第30話:教団の巫女(2)
「はっ・・・・・・!」
起き上がると、『フレスコ・アリア』から少し離れた路上にいた。人気が全く失せ、まるでゴーストタウンのようだ。隣にはティエルが幸せそうな顔で寝ている。更にその横には腕を組んだ軍服の男が僕らを見下ろしていた。
「目が覚めたか」
ぶっきらぼうに軍人アモークが呟く。
僕は混乱しながらも、直ぐ様ティエルを抱きかかえて距離を取る。その行動にアモークは特に反応を示さない。それが僕の焦りを加速させる。
「お前! 僕たちに何をしたんだ!?」
「夢を視せた。見る者を魅了する迷宮の夢――――――それが俺の神器の能力。嘗て、人の手に負えなくなった獣人を閉じ込めるために使われたものだ」
「偽りの世界に閉じ込められてたのか・・・・・・懐かしさを通り越して胸クソ悪いよ」
不快に呟くとアモークが荒い鼻息を一度して、
「そう思えるのはお前が強い心を持ってるからだ」
素直に僕を評価する。嘘を言っている様子もなく、僕は唖然としてしまう。
「・・・・・・どうして僕たちを殺さないんだ?」
アモークに疑問をぶつける。
僕やティエルが寝ている間に殺すチャンスはいくらでもあった。斧型の神器なら夢を視せる以外に物理的な攻撃も当然可能だろう。アモークほどの巨漢なら、腕力だけで非力な子供を殺害することも簡単な筈だ。
「殺す必要がないからだ。俺はそんな命令を受けてはいない。無益な血は流すべきではない」
「だから、夢視せたのか」
「そうだ。争いは避けれるなら避けるべきだ」
自信を持ってアモークを言う。僕にはやはりそれが嘘だと思えなかった。
「お前が戦う気がないのはわかった。とりあえず、ティエルを起こしてくれ」
「普通に起こせばいい。この夢は自分から抜けるのは難しいが、他人が起こす分では難しくない」
アモークが抑揚のない声で答える。
僕は言われた通りティエルの体を揺する。すると、
「ん・・・・・・ママ、パパ・・・・・・」
寝惚けた声と共に目を開け、上半身だけ起こす。目を擦りながら辺りを見渡す姿は迷子の子供そのものだ。周囲を見て終わると、僕の方に泣きそうな顔を向ける。
「ハル・・・・・・」
「おはよう。ティエル」
ぎこちない笑顔で僕はティエルに言う。
「おは、よう・・・・・・」
辛い表情でティエルは呟く。
夢に未練がある顔。僕が起こさなければもっと良い夢に浸かっていたかもしれない。いや、そうなっていただろう。楽しい一時を邪魔するみたいで申し訳ない気分になるが、いつまでも夢を視続けさせるわけにはいかない。
「それじゃあ、僕たちは行かせてもらう」
「何をする気だ?」
動く素振りを見せることなく、アモークは僕に問い掛ける。強引に止める気はないようだ。
「仲間がイニシャライズを追いかけてる」
「追いかけるのか? やめておけ。お前では教団の巫女には勝てない」
「教団の巫女・・・・・・?」
初めて聞く名前に僕は首を傾げる。
「教団の十戒の一人。教団のナンバー2と言われている」
「さっきの白銀の巨人を操ってたやつか?」
「そうだ。本名は不明。奴はアルマ・ミーレスのデウス・ユーザーの中でもかなり優れている。簡単に敵う相手ではない」
「デウス・ユーザーか・・・・・・」
また知らない単語が出てきた。ここ最近知らないことなかりだ。こんなことなら誰かに訊いておくべきだった。
「知らないのか?」
「まあね」
意外そうに訊ねるアモークに僕は苦笑いで答える。
「巨兵魔器と相対する巨兵神器。それを操るのが操神士だ」
「神を利用する者ねえ。アモークも操神士だったりするのか?」
「いや、俺には無理だ。あれを操るには神柱利器と契約するか、自らが神柱利器でなければ意味がない」
「生贄が神柱利器ってことか」
操魔師の僕が言えた義理ではないが、酷い兵器が作られたものだ。
だが、アモークの答えは違った。
「生贄とは違う。例えるなら機械の鍵だ。巨兵神器はその専用の鍵をベースに作られている。巨兵魔器のように交換が効かない代わりに、魂を擦り減らすこともずっと中に捕われることもない」
神柱利器という名の鍵で始動する巨兵神器。巨兵魔器と違って魂を削ることもない。捕われていないということは自由に出入りが出来るのだろう。巨人兵器のパイロットのように。
二つを比べると操魔師が悪人のように感じてしまう。
神柱利器は神器をその身に宿した者のこと。普通の人間とは違う。それが解っていても巨兵魔器の生贄が不敏で仕方ない。
「これじゃあ、僕は悪魔と同じだな」
「それはお前が今気に病むことではない。お前がするべきことは過ぎたことを苦悩することではなく、前に進むために行動することだ」
アモークの言葉に思わず視線が下に行ってしまう。確かに、その通りかもしれない。
「ありがとう、アモーク」
「礼を言われることをしたつもりはない」
「そんなことはないよ。感謝する。とりあえず、行動してみることにするよ」
「忠告はした。それを聞いたうえで決めたのなら、行ってよしっ!」
ドカドカと近づいて来て、僕の肩を大きな手が満足気な顔で叩く。敵である筈なのに僕は既にアモークに対して敵意を失っていた。アモーク自身もそうなのかもしれない。
「いいのか? 命令に背いて」
「問題ない。エノクは俺がお前に勝てるとは思っていない」
特に気にした様子もなく告げる。その言葉に僕は思わず苦笑してしまう。
「過大評価のし過ぎじゃないか?」
「そんなことはない。お前のことをエノクは興味深い存在、ノアは危険な存在、メトセラは強大な可能性を秘めた存在――――――とたった三人しかいない大将が永峰春幸に注目している。今後のためにも、もう少し自分の立場を考えた方がいい」
忘れるな、と言うようにアモークはハッキリと忠告してくれる。
しかし、僕は別のことに驚いていた。
「あいつら、そんなに凄いやつなのか!?」
「財団の元帥の次に権力のある奴らだ。戦力だけなら財団のトップクラス」
「教団といい、どうしてそんな連中がイニシャライズを狙ってるんだよ」
双方のトップクラスが取り合うモノって一体代物なのか想像も出来ない。見た目はただの筒にしか見えなかったから尚更だ。
僕の呟きにアモークは首を横に振る。
「俺もそれが何かは聞かされていない」
「くそっ。早く追い掛けないと」
聞けば聞くほど事態は嫌な方向に進んでいく。
「戦うのか?」
「そんな厄介なことに巻き込まれたくない。仲間を連れ戻してから逃げる。教えてくれてありがとう」
「気にするな」
僕はアモークの言葉を聞いてから白銀の巨兵神器が行った道を駆ける。
着くのに時間は掛ったが、すぐに白銀の巨兵神器を見つけることが出来た。
遠くからでも、爆発や光線の飛び交うのが見えたからだ。明らかに人が撃ったとは思えない規模の攻撃で建ち並ぶ多くの家が簡単に吹き飛ばされる。
「なんだよ、これ・・・・・・」
とんでもない光景に言葉を失う。
薙ぎ倒されてバラバラに崩れた家は、未だに健在の建築物に囲まれた闘技場のように見える。その中心で白銀色の巨人と翡翠色の巨人が対峙していた。
翡翠色の巨人はエノクで間違いないだろう。特に目立つ特徴はないが、強いて言えば大きい。鎧を二枚重ねで着ているように太い体をしている。お陰で、一際大きな巨体の手にしているロケットランチャーが小さく見える。
対して、教団の巫女が操る白銀色の巨人は背中にあった特徴的な四つの棒が全て半分無くなっている。損傷しているのかと思ったが、よく見ると巨人の上空に白い円筒状の形となって四つ共浮いていた。
『さっさと諦めてイニシャライズを渡してもらいませんかねー』
翡翠色の巨人からエノクのふざけた声が発せられる。声こそふざけているが、銃口は白銀の巨人にしっかり向けられ、いつでも動けるように構えている。大将というのは伊達ではないらしい。
『・・・・・・』
教団の巫女はエノクの挑発に乗ることもなく沈黙を守っている。こちらも油断を見せずに翡翠色の巨人を睨んでいた。
暫く睨み合いが続いたかと思えば、翡翠色の巨人の顔が僅かだがこちらに向けられる。
『おやー。そこにいるのは永峰さんじゃないですかー』
『永峰・・・・・・春幸・・・・・・』
エノクの声に白銀の巨人も反応する。
幼い少女の声。ハッキリと解らないが、もしかしたらティエルとあまり変わらない年齢――――――もしくは、それよりも年下かもしれない。
『ここにあなたが来たということは、メディオール少佐はやられてしまったんですねー』
「仲間がやられたのに随分と余裕だな」
『戦場ではいつ誰が死ぬかわかりませんからねー。――――――あなたのお友達のように』
「っ!?」
エノクに言われてハッとなる。
エディックたちは僕どころか、エノクよりも先に白銀の巨人を追い掛けていたのだ。なら、三人がこの場にいないことは不自然。つまり、ここにいないということは――――――
『まあー、瓦礫を除ければ手足の一本や二本くらい見つかるでしょー』
「エノクっ!」
気づけば翡翠色の巨人に向かって走っていた。手にしたランチャーの大きな銃口が僕に向けられ、たった一発で人間を粉々に吹き飛ばせる砲弾が飛び出す。
――――――それくらい僕の右手で消してやる!
そんな勢いで闇を纏った右腕を突き出しながら止まらずに進む。
しかし、その砲弾が僕に届くことなく爆発した。
『なんだ?』
エノクが困惑した声を漏らし、僕も足を止める。
だが、僕は見た。砲弾を撃ち抜いた暗闇の矢を。
矢が飛んできた方角を見ると、瓦礫の山の上で弓を構えている少女がいた。
「勝手に殺さないでよね」
「カルア!」
挑発するような笑みをして、カルアが暗闇の矢を翡翠色の巨人に向ける。
『このっ!』
ランチャーをカルアに向けると、その砲身がドサッと地面に落下する。それが斬られたと気づいた時には、翡翠色の巨人の巨体が傾いて足を滑らしたように勢いよく横転する。
『ぐあああああっ!』
エノクが突然の転倒のショックで声を上げる。
大きな足とはいえ、注意が他に向けられている時に強い衝撃を受ければ一溜まりもない。実際は疵一つ付いていないのだが、それだけで上出来だろう。
「危機一髪だな」
「まさにハシルナの良いとこ取りです!」
倒れた翡翠色の巨人の上でランチャーを斬り落とし、拳でエノクの巨体を転ばせたエディックとその神獣ハシルナが自慢気に佇んでいる。
三人の姿を確認して僕は安堵の息をつく。
だが、それも束の間に終わる。
ドッ!! と。
凄まじい閃光が目の前を過ぎていったからだ。
視界が白い光明で塗り潰される。
何が起こったのか解らなかった。いや、何が起きたのか考える暇がなかった。
僕は状況が掴めないまま雷撃のような光明の余波を受けて瓦礫と共に地面を転がる。やがて、誰かに抱き止められ、衝撃が緩和される。それに守られながらも衝撃が音となって僕に伝わる。
衝撃が治まり、静寂が訪れる。
「ありがとう・・・・・・・ティエル」
そこでやっと、僕を支えてくれたのがティエルだと気づく。『暗天』で僕を守ってくれたのだ。
だが、助かった喜びよりも、目の前の光景に絶句する。
翡翠色の巨人がいた場所には何もなかった。エディックもハシルナも、あのエノクさえもいない。積み上げられた瓦礫も消え、地面が抉られたような跡が無事だった家も薙ぎ倒してずっと遠くまで真っ直ぐに続いている。その中にはカルアがいた場所も含まれていた。
信じられない光景を目の当たりにしながら震える唇を何とか動かす。
「エディック! カルア! ハシルナ! 誰か・・・・・・誰か答えてくれ!!」
喉が張り裂けるくらい力一杯叫ぶ。隣のティエルも三人の名前を何度も呼び掛け続ける。名前を呼ぶ度に涙声になり、しゃっくりが出てくる。しかし、返ってくる声はない。
代わりに、
『・・・・・・逃してしまいましたか』
低い少女の声が静寂としたこの場に嫌なくらいハッキリと響いた。
声の発信源は白銀の巨兵神器。
開いた胸から一つの穴が覗いている。それが解放された砲身だとすぐに判った。更にそれを囲むように、少し前の空中に浮かぶ四本の円筒状の棒。少しだけ形状が変わっていて、胸の砲身を中心とした内側に機械的な部分を剥き出していた。
それらからは未だにバチバチッと白い光が弾けている。現在の状況と攻撃の方角から、一掃したのがあの巨人であると一目で解る。
『悲しむ必要はありません』
空気の読めない白銀の巨人が僕とティエルに何事もなかったかのように歩み寄る。
『彼らの魂は天に召されただけです。いずれ、訪れる本当の世界で再び逢うことが出来ます』
「あの世で再会しろって言ってるのか?」
自分のやったことの意味を解っていない少女への怒りを抑えながら訊ねる。
『近い概念です』
何の感情も読めない声で教団の巫女は答える。
「それが十世戒教団の教義ってやつか?」
『はい。この世界はもうすぐ滅びる。何故なら、この世界が偽りだから! 神が正しい方向に哀れなわたしたちを導いてくださる! 十世戒教団は神のお告げに従い、世界を在るべき姿に戻すお手伝いをしているのです』
「ようやくわかった――――――」
歓喜にも似た声でとんでもない妄想話をする教団の巫女に、僕は怒りを通り超して呆れてしまう。だが、同時に危険だと感じる。こんな危険思想の狂信者集団は少しでも早く誰かが止めなければならない。
『戦うのですか?』
僕の様子の変化に気づいた教団の巫女が問いかける。
「お前たちのような連中にイニシャライズを渡しちゃいけない」
『イニシャライズが一体何なのかもわからないのにですか?』
「教団に持っていかれると危ないってことだけは解るよ」
『何も知らないくせに教団を悪く言わないでください!』
声を荒げて教団の巫女が叫ぶ。それは自分の信教が侮辱されたことを怒っているというより、子供が駄々を捏ねているように聞こえる。純粋に教団の教義を信じているのだろう。
だからこそ言ってやる。その信教がどれだけ危険か。
「知ってるよ。ただ力が欲しい理由で僕の兄貴を殺した狂信者のいる集団だって」
『・・・・・・』
図星なのか、否定する理由がないのか、白銀の巨人は沈黙する。
「お前たちは自分の必要なものを手に入れるためなら何だってするんだろう?」
『・・・・・・違います・・・・・・』
言いにくそうに教団の巫女は僕の言葉を否定する。理解していても自分の信教を絶対としている目の前の信者は現実から目を背けている。僕は声を荒げて教団の幹部の少女に訴える。
「だったらここの状況をよく見てみろよ! お前の攻撃でメチャクチャじゃないか!」
『この地域の人は全員避難しているのを確認しました』
「だからってここの人たちの帰る家を壊して良いのかよっ! それともこれがお前たちの信者の集め方なのか!」
『違いますっ!!』
教団の巫女が激昂して叫ぶ。それだけでビリビリと空気が震動するような威圧が飛んでくる。
『今すぐこの場を立ち去ってください。わたしはあなたに手加減が出来ない』
憤りを押し殺したような声で教団の巫女は僕に告げる。
これが彼女の最終通告。
僕はそれに答えるために声を出す。
「来い――――――《月讀》!」
僕の呼び掛けに応じて漆黒の亡霊がグリモワールから飛び出す。やがて、それは鎧を纏った巨人へと姿を変えて、白銀の巨人と対峙する。
『それがあなたの選択ですか? そんなボロボロの巨兵魔器で一体何をしようというのです?』
教団の巫女が拍子抜けと言わんばかりの声で呟く。
それも仕方がない。
《月讀》は以前見た時と比べて修復が進んでいたが、相変わらず満身創痍の姿をしていた。鎧はひび割れ、所々隙間から漆黒の結晶がこちらを覗いている。大破した右腕は肩から結晶が生えたように伸び、両足は鎧こそボロボロだがしっかりと修復されていた。パッと見ただけでも完全に修復が終わっているのは左腕と背中の飛行ユニットのみだ。
亀裂の入った目で《月讀》は白銀の巨人を睨み、左手に闇を纏っていつでも動けるように構える。
「これだけでも《月讀》は十分に戦える」
強気になって僕は言い放つ。
これは決してハッタリではない。《月讀》は確かに戦うにはまだ不完全だが、白銀の巨人の攻撃手段は胸の中心にある砲撃くらいだ。何らかの神器を使うかもしれないが、その手にはイニシャライズの入ったアタッシュケースがある。白銀の巨人は片腕を封じられている上に、イニシャライズを守りながら戦わなければならない。状況は決して僕が不利というわけではないのだ。胸の砲撃は先程見た通り強力な攻撃だが、それをうまく撃つにはおそらく今も空中に浮いた円筒状の棒で調整しなければならない。だから、あれを破壊すれば勝ったも同然だ。
『――――――あなたは何もわかっていない』
僕の言葉に教団の巫女は悲しそうにギリギリ聞こえるような声で呟く。
え? と頭の中でその言葉の意味を考えるより先に《月讀》の巨体が後ろに下がった。攻撃を受けた、と解った時には既に次の攻撃が《月讀》を襲っていた。しかも、その攻撃は白銀の巨人の正面からではなく、《月讀》の後ろからだ。更に前後左右、あらゆる場所から白いレーザーのような攻撃が《月讀》に襲い掛かる。
攻撃の元は《月讀》の周りに浮いている円筒状の棒。白銀の巨人の上空を飛んでいた棒がいつの間にか《月讀》を囲んでいた。正確には、一回目の攻撃で気が取られている内に残りが移動して《月讀》を包囲したのだ。
円筒状の棒の正体はおそらく別離兵器。複数の敵を同時に攻撃、或い一つの標的に対して自機とは別の方向からあらゆる死角を攻撃することが出来る。モノによっては地形に合わせてペイントし、敵に目視されることなく攻撃する手段として用いられていた。巨人兵器の遠隔操作を応用した技術が使われているのだろう。アニメや映画でしか見たことがないが、現代の科学と神器の力を合わせれば不可能ではないかもしれない。
別離兵器は一個一個が意志在る生き物のような動きで《月讀》に攻撃していった。倒れることも許されず、《月讀》は踊るように立ちながらのた打ち回る。元々ボロボロだった鎧が更に疵付いていき、四つの砲撃を受け続けた《月讀》は強制的にグリモワールに戻された。僕の意思とは別に戻されたことは初めてだ。それ程までに《月讀》は傷付いていたのだ。
そして、攻撃対象を失った四つの内の一つが僕の方へと向けられる。
『さようなら――――――すぐにお友達と再会させてあげましょう』
教団の巫女の怖いくらい冷静な言葉と同時に別離兵器が火を吹いた。
だが、その時僕は別の何かによって真横に押し倒された。光線を逃れた僕は着弾した衝撃を受けて土や瓦礫と共に吹き飛ばされる。更に砂煙で白銀の巨人が見えなくなる。
――――――逃げるなら今しかない。
だが、衝撃を受けたせいでうまく体が動かない。そのうえ、上空からパラパラと小石が落ちてくる。同時に僕と空を切り離すように巨大なコンクリートの塊が飛んでくるのが見えた。ここから離れなければならないのに、今度は意識がぼんやりとしてしてくる。
絶体絶命のピンチの中、僕の視界がブラックアウトした。
「はっ・・・・・・!」
本日二度目の気絶から覚める。辺りを見渡すとそこは薄暗い場所だった。ドーム状に瓦礫が積み上げられ、その隙間から光が差している。高さは上半身を起こすだけで限界だが、意外にも五人くらい寝そべる程広い。だから、近くにいる人物にすぐに気づくことが出来た。
「ティエル・・・・・・」
「おはよう、ハル」
無邪気な笑みでティエルが手を差し伸べてくる。それを無意識に取ろうとしてハッとなる。
僕は素直にそれを取ることが出来ない。今更になって僕はティエルが側にいたことを思い出した。僕はエディックとカルアにハシルナの三人が消えてしまったことで頭に血が上っていた。そのせいで教団の巫女を倒すことしか頭になかった。二度も助けられて、自分がひどく情けなく感じる。これではどっちが年下なのか分からない。
「ごめん・・・・・・ティエル」
「何を謝ってるの?」
不思議なものを見るような目でティエルは首を傾げる。
僕も何について謝っているのか自分でもいまいち分からなかった。白銀の巨人に負けた事? エディックたちを見殺しにした事? 助けられてばかりな事? 心当たりが有り過ぎて自分自身でも混乱してしまう。
「ハルは一体、何がしたいの?」
ティエルが僕の心情を読んだように問い掛けてくる。出会ってからそんなに長くないのに、この子にはよく驚かされる。
「僕は・・・・・・」
イニシャライズを取り戻す、と言おうとして止めた。そんなのは詭弁だと既に解っている。
では、何がしたかったのか?
答えは簡単。復讐だ。エディックたちが目の前でいなくなったことで僕は判断能力が欠けていた。だから、本来まともに戦える筈のない《月讀》も召喚したし、勝手に正当化した考えで教団の巫女に挑もうとした。その結果、何もわかっていない、と敵である教団の巫女にまで諭される始末。本当に情けない。
そんな後悔を僕はしないために、正直に自分の考えを告げる。
「あの子を助けたいんだ」
「教団の巫女を・・・・・・?」
意外な答えだったのか、ティエルが目を大きく広げている。
「きっと、自分のやっていることがよくわかっていないんだよ。感覚でなんとなくわかってるけど、実際は自分の信じていることと食い違ってて悩んでる。だから、それを教えてやりたい」
「どうやって?」
「とりあえず、あの顔にデコピンでもしてやろうかな?」
おどけた調子で僕は言う。ティエルも一瞬呆気に取られるが、次第にクスクスと笑い出す。
「ティエルも賛成!」
「よし、それじゃ行くか」
「うん! でも、その前に――――――」
ティエルが言うと、二人の真下に淡い光を放った魔法陣が浮かび上がった。何となく、力が湧き上がるような感覚が全身に流れる。訳も解らず、ティエルの方を向くと満面の笑みを浮かべて僕に右手を差し出した。
「ティエル・・・・・・?」
「今のティエルたちには教団の巫女に触ることも出来ない。だから――――――」
真剣な眼差しでティエルが囁くように言う。
「永峰春幸は、我『暗天』の宿主ティエル・シンクレアの契約者として誓うか?」
ティエルが大人のような声でとんでもないことを言い出したので僕は唖然とする。
「ティエルはハルを助けたい――――――ハルの力になりたい」
「でも・・・・・・いいのか? 契約したら、ずっと――――――」
「ティエルは契約者がハルならいい。ううん――――――ハルとが良い」
全てを受け入れるような笑顔に僕は苦笑いする。そんな風に言われれば、断る理由なんてないじゃないか。
「それじゃあ・・・・・・その、よろしくお願いします」
ティエルの小さな手を僕は握る。ティエルも僕の手を握り返してくる。
そして、呟く。
「――――――契約完了」
呟くと同時に虚空に溶け込むようにティエルが消える。魔法陣も僕を中心に徐々に治まっていく。
大きく息を吸い、ゆっくりと吐いて自分を落ち着かせる。
「来い――――――『暗天』!」
僕は契約神器の名を呼ぶ。
呼ぶと、最初からそうであったかのように右手に『暗天』が握られていた。半透明ではなく、ちゃんとした実体のある漆黒の槍。その存在を確かめるみたいに僕は『暗天』を強く握る。そして、その先端に力を込める。神器使いとしての力を。
槍を横に一閃すると、ドーム状の瓦礫が簡単に吹き飛んだ。
不思議な気分だった。初めて持った筈なのに使い方が解る。どうやって戦えばいいのか、何故かハッキリと理解している。まるで、何年もずっとこれで戦い続けていたように。
瓦礫の外は相変わらずの光景が広がっていた。原型が解らないくらいメチャクチャに破壊された街の家。ひどい災害の跡地と言われれば納得してしまいそうだ。
その光景の中に一人の少女が佇んでいた。
見慣れない儀式装束。少なくとも、日本の巫女服をイメージしたものではないようだ。年齢は大体九、一〇くらいでティエルよりもおそらく年下。頭に被り物をしているが、そこから黒い髪が覗かせている。見たところ日本人のようだ。
突然瓦礫から現れた僕を見て少女はビクッと肩を震わせる。その目は赤く充血している。その幼い顔は何となく誰かと似ている気がしたが、その考えもすぐに吹き飛ぶ。
少女は目を袖で乱暴にゴシゴシと拭いてから年齢に合わない冷たい声で言う。
「生きていたのですか、永峰春幸」
「君が教団の巫女なのか?」
念のために聞いてみるが、その声はさっきまで対話していた教団の巫女そのものだ。
まさかとは思ったが、目の前の少女がさっき戦った白銀の巨人の操神士とは信じられない。しかし、すぐ横には見覚えのあるアタッシュケースが置かれていた。それが彼女が教団の巫女である何よりの証拠だ。
「そんなものを持ち出して一体何をしようというのです?」
『暗天』を見ながら少女とは思えない声色で僕に言う。
「君を止める」
「どうしてもイニシャライズを持っていかれたくないようですね。良いです。相手になりましょう――――――来て、《黄泉津》!」
教団の巫女が自らの巨兵神器の名を呼ぶと、彼女の体がぶれる。途端にモーターのような駆動音と共に教団の巫女がいた場所に白銀の巨人が姿を現す。
『まさかと思いますけど、その槍だけでわたしに敵うと思ってませんよね?』
教団の巫女が挑発するような言葉を投げかけてくる。顔は見えないが、笑ってる姿が容易に想像出来てしまう。
「当然だ――――――来い、《月讀》!」
僕は再び《月讀》を呼ぶ。漆黒の巨人が僕を守るように前に出現する。さっきよりも鎧が疵付き、今にも倒れそうな程弱々しく見える。
『それがどうし――――――』
教団の巫女が嘲笑しようとして言葉が止まる。
《月讀》の様子がおかしいと気づいたからだ。
漆黒の結晶から淡い光が漏れ、疵付いた鎧がみるみる直っていく。更に、無くなっていた右腕がビデオテープを巻き戻すように急激に再生される。
『そんな・・・・・・どうして!?』
明らかに動揺しながら教団の巫女はうろたえる。そして、気づいく。
僕を守るように佇んでいるもう一つの影―――――――黒い毛並みの巨大な狼。魔獣と呼ぶに相応しい体躯から《月讀》に淡い光が送られている。
『その力・・・・・・まさか、両儀相剋器!』
教団の巫女が震えた声を上げる。
操魔師と神柱利器が契約すれば両儀相剋器になる。異なる存在が互いに力を供給し合い、莫大な能力を発揮することが出来る。それは片方へ一方的に大量の力を送ることも可能だ。完全に傷を治すくらいの力を。
『そこまでして戦うのですか?』
「言っただろう。君を止めるって」
『わかりました。あなたがその気なら、わたしも本気でいきます!』
《黄泉津》と呼ばれた白銀の巨人が少し身を縮める。そして、腰から尾のように伸びていた太い突起がハサミのように大きく開き、そこから濃厚な光が放出される。
「光の翼!?」
放たれた光は翼だった。光翼を広げた《黄泉津》がいつでも動ける体勢を作る。
《月讀》も素早く大剣を背中から抜いて攻撃に備える。
戦闘がいつ始まってもおかしくない状況で緊張が高まる。不気味なくらい静かで、時間だけが過ぎていく。
そして、ついに動こうという時に静寂を破る声が響く。
「――――――そこまでよ!」
突如、聞き覚えのある女性の声と共に《月讀》と《黄泉津》の間に巨大な日本刀が勢いよく落ちてきた。正確には、それを持った巨人が。
現れたのは青藍色をした巨人。その背中には巨大な十字架が背負われている。更に、腰と肩の両側に鎧と同色の鞘が四つも備え付けてあり、その左腰部分だけ刀が抜かれていた。身体中に付いている白い稲妻模様が妙に印象的だ。
『二人共動かないで』
そう言いながらも刀は僕の方に向けられている。教団のマークは無いが、こいつも味方らしい。
『《建雷命》――――――ミライおばさん!?』
教団の巫女が青藍色の巨人に向かって操神士の名前を呼ぶ。
「ミライだって・・・・・・? まさか、秋名未来か!?」
どうりで聞き覚えのある声だと思った。無事だったことの安堵と、教団と行動を共にしている疑問で複雑な気分になる。
「どうしてミライが教団なんかと一緒にいる!?」
『お願い。話は後でするから今は言うことをきいて。ハルユキ』
いつものミライの声で僕を制す。同時に背中に人が現れる感じがした。振り返ると、そこには漆黒の刀身をした剣を僕に向けている銀髪の男が佇んでいた。
「・・・・・・エドワード・サンフリット」
「動くな。おかしなことをすれば斬る」
冷徹な声で十戒の一人であるエドワードが僕を脅す。
ミライたちの方へ向き直って無言で訊ねる。それを察したミライが答えてくれる。
『一緒に来て。教主があなたを呼んでるわ』