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第32話:教団の巫女(4)

「いでよ、《存光ヤハウェ》」

 その声と共に広い礼拝堂に機械の駆動音が響き渡り、神父の姿が大きく歪む。そして、神父の立っていた場所にスノーホワイトの巨人が姿を現す。

 巨人というより、天使を連想させるその姿はさっきの神父とは思えない。腰から後ろに伸びた二つの突起は教団の巫女の《黄泉津》と似た形をしていることから、おそらく光翼なのだろう。更に同じモノが背中からも生えている。両肩で円を描いて繋がった線は正に天使の輪っかだ。

 それを守るように暗黒色の巨人がスノーホワイトの巨人の一歩前に出る。

 教団の巨人兵器オートマタに似たモデルの巨人は無駄な装飾もなく、俊敏なイメージがある。装備といえば、今も手にしている剣よりも少し口の大きな鞘が両腰に付いているくらいだ。

巨兵神器アルマ・ミーレスを二体も契約してるのか」

『否。言ったではないか。私は、君と同じ両儀相剋器フトゥールムなのだよ』

 僕の疑問に答えるようにスノーホワイトと暗黒色の巨人が淡い光で繋がる。

 その光を見て僕は驚きを隠せない。

「そんな!? 両儀相剋器は巨兵魔器アニマ・ミーレス守護神獣フラーテルがいて初めて出来るものじゃ・・・・・・」

『誰がそんなことを言ったのかね? 神器と魔器――――――相対する力を合わせれば巨兵魔器と守護神獣でなくても両儀相剋器化することは出来る』

「・・・・・・つまり、その黒いのは巨兵魔器なんだな?」

『いかにも。・・・・・・それより、いつまでそこで突っ立っているつもりかね?』

 神父が蔑むように僕に言う。

 改めて考えてみると、神父は戦闘の準備は既に済んでいるのに対して、僕は丸腰だった。

「くっ・・・・・・来い――――――《月讀》、ツキヨミ!」

 僕は悔しさを誤魔化すように力一杯叫ぶ。

 漆黒の闇が僕とティエルの周りに集まり、やがてそれは二つの影を作る。闇から生まれた漆黒の鎧を纏った巨人と、同色の毛並みの神獣が目の前の敵と対峙する。そして、隣の少女に呼び掛ける。

「いくよ、ティエル」

「うん」

 ティエルが頷くと、同時にその姿が虚空に溶け込むように消える。すると、僕の手に黒一色の槍『暗天』が握られる。

 僕は直ぐ様『暗天』を構える。いつでも動けるよう、神父を睨み付ける。だが、神父はといえば、僕の今の姿を見た途端に不気味な笑みを浮かべている。

『そうだ。それで良い! 敵は今回のように君を待ってはくれない。精進したまえ』

「それじゃあ、そんな敵に僕を待ったことを後悔させないといけないな」

『いいだろう。お互い、両儀相剋器。どちらが上か決めようではないかっ!』

 神父が歓喜にも似た声を上げる。

 それを合図に暗黒色の巨兵魔器が僕に飛び掛る。《月讀》で対応しようと構えていると、暗黒色の巨人が突如爆発する。それが砲撃だと気づいて僕は後ろに振り返る。

『オレ様を無視して戦いを始めるなんて言語道断だ。勝手に話を進めてんじゃねえよ』

 明らかに不機嫌な声で紅澤が後ろから歩いてくる。一歩進む度にズシン、と音が響く。たったそれだけで、十分に《嵐焔》から発せられる威圧が伝わってくるようだ。

『永峰春幸。オレ様が神父の相手をする。その間、あの黒いのを頼めるか?』

『それこそ言語道断! 今の私の相手は君ではないのだよ――――――《在闇アッラーフ》!』

 僕に指示した紅澤の言葉を掻き消すように神父が叫ぶ。

 その声に合わせて《在闇》と呼ばれた暗黒色の巨人が《嵐焔》に向かって突進する。

『チッ』

 舌打しながら《嵐焔》は腰に備え付けられたスコップ型のモノを取り出す。柄が延びたそれは巨大な槍となって《在闇》の剣を受け止める。《月讀》以上の巨体だけあって《嵐焔》は一歩も後ずさることなくその場に留まる。

 だが、動けない《嵐焔》にスノーホワイトの巨人からレーザーのような光線が放たれ、緋色の鎧の肩を貫通する。

「紅澤さんっ!」

『ぐっ・・・・・・!』

 呻き声を漏らして《嵐焔》の体が大きくバランスを崩す。そこへ《在闇》が追い討ちをかけるように剣を振るう。《嵐焔》は体の大きさでは思えない速さで剣を回避して距離を取ろうとする。しかし、《在闇》がそれを許す筈がない。すぐに間合いを詰めた《在闇》が《嵐焔》を追い詰める。《嵐焔》は渋々ながらも最初に破壊して入ってきた壁の穴に飛び込み、《在闇》もそれに続いて追い掛けて行った。

 それらを眺めていた神父が満足気に呟く。

『これで邪魔者はいなくなった』

「動けない相手に攻撃するなんて卑怯じゃないか」

『卑怯? ――――――ぬははははははははっ!』

 いきなり笑い始める神父に僕は戸惑ってしまう。一体何がおかしいんだ?

『ここは、戦場だ。そんなことを言っていては次に狩られるのは君かもしれない。そして、卑怯と言うのならば、君もそれに当てはまるのではないかね?』

「どうしてそうなる?」

『何故、未来視を使わなかったのかね? 君の共通義肢イニシエータなら、あのような攻撃を先読みするくらい朝飯前だろう?』

「・・・・・・っ!?」

 僕は神父の言ったことに言葉を詰まらせた。

 どう返せば良いか迷っていると、神父の方が自信を持った声で告げる。

『当ててみせよう。君は自分の力が世界に悪影響を及ぼしていると思っているのではないかね?』

「・・・・・・」

『きっかけは、陽山伊月によって視せられた滅んだ世界の記憶――――――違うかね?』

 僕は何も言い返せなかった。神父が言ったことは全て正しい。僕が共通義肢を――――――未来視を使うことで滅び行く世界を更に崩壊へと加速させてしまうのではないか、と考えていた。

 だから、敢えて戦う時は右腕の共通義肢しか使わなかった。その理由を除いてもこっちの方が戦いやすいからだ。

『悩むことはない。君のその力は使うために作られた。世界の崩壊が早まる――――――それを使う代償としては仕方のないことだ』

「なに・・・・・・?」

 僕は神父の言葉に眉をひそめる。

『君の考えは地球温暖化の今、二酸化炭素の排出を防ぐために地球上の生物に呼吸をするな、車や火を使うな、と言っているのと同じだ。環境を良くしようという心掛けは素晴らしい。しかし、だからといって人々の生活を制限させるのにも限界がある。これは仕方がないとは思わないのかね?』

「それは・・・・・・」

『それに、そんなことを言っていてはこの先、生き残るのはとても難しい。それを君に教えてあげよう』

 そう言うと《存光》の背中と腰にあった突起が勢いよく開き、濃厚な光を広げる。

 しかし、戦闘態勢を取った神父に僕は挑発するように言う。

「巨兵魔器のいないお前に両儀相剋器の力は使えない。そんな状態で僕に勝てると思っているのか?」

 第一、視界からも外れてるのにどうやって巨兵魔器を操ってるんだよ、と言いたいところだが、今は目の前の敵に集中する。

 またふざけた回答でもすると思いきや、神父は静かに告げる。

『確かに単純な力の大きさなら君の方が上だろう。だが――――――』

 《存光》の姿が消える。いや、消えたと錯覚してしまう程の速さで突貫してくる。気づけば、《存光》は《月讀》の目の前で腕の内側から伸びた光の刃を振り上げ、今にも攻撃しようとしている。

『君と私では経験が違うのだよ。戦いも、操魔師エクソシストとしても。そして、人としてもね』

「《月讀》!」

 僕は咄嗟に《月讀》の名前を呼ぶ。

 《月讀》は両手に闇を纏って光の刃を受け止めようとする。

 だが、

『無駄だぁっ!』

 光の刃が闇に触れた途端。

 バキンッ! とガラスが割れるような音と共に《月讀》の纏っていた闇が砕け散る。

 そして、防ぐものを失った《月讀》に容赦なく光の刃が襲い掛かる。肘より下の両腕が綺麗に切り落とされ、情けなく漆黒の腕が地面を転がる。そんな《月讀》に《存光》が突進し、腕同様に礼拝堂の床に転倒する。

「・・・・・・な、んで・・・・・・?」

 共通義肢を通じて感じる痛みを堪えながら僕は呟く。

 目の前で起きた光景が信じられなかった。《月讀》の機能は重力ブラックホール。未だに解っていない部分があるとはいえ、その機能は変わらない。それがただの光の剣で破壊されるなんてことが果たして有り得るのだろうか。

 自分の目を疑いながらも、今度はツキヨミに目を向ける。

「ツキヨミ!」

 僕の声に応じてツキヨミが口から闇色の炎を《存光》に放つ。《存光》はその場から動くことなく、ただ顔だけをツキヨミへと向けている。そのまま闇の炎が火球となって《存光》に直撃する。

 だが、スノーホワイトの装甲に傷どころか、汚れ一つ付いていない。

 変わらぬ姿の《存光》から笑い声が響く。

『ぬはははははっ。驚いたかね? これが経験の差――――――と言いたいところだが・・・・・・』

 スノーホワイトの鎧からプシュー、と空気が抜けたような音が漏れる。胸元の装甲が大きく開き、中の構造を剥き出しにする。

 巨兵魔器の鎧の中身はこの世の物とは思えない魔器と呼ばれる美しい結晶だ。人間の魂を動力とし、その証として結晶の中心部に生贄となった者が浮かび上がっている。何故こんな石が動いているんだ、と思わせるようなファンタジー風の兵器だ。

 対して、巨兵神器の鎧の中身は機械だった。だが、巨人兵器オートマタと違ってそこにあったのは操縦席ではない。中心部には何本もの細い線が重なって出来た、血管にも似た太いケーブルがDNAの立体構造のような二重螺旋を描いて、剣や鞘、ただの棒にも見えるよく解らないモノを絡み付けていた。その絡み付かれたモノが神器であると、感覚で解った。それは巨兵神器の一部パーツ、というより、巨兵魔器以上に捕らわれたモノを連想させる光景だ。

 ケーブルの周囲には点滅した電子部品やそれらを動かす装置が並んでいる。その中のPCに使われる拡張スロットのような穴の一つに僕の見覚えのある部品があった。

「その部品・・・・・・イニシャライズか!?」

『ご名答。君がこの地に運んだ初期化装置イニシャライズは私の体の一部として稼動している。その機能は外部から加わる魔力を消去することだ』

「そんな! それじゃあ・・・・・・」

『そう。神器や魔器、それによって生まれた守護神獣の攻撃では私に傷を付けることは不可能!』

 言ってすぐにスノーホワイトの装甲が閉じ、イニシャライズを隠してしまう。弱点がそこにあるのに、指をくわえて見ているしかない。

 今の状況は最悪だ。神父には僕の攻撃は効かないし、さっきの《存光》の剣技はイニシャライズとは関係ない彼自身の実力。このまま戦うにはあまりにも力不足だ。

 黙って見ている僕に神父は静かに告げる。

『ここで君を殺すことは簡単だ。しかし、まだ君は死ぬには早い』

 腕から伸びた光剣を僕に向け、今度は狂ったように声を上げる。

『だが、何故君はここで窮地に立たされる! 何故君は成す術がない! 何故君が選ばれたのだ! ――――――これが運命と言うのならば、なんとも呆気ない。・・・・・・判っているとは思うが、私はまだ神器を抜いていないのだよ』

 うまく感情が読み取れなかった神父の顔には、今だけハッキリと期待外れなものを見た表情が浮かんでいるような気がした。機械の巨人の装甲を纏っているのだが、どうしてか解ってしまう。

 だから、その意味が解った僕は何も言い返せなかった。いや、何も出来なかった。

 無反応の僕を憐れむように、神父は五秒程間を置いてから右腕の光剣を振り上げる。

 しかし、それが振り下ろされることはなかった。

 代わりに、ゴゴゴゴゴゴゴゴ、と地響きが広い礼拝堂に伝わる。

『・・・・・・』

 《存光》が音の方に顔を向ける。僕も地響きのする場所に注目する。

 すると、紅澤が出てきた反対側の壁が勢いよく吹き飛んだ。壁の残骸と一緒にそれを作った巨人たちが雪崩れ込むように礼拝堂に侵入してくる。

 現れたのは、無駄な装備もない機動性を重視したような造りの深緑色の巨人。その肩には、赤色の盾の中に白い翼が付いた剣が描かれた紋章がある。日本の巨人兵器と似たモデル――――――おそらくは量産機の巨人が四機、同じライフルを片手に銃口を神父に向ける。更にその中心には四機とは別に量産機をカスタマイズした瑠璃るり色の巨人が二丁のショットガンを構え、一つを神父、もう一つを僕へと狙いを定めている。

動くなフリーズ! 我々はアウクシリア財団第一軍隊。投降しろ、ジェラルド神父! 抵抗した場合、即発砲する』

 瑠璃色の巨人から高い女性の声が発せられる。その言葉や行動などの態度から、ただの脅しでないことが解る。しかも、銃口が僕にも向けられている。紅澤の仲間じゃないのか?

『ぬははははははっ! 千客万来っ! 永峰春幸君、君は素晴らしい!!』

『永峰春幸? ・・・・・・まさかっ!』

 僕の名前に瑠璃色の巨人のパイロットが大袈裟に反応する。アモークの言葉を思い出して、こいつも僕のことを知ってるのか、と内心で呆れる。僕に関して一体どんな噂が流れてるんだよ。

『ここまで自分の不利な局面に人を呼び寄せるとは、最早奇跡と言っても過言ではあるまい』

 陶酔しきったように話を進める神父に、今の状況を思い出した女性パイロットはハッとなって声を荒げる。

『おい、ふざけるなっ! 早く二人共武装を解除して――――――』

『だが、呼び寄せた人間の中には役不足の者がいるようだ』

 女性パイロットの言葉を無視して、神父は機械の指を鳴らす。

 途端、深緑色の巨人たちの真下から白い奔流ほんりゅうが噴き出す。電撃のようなバチバチッとした、反射的に耳を押さえたくなる高音が礼拝堂に響き渡る。それを受けたパイロットたちから、雷鳴にも似た悲鳴が耳を突き刺すように届く。そして、十秒もしない内に四機とも崩れ落ち、爆散してしまう。

トラップか!」

『基本を忘れてはいけない。ここは敵の本拠地で、尚且つこの場所は無防備になりやすい礼拝堂。何の対策もされていない筈がない』

『神父っ!! 貴様ーっ!』

 女性パイロットが怒り狂った声で神父に向かって突貫する。だが、その進路の先で再び床が白く染まる。女性パイロットは怒りに我を忘れてそれに気づいていない。

「くそっ・・・・・・《月讀》!」

 僕は考えるよりも先に《月讀》を呼んだ。

 《月讀》は瑠璃色の巨人に勢いよくタックルを決める。神父しか見ていなかった瑠璃色の巨人は簡単に攻撃を受ける。バランスを崩し、難なく床を転がって罠のある場所から逃すことが出来た。

 しかし、

「ぐ、わぁあああああっ・・・・・・!?」

 瑠璃色の巨人を逃がした代わりに、今度は《月讀》がエネルギーの奔流に呑まれる。それが共通義肢を通じ、痛みとなって僕に伝わる。

「が、ああああああああああああっ・・・・・・!」

 脳髄のうずいが焼けるように痛い。僕の精神が狂気の炎によってズタズタに傷付けられていき、どれだけ経っても痛みが和らぐことはない。抜け出すことも出来ず、襲ってくる激痛にただ狂った声を上げる。

 そして、徐々に意識が遠退いていく中、何かが僕に向かって突進してくるのが見えた。




 風を切る音と、肌に当たる冷たい空気で僕は目を覚ました。

 目を開けると、すぐ目の前にティエルの顔があった。

「ハル、大丈夫?」

「ああ・・・・・・一応」

 心配そうに見ているティエルに僕は苦笑いで答える。だが、実際は起き上がることも出来ない。

 ティエルに膝枕をされながら僕は申し訳なく思う。また、ティエルに助けられてしまった。僕はいつになったらこの子を守れるくらい強くなれるのだろうか。

「ありがとう、ティエル」

「ううん。助けたのはこのお姉ちゃん」

 ティエルに言われて初めて僕たちのいる場所が巨人の手の中だと気づく。瑠璃色の巨人は僕が起きたことを知ると声を掛けてきた。

『気がついたか』

 ぶっきらぼうだが、どことなく安堵している風に言う。

「君が僕を助けてくれたのか?」

『先に私を助けたのは君だろう』

 女性パイロットは苦笑しながら返事をする。その声を聞いていると、何故だか懐かしい気分になる。つい、ここが敵のアジトであることを忘れてしまいそうだ。

「よく神父から逃げられたな」

『一対一でやり合うのは荷が重いけど、逃げるくらいなら私でも余裕さ』

 そう言いながらも瑠璃色の装甲は疵だらけだった。僕たちを庇いながら逃げたから余計な攻撃を受けたのかもしれない。

「ありがとう」

『礼なら自分の神獣にでも言いな。あれがいなかったら私も君をあそこから助けられなかった』

 言われてからツキヨミがいないことに気づく。今は療養しているのだろう。ホント、僕は助けられてばかりだ。

「今はどうなってるんだ?」

 僕は気になって今の現状を訊ねてみる。

『最悪。仲間とは連絡が取れないうえに、今走ってる通路は渡された地図マップにも載ってない。敵の真っ只中で完全に孤立』

 周りを見渡すと、トンネルのように暗い通路と道を照らすライトしか見えない。そこを瑠璃色の巨人が僕とティエルを抱えて走っている。巨人が余裕で走れるくらい広い通路にはモーターの駆動音がやけに大きく響き渡る。

「でも、さっき破壊された巨人兵器の仲間が助けを呼んで・・・・・・」

『それはないね。あの四人は全員KIAだ。まあ、私の今の現状くらいは何となく伝わってるかもしれないけど』

「KIA?」

 聞き慣れない単語に僕は首を傾げる。

 それに女性パイロットが言い辛そうに告げる。

『killed in action――――――軍事用語で戦死って意味だよ』

「なっ・・・・・・」

 それを聞いて僕は信じられなかった。巨人兵器は遠隔で操作して動いている。現代の技術では木っ端微塵に破壊してもパイロットは死ぬことはない筈だ。

『神父の攻撃に問題があったのさ。あれは脳死陥穽と呼ばれる対人殺傷のトラップ。すぐに抜け出せれば助かることが出来るけど、あそこまでやられたらね』

 何も知らない僕に女性パイロットが補足を入れてくれる。

『本当は君も危なかったんだぞ。巨兵魔器越しだったから良かったけど』

「もしかして、君の機体では平気だったのか? 破壊された四機とは違うみたいだけど」

『私の機体でもあれは耐えられないよ。量産機の巨人兵器を士官用にカスタマイズされただけだからね』

「すごいな。君、士官なんだ。そういえば、名前を教えてもらってなかったね。僕は永峰春幸。君は?」

 僕が名前を尋ねると女性パイロットは何故か口籠くちごもる。

『私は・・・・・・安藤だ。階級は中尉』

 五秒程間を置いてから女性パイロットは自分の名前を名乗った。名字だけしか言わないのは、もしかしてまだ警戒されているからだろうか?

 僕が不思議そうに瑠璃色の巨人兵器を眺めていると、

『今はまだ安全圏ではないからな。迂闊うかつに本名を明かすと後々面倒になる』

 後付のような理由を言って安藤中尉が説明をする。特にとがめてまで聞き出すことではなかったので僕はそれで納得した。

 暫くすると、さっきの礼拝堂ほどではないが、広大な空間に出た。広場には何もない。だが、その何もない場所で、待ってましたと言わんばかりに一人の少女が中央に佇んでいた。

『教団の巫女!?』

 安藤中尉が慌てて右手で銃を構える。さっきのショットガンではなく、それよりも弾も威力も小さいハンドガンだ。おそらく、僕とティエルを抱えたままでは衝撃の強い重火器を使えないのだ。

「このまま帰すわけにはいきません」

「僕たちをどうするつもりだ?」

「用があるのはあなただけです。残りの方はわたしの後ろの通路から外に脱出してください」

 教団の巫女の後ろには僕たちが今通ってきたのと同じトンネルがある。微かだが、光がそこから漏れている。

『冗談じゃない。このまま黙って敵に背を向けて逃げ出せっていうの!?』

「はい。巨人兵器一機ではわたしに傷一つ付けることも出来ません」

『言ってくれるじゃない。巨兵神器に頼らなきゃ何も出来ない操神士デウス・ユーザーが!』

 安藤中尉が教団の巫女の挑発に乗ってハンドガンの引き鉄を引く。

「よせっ!」

 叫んだが、既に遅かった。ハンドガンが火を吹き、弾が小柄な教団の巫女の体に命中した――――――ように見えた。ハンドガンの弾は教団の巫女の体を貫通し、空中で綺麗にパカッと四等分にされる。そして、四等分された弾は広場の壁に突き刺さった。

 ハンドガンとはいえ、巨人兵器が扱う拳銃だ。人間を殺すには十分過ぎる威力の弾丸を教団の巫女は切った。切った、と解ったのは、教団の巫女がいつの間にか、その手に斬る武器を持っていたからだ。

 小柄な少女には大き過ぎる鈍色の直剣が二振り、いつの間にか握られていた。その半透明の剣に僕は見覚えがあった。

『うそ・・・・・・』

「わたしは操神士であると同時に、神器を宿した神柱利器。その程度の豆鉄砲ではわたしには勝てません」

 言ってすぐに、双剣を構えた教団の巫女がこちらに向かって駆け出す。無謀としか思えない行動だが、さっきの剣技を見せられたばかりでは無防備の時に猛獣に襲われるくらいの恐怖が頭によぎる。事実、神器の加護によって強化された教団の巫女は獣並みに速かった。

『チッ』

 それでも安藤中尉は冷静にハンドガンの銃口を教団の巫女に向け、何度も発砲する。どれも避けられるか、剣で弾かれたりして教団の巫女にダメージを与えられない。お互いの距離は大分空いていた筈なのに、あっという間にそれを詰められる。ハンドガンの弾が切れるのもまた早かった。

『クソッ!』

 安藤中尉は弾切れのハンドガンを教団の巫女に向かって投げ捨てる。教団の巫女はそれを跳躍して回避する。長い助走をつけたその跳躍はそのまま僕らの頭上に降下するように空中で円を描く。

 だが、安藤中尉はそれを狙っていたかのように虚空から長剣を取り出す。巨兵魔器の転送システムに似た技術が使われているのかもしれないが、今はどうでもよかった。安藤中尉が長剣の切先をこちらに落ちてくる教団の巫女へと向け、迷わずそれを突き出す。攻撃を躱すことは出来ない空中では必ず隙が生まれる。安藤中尉はそこに賭けたのだ。

 剣の切先が直撃する直前、教団の巫女が双剣の構えを変える。まさかあれを受け止めるのか、と思っていたら、双剣を交差させて長剣の切先――――――三角状に尖った側面にその刃を乗せてそこを滑った。

『うそでしょ!?』

 安藤中尉が驚愕して、そのまま長剣の動きを止める。

 教団の巫女は刃の上なのにも関わらず、そこを平然と駆ける。そして、双剣を瑠璃色の巨人兵器の頭部へと振り上げる。

 僕は反射的にティエルの手を握り、

「『暗天』!」

 自分の契約神器の名を叫ぶ。

 『暗天』の柄が伸び、教団の巫女の神器にぶつかる。

 そして、僕の視界が白いもやに包まれた。




 割れた窓ガラスから冷たい風が入り、ビリビリに破かれたカーテンが舞い上がるように暴れる。壁は熊に襲われたかのような切り傷があり、壁紙がベラベラと揺れている。更に部屋の真ん中奥に設置された頑丈なベットは真っ二つに折れてしまって使い物にならない。

 病院の個室であるそこには一人の女性がいた。

 病衣を纏い、滑らかな長髪を後ろに束ねている。彼女は布団ごと割れたベットに腰掛け、隣にある自分のよりもずっと小さなベットを見下ろす。そのベットも足が折れているため、支えなければ倒れてしまう。彼女はそれを抱き締めるように抱え、その中にあるシーツに涙を落とす。

「どうして、この子がこんな目に合わなくちゃいけないの?」

 嗄れた声で彼女は呟く。誰に対しての問い掛けなのかは判らない。だが、彼女はそうでもしないと精神が潰れてしまう。そんな気がしてならない。

 そこへ、病室のドアが開いた。コツコツ、と静か過ぎる部屋にはよく響く足音で男が入ってくる。

 入ってきたことに気づかないように、彼女は男に背を向けたまま涙を流し続ける。彼女は小さなベットのシーツ――――――黒ずんだ染みが広がったシーツを洗うように涙を零す。何時間やってもそれが落ちることはなかった。

「・・・・・・ごめん・・・・・・」

 男が意を決した態度で彼女に告げる。しかし、その声もどこか弱々しい。

 男の言葉を聞いた彼女は初めて反応を示す。ねえ、と小さく呟いてゆっくりと彼女は男へと振り返る。

 そして、今の感情をどこに向けて良いのか解らない表情で、彼女は呪うように言った。

「どうして、今日は来てくれなかったの?」




「なんだ・・・・・・今のは・・・・・・」

 僕は震える声で呟く。

 とても夢には思えないのようなリアルな光景。しかも、出てきた二人の男女を僕はよく知っていた。

 目の前には双剣を瑠璃色の巨人兵器の頭部へと向け、『暗天』によって絡み付かれた教団の巫女がいる。彼女は今まで見たことない、殺気を帯びた冷たい目で僕を睨んでいた。感情を完全に消した冷徹の仮面をその顔に付けているのではないか、と思いたくなる程の氷の表情。こんな少女がどうしてそんな目をしてるんだ。助けられると思った僕の考えは間違っていたのか。彼女は取り返しのつかないとこにまで行ってしまったのか?

 不安な感情が僕を押し潰しそうになる。だが、その不安もすぐに消し飛んだ。

「え・・・・・・」

 教団の巫女が涙を流した。表情は変わらないが、殺気を帯びた目が徐々に知っている瞳になる。

「殺さないのですか?」

 冷たい声で教団の巫女は訊ねる。

 『暗天』は教団の巫女の動きを止め、その刃は彼女の喉元に突きつけられている。いつでも教団の巫女を殺すことが出来る。

 僕は質問に答えず、今の動揺を誤魔化すように逆に訊ね返す。

「教えてくれ。どうして君はその剣を――――――『焔迦』を使ってるんだ?」

 教団の巫女の神器は陽山の契約していた『焔迦』だ。見間違う筈がない。

 『焔迦』は陽山家の宝剣。更に契約者であった陽山は僕の目の前で『焔迦』を折られている。だから、教団の巫女がそれを持っているのは不自然だ。

 教団の巫女は静かに答える。

「簡単です。それは、わたしが陽山の血筋だから」

「なっ・・・・・・・」

 教団の巫女の言葉に僕は驚きが隠せない。

 その一瞬見せた隙を狙って教団の巫女は『暗天』から逃れる。そして、瑠璃色の巨人から教団の巫女は颯爽と飛び降りた。

「待ってくれ。それじゃあ、さっき視せたものとそれは関係あるのか?」

「関係ありません。しかし、今視せたものがわたしが巫女たる所以です」

 そう言った瞬間。

 広場の空間が歪む。歪んだ場所から複数の巨人が現れる。かなりの数の巨人兵器に、教団の巫女のすぐ傍には青藍色の巨人が従者のように佇んでいる。

「おい、ミライ。これはどういうつもりだ?」

『見ての通りよ』

 答えながらミライは教団の巫女を回収する。

『またね、ハルユキ』

 一方的に言ってミライは教団の巫女と共に虚空に消えた。

「くそっ。言いたいことだけ言って行きやがった」

 残っているのは、数え切れない程の赤い量産型巨人兵器。

 さて、どこまでやれるか、と『暗天』を握り直すと同時に、体がバランスを崩して瑠璃色の巨人の掌に膝を付ける。急激に体力が削れ、『暗天』を杖にして辛うじて倒れることを避ける。

「くっ・・・・・・なんだ、いきなり・・・・・・」

『無茶するな。君はさっき対人殺傷のトラップから抜けたばかりなんだぞ!?』

 安藤中尉の叱責で思い出す。そうだ、僕は教団の巫女が現れるまでは起き上がることも出来なかったんだ。さっきまで動けた方がおかしなくらいなのだ。

「それじゃあ、ここから逃げる方法は何かあるか?」

『厳しい・・・・・・どころの問題じゃないね』

 奥の通路から教団の量産機が複数こちらに向かってくるのが見える。更に後ろの通路からもモーターの駆動音が徐々に近づいてくるのが判る。

 万事休す――――――そんな言葉が脳裏に浮かんでくる。奇跡でも起こらない限り生き残るのは不可能だ。

 そうやって諦めかけた時――――――

 奥の通路から目を閉じたくなるような強い閃光が真っ直ぐに僕たちの方に突貫してきた。何十もの機体が爆散して通路が巨人兵器の残骸で一杯になる。そして、閃光の元が瑠璃色の巨人の前で踏み止まる。それが誰なのか僕はすぐに判った。

「エディックっ!?」

 死んだと思っていたエディックがそこにいた。服もボロボロで、身体中に包帯が巻かれている。

 エディックは何も言わずに瑠璃色の巨人に飛び乗り、叫ぶ。

「今すぐ出口に向かって全力で走れ!」

『は? 一体何が・・・・・・』

「時間がない! 早くっ!」

 エディックの緊迫した迫力に押され、安藤中尉は出口に向かって瑠璃色の巨人兵器を走らせる。突然の出来事で反応が遅れた教団の巨人兵器が後ろから追いかけてくるが、士官用にカスタマイズされただけあって瑠璃色の巨人はただの量産型よりもスピードが速い。追いつかれるどころか、徐々に距離を広めていく。

 そして、やっとの思いで出口に辿り着いた。

 しかし――――――

「おいおい。何だよ、これは・・・・・・」

 さっきの何倍もの赤い巨人兵器が出口付近の場所にうごめいていた。動きは遅いが少しずつこちらに迫ってきている。

 折角脱出できたのに、絶望的な光景が喜びを一瞬で掻き消してしまう。

「情けない声を出すな」

「そうだよ、ハル君」

 出口の影から今度はカルアが弓型の神器を片手に現れる。彼女もまた、エディックと同じように身体中に包帯を巻いている。

「カルア! 無事だったのか!」

「うん。結構危なかったけどね・・・・・・よし、時間だよ!」

 カルアの声と共に教団の巨人兵器の群に向かって砲弾が撃ち込まれる。その方向を見ると、《嵐焔》が体中にある砲身からドカバカッ! と魔弾を撃ち続けている。他にも様々な方向からミサイルなどが群に向かって落ちる。

「よし。カルア、さっきのやつもう一度いくぞ」

「オーケー――――――『電煌でんこう』」

 カルアがそう言うと、エディックの姿が一本の矢へと姿を変える。光を凝縮したような輝きを放った一本の矢は時折バチッと音を立てる。カルアはそれを気にした素振りも見せずに矢を空いた手で握る。

「あたしたちが退路を作るから、そこをさっきのように全力で抜けて。味方の弾にだけは当たらないようにしてね」

「わ、わかった」

『了解』

 僕と安藤中尉は訳も解らないまま、ただ頷く。解るのは時間がないことだけだ。

「アルチイ・ジルヒル!」

 『漆風』の真名解放。

 カルアの言葉と共に、『漆風』が発光する。鮮やかな緑色の弓は全体から風が溢れ、透明の弦は目で確認出来るくらい風の線を作っている。そこに今度は神器化したエディックの『電煌』を番える。

 そのまま、カルアは退路に向けて矢先の標準を決める。

「この一撃に賭ける――――――アオツオオラガハル・カアー!」

 真名解放された『電煌』が激しい光を放ち、それをカルアは迫り来る教団の巨人兵器の群へと射る。

 先程見た時と同じように巨人兵器があっという間に残骸へと変貌していく。退路は出来た。

「いくよ!」

「おう!」

『了解!』

 カルアの合図で瑠璃色の巨人兵器は全力で戦場の真ん中を突き抜けていく。

 僕はただ必死に、そこを完全に抜けるまで巨人の手にしがみ付いていた。

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