が得策だろ。それとも、お前はこの判断が不満か?』

『いえ。そういうことでしたら私は何も言いません』

『当然だ。いくらオレ様でも何の考えもなしに敵軍の士官を逃がしたりはしねえよ』

 そう紅澤が言ったと同時に僕の耳に轟音が突き刺さるように響いた。

 音は頭上からで、見上げると軍用の輸送機らしき航空機が一機、こちらに降下してきた。商団の船ほどではないが、それなりに大きな造りをしている。しかし、それだけでは今この場にいる巨人兵器を全機収容することは出来ない。

 どうするのだろう、と思ったところで、さっき紅澤に話し掛けた紺鼠色の巨人が怒鳴るように命令する。

『総員、直ちにベースに戻れ! モタモタするなっ!』

 その声を合図に灰青色の巨人兵器が全機、虚空に消える。代わりに、巨人兵器が立っていた場所に財団とはまた違う軍服を着た人間が現れた。男ばかりかと思いきや、中には女性も少なからずいる。

 それらの人たちは速やかに着陸した輸送機に乗り込み、この場に残ったのは僕とエディックたちに、紅澤とその後ろにいた部下二人だけだ。

「今更ですけど、ありがとうございます」

 僕は未だに《嵐焔》の姿でいる紅澤に頭を下げる。

『礼ならそこのダチにしろ。・・・・・・ムカつくが、今回オレ様はお前に何もしてやれなかったからな』

 そんなことない、と僕は思った。紅澤の部隊が来なければ、最後の教団の巨人兵器から無事に逃げ切ることは出来なかった。礼拝堂に現れた時、不安な僕にとってはそれだけで救われた気分になれた。

 それを伝えようとしたところで紅澤が言う。

『そっちのダチにも礼を言っとけよ。かなりお前のことを心配してたぜ』

 え、と声を漏らして《嵐焔》の顔が向けられている方へ僕も振り返る。

 輸送機の停まっている場所からこちらに歩いてくる二人の人物が見えた。一人は白衣の似合う二十代後半の母性的な女性で、すぐ前の少女に付き添うように歩いている。そして、二人目は長いサラリとした金髪をツインテールに結び、人形のような白い肌は日本人ではないと判る。若干幼く見えるが、おそらくは一八歳前後といったところだろう。

 二人共僕の知っている人物だった。 僕は目の前の二人――――――特に前を歩く外国人の少女から視線が外せなかった。驚愕と喜びから自然と見つめてしまっていた。見とれていたと言っても良いかもしれない。それ程までに、彼女は僕の知っている頃から美人に成長していた。

「久しぶりだな・・・・・・春幸」

 いつの間にか近くまできた彼女がゆっくりと、確かめるように僕の名前を呼ぶ。

 あまりの変わりように言葉を呑んでいた僕はそれに答える。

「久しぶり。・・・・・・レーメル・・・・・・だよな?」

 絞り出すように声を出す。

 僕の言葉に後ろにいた女性――――――内海渉さんが優しく微笑む。

「いかにも、私はレーメル・クラウンゼルグだ。三年ぶりだな、春幸」

 満面の笑みでレーメルが僕にそう答えた。

 それだけで僕の中の何かが揺れた。




「たった三年でよくここまで成長したな」

 これがレーメルに関して最初に抱いた僕の感想だ。僕の知っているレーメルは妙に子供に合わない話し方の中学生で、身長も僕よりずっと低かった。しかし、今のレーメルは僕と肩を並べる程成長し、年齢も追い越してしまった彼女はその年以上に大人びた雰囲気を纏っている。

「成長期だからな。まだまだ育つぞ」

 何故か胸を張って答えるレーメル。年齢的にそれはないだろうと思うと同時に、それだけは勘弁してくれと強く願う。年齢も越されているのに身長も負けたくはない。五十歩百歩の気もするが、若干僕の方が三センチくらい上なのだ。

「そうそう。レーメルちゃんはまだまだ大きくなるっすよー」

 レーメルの後ろから手が伸び、それがレーメルの胸を鷲掴みする。

 顔を真っ赤にしてレーメルはその手を胸から勢いよく引き剥がす。

「何をする、渉!?」

「健康診断っす」

 胸を両手で押さえながらレーメルが渉さんに抗議する。

 対して、渉さんは悪びた様子もなくニタニタと笑っている。

「どうっすか、永峰くん。意外に大きかったっしょ?」

 渉さんの言葉に僕はさっきの光景を思い出す。少し大きめの軍服を着ていて気づかなかったが、中等部では比べられないくらいレーメルの服の胸がある部分が膨らんでいた。今も強く手で押さえてるせいで――――――

「どこを見ている、春幸」

 レーメルが冷たい目で僕を見ていた。

 自然と僕の視線はレーメルの胸に行っていたため、慌てて目を逸らした。




 その後、僕だけレーメルたちと別れて輸送機の司令室に呼ばれた。

 ちなみに、レーメルたちは医務室でエディックとカルアの治療をするとのことだ。聞いた話だと、レーメルと渉さんはこの輸送機に三年程前に拾われてから、ずっと紅澤に協力しているらしい。剣の腕前の良さに神器使いということから非戦闘員ではないが、主に医務室の手伝いをしているとのこと。非戦闘員でないことに不安を感じたが、レーメルのことだから自分から志願したのかもしれない。

 司令室に案内された僕は床に固定された偉い人が使うような椅子に座らせられた。

 軍服を着た大人を占めた部屋で僕はギクシャクとしていると、

「悪いな。本調子じゃねえのにこんなところ呼んで」

 以前に会った時とあまり変わっていない銀色のツンツン頭に、派手なアクセサリーを首に掛けている紅澤が話し掛けてくる。

「本当ならお前の契約神器も呼びたいところだが、あんなガキンチョがここに居ても仕方ねえだろう」

 ティエルはエディックやカルアと一緒に医務室で休んでいる。今頃は再会を喜び合っているかもしれない。

「私は今からでも呼んでくるべきだと思います」 紅澤の言葉にすぐ近くにまでやってきた女性軍人が意見を告げる。その声色からさっきの紺鼠色の巨人に乗っていたパイロットだとすぐに解った。

 短く乱暴に切られた栗色の髪。長身の女性はどこかボーイッシュな感じがあり、そのせいか軍服がとても様になっている。落ち着いた表情だが、目がやたら真剣だ。

「幼いとはいえ、戦場から生還した少女です。こういったことは契約者が参加する以上同席させるべきかと」

「しかしだな・・・・・・」

「大丈夫です、大佐。彼女は軍事招集には慣れています」

 女性軍人の提案に躊躇いがあった紅澤はそれを聞いた途端目を見開く。

「おいおい。それじゃあ・・・・・・」

「はい。彼女も私と同じ実験の被験者です」

 紅澤も唖然としているが、僕はそれ以上に驚いた。

「ティエルのことを知ってるんですか!?」

「ああ。彼女とは財団の研究施設で出会った。私が見た中では一番若かったからよく憶えている」

 優作さんに聞いたことがある。ティエルとエディックとカルアの三人は財団管轄の研究施設で優作さんに出会い、共に暮らした。しかし、優作さんとティエルたちの出会った話はあまり良い印象ではなかった。

「正直今でも驚いている。あの若さで財団の実験を耐え、契約者持ちで戦場を駆け抜ける精神はそう簡単に得られるものではない。どうだ、二人で戦団に入る気はないか?」

「ぐ、軍隊にですか?」

 女性軍人の言葉に僕は戸惑う。

 冗談を言っているように見えないし、会って間もないというのに、この人はそういったことを嫌う性格だとなんとなく解ってしまう。

「あっはははは! そりゃあ良いっ! お前たちなら大歓迎だ。今はまだ甘いところが多いが、鍛えればすぐに戦力になるぜ。オレ様が保障してやる」

「やめてくださいよっ! 入りませんって!」

 紅澤が僕をからかった上に、更に慌てた声で否定するのを腹を抱えて笑った。

 若干涙目になりながら紅澤が女性軍人に告げる。

「こいつが断ってる以上勧誘も今すぐは無理だな。契約神器もここに呼ぶ理由もない。それでいいな?」

「了解。・・・・・・予定時間を遅らせてまでやることではありませんからね」

 それを合図に、失礼します、と言って軍服を着た僕の知っている女性が司令室に入ってきた。

 その後ろには僕とあまり変わらないくらいの女の子がいた。先に入室した女性と同じ軍服を着ているが、あまり似合っていない。思わず彼女の顔をずっと見ていたら、相手の方が僕に気づいて微笑んだ。

 僕は慌てて逸らすと、今度は先に歩いている女性――――――湯淺栄美子中尉と目が合った。湯淺中尉は事情を察したのか、声を出さないようにクスクスと笑う。恥ずかしくて僕は俯いてしまう。今すぐにでもここから抜け出したい。

 気持ちを切り替えるため、湯淺中尉はコホン、と一度咳払いし、

「これよりブリーフィングを開始します。紅澤大佐、よろしいですか?」

「おう、いつでもいいぜ」

 紅澤から開始の許可を貰った湯淺中尉は手にしたファイルに目を落とす。

「クライアントからの依頼で、現在我々はイギリスに航路をとっています。地中海に沿って大西洋に出て、そのまままっすぐ首都のカーディフの港に船を下ろします。そして、救出した永峰春幸他三名を港で待機しているクライアントに無事届けることが今回の任務です」

 湯淺中尉が任務の内容を説明する。クライアントとは誰なのか、などの質問したい気持ちを抑えて話に耳を傾ける。

「しかし、現在も数キロ離れた空域から我々を追跡する航空機を一機、レーダーで捉えました。一定の距離を保ち、こちらの様子を窺っている模様」

「所属は?」

「識別信号から十世戒教団です」

「くそっ。追ってきてやがったか」

 紅澤が吐き捨てるように言う。

「振り切ることは出来るか?」

「無理です。いくら速度を上げてもピタリと付いてきます。おそらくは我々よりも機動力があるかと」

「逆に迎え撃つことは出来ないですか?」

 僕は紅澤に訊ねる。

 こちらの輸送機より教団の航空機の方が速いのなら、追いつかれるのは時間の問題だ。だったら、こちらから仕掛けた方が有利になるのでは?

 そう思って訊いたのだが、

「厳しいな」

「どうしてですか?」

「オレ様たちの戦力なら一個小隊レベルくらい余裕で潰せる。でもな、それも空中戦となれば話は別だ」

 それを聞いてハッとなる。

 紅澤たちの部隊は主に巨人兵器である。それもパッと見た限り飛行手段を持たない機体ばかりだ。だからといって、この輸送機の上に乗せて戦うことなど不可能。そんなことをすれば巨人兵器の重量で輸送機が沈没してしまう。この輸送機にもそれなりの武装があるだろうが、《黄泉津》のような飛行機能を持つ巨兵神器アルマ・ミーレスが出てきたらお終いだ。

「空中戦が出来るのは私とスバル少尉だけだ。あとは、栄美子少佐の守護神獣フラーテルが甲板で戦えるくらいだな」

 女性軍人の言葉に先程《嵐焔》の後ろにいた二体の機体を思い出す。

 戦力がそれだけとなると厳しいと言える問題ではない。

「どうするんですか?」

 僕は眉間に皺を寄せている紅澤に訊ねる。

「どうしようもないな。――――――これでブリーフィングは終了。総員、持ち場に戻れ! いつでも攻められて良いようにしとけよ!」

 司令室にいた紅澤の部下たちは、了解、と返事をしてさっさと出て行ってしまう。その動きには無駄がなく、流石は軍人と感心してしまうが、今はそれどころではない。

「作戦とかないんですかっ!?」

「ねえな。来ないことにはどうしようもねえ」

「いいんですかそれで?」

 半ば呆れたように訊ねると紅澤は余裕顔で笑った。

「いいんだよ。これはお前が気にすることじゃねえ。イリア、こいつを部屋まで連れて行ってやれ」

「了解」

 そう言ってイリアと呼ばれたさっきの女性軍人は僕の首根っこを掴む。かなり力があるらしく、僕の体が床から浮いた。驚きながらも僕は抗議の声を上げる。

「ちょ、ちょっと!」

 有無を言わせる間もなく僕はイリアに無理矢理引っ張られる形で司令室を出た。




「自分で歩けますから・・・・・・引っ張るのを、止めてください・・・・・・」

「そうか。すまない」

 そう言ってイリアは僕から手を離してくれた。

 ゲホゲホッと咳き込みながら壁に手を付く。輸送機が移動中ということもあって廊下が若干揺れている。

 それでも僕は壁に手を当てながら立ち、足を動かす。最初よりは大分良くなった体は、何とか自分の力で歩くことが出来るくらい回復しているらしい。しかし、その移動速度は亀のようにトロかった。

「自己紹介が遅れたな。私はイリア・アンドリア少佐だ」

 足の遅い僕に歩幅を合わせて進むイリアが名乗ってきた。

「永峰春幸です。よろしくお願いします。アンドリア少佐」

「イリアで構わない。戦団でも皆そう呼ぶ」

「わかりました。よろしくお願いします。イリア少佐」

「こちらこそ」

 イリア少佐が微笑んで返してくれた。

 そして、すぐにキリッとした顔つきになる。

「永峰春幸。君は今日会った財団の安藤中尉とかいう軍人とは知り合いなのか?」

「えっ・・・・・・違いますけど」

 どうしてそんなことを訊くんだろう、と思いながらイリア少佐の質問に答える。

「そうか。君が彼女と知り合いかどうかを置いておくとしても。一度断っておこうと思ってな」

「何をですか?」

「彼女に銃を向けた時、君は不快そうな態度だったのでな」

 そういえば、そんなこともあったな、と今更思い出す。

 確かにあの行動には疑問を抱いた。安藤中尉は敵軍だが、僕にとっては命の恩人だ。一緒に教団のアジトから脱出した以上、感謝の気持ちはあっても銃を向ける必要はないと思う。

「あれにはちゃんとした理由がある。我々、あかとら戦団せんだんが元々は財団に所属していた主力部隊の一つだというのは知ってるか?」

「紅き虎、戦団?」

「我々戦団の正式名だ。大佐の名前から取って作られた」

 それだけで名前の意味がすぐに解ってしまった。

 紅は紅澤からで、虎は大河をタイガーと言い換えたのだろう。実にあの男らしいネーミングだ。戦団と言うところを強調しているあたり、イリア少佐はその正式名を気に入っていないのかもしれない。

「軍が統一してアウクシリア財団という名前になってからは無意味な争い事が多くなった。当然、我々――――――紅澤大佐の部隊は財団のやり方に反意を抱いた。そして、財団を抜け、ある組織の庇護の下で我々は紅き虎戦団という傭兵団体を作った。だが、財団はそれをゆるさない。裏切り者の我々を機会があればいつでも襲ってくる」

 イリア少佐が思い出すように遠い目をする。

「それでも、今回のように教団との戦闘で止むを得ず財団の兵士と共闘する場合がある。しかし、安全圏に出た途端に今度は共闘した相手に攻撃されるというのは、我々にとって必然と言ってもいい。実際それによって重傷を負った者、中には死亡した者も何人かいる」

「そうなんですか・・・・・・」

 戦団にも事情があるのだ。何も考えてなかった僕は何だか申し訳なく思った。

 これ以上引っ張っても仕方ないので僕は話題を変えた。

「庇護を受けてるって言ってましたけど、どこの組織なんですか?」

「それは君にも言えない」

 迷わずキッパリと言い放つ。

「どうしてですか?」

「それが彼らとの契約だからだ。我々は彼らと独自で引き受けた任務をこなし、その報酬で生活を賄っている。代わりに我々は彼らから必要な装備や隊員分の巨人兵器の提供を受け、大佐とスバル少尉の巨兵魔器アニマ・ミーレス、私の巨兵神器のカスタマイズをさせてもらった」

「イリア少佐は操神士デウス・ユーザーなんですか?」

 戦団の庇護している組織よりも僕はそのことが気になった。

 ああ、と短く答えてイリア少佐は掌から半透明の神器を出してくれた。

 それは黒曜石のように黒い光沢を放った刀身をしたナイフだ。いや、ナイフというより、黒い石を直接削り取って作られた石器に近い。だが、それは刃渡り一五センチ以上もある凶器に変わりはない。廊下のライトに反射した刃が切れ味の良さを無言で伝えてくる。

「私は槍型の神器『曙星しょせい』の神柱利器だ」

 槍型、と聞いて僕は首を傾げる。

 イリア少佐の持っている神器はどう見ても槍には見えない。そんな僕の疑問を許さないようにイリア少佐が語りだした。

「私は戦団に入る前は教団にいた」

「どういうことですか?」

 さっき聞いた話では戦団は財団から抜けた集団。話が食い違ってくる。

「確かに戦団は財団を抜けた部隊の集まりだが、最初はそこに私はいなかったのだ。大佐たちと出会う前の私は神柱利器という理由だけで、女の身でありながら二十代前半で既に少佐の地位を獲得していた。幸いにも良い上官の下で働いていたため、若くして多くのことを学ぶことが出来た。そんなある日、上層部から世界の危機と、それを回避するために自分の力が必要だということを告げられた」

「それがティエルたちのいた研究施設へ行くことですね」

 ああ、とイリア少佐が頷く。

「そこには様々の国の軍人から一般市民。更に老人から子供までいた。最初は注射や訳の解らない機械で身体を触れたりと色々やらされたよ。こんなことで何が解るというんだと思ったが、専門家でない私はただ黙って指示に従った。・・・・・・だが、何日か経ってから私は拷問器具としか思えないような道具で身体をいじられた」

「・・・・・・っ!」

 イリア少佐が苦々しく呟きながら、服を胸が見えるギリギリ手前までまくる。

 僕はその光景に言葉が出なかった。

 腹を縦に真っ直ぐ線が刻まれていた。それを閉じるチャックのように細かい線がその上に横に何本も並んでいる。他にも黒ずんだあとや皮膚の色が明らかに違う部分もあった。ヘソ辺りでそれだけの傷痕があるのなら、他にも沢山あるのだろう。想像しただけでもゾッとする。そして、一つの可能性を思い描いて背筋に悪寒が走る。

「も、もしかして・・・・・・ティエルたちも、こんな・・・・・・」

「安心しろ。君の友人二人は治療をする際に身体を見たが、私のような傷痕はなかった。当時同じ班だった君の契約神器も無事な筈だ」

 僕を落ち着かせるようにイリア少佐は怒りの表情を柔らかくした。そして、すぐに申し訳なさそうな表情になる。

「すまなかった。不安にさせるつもりはなかったのだが」

「いえ。もう落ち着きました。心配掛けてすみません」

 実際、イリア少佐の言葉で大分落ち着けた。優作さんがティエルたちがそうなる危険を感じたために、財団を裏切って脱出したことを今更ながら思い出す。これもイリア少佐のお陰だ。

「――――――話を戻す。私は軍人として鍛えられた上に神柱利器という特殊な身体のため、実験と称した拷問に何時間も耐えた。常人なら失神してもおかしくない激痛の時も、神柱利器によって高められた強い精神力のお陰でずっと意識を保つことが出来た。いや、その性質は私が意識を失うことも許してはくれなかった、と言うべきか。早く楽になりたい――――――私はそう何度も願ったよ」

 神器の加護によって守られた身体と魂は、普通なら死んでもおかしくない拷問でも耐え、限界を超えて感覚を失う筈の状況でも保ち続けた。本来なら戦うにおいて凄く役に立つ性質だが、自分が動くことも出来ずに只管攻撃を受け続ける立場では逆に辛い。結果的に生き残れても、その時付いた傷は身体から一生消えない。勿論、心からも。

「そこを助けてくれたのが教団だった。私は教団に連れて行かれ、治療を受けた」

「教団が助けたって・・・・・・そんなの利用するために決まってるじゃないですか!」

「ああ。私も最初はそう思っていた。味方と思っていた財団からも拷問を受けた私は疑心暗鬼になって近づく者全てに刃を向けた。しかし、信者の連中は私の治療を諦めなかった。しつこい信者にいつしか私の方が折れて治療を渋々と受けた。もうどうにでもなれとさえ思った」

 一旦息を吐き、イリア少佐は言葉を止める。

 疲れた顔はその時どれだけ苦労したのかを語っているかのようだ。

「体を治療し、その後のリハビリや心身のケア――――――信者たちは私を家族のように支えてくれた。始めは何を企んでいるんだと疑っていたが、やがて私の方が罪悪感で精神が締め付けられた。彼らは私を利用しているのではない、純粋に心配してくれるのだと――――――思わざる得なかった。それを強く思わせたのは、信者の中で私に一番声を掛けてくれた同じ神柱利器のキサラという女だった。彼女は教団を信教にしていて、自分が世界のために出来ることを探していた。私は信教を教団に変える程信じてはいなかったが、命を救ってくれた彼らの力になりたいと思うのにそう時間は掛からなかった」

 半透明だが、黒い光沢を放つ『曙星』を上に掲げる。

 その刀身に浮かんだ自分の顔を悲しそうに見つめる。

「長い月日が経った頃、私とキサラは教団から巨兵神器を授かった。その力と軍隊にいた頃の経験を活かして今度は教団のために戦場を駆け巡った。神父の言うことはあまり理解出来なかったが、仲間が心から信じている人物だから彼なりに世界と信者のことを考えているのだろうと思っていた。・・・・・・しかし、期待は裏切られた!」

 怒りを抑えるようにイリア少佐は『曙星』を握る手にそれを壊さんばかりに力を込める。

「私とキサラ、他八名の仲間は追い詰められた教団幹部や非戦闘員の信者を逃がすために、その準備が完了するまで敵の足止めをするように言ってきた。だが、敵の数は軽く百機を超えていて、本気で教団を畳み上げようとしているのがすぐに解った。私はこの数では無理だと言い返したが、私以外の信者は即答で返事をした。何故そんな簡単に了承出来るのかと憤慨しながら私はキサラたちに詰め寄ったが・・・・・・」

 イリア少佐は言葉を止める。

「それで、どうしたんですか・・・・・・?」

「全員が口を揃えて『神父様を守るため』と答えた。感情のない顔でそう告げた彼らはすぐに命令通りに動いた。まるで機械のように行動した彼らを止めることが出来なかった私も続いて戦場に出て、力ある限り暴れまわった。彼らを死なせたくない――――――そのたった一つの願いに私は必死に剣を振るった」

 イリア少佐は『曙星』を虚空に消して立ち止まる。

「全てが終わった時、戦場には私しか立っていなかった。教団は無事に脱出し、襲ってくる敵も殲滅して作戦は成功した。それでも私は喜べなかった。巨兵神器を纏う精神力も無くなっていた私は、ボロボロの手でバラバラになった巨人兵器の残骸を掻き分けてキサラや仲間たちを捜した。やがて血塗れのキサラを見つけ、抱き上げると弱々しく目を開けた。そして、神父と他の信者の安否を告げると幸せそうに笑って死んだ。私はそこに戦団が保護に来るまでずっと彼女を抱いていた」

 死んだ親友に黙祷もくとうするようにイリア少佐は目を閉じる。

 そして、三秒くらいしてから再び目を開けると、小さく息を吐いて微笑んだ。

「さて、着いたぞ。ここが君の部屋だ」

 立ち止まっていた場所のすぐ横にある扉に顎で差す。

「ベットは空いている場所を使ってくれ。・・・・・・それでは、おやすみ」

 そう言ってイリア少佐は立ち去ろうとする。

 僕はその前に尋ねる。

「どうして、その話を聞かせてくれたんですか?」

「私は神父を――――――キサラや仲間を平気で見捨てた教団を許さない。・・・・・・しかし、そんな彼らもまた守りたいもののために戦っている。それこそ、狂ったようにガムシャラにな」

 イリア少佐は今度こそ、背を僕に向け、

「彼らも人間。そして、我々の敵だ。全員が救いようのない狂信者ではない。だから――――――」

 教団に救われ、裏切られた女性の言葉。

 それだけに重みのある言葉は最後まで続かなかった。イリア少佐はそれだけ言って元来た道を戻っていく。その答えは自分で考えろ、と無言で伝わってきた。

 僕はその答えをいつか見つけられるだろうか?

 解らず、僕はただその背中を眺めていた。

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