第31話:教団の巫女(3)
教団に連れて来られたのは即席で用意されたような狭い部屋だった。
コンクリートが剥き出しで、天井の端からは水がポタポタと漏れている。部屋には中央に二つの木箱と丸いテーブルだけが置かれてあった。どうやら木箱に座って待ってろということらしい。
疲れた体をティエルと共に木箱に委ねる。こんなところで疲れが取れるとは思っていないが、突っ立ったままでいるよりはマシだ。
「大丈夫、ティエル?」
「うん」
ティエルは疲れを帯びた声で答える。
教団に捕まってから、僕とティエルは目隠しをされたままここに連れて来られた。視界を閉ざされたまま何時間も移動させられたせいで時間の感覚がおかしい。それも、音だけだからハッキリとまでは判らないが、車や飛行機と複数の交通機関を乗り降りしていたので休む暇がなかった。本当ならすぐにでも寝てしまい気持ちなのだが、教団のアジトでそんなことが出来る筈もない。
暫くすると、僕らの前に突如黒い影が現れた。全体的に黒い毛に覆われたそれは金色の双眸を僕たちに向ける。その眼はまるで、暗夜の中に浮かぶ月のようだ。
「心配してくれてるのか?」
そう尋ねると狼の姿になった影は僕とティエルの足元に寄り添ってくる。初めて見た時は魔獣をイメージしてしまったが、寄り添う姿は意外と愛らしい。この前は僕の身体を上回る巨体だったのに、今では体長が一五〇センチくらいしかない。どうやら体の大きさを自由に変えることが出来るようだ。
ティエルがその頭を優しく撫でながら尋ねてくる。
「この子の名前どうする?」
言われて思い出す。
目の前の狼は僕とティエルの契約によって生まれた守護神獣だ。生まれたばかりのこの神獣に僕たちはまだ名前も付けていなかった。だが、名前は何故か昔からこうだと決めていたようにすんなりと出てきた。
「ツキヨミ、っていうのはどう?」
パッと見た時に浮かんだ“暗夜の中に浮かぶ月”というイメージに、神話として“月を神格化した夜を統べる者”と伝えられている僕の巨兵魔器の名から、《月讀》の別読みのツキヨミと思い付いた。単純だが、名前は無理に意味をつける必要はない。呼びやすく、それでいて親しみやすければそれで良いと僕は思う。
「ツキヨミ・・・・・・うん。すごく良い」
まるで自分のことのようにティエルは満面の笑みを浮かべる。それを表現するみたいにツキヨミのフサフサした毛に抱きつく。ツキヨミもされるがままだが、抵抗しないということは本人もそれで納得していると思って良いだろう。喜びを僕たちに伝えるように、ツキヨミは尻尾を全体的に大きく揺らしている。ティエルとツキヨミの姿を見ていると、こんな状況でも思わず頬が緩んでしまう。これもある意味アニマルセラピーの一種かもしれない。
やがて、ティエルに抱きつかれていたツキヨミが耳をピクピクとさせ、顔を上げる。すると、ドアをノックする音が聞こえた。そして、僕たちの返事を聞く前にドアが開かれる。
「お待たせしました」
入ってきたのは教団の巫女とミライ。その後ろには信者と思わしき二人の男が銃を持って立っている。失礼します、と言って男たちがミライたちの横を通って机の前に椅子を置く。僕たちが座っている木箱と違って座り心地の良さそうな椅子だ。
「随分と扱いが違うんだな」
「黙れっ! 捕虜の分際で生意気なことを言うんじゃない!」
僕の呟きに男の一人が食って掛かるように声を上げる。その声にツキヨミが反応して男を睨み付ける。それに気が付くと男はあっさりと後ろに引いた。
椅子が並べ終わったのを確認した教団の巫女が振り返って男たちに穏やかな口調で言う。
「あとはわたしたちだけで十分ですので、お二人は下がってください」
「しかし、巫女様。それでは・・・・・・!」
「下がりなさい。そんなにわたしたちが信用出来ませんか?」
今度はゾッとするような雰囲気を纏いながら、見た目に合わない冷たい声で告げる。それを聞いた男たちは、失礼しました! と言って頭を下げて部屋から出て行った。
「折角の厚意をそんなに冷たくあしらって良いのか?」
「別に冷たくあしらってはいません。こうでも言わないと信者は引いてくれませんので」
穏やかな雰囲気で僕に言いながら教団の巫女は椅子に座る。続いてミライも無言で腰掛けた。
丸いテーブルを挟む形で僕たちは向かい合う。
「教主様とやらに会わすために連れてきたんじゃないのか?」
まず最初に僕が口を開いた。
それを教団の巫女がマニュアル通りに動く機械のように答える。
「教主様は現在多くの信者と共に祈りを行っています。どんな理由があっても教主様自身はこれを欠かすことは出来ません」
「ヒトを呼び出しておいて、お祈りしてるから待っててくれってのは失礼じゃないか?」
嫌味ったらしく言ったが、気にした様子もなく教団の巫女は言葉を続ける。
「代わりと言ってはなんですが、あなた方の疑問を教主様の祈りが終わるまでわたしたちがお答えしようと思います」
教団の巫女の言葉に僕は首を傾げる。
「どういうこと?」
「はい。あなた方――――――特に永峰春幸さんは五年前の過去から来たばかりだと聞いています。現在の世界情勢についてわからないことが多いのではありませんか? それをわたしたちが答えられる範囲でお答えします」
「つまり、何でも質問に答えてくれるんだな?」
「・・・・・・ええ。答えられることなら」
何を当たり前のことを? という顔で教団の巫女は僕を見る。そんな彼女に最初の質問をする。
「教団の巫女。君の名前を教えてくれ」
「え・・・・・・」
教団の巫女が戸惑う顔をする。ミライは教団の巫女を気にするように視線だけで眺める。
正直、教団の巫女という名前で呼ぶのは面倒なのだ。本名が判ればいちいちそんな名称で呼ぶ必要がなくなる。それに、名前で呼び合うことが出来ればそれなりに親しみも出てくる。そうすれば、戦う必要が無くなるかもしれない。目の前の少女は水無瀬薫瑠やメトセラと違ってまだやり直せる。だから、それ以上一線を超える前に自分の所属している教団がどんなに危険なのかを教えなければならない。
しかし、
「お答えできません」
返ってきた答えは期待外れのものだった。
「どうして? 自分の名前を言うだけだぞ?」
「わたしは十世戒教団の巫女以外の何者でもありません」
「そんなことはないだろう?」
何故か意地を張るように言う教団の巫女に僕は宥めるように尋ねる。
「名などありません。例え、あったとしてもあなたに呼ばれたくありません」
「なっ・・・・・・」
刺々しい言葉に僕は思わず呻く。どうして名前を尋ねただけでそこまで言われなければならない。
大人気ないと思いながらも僕はきつく言い返す。
「そういえば、初めて会った時から君は僕に対して刺々しかったよな。何か不快にさせるようなことを僕がしたか?」
「あの時は仕方ありません。お互い敵対していたのですから」
確かに、と僕の中でも納得してしまう。それを言われてしまっては僕も言い返せない。しかし、教団の巫女はそれとは違う意味で刺々しかったような気がする。僕の気のせいだったのだろうか?
「他には何もありませんか?」
これでこの話は終わりと言うように教団の巫女が尋ねる。
「お前たち、今いくつ?」
「は?」
いきなり何を言い出すんだ、と訴えるような表情で目の前の二人が情けない声を漏らす。
「別に変なことじゃないだろう? 僕は最近この世界にきたけど、ミライはいつこっちに来たのかわからないし、教団の巫女もティエルと変わらない年頃なんじゃないか? 気にならない方がおかしいって」
少なくともミライの方は見た限りあまり変わっていない。着ている服が僕と初めて会った時の黒巫女姿なのは驚いたが、それも些細なことである。教団の巫女がミライのことを“おばさん”と呼んでいたのを聞いて本気で心配していたのだ。もし、久しぶりに逢ったミライが中年にでもなっていたら、ショックでどうにかなってしまう気がする。
ミライのことで最も気になるのは《建雷命》と呼ばれる巨兵神器に乗っていたことだ。あれはアモークの話によれば神柱利器をベースに開発されるらしい。だったら、僕のようについ最近来たという可能性は低い。
ミライは思い出すように唸りながら腕を組む。
「私は一年前くらいかな。倒れているところを教団に拾われて以来ずっと行動を共にしている」
「だったら僕より一つ年上だな」
僕の質問にミライは普通に返してくれる。たったそれだけでもすごく懐かしくて自然と笑みが零れる。
「そうね。でも、シオリやカズマは私たちより五つ年上なんだからあまり大差ないわよ。実際大人っぽくなってたよ」
「二人に会ったのか? 元気にしてたか?」
「シオリは大分変わってたわ。カズマはわからない。生きてはいるみたいだけど」
その報告だけで救われた気分だった。二人共に生きている。沢崎はきっと相変わらずのお調子者で、栞はもしかしたら凄く美人になっているかもしれない。
「それじゃあ、教団の巫女はいくつなんだ?」
今度は教団の巫女に尋ねる。もっと沢崎たちのことを聞きたかったが、時間には限りがある。
「わたしはその方とあまり変わらない年頃です」
とティエルの方に顔を向ける。
「やっぱりそうなのか」
「でも、正確な年齢は言えません」
これもまた教団の巫女は非協力的だった。二つ目の返答拒否に思わずげんなりとしてしまう。
「またか。君、僕の質問に答える気ある?」
「あります。ただ、わたし個人の質問は答えられないだけです」
結局、何も教えてもらえないのか。これ以上訊いても無駄な気がしてきた。
僕は教団の巫女から隣のミライへと質問を変える。
「ミライはどうして教団なんかと一緒にいるんだ?」
「私には私なりの目的があるのよ」
「・・・・・・わかってるのか? 教団は兄貴を殺したんだぞ。お前は僕以上に兄貴に親しかった筈だろう」
正直僕は兄貴をよく知らない。未来から来た僕自身とはいえ、彼が今までに何をやっていたのか想像も出来ない。生活によっては趣味嗜好だって変わってくる。僕が考え、行動することを彼が必ずやるとは限らないのだ。
だが、約四年間一緒に暮らしていたミライなら兄貴のことを僕よりもずっと理解している筈だ。兄貴が殺されたことを僕よりもずっと辛かった筈だ。そして、誰よりも教団を憎んでいる筈だ。
「わかってる。でも、真堵さんのためにも私はここにいる」
「どういう意味だ?」
「お願い。この子の前でそれ以上その話をしないで」
ミライは静かに引け目があるような顔で告げる。
見れば、教団の巫女が顔を若干俯かせ、その目には涙を溜めている。
「どうして教団の巫女が泣くんだよ」
「今は訊かないで。この子は教団の巫女って呼ばれてるけど、同時に小さな女の子なの。本当はあんたと会うのも辛いんだから」
ミライからこれ以上の質問は有無を言わせない雰囲気が漂っている。
ミライは兄貴の死に泣き、僕の顔を辛いという教団の巫女を抱きしめる。教団の巫女がミライの胸に顔を埋め、そこから微かに嗚咽の声が漏れる。その姿は白銀の巨兵神器を操っていた人間と同一人物とはとても思えなかった。
よく考えてみれば、こんな小さな子が何の苦労もなしに教団のナンバー2と呼ばれるまで強くなれる筈がない。この子なりに辛い思いを沢山してきたのかもしれない、と強く当たったことを少しだけ反省してしまう。
嫌な沈黙が暫く続いてから、ドアをノックする音が部屋に響いた。
教団の巫女はミライからスッと離れると、さっきまで泣いていたとは思えない冷たい表情で告げる。
「神父様のところまで案内します」
僕とティエルが教団の信者に連れて来られたのは、今まで訪れた中でも一番大きな礼拝堂だった。しかし、そこは礼拝堂と呼ぶにはあまりに奇妙だ。
全体的に黒を基調とした内装。天井にはボロ布が垂れていて電気が隠れている。お陰で礼拝堂は奥まで見渡すことが出来るのだが、どうしても暗く感じてしまう。
そんな場所で何百人の人間が顔が隠れてしまう程ローブを深く被って跪いている。全員がブツブツと何かを呟きながら奥に設置された巨大な十字架を見つめていた。正確には、その下にいる礼服の男を。
十世戒教団のマークが縫われた礼服を纏っている男は僕にゆっくりと近づいて社交辞令的な笑みを浮かべる。
「待たせてすまない。祈りを欠かすわけにはいかないのでね」
「あんたが教団の教主なのか?」
「いかにも。私が十世戒教団の教主ジェラルド神父である」
堀の深い顔をした神父は考えの読めない表情で言う。
目の前で教団の教主を名乗る男に僕は疑問を抱く。教団の教祖は水無瀬薫瑠だ。兄貴を殺し、《素戔嗚》を奪った元修山学園の第三生徒会会長。世代交代にしても早過ぎる。もしかして、教祖と教主では役割が違うのか?
だが、神父は僕に何か言わせる間もなく唐突に訊ねる。
「君は、今の世界が崩壊する理由を知っているかね?」
「お前たちのような連中がいるからじゃないか」
ふざけた調子で答えると神父は特に気にした様子もなく話を続ける。
「世界が終焉に向かうのは人間が超えてはならない領域に足を踏み入れたからだ」
「超えてはならない領域?」
「時間の流れを変えること。未来を視ること。世界を識ること――――――」
「それがどうしたんだ?」
神父の声を遮って訊く。
神父が言ったことは以前に伊月さんに視せてもらった過去の記憶で聞いた言葉。しかし、今は僕の左目の共通義肢や《素戔嗚》のように、神父曰く超えてはならない領域を既に超えている。これが完成した頃には既に世界の崩壊は止められない状況にまで進行していた。
「わからないかね? それらの機能を持った兵器が存在するということはそれを作る要因――――――その能力を持った者がいたということなのだよ」
「そんな人間がいたのか!?」
未来視も時間制御も魔器の力あってこそ可能なのだ。それを魔器を頼らずに身に付けた人間が実在するのか?
「天性の能力者。それを知る者は修山と彼女が信頼する者たちだけだ。だが、我々はそれが誰なのか大方検討がついている」
「そいつが世界滅亡の原因ならどうして何の対処もされていない?」
元凶が解っているなら何らかの対策がされている筈だ。なのに、世界の崩壊は止まっていない。その崩壊の前兆すら僕は見ていないのだが、何も解らないからこそ、より強い疑問を抱く。
「修山も始めはその能力者を殺すつもりだったらしい。しかし、ある者の説得によってその案を撤回。代わって能力を利用することにしたのだよ」
「ある者って誰だよ」
わざとらしく神父が目を細める。
そして、勿体振るように三秒くらい間を空けて、
「君だよ。正確には既に亡き上条真堵と名乗っていた方の君だ」
「兄貴が・・・・・・」
「余程君のことが気に入っていたのだろう。もしくは、それ以外に何か理由があるのか」
「随分と詳しいんだな」
皮肉気味に僕は呟く。
流石は教団のリーダーと言ったところか。僕の知らない情報を沢山持っているようだ。これを気に多くの情報を得ることが出来るかもしれない。
「修山は天才だ。だが、その才能故に彼女は人々に恐れられ、崇められた! 巨兵魔器も様々な学者の助力があったとはいえ、殆ど彼女によって完成されたと言っても過言ではない」
「人の話を聞けよ」
いちいち言葉一つ一つを強調する神父に舌打したくなる。どうやら僕の話は聞くつもりはないようだ。
「我々と修山組は元々一つだった。しかし、それはいつしか引き裂かれ、敵対する存在となった。例えるなら、光と闇なのだよ。闇は光があるからこそ生まれる。光は闇があるからこそより輝けるのだ」
「修山組がいるから教団は生まれることが出来たってことか?」
神父の言っている意味がいまいち理解出来ない。
解らないなりに解釈して訊ねた。
「正確には修山という存在がこの世に出現したからだといえよう」
僕の疑問の答えは更に不可解なものだった。判るのは修山という人物が大物というくらいだ。
「教団にそこまで言わせる修山って一体何者なんだ? お前たちが崇める神の天敵とか何かなのか?」
「否とも言えるし然りとも言える。我々は彼女に注目し、恐れている! 我々が彼女の闇に塗り潰されるのをね」
神父の陶酔しきった言葉に思わず笑ってしまう。
「まるで自分たちが光だと言いたいようだな」
「当然だ。君は自分の巨兵魔器が光だと本気で思っているのかね?」
お返しというように神父も鼻で笑う。
確かに《月讀》の力は闇だ。ついでに言えば、《天照》や《素戔嗚》も力は見ただけでも“闇”をイメージさせるものばかりだ。世界を救う要として製作された三機神。別に光=正義だとは思わないが、どうして滅んだ世界の人々は闇の力を求めたのだろう?
今更のように浮かんだ疑問を振り払いながら神父に訊ねる。
「そんな話をするために僕をここに呼んだのか?」
「無論、違う。君は我が十世戒教団に入信するつもりはないかね?」
「はぁ?」
突然の提案に僕は素っ頓狂な声を上げる。
「秋名未来君も自分の意識でここにいる。君の実力ならすぐに十戒の仲間入りだ。無論、君の契約神器も共に歓迎する」
「絶対に御免だ。第一、お前たちの教義では巨兵魔器は邪魔な存在とか言ってなかったか?」
「我々の教義を聞いたことがあるのかね?」
食って掛かるように神父は一歩前に出る。凄く聞いてみたいという雰囲気がバンバン伝わってくる。
僕は若干その行動に引きながら、気持ちとは正反対のことを言う。一応、教団の教義というのを知っておく必要があるからだ。
「断片的にな。教えてもらえるなら是非とも聞いてみたいね。有り難い教義ってやつをな」
言った途端に神父が両手を広げて不気味な笑みを浮かべる。
「良いだろう! まず、何故君は神柱利器というのが存在していると思うかね?」
「そういえば聞いたことないな。どうしてなんだ?」
「神器使いは神器によって加護を得ることで身体を強化される。これは真名を仮名で抑えているとはいえ、人間が扱うにはあまりにも強力で危険な武具だからだ。そして、神柱利器は加護を得ると同時に肉体が変質する。これは人間から神器へと変化する際に普通の体では耐えられないからだ」
修山学園の地下を探検した時のミライを思い出す。彼女は普通の人なら大火傷する熱を平気で浴びることが出来た。
「更に変質はその者の魂にまで及ぶ。何故なら、人間から神器へと変化する時や実際に武器の打ち合いには並大抵の精神ではやってはいられない。それに、この魂の変質にはもっと大きな意味がある」
「大きな意味?」
「それは異界へ入る条件が満たされるということだよ」
意外な答えに僕は驚きを隠せない。神父は逆にその反応を喜んでいるように見える。
「お前たち教団は異世界の存在を信じてるのか?」
「いかにも。そこは我々にとって聖地であり、我々の崇める神の君臨する場所であり、我々人類が皆最終的に到達する終点地である。異界に自分の好きな時に入るためには神柱利器か神獣に守られた契約者、もしくは操魔師でなければならない。その中でも神柱利器は神器によって選ばれた特別の人間だ。彼らは天からやってきた使徒である」
「あんたの言うことを信じるとして、教団の目的は一体何なんだ?」
僕は怪訝な顔で神父に問い質す。
教団にとって神柱利器は特別な存在だというのは解ったが、目的が全く見えてこない。
「聖地に赴くことだ。この世界は終焉を迎える。何故なら今我々がいる世界が偽りだからだ」
「どうしてそうなる? 世界が終わるからって今いる世界が偽者だなんてわからないだろう!?」
「わかるさ。我々が崇める神も世界の一部。壊すことなど不可能。壊すことが出来るのは作られたものだからだ」
どうやら教団の崇める神も全知全能ではないらしい。
「だから、世界が崩壊する前にその聖地とやらに避難しようってわけだな?」
「そうだとも。しかし、入る条件はさっき言った通り。更にその入口は世界が崩壊を開始する直前に出現する。道もまた、神器使いや操魔師によって違う。だから、我々は世界の崩壊と同時に何の力も持たない人間の道を造る」
「そんなことが出来るのか?」
「そのための神器の化身だ。祈る者は救われなければならない。そのために我々は戦う!」
それを誇りと言うように神父は力強く告げる。
「さっき人類の終点地とも言ってなかったか? だったら、わざわざそんなことをする必要はないんじゃないか?」
「我々の意思で行くのと、自然に送られるのでは意味合いが全く違うのだよ」
僕はおかしくて逆に笑いが込み上げてきた。
「バカバカしい。そんなの信じられない!」
「信じられない? 君は一度似た体験をしているではないか」
突然身に憶えのないことを言い出す神父に僕は首を傾げる。
疑問を口にする前に神父が先に答える。
「アーク・アウラ。君はそこで操魔師にしか通れない道を進んだことで学友と逸れ、高津原直辰に案内されることとなったのではないのかね?」
「なっ・・・・・・」
確かにそういうことは一度あった。沢崎と栞が変な噂を聞いて入った洞窟がアーク・アウラへと繋がっていた。そこの中で不自然に扉の付いた部屋に入ったら、いつの間にか一人になってしまい高津原先輩と出会うことになった。その時に高津原先輩は、ここは操魔師しか入れないとも言っていた。
だからこそ気になった。
「どうしてお前がそんなことを知っている!?」
「それはいつかわかることだ。それよりも君は記憶喪失らしいではないか」
「それがどうした?」
僕は兄貴――――――もう一人の永峰春幸に幼少時の秋菜と出会う前の記憶を消された。お陰で実の両親や生まれた場所なども全く思い出せないのだが、今となっては特に気になることでもなかった。
「何故そうなったのか理由はわかっているのかね?」
「兄貴がうっかり消したとか言ってたけど・・・・・・」
「うっかり? ――――――ぬはははははははははっ!」
僕の言葉に大笑いする神父。演技なのか本気なのか判らない顔で大口を開けて笑い声を上げる。
その表情があまりにも不快で僕は拳を強く握る。
「何がおかしい?」
「君は本気でそんなことを思っているのかね? 我々や財団でさえも彼の行方は全く掴めなかったというのに、そんな初歩的なミスを上条真堵が果たして犯すだろうか?」
言われてみれば、と不快な気持ちを忘れて考えてしまう。
滅んだ世界の数少ない生存者の彼は《素戔嗚》と協力者を使ってこの世界の崩壊を止める方法を探っていた。辛く重要な役目を持った彼が本当にうっかりという理由で僕の記憶を消去したのだろうか?
「それは始めての仕事だったから・・・・・・」
「最初だからこそ、慎重になるのではないかね? つまり、君が幼少時の記憶を失ったのには理由がある!」
いいわけのように答える僕に自信を持って宣言する神父。
「理由って・・・・・・何か知ってるのか、神父?」
「知ってるとも。それは――――――」
神父の言葉は最後まで聞くことが出来なかった。
バカンッ! と礼拝堂の壁が突然吹き飛ばされたからだ。
「何だ!?」
破壊された壁から緋色の巨人が出てくる。全身にゴツゴツと砲身が伸びていて、それを支える体や手足も太い。まるで戦艦を凝縮させたような巨人だ。
「もしかして《嵐焔》か!?」
形状がかなり代わっていたが、間違いなく《嵐焔》だ。《嵐焔》は軍人の紅澤大河の巨兵魔器である。軍人の彼は今では財団に所属していることになるのだが――――――
『久しぶりだな、永峰春幸! 助けに来てやったぜい!』
予想に反して変わらぬ声で紅澤は僕を呼ぶ。しかも、声の発信地は《嵐焔》からだ。オレ様こそ紅澤大河だ、と言うように《嵐焔》が歩み寄る。
「かっこよくなったオレ様に見惚れる気持ちはわかるが、今は下がってろ」
そう僕が全く思っていないことを勝手に言って、手にしていた大砲のような銃を神父に向ける。僕は巻き込まれないようにティエルと共に神父から離れる。
「戦団の紅澤大河君ではないか。我々の祈りに参加したければ、もっと穏便に入室してくれたまえ。他の信者たちに迷惑だ」
『それが遺言で良いのか、ジェラルド神父?』
「よかろう。同志の諸君! ここは危険だ。すぐにこの施設から脱出したまえ」
神父の言葉を合図に礼拝堂にいた信者が一斉に動き出す。統率が取れているが、その動きが機械のようで不気味だ。
全員の退室を確認した神父が両の手を大きく広げて奇妙な笑みを浮かべる。
「私が特別に啓示を授けよう。さあ、来たまえっ!」
狂ったように声を張り上げる神父に紅澤が呻く。
『付き合ってられねえ』
「君の力を試す時だ。私がそれを見てあげよう」
『・・・・・・この、狂信者が!』
《嵐焔》の銃が火を吹く。おそらく人間など微塵も残さずに吹き飛ばす火力の砲弾が神父に直撃する。神父のいた場所が爆発し、黒煙が立ち昇る。意外に呆気なく攻撃を喰らった神父に唖然とするが、油断は出来ない。《嵐焔》も銃を神父の立っていた場所に向けたまま動かさない。
次第に煙が晴れていく。そして、そこに佇んでいる人物がハッキリと浮かび上がる。
『なに・・・・・・っ!?』
僕も紅澤も驚きが隠せない。
「ぬははははははは――――――不合格だっ!」
高笑いと共に黒煙から現れた神父が《嵐焔》を見えない攻撃で吹き飛す。《嵐焔》が派手な音を立てて礼拝堂の壁に激突するのを確認してから神父を睨む。
「何が起きたんだ・・・・・・?」
「驚くことはない。私も君と同じ未来を切り開く者なのだよ!」
黒煙が完全に消えると、神父の背後に暗黒色の巨人が巨大な剣を構えているのが見えた。どうやら《嵐焔》を吹き飛ばしたのはあの巨人の攻撃のようだ。
「さあ、戦おうではないか! どちらが正しいのか生き残って証明するのだ!」
神父がいきなり宣戦布告する。
――――――問答無用で戦いが始まった。