表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/36

第28話:旅立ちは銃声と共に

 『社長室』は思ったより狭かった。

 僕たち五人が入っただけで既に立てる場所が殆どない。それに、僕がジャンプすれば簡単に届いてしまうくらい天井が低い。それでも、内装はそれなりにしっかりしている。来客用のソファーに、社長ならではの無駄に頑丈そうなデスク。しかし、大きいデスクのわりには、上に薄型のパソコン一台しか置かれていなかった。おそらく、それだけで今は殆ど仕事が出来るのだろう。

 僕たちはこの部屋の主に促され、来客用のソファーに腰掛ける。

「本当に久しぶりやのう、永峰さん」

 陽山商業連合団――――――通称、『商団』の社長の源綯さんが僕たちが座るのを確認してから重い口を開ける。再会を喜んでいる風には見えない。しかし、顰めっ面にも見える表情には若干戸惑いのようなものが見える。商団が陽山家の会社だというのは驚いたが、源綯さんとしては僕がこうして現れたことの方がショックが大きいだろう。

「本当に驚いた。まさか、生きとるとは思ってもみなかったからのう」

「やっぱり僕は死んだことになってましたか」

 言いながら、僕は息を吐く。半ば覚悟していたことだが、いざ言われてみると気が重くなる。

 源綯さんが驚くのも無理はない。五年前に死んだと思っていた人間が変わらぬ姿で現れたら誰でもびっくりする。況してや、再会した場所が外国ともなれば、驚きも増す。今は優作さんに借りているコートを着ているが、その下は夏服の修山学園の制服だ。それを見せれば更に驚愕すること間違いなしだろう。何せ、もう無くなってしまった学校の制服だ。そして、それは源綯さんの娘――――――陽山沙月が通っていた学校の制服でもある。死んだと思っていたのなら、これを見たら辛い思いをするかもしれない。

 僕は下の服が見えないようにコートのチャックを上げる。そうでなくても、来たばかりの社長室は暖房をつけたばかりで、まだかなり寒い。

「あんたも含めて数百人の学生と職員が黒い膜に覆われて修山学園ごと消滅しとる。当時の軍――――――今でいう財団の発表では修山学園で危険な実験を行っていた可能性があるとか曖昧なこと言っとった。それからゴタゴタとやっとったが、最終的に学校にいた連中は全員死亡扱いやったのう」

「そうなんですか・・・・・・」

 正直何と答えて言いのか判らなかった。自分のことなのに全く別人のことのように聞こえる。

「それで、今まで何をやっとったんや?」

「・・・・・・」

 当然の質問。

 しかし、当然のように僕も黙ってしまう。素直に話せればいいのだが、未来から来ました、と答えれば逆に憤慨されかねない。優作さんのようにすぐに受け入れる人間の方が稀有なのだ。

「まさかとは思うが・・・・・・未来から来たとか言わんやろうな」

「え・・・・・・」

 僕は驚いて思わず声を漏らす。

 未来から来た、なんて言葉を源綯さんの口から聞くとは思わなかった。

「三年くらい前、ウチの船に時間を操る機能の巨兵魔器アニマ・ミーレスを持った操魔師エクソシストが乗ってな。そいつが『修山学園は未来に飛んだだけ』って言っとった」

「教団の教祖!?」

 時間を操る巨兵魔器。それはかつて、上条真堵と名乗っていたもう一人の僕が契約していた《素戔嗚》と呼ばれる巨人のことだ。今それを持っているのは、真堵を殺してグリモワールを奪った元修山学園第三生徒会会長の水無瀬薫瑠だ。そして、彼女は十世戒教団の教祖。現代を騒がせている教団のリーダーである。

 商団はこんな連中まで乗せるのか、と声を荒げそうになるが、

「そんな狂信者は流石にウチの船でも乗せんわ。どんなに金を積まれてもな」

「あれ?」

 時間を操る巨兵魔器は《素戔嗚》の筈だ。それとも、五年間の内に操魔師が変わった・・・・・・もしくは、同じ機能の巨兵魔器が存在するのだろうか?

「その操魔師って女ですか?」

 僕は思い切って訊ねてみた。

「そうや・・・・・・それがどうしたんや?」

「その人の名前とかわかりますか?」

「わからんなぁ。例えわかっとっても教えられん。これでも客のプライバシーは守ることにしとるんや。この商売は信用を失ったら成り立たんからのう」

「・・・・・・そうですか」

 僕は嘆息しながら引き下がった。

 これ以上は訊くだけ無駄だ。営業に関わることなら無理に訊くわけにはいかない。それに無理をしてまで訊き出すことでもない。いずれそれは分かることだ。

「そんなことよりも、用件があってここを訪ねたんやろ?」

「はい。僕は――――――」

 僕が用件を言おうとした直前、ビー、という音が部屋に響いた。

 すまんな、と源綯さんが僕たちに断ってからパソコンを操作する。

「どうした?」

 パソコンの画面に向かって訊ねる。僕たちには見えないが、おそらく部下の姿でも写っているのだろう。

『社長。面倒なことになりました。教団です』

 源綯さんが眉をひそめる。“教団”という単語に僕は聞き耳を立てる。

「教団がどうした?」

『はい。警戒はしていたのですが・・・・・・船が教団に捕捉されています』

「何やと!?」

 源綯さんが声を荒げる。

「どうして今まで気づかなかったんや?」

電波妨碍ジャミングがかけられていたようです。こちらをご覧ください』

 そう言うと同時に、社長のデスクの後ろにある壁がスライドし、巨大な液晶テレビが現れる。

 真っ黒な画面が地図に変わる。更に赤い点と青い点が浮かび上がり、赤い方が時々動くのが判る。すぐにそれが今いるカーディフ港を写しているのだと解った。そして、赤い点が教団で青い点が商団の船だ。赤い点が徐々に青い点に迫ってきている。

『数は一機ですが、それが特別な装備をした巨人兵器オートマタです』

 地図が小さくなり、代わりに画面には巨人兵器が写し出される。映し出された巨人兵器は戦艦も撃ち抜けそうな巨大な大砲を背中に装備し、長い砲身を肩に担いでいる。いつ撃ってきてもおかしくない雰囲気だ。

「やつらは何を焦っとるんや」

 苦し紛れに源綯さんが呟く。対して部下の方は冷静に告げる。

『おそらく、例の“積荷”が目的でしょう。もしくは・・・・・・』

 部下が言いよどむと源綯さんが一瞬だが、チラッとこちらを一瞥する。どうやら疑われているらしい。心外だと重いながらも、先日教団に狙われたばかりなので、もし言われたらうまく言い返せる自信がない。

「今からそっちに向かう。引き続き監視を続けろ」

『了解しました』

 ブツッと画面の映像が消える。

 源綯さんが溜息をついてこちらを見る。

「聞いたとおりや。これからこの船付近でドンパチ騒ぎがある。まだ静かな内に船を出てもらう」

「これからって・・・・・・この付近の住民はどうなるんですか? まだ港には沢山の人がいるんですよ!?」

「それなら心配いらん。わしとしては娘の学友を失うことの方が嫌なんや。・・・・・・解ってくれ」

 まるでそれを合図にしたように社長室のドアが開く。

 ドアの向こうには四人の黒スーツ姿の男がいた。

「外に連れ出せ」

 源綯さんの命令で男たちは僕たちを部屋から引きずり出した。




 船の外に放り出された僕たちは唖然とする。

 音が無い。うるさいほど賑わっていた港が静寂に包まれている。つい数十分前まで騒がしかった港から人が消えていた。辺りを見渡しても誰もいない。船着場にも商団の船に乗る前まで泊めてあった船がいくつかいなくなっていた。

 これが源綯さんが心配いらないと言っていた理由か。イギリス軍が避難命令でも出した・・・・・・違う。それならイギリス軍もいなければおかしい。だからと言って商団が出すにしては時間が足りない。況してや、教団が態々そんなことをするとは思えない。それならどうして・・・・・・?

 考えていると、商団の船から様々な機械音が聞こえた。船を見上げると、翼や壁からミサイルやら機関銃が顔を出していた。

「こんなものまで付いてるのか・・・・・・」

 その光景に思わず呟いてしまう。

 荒れた世界を飛び回っているのだから、これくらいの武装は当たり前なのかもしれない。しかし、いきなりこんな世界に飛び込んだ僕としては困惑するばかりだ。

 武装もそうだが、商団の船が飛行艇ひこうていというも驚きである。

 全長が約五〇メートル以上もあり、全高も八メートル近くあってかなり大きい。貨物室の部分はもしかしたら巨兵魔器が入るんじゃないか、というくらい広い。巨大な造りの船は水面を安全に着水させるために、舷側げんそく部に設けられた張り出しのスポンソンが有するタイプの飛行艇のようだが、主翼にも補助フロートが備え付けてある。この巨体を着水させるためにはこれくらい必要なのかもしれない。

 最初はバカでかいだけの飛行艇だったが、今では様々な武器が装備された巨大な戦闘機に成っている。

 ――――――こんなものが暴れたら、この街はどうなるだろう。

 ふと、そんなことを思った。

 人がいないとはいえ、ここで戦闘を行えばただでは済まない。さっきまで賑わっていた場所が無くなってしまうかもしれない。それに、港から街中はそんなに離れていない。ミサイルなどの流れ弾が街道に飛んでいく可能性だって十分にある。それは絶対に避けなければならない。

「ちょっと寄っていくところあるから先に帰ってくれ」

 そう言って僕はティエルたちから立ち去る。ティエルたちは只でさえ教団に狙われている立場だ。僕の我が儘に巻き込むわけにはいかない。

「待って」

 そんな声が聞こえた気がするが、僕は駆け足でその場から離れた。




 僕は教団の巨人兵器が待機している場所までやってきた。

 社長室で見たモニターの赤い点の場所を憶えていたお陰であっさりと着くことが出来た。

 それにしても、ここに来るまで人っ子一人いなかった。しかし、街の方を見てみると、港に続く街道以外を何事もなく歩いている人々が確認出来る。野次馬がいないのはとても良いことなのだが、こちらを見る者も全くいない。まるで、こっちは何もない空間だから、と誰も関心を抱いていないようだ。恐怖に脅えて暴動にならないよりはマシなのかもしれない。だが、今の光景は不可解を通り超して気味が悪い。

 今になってもイギリス軍やこの付近の警官が来ないのもこれなら頷ける。きっと、誰も通報していないのだ。

 僕には関係ない。私が通報しなくても誰かするでしょう――――――これでは唯の現実逃避だ。

 もしかして軍や警察もこんな風じゃないだろうな、と不快な気持ちを抱きながら少しずつ進んで行く。

 暫く進んでいると、背中に硬いものが押し付けられた。

「動くな」

 英語で背中の人物が僕に何かを言ってくる。

 突然だったので何がなんだか解らなかった。いつの間に、と思ったが、とりあえず両手を挙げてチラッと振り向く。そこには厳つい顔の英国人が僕に機関銃の銃口を向けていた。

 僕は考える。僕の右手は共通義肢イニシエータだ。一瞬で銃を破壊することが出来る。・・・・・・さて、どうするか。答えはすぐに出た。

 僕の右腕が漆黒の闇を纏う。途端に背中の男が息を呑むのが判る。その隙に僕は機関銃を握った。銃はプレスされたように潰れて暴発するが、それさえも闇は呑み込む。そして、

「くらえ!」

 闇を解いて僕は男の下顎を突き上げるように思いっきり右手で殴った。その攻撃は思った以上にうまく入る。

「がはっ」

 男はすぐにバタッと倒れてしまった。腕を突き上げた姿勢のまま男を見下ろすが、起きる様子はない。

「はあー。死ぬかと思った・・・・・・」

 僕は息を吐きながら膝に手をつく。

 共通義肢は普通の体のように動かせるが、実際その部分はすごく硬い。試したことはないけど、おそらくコンクリートも砕けると思う。そんなものを思いっきり顎に喰らったら痛いでは済まない。

 倒れた男を見て僕は内心で驚く。昔の僕ならこんな行動は絶対に取らなかった。例え取ったとしても、もっと時間を要しただろう。月島朱莉と初めて会った時のように、恐怖に支配されて逃げ回っていたのが懐かしい。僕はたった数ヶ月でここまで変わってしまった。銃や刃物以上の兵器を持って操っていたからなのかもしれない。何だか不思議な気分だ。

 しかし、それも束の間。バタバタと複数の足音が響いてくる。

「やばい!」

 そう思うや、今倒した男と同じ格好をした三人組が銃を構えて僕の前に現れる。

「なんだお前は!?」

 又もや英語で僕に怒鳴りつける。どうしようか内心でオロオロしていると、鈍い音と共に男たちが地面に転がる。突然の出来事に僕はうまく頭が働かない。

 代わりに男たちを倒した少年が僕に言う。

「何やってんだ、ハル?」

 エディックが呆れたように僕を睨む。その隣にはカルアにハシルナ、ティエルの姿までもあった。

「みんな、どうして・・・・・・?」

「どうしてはこっちのセリフだって。何してるの?」

 カルアが苦笑しながら言う。

「源綯さんたちが危険だって知って・・・・・・だから放っておけなかったというか・・・・・・」

「だからって、仲間外れはズルイですよー。ハシルナはそういう相談は大歓迎ですよ?」

「いや、仲間外れって・・・・・・」

 今僕が相手にしているのは教団だ。そして、目の前の四人はその教団に狙われている立場でもある。そんな場所に彼らを連れて行くのは猛獣の前に肉を放るようなものだ。そんなことは出来ない。

「ハルとティエルたちはみんな家族。楽しい時も辛い時も一緒――――――だから、一人で行かないで」

 ティエルが泣きそうな顔で告げる。

 その顔を見て罪悪感を覚える。僕は間違ったことをしたのだろうか・・・・・・?

 僕はティエルたちを巻き込まないために一人で行動した。その行動も個人的なもので、皆を巻き込む理由はない。一緒に行けば、今僕が襲われたようにティエルたちに銃が向けられる。僕は、そんなの見たくない。

「俺たちが危険な目に合うところを見たくない。そう思うなら全員を守れるくらい強い心意気を見せてみろ。それに――――――もう逃げ場はないぜ?」

 エディックが大剣を出して僕の頭上を見上げる。その視線を追うと、一体の巨人兵器が僕たちを見下ろしていた。

 黄緑色の装甲の巨人兵器は背中に巨大な大砲を背負っている。背中から伸びた二門の砲身はとても長く、砲口は僕が入れるくらい大きい。更に肩には白い独特の十字架のマークが入っていた。商団の船を狙っていた巨人兵器だ。

 僕たちの存在に気づいた巨人兵器は腰に備えてあった銃を握る。

「『漆風しっぷう』!」

 声と共に引き抜かれた銃が黒い閃光に射抜かれて爆発する。

 気づくと、カルアが鮮やかな緑色の弓を持っていた。弓に対して弦は風のように透明で、つがえられた矢は暗闇の光を放っている。

 その弓型の神器の矢先を巨人兵器の腹の部分――――――操縦席に向ける。目の前の巨人兵器は背中の大砲と今破壊した銃を除いて武器を持っていない。今なら簡単に破壊出来る。しかし――――――

「おい、カルア!」

「技術は五年前より進歩してるんだよ? パイロットは遠距離操作。木っ端微塵に破壊しても、死ぬことはないから大丈夫」

 言いながら矢を放つ。黒い矢は黄緑色の装甲を簡単に貫いて小さな穴を開ける。巨人兵器は痙攣けいれんしてから地面に崩れ落ちる。目の光が消え、完全に機能を停止させる。

「まあ、今頃これのパイロットは気を失ってるだろうけどね」

 弓を片付けてからカルアが笑う。

 言われて思い出す。巨人兵器は基本遠距離から操縦している。一応、巨人兵器そのものに操縦席はあるのだが、それは飾りのようなものだ。今のようにその場から動かずに砲撃するためだけならいいが、走ったり転んだりするとパイロットにかかる負担が大分大きくなってしまう。しかも、走るとなると、機体が常に上下するためすごく酔いやすい。そのため、操縦席が作戦中にゲロ塗れになってしまう可能性が出て来る。

 それらや、パイロットの生存、安全を優先させる理由から、遠距離操作が主になっている。感覚を共有しているため、機体が破壊されればパイロットにも強い衝撃が走るが、死ぬことはまず無い。

「それにしても、呆気ないな」

 エディックが倒れて動かない巨人兵器を眺めながら呟く。

「手こずるかと思えば、簡単に倒せたし、後続に何も出てこない」

 僕はエディックの言葉で周囲を確認する。相変わらず、静謐せいひつとしていて、教団の援軍が来る様子もない。静かすぎて勝利の余韻よいんもあまり感じられない。

「だからといって絶対に来ないとは限らないだろう。さっさとここを――――――」

 離れよう、と言うとして、言葉が止まる。僕だけでなく、ティエルたちも息を呑んでいる。理由は僕らの周りの空間が波打つように揺れているのが見えたからだ。

「なんだ、これ・・・・・・?」

 呟くと同時に、揺れた空間から機械の腕が伸びる。次第に、赤色の巨人兵器が空間から現れ、合計五体の巨人が僕たちを囲む。その肩には先程倒した巨人兵器と同じ白い十字架のマークが付いていた。

「転送システム・・・・・・教団のやつ、こんなもん持ってやがったのか」

 エディックが呻くように呟く。

 完全に油断していた。まさかこんな方法で移動してくるとは思わなかった。今に思えば、山奥の教会で襲撃された時にも突然囲まれていた。その時からちゃんと考えていればこんなことにはならなかった。修山学園の巨兵魔器転送だって知っているのだから気づけた筈。これは僕のミスだ。

「くそっ!」

 苦し紛れに吐き捨てる。

 さっきの巨人兵器と違って五体とも既に銃を構えて、今にも撃ってきそうな雰囲気だ。

 ――――――そして、銃が火を吹いた。

 思わず目をつぶる。だが、痛みは感じない。代わりに、耳を覆いたくなるほどの銃声と金属同士がぶつかる音が響いた。

 恐る恐る目を開ける。すると、僕らの頭上に壁が出来ていた。それは、半透明だったが、漆黒の色をしているのが判る。それのお陰で銃弾は飛んでこない。だが、巨人兵器は止めることもなく、頭上から銃弾の雨を撃ち続けている。

 それを支えていたのは――――――

「ティエルっ!」

 ティエルが辛そうな顔をしながら、漆黒の棒を両腕で抱くように支えている。巨大な傘の形をしたモノは、ティエルの神器『暗天』だ。それは、変形自在の能力の槍。ティエルはそれで僕らを守ってくれているのだ。

「今の、うちに・・・・・・早く・・・・・・」

 ティエルが今にも崩れそうな声で言う。

 ティエルの限界が近い。早い内に決着をつけなければならない。

「いくぞ!」

 言葉はそれだけで十分だった。

 僕たちはそれぞれ動き出す。傘は僕らを守っている盾だが、同時にそれは巨人兵器側の盾でもある。攻撃するには、一度ここから出なければならない。だから、僕たちは傘から出てすぐに行動に移る。

 突然盾から出てきた僕らに巨人兵器が銃を撃つのを一旦止めてしまう。

 その隙に僕は右手に闇色の球体を生み出し、それを巨人兵器の銃に向けて投げる。それに気づいた巨人兵器はかわそうとするが、球体は銃を掠って通り過ぎた。直撃はしなかったが、それで十分だった。銃がボコボコに変形し、銃口は変な方法に曲がっている――――――これで銃は使えない。

 僕は巨人兵器の足元に辿り着く。

 目の前には巨人を支える両足。これを破壊すれば巨人兵器はその場から動くことが出来ない。頑丈で僕の力で破壊出来るか不安だが、膝の関節部分には隙間がある。その隙間に攻撃を入れることは難しいけれど、そこの部分は他の装甲と比べて薄い。だから、今の僕でも破壊することが可能だ。

「これで――――――っ!」

 漆黒の闇を纏った右手が巨人兵器の右膝に突き刺さる。バチバチッと電気が弾けたが、闇が僕を感電から守ってくれる。巨人兵器は勢いよく倒れる。両手で起き上がろうと悪足掻きしているが、武器も持たない以上脅威にはならない。

 他の皆も無事に倒せたようだ。

 カルアはさっきと同じように、エディックは胸からお腹まで大剣で一閃、ハシルナに関しては胴体に右腕が突き抜けている。とても信じられない光景だが、神獣ならではの技だろう。

 三体共、爆発することはない。倒れて動かなくなり、どれも機体を短絡ショートさせただけだと解る。おそらく教団の巨人兵器の相手に慣れているのだろう。数年間、教団から逃げ切っていただけのことはある。

 だが、それで終わりではなかった。一人一体ずつ倒しても、出現したのは五体の巨人兵器――――――もう一体残っている。

 その一体が僕に銃口を向ける。

「しまった!」

 一体倒せて油断していた僕に銃弾が撃たれる。

 しかし、バカンッと突如僕の前の地面が盛り上り、銃弾を全て受け止める。更に巨人兵器の胸の中心から細い刃が生えていた。刃が抜かれると巨人兵器は爆発して消えてしまう。

「――――――こんなところで会えるとは思わなかったよ」

 燃え上がった巨人兵器から声が聞こえる。

「いつも収穫はないけど・・・・・・今日はラッキーデイなのかな?」

 炎から人が出てきた。

 燃える背景にも関わらず、その髪が金色であることが判る。そして、右眼が緑色で左眼が黒色と左右で目の色が違う。先程、巨人兵器を貫いた半透明の剣を片手に僕に近づいてくる。

「それにしても、久しぶりだね。永峰くん。ボクのことを覚えてる?」

 金髪の少女が僕に笑いかける。言葉を交わしたことはないが、僕は彼女のことを知っている。

「レイン――――――蛇淵レインか?」

 僕の口から自然と彼女の名前が出てきた。

 蛇淵レイン。

 嘗て、両儀相剋器フトゥールムの雫輝彦と契約していた神柱利器。失声症で声を失っていた少女。

 僕に名前を呼ばれてレインは微笑む。

「セーカイ。五年ぶりの再会だから忘れられてるかと思ったよ」

 僕はまだ別れてから一ヶ月も経っていないのだが、今はその説明は要らないだろう。

 レインがティエルたちを一瞥する。

「永峰くんは相変わらず、女の子と一緒にいるね。もう一人男の子がいるってことは――――――もしかして、ダブルデートかい?」




 レインとの再会の束の間。僕が倒した巨人兵器が爆発した。

 自爆したのか、と思っていると、炎の中から銀色の鋭い刃が先に付いた鎖が飛んできた。刃渡り三〇センチくらいの刃がレインのすぐ横の地面に突き刺さる。すると、鎖が飛んできた方角から、それを握った少女が跳んできた。

 白を基調にしたワンピース風の服。黒い長髪に瞳も同じ黒だ。可愛らしく服に合った帽子を頭で押さえながら、レインの真横に綺麗に着地する。

「レインちゃん。わたしを置いて行かないでくださいよ」

「ごめんごめん。昔の知り合いを見つけたから、つい」

 レインの言葉で女性は、あら、と今更僕に気づいたように驚いてみせる。

「・・・・・・すいません。わたし、ミシェル・クロスフォードと言います。レインちゃんと旅をしていて――――――見ての通り、神器使いです」

 地面に刺さった刃を抜いてから、虚空に消してみせる。

 日本人かと思っていたが、どうやら違うようだ。

「永峰春幸です。今はあそこにいる人たちと行動しています」

 と、さっきまでティエルたちがいた方を向く。そこにはティエルたち以外の姿もあった。

「あら、大勢仲間がいらっしゃるんですね」

 ミシェルさんは微笑ましい光景を見るように言う。

 僕はミシェルさんの言葉を今すぐ否定したかったが、そんな時間はなかった。

 黒スーツの男たちが僕たちを速やかに囲む。その手には拳銃が握られていた。

「勝手な行動はつつしんでください」

 黒スーツの集団から、ほっそりとした長身の男性が一歩前に出てきた。その声は社長室で源綯さんと話していた人物と同じ。

 他と違い、その男だけ異様な空気を纏っている。右目にある大きな傷痕と、片手に持った野太刀がそう感じさせる理由かもしれない。しかし、それだけではない気もする。銃を持った男たちがただ目標を死ぬまで撃ち続けるヤクザなら、彼は敵を一撃で仕留める技を持った剣士――――――そんな印象が伝わってくる。

「これは規約違反です。すぐに船にお戻りください」

 風体とは裏腹に、丁寧な口調でこちらに指示を出している。規約違反とはどういう意味だ?

「すいません。教団と聞いて居ても立ってもいられなくて・・・・・・」

 答えたのはミシェルさんだ。彼女は右手を頬に当てて申し訳なさそうに謝る。

「ごめんなさい。次から気をつけます」

「わかっていただけたのなら問題はありません。今回の件は特別に社長から許すと言われておりますので料金は発生しません。ですが、次は・・・・・・」

「それもわかっています。これ以上借金を増やすわけにはいきませんので」

「それでは、船に戻っていただきます。―――――おい」

 すぐ後ろにいた男二人に声をかける。男たちはそれだけで解ったように、ミシェルさんとレインの背後に立つ。どうやら見張りらしい。二人は大人しくそのまま船の方へと歩いていった。

 ――――――どうしてあの二人が?

 そんな疑問を抱いたが、目の前の男がそれを遮るように告げる。

「永峰春幸さん。――――――社長がお呼びです」




 僕たちは商団の社長室にいた。

「ホントにすまんかった。感謝する」

 入室してすぐに社長である源綯さんが僕らに深々と頭を下げてきた。

「いえ、そんな! 頭を上げてください!」

 僕が慌てて言うと源綯さんは勢いよく頭を上げる。それはいいのだが、その顔が怖くて思わず仰け反ってしまう。

「いきなりで申し訳ないが、呼んだのは礼を言うためだけやない」

「と、言いますと・・・・・・?」

「ほれ、教団が出てくる前に何か言いかけとったやろ。さっきの騒動でウチの船にイギリス軍が攻め込んで来る可能性がある。だから、さっさとここを離れたいんや。でも、永峰さんがどこか運んでほしいなら置いていくわけにもいかん」

 態々そんなことのために呼んだのか。自分たちも危ないのに、他人を放っておけないのは陽山と同じようだ。顔は似ていないが、やはりこういうところは似ている。

 その好意に甘えて言わせてもらう。

「僕は日本に行きたい」

 僕の言葉に源綯さんが眉をひそめる。

「正気か? あそこは今一番危険な国やぞ?」

「それでも、逢いたい人たちがいるんです」

 言って、皆の顔が思い浮かぶ。

 陽山にミライ、栞に沢崎。他にもレーメルや伊月さん、歴史学部の先輩と生徒会の人たち。それに、両親のことも気になる。

 その全員が日本に向かえば逢える気がする。今こうして、源綯さんと再会出来たように。だから、

「僕は日本に行きたい。この目で、今何が起きているのかを確かめたい」

 日本を拠点にしている修山組と呼ばれる連中は間違いなく修山学園と繋がっている。そこと合流出来れば、世界の現状を知ることが可能だ。僕には、それを知る権利がある。いや、知らなくてはならない。

 そのためにも、僕にはやらなければならないことがある。

「お願いしますっ! 僕を日本まで連れて行ってください!」

 今度は僕が源綯さんに頭を下げる。

 ここで断られるわけにはいかない。この国は島国とはいえ、隣の国に繋がるトンネルや船がある。だが、独立国であるイギリスはそれらを絶っている可能性がある。確実にこの国を出るなら、今ここで商団の船に乗せてもらうしかないのだ。

 どう返事が来るか内心で緊張しながら待つ。

「いいぞ」

 意外にあっさりと了承してもらえた。

 驚きと困惑で顔を上げる。

「わしは商人や、そこまでせんでも客の依頼を断る理由はない。連れてったる」

「ありがとうございます!」

 僕は再び頭を下げる。これでやっと・・・・・・、と思ったところで源綯さんが言う。

「それで、その子らも一緒でええんか?」

 源綯さんの言葉でハッとなる。

 ティエルたちを見るが、何を言っていいのか判らない。彼らは教団から逃げ回っている身だから、この船に乗ってイギリスを離れた方が良い。だが、商団は今すぐ出航するため、そうなると優作さんを置いていくことになってしまう。

「俺たちも行く」

「エディック・・・・・・」

 僕の心境を乱すように即答で返事する。ティエルやカルアも同意権のようだ。

「いいのか? それだと優作さんは・・・・・・」

「大丈夫だ。あの人なら一人でもやっていける。それに、連絡くらいさせてくれるよな?」

 エディックが源綯さんに言うと、大きく頷いてくれた。

「なら、問題ない」

「でも・・・・・・」

「ハル」

 ティエルが僕の手をそっと握ってくる。

「さっきも言った。一人で行かないで」

 泣きそうな顔でティエルが告げる。その顔は卑怯だ。

「・・・・・・わかったよ」

 そんな風に言われてしまったら、断れない。ここはティエルたちを信じよう。

「源綯さん。お願いします」

「おっしゃ。任せとけ!」

 そう源綯さんが答えると同時に社長室に通信が入る。

『社長。イギリス軍がやってきました。出航の指示を』

「よし、出航しろ!」

『了解しました』

 船が動き出す。次第に速度を上げて機体が浮き上がる。

 すると、外から爆音が聞こえ、すぐ隣からは機関銃の撃つ音が響く。おそらくイギリス軍が撃った砲弾を船が撃ち落しているのだろう。それが自分の乗っている船がやっていると思うと、若干ゾッとする。しかし、同時に頼りになる船だとも思った。

 銃声と爆音の中を商団の飛行艇は飛ぶ。

 日本へ向かって――――――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ