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第26話:時を越えて(2)

 穢れた場所。

 そこはそう表現するにはピッタリの部屋だった。

 床には赤い絨毯が一面に敷かれ、壁はペンキをうっかりぶちまけたように中途半端に赤で塗られている。その部屋にある家具も赤色に染められ、それらから悪臭が漂って鼻腔を刺激する。

 そんな場所で唯一何の装飾もされてない古臭い椅子に男が腰掛けていた。この部屋と同じく赤を基調にした服装。ただそこにいるだけだというのに、男は妙な空気を纏ってこちらに重圧を加えてくる。

「部下がいないと雑務をする人間がいないから面倒だ。居たらいたで邪魔なんだがな」

 男は独り言を呟きながら立ち上がる。

「だったら人気のない場所で落ち合えばいいだろ」

 元人間だった赤い液体を眺めてフレイグ・フィリッツは彼の独り言に答える。

 死体は無い。肉体がほぼ完全に消失し、体内の血液と僅かに残った臓器だけが辺りに散らばっている。血の量と机に並んだ食事の数から三人殺されたのが判った。

「こんなやかましい都市で人気のない場所を探す方が面倒だ。高い金払って部屋を用意しても足が付く可能性がある。なら、俺様のために部屋を提供させるしかないだろう。なあに、孫と一緒に逝けたんだ。ここのジジイもババアも幸せだろう」

 楽しそうに男は嗤う。

 フレイグは戦闘狂と恐れられているし、本人も好戦的な性格をしていると自覚しているが、血塗れの死体を眺めて楽しむ趣味はない。悪魔で、何かを壊すことを好むのだ。

 男は表情を変えないままフレイグに訊ねる。

「裏は取れたか?」

「ああ」

 男の質問に短く答える。

 フレイグは壊し屋として有名な裏業界の人間だ。

 殺し屋でなく、壊し屋。

 機密施設、兵器、人――――――様々なものを破壊する依頼を受けてそれを実行する操魔師エクソシスト。破壊――――――爆破する機能のうりょくを持った巨兵魔器アニマ・ミーレスの《炸鳴》を使っている内にそういう異名が付いた。本人もこれは意外に気に入っていて、今では自分の名を名乗る時にもつい言ってしまうほどだ。

 そういった仕事をしているため、必然的に裏の情報――――――表に出ることの無い事件などの情報がたくさん入って来る。入って来なくても調べようと思えばいくらでも調べられる。フレイグが破壊を専門とするように、裏事情などの情報を専門とする人間も存在するのだ。その専門に依頼するなり、裏情報が飛び交う場所を訪ねれば知ることが出来る。

 フレイグの今回の仕事はその裏情報の収集だった。

 目の前の男なら自分の所属する組織を使えば簡単に得られる情報。本当ならこうやってフレイグと人気のない場所で落ち合う必要はないのだ。況してや、専門外の仕事を依頼するなど言語道断である。短気な殺し屋だったらそれだけで男に斬り掛かって来るかもしれない。

 しかし、フレイグはこの依頼を一回返事で請けることにした。この男の依頼は今の荒れたご時世に入って、ずっと小さなことから大規模なことまでやってきた。言わば、フレイグの常連なのだ。そんな男の依頼を無下に断るわけにはいかない。

 それ以前に、フレイグはこの男には感謝している部分があった。教団によって巨兵魔器が殆ど一掃されてしまった世の中で、フレイグが生き残れたのはこの男とその組織のお陰と言ってもいい。フレイグの持っているモノの一部を提供することで《炸鳴》を現代風にカスタマイズすることが出来た。その力で教団から狙われることも暫く無くなった。本来ならどこかの組織に入る方が安全だろうが、フレイグはそういった集団と共に行動するのが苦手だった。それ以上に今の仕事が気に入っている。

 例え、感謝の気持ちが無くとも、フレイグは男の依頼は断れない。何故なら、目の前の男はフレイグよりも強い。強化された《炸鳴》でも歯が立たないほどに。そして、依頼を断ればそれだけで消されてしまうだろう。目の前の男はそういう人間なのだ。

「そうか。だったら今の仕事を切り上げてから行くとしよう」

「行くなら早めにしたほうがいい」

「何故だ?」

「教団もあの場所の情報を掴んでいる」

「そうか」

 男は興味無さそうに呟く。それくらいなら許容範囲内らしい。慌てることなく同じ態度を維持している。

「それなら今からでも行くか。車なら今夜中には着くだろう」

「車なんて持ってるのか?」

「そこらから貰うさ。・・・・・・そうだな、山越えになるから頑丈なものを選ばなくてはならないな」

 全てを馬鹿にするように男は嘲笑う。こちらに対してのものではなかったのでフレイグも不快には思わなかった。例えそうだったとしても態度は変わらないが。

「運転手も雇うのか?」

 この男は組織としてでなく、個人で来ている。部下は使えない。

「いや、運転は自分でやるさ。わりと車の運転は好きなんだ。車以外にも――――――何かを自分の手で操るというのはすごく気分が良いからな」

 男が初めて表情を変える。笑っていることに変わりないのだが、その顔は心底楽しそうに邪悪な笑みを浮かべる。

「それじゃあな」

 そう言って男は部屋を出て行った。




 今日も日差しが強かった。

 そんな日に日陰のあまりない場所で僕はシャベルで地面を掘っていた。掘った土を袋に詰めて、一杯になったらまた新しい袋に入れる。そして、袋を全部使ったらリヤカーで運んでいく。その繰り返しだった。

「遅いぞ」

 リヤカーで土を運んで来た僕にエディックがぶっきらぼうに言う。

 エディックは地面に開いた穴に足を伸ばして暇そうに座っている。大分待たせてしまったようだ。

「早く終わったんなら手伝ってくれてもいいのに・・・・・・」

「お前が開けた穴だろ」

「う・・・・・・」

 それを言われると返す言葉もない。

 目の前には昨日《月讀》が開けた大きな穴がある。僕とエディックはその穴を塞ぐ作業をしていた。人気のない場所ならともかく、ここは聖堂を出てすぐの場所に穴が開いているので、塞がないと何かと不都合なのだ。

 午前中から作業しているが、やっと半分まで埋まった。土を穴に入れるだけなら大して時間が掛らないのだが、埋める土を運ぶのは量的にも距離的にも大きすぎるのだ。一人でやるから効率が悪いと言えるが、エディックは今のように手伝ってくれない。優作さんは街に買い物で不在。カルアは家事や洗濯。ティエルとハシルナはカルアの手伝い。

 それぞれやることがあって頼めない。例え頼めても、カルアは神器使いだからさっさと出来るだろうが、男として少し癪。ティエルは問題外だし、白球体のハシルナにお願いするは色々間違ってる気がする。結局自分で動くしかないのだ。

「ボウッとしてないで手を動かせ」

「わかってるよ」

 僕は何も考えずにシャベルで土を埋めることにする。どのみち、これは僕がやったことに変わりない。エディックに手伝ってもらってるだけも感謝しなければならない。

 そう思いながらも淡々と作業をこなす。

 それでも、こういう時にどうしても思い出してしまう。

 ――――――トロトロとしてないでさっさと動く!

 自分は何もしていないのに偉そうに指示をするミライ。

 ――――――春幸、手伝ってあげようか?

 からかいながらも僕を心配するように声を掛ける栞。

 ――――――おいおい、春幸ばっかずりーぞ!

 いつものようにツッコミを入れる沢崎。

 ――――――あ・・・・・・お疲れ様です。無理しないで休んでください。

 さりげなく困ったように微笑みながらこちらを気遣う陽山。

 そんな声がすぐにでも聞こえてきそうだ。

 だが、振り替えてみてもそこは昨日初めて訪れた土地。況してや日本ですらない。数日前までは会おうと思えばいつでも会えれた友人たちも、今では連絡すら取れないのだ。

「二人共! お疲れ様です!」

 暫く作業に没頭していると、ハシルナが僕たちに駆け寄ってきた。その後ろにはティエルとカルアがトレーに何かを乗せて運んでいる。

 白い三角形。

 遠くからではそれくらいしか判らなかった。しかし、ティエルたちが近づくにつれてそれが何なのかやっと判る。

「おにぎり・・・・・・?」

「そうだよ」

 僕の呟きにティエルが答えてくれる。

 日本でおにぎりを食べるのは自然だが、今は外国にいるので凄く違和感があった。おそらく優作さんの影響だろう。

「二人共、一息つきなよ。ずっと作業してて疲れたでしょ?」

「ああ」

「お言葉に甘えさせてもらうよ」

 僕とエディックは穴から離れて日陰のあるところに座った。渡された水を受け取って一口飲む。

「うまい」

「生き返るでしょう?」

「ああ」

 次はおにぎりに手を伸ばそうとする。すると、三角形に混じって丸い形のもあった。

「これ、ティエルが作ったの」

 ティエルが丸い形のおにぎりを指差して言う。どうやら丸いのがティエルで三角がカルアが作ったものらしい。

 僕は丸いのを取る。途端にボロッと崩れかけたが、なんとか持って口に運ぶ。ティエルが僕の反応見たさにジッと顔を覗いてくる。

「うん、おいしいよ」

「――――――ありがとうっ!」

 僕が答えるとティエルが満面の笑みで微笑んでくる。それを見るとこっちまで嬉しくなってしまう。

 すると、

「ティエルもハルとエディックのお手伝いする」

 そういって、穴の方へ向かう。

「ティエルがやるならハシルナも頑張っちゃいますよ!」

 ティエルを追ってハシルナピョンピョン跳ねる。

「お、おい! ちょっと待てって!」

 僕が二人を制するように声を掛けるが、どうやら聞こえないようだ。ハシルナは転がっているシャベルに近づいて行き、ティエルは手ぶらで穴に向かう。

 昨日より穴の深さが浅くなったとはいえ、子供のティエルには少々危険過ぎる。

 再び注意しようとすると、

「好きにやらせておけよ」

「そうそう。怪我とかなら心配いらないよ」

 そうエディックとカルアが他人事のように言う。

「え、でもさ・・・・・・」

「まあ、見てなって」

 カルアの言葉に従って黙って見守ることにする。

「ハシルナ、ヘン・シーン!」

 妙な掛け声と共にハシルナが眩い光に包まれる。目を開けていられないほどの強い光に僕は思わず顔を手で隠す。

 そして、光が収まると、そこには女の子がいた。

 灰色っぽい白い髪に、頭から飛び出た小さな耳がピョコピョコと揺れる。腕や脚は細い人間のようなのに、手足はモコモコの白い毛に覆われた獣のモノをしている。更に尻からは先が太い鞭のように長い尻尾が生えていた。

「ええっ!?」

 僕は呆気にとられてしまう。

 耳や尻尾、手足を除けば正に年頃の少女そのものだ。神獣とはいえ、流石に変身出来るのは驚いた。

「ハシルナはアレでもカンガルーの神獣なんだよ」

「カンガルーねえ・・・・・・」

 確かに耳や尻尾は動物のモノだし、手足の形もそう言われればカンガルーに見えなくもない。服のポケットかと思ったが、よく見るとお腹あたりが有袋類特有の毛の形をしている。変身前は全身毛に覆われていたのに、変身後は着衣をしているというのも変なものだ。まるで、コスプレをしている女の子みたいに見える。

 ティエルはといえば、シャベルも持たずに穴の前に佇む。

「『暗天あんてん』」

 何をするかと思いや、ティエルが静かにポツリとそう呟く。

 そして、ティエルの手に突如長い漆黒の槍が現れる。全身が黒一色で染められた槍はティエルよりも長く、幼い彼女には不釣り合いななど異質なものに思えた。更にそれは半透明化していた。

「神柱利器!?」

 ハシルナが人化したことも驚いたが、ティエルが神柱利器というのも衝撃的だった。気を失った僕を教会まで運べたのは神柱利器だからこそ成せたことらしい。

「それじゃあ、頑張っちゃいますよ!」

 人化したハシルナが獣の手で器用にシャベルを片手で持って意気込む。

「うん! ――――――『暗天』」

 ティエルがもう一度自分の神器の名を呼ぶと槍の形が変わる。スペード型だった槍の刃が、スプーン状で幅広の深いシャベルの形に成る。一瞬で、最初からそうであったかのように槍はシャベルへと姿を変化した。

「・・・・・・何なんだ、あの神器?」

 集めてきた土を穴に埋めていくティエルとハシルナを見ながら僕は呟いた。

 今まで様々な神器を見てきたが、根本的に形を変えるものは初めてだ。

「変形自在――――――それがあの神器の能力だ」

 エディックが僕の呟きに答えてくれる。

 それは『焔迦』のような炎を出す剣よりもある意味凄い神器なのかもしれない。『暗天』の真名はもしかしたら凄い代物の可能性もある。

「おー。やってるな」

 僕がおにぎりを頬張りながらティエルを見ていると横から声が聞こえる。

「あ、おかえりなさい。優作さん」

「ああ。ただいま」

 僕が言うと優作さんが笑顔で答える。

 それに気づいたティエルやハシルナもこちらに手を振っている。優作さんも手を振って返すと抱えていた荷物を地面に置く。

「カルア。悪いが、荷物を中へ運んでおいてくれないか」

「いいけど・・・・・・もしかしてティエルたちの手伝いでもする気?」

「それなら僕がやりますよ」

「いやー、気持ちは嬉しいが私もあの中に交ざりたいんだ」

 そういって袖を捲りながらティエルたちに近づいていく。

「もう、子供なんだから・・・・・・」

 カルアが優作さんの背中を見ながら呆れるように呟く。

 確かに、と密かに僕も思って苦笑した。




 夕飯を食べた後に優作さんが僕の部屋を訪ねてきた。

 昨日の約束の通り頼んでいた情報を持ってきたとのことだった。

「あなたの故郷である日本は五年前と比べてあまり治安がいいとは言えませんね」

 最初から嫌な話だった。そのせいか語る優作さんの表情も少し暗い。

「今の日本は戦争をしています」

「戦争・・・・・・?」

 戦争と聞いてゾッとする。嫌な光景が頭の中に一瞬流れる。

 ただの戦争ならここまで思わなかっただろうが、自分の国がしているとなると震えたくもなる。況してや、今の軍は紅澤のように巨兵魔器を持った連中だって少なからずいるのだ。戦争の規模は僕が想像出来ないくらい酷いことになっているかもしれない。

「どこの国と戦っているんですか?」

 僕の質問に優作さんは首を横に振る。

「戦っているのは国ではありません。天地神理道教――――――今では表でも十世戒教団と改名していますが・・・・・・そいつらと財団が日本をめぐって争っています」

 思いもよらない名前が出てきた。

 もう一人の僕を殺した教団。未来でも何かやっているとは思っていたが、まさか戦争が出来るほど大きな組織になってるとは思ってもみなかった。相変わらず、目的が解らない連中だ。

 そして、

「財団ってなんです?」

「アウクシリア財団。軍を束ねる組織です」

「軍を束ねる? 軍隊なら各国にあるじゃないですか」

 僕がそう言うと優作さんは頭を抱えるように溜息をつく。

「現代では国という言葉はあまり意味を成しません。世界は統一され、当然各国の軍も全て一つになりました。それでも、独立国は少なからずありますがね」

「どうして、たった五年の内に世界は統一されたんですか?」

 驚きながらも優作さんに尋ねる。本来なら世界各国が統一されることなど有り得ない。

「世界がもうすぐ滅ぶことを識ってしまったからです」

 苦々しく優作さんが呟く。

 それを聞くと妙に納得してしまう。世界が滅んでしまうのだから、国がどうとか言っていられない。大方、手を取り合って頑張ろうというところだろう。それにしても、どうやって世界を滅ぶことを識ったんだ?

「といっても、それを知っているのは国の上層部や軍隊だけです」

「え、国民は知らないんですか?」

「ええ。知らされていません」

 呆れるように言う。どの時代も組織のトップは秘密が多いらしい。

「それでよく統一が成り立つな」

 愚痴のように僕は呟く。

「お陰であちこち荒れ放題です」

 苦笑しながら優作さんが言った。

 どうやら財団とやらは国民の意思を無視して世界統一を成し遂げてしまったらしい。

 だが、それも無理のない話でもある。僕が未来に来る前は五年後に世界が滅ぶと言われていた。そして、僕は今五年後の世界にいる。つまり、今年中に世界は滅亡するのだ。焦りたくもなる。だからといって、国民をないがしろにしている財団に同情する気にはなれないが。

「それで、世界の軍事力を統一した財団と世界中に信者を持つ教団がどうして日本で戦争してるんですか?」

「日本は修山組の拠点地とされていますから」

「修山組?」

「修山学園で働いていた方たちが中心に集まった集団のことです。組織名はハッキリとしていないのでそういう通称で呼ばれています」

 すぐに生徒会の人たちを思い出す。彼らなら戦争の真っ只中でも生き残ってても不思議ではない。寧ろ、相手を捻り潰しているイメージすら浮かんでしまう。

「どうしてそれを財団と教団は取り合ってるんですか?」

アーク・アウラ、滅んだ世界の生き残りとその知識、財団や教団にも劣らない技術力――――――そして、修山の存在。修山組は財団や教団が喉から手が出るほどほしいモノを沢山持っています」

 修山の名前は世界にまで及んでいるらしい。確かに僕も砦に入ったり、滅んだ世界の記憶を見たりして、そこが学園で済むような場所でないことは解っていたが、ここまで来ると言葉も出ない。

「どこも、必死なんですね・・・・・・」

 振り絞ったように僕は言う。

「誰だって死ぬのは怖いですから」

 優作さんは寂しそうに答える。

 それを言ってから優作さんは暫く黙り込む。話していて疲れたのかもしれない。盛り上がれるような話題ではないからそれも仕方ない。聞いている僕も世界の変わりっぷりに混乱して少し気が滅入っている。

 と、そこでふと思いつく。

「そういえば、詳しいですね」

「はい?」

 何のことですか、とでも言うように優作さんは首を傾げる。

「軍の上層部しか知らないことをどうして優作さんは知っているんですか?」

「ああ・・・・・・私も昔は軍人だったんです」

 申し訳ない、と優作さんは笑って頭をボリボリと掻く。道理で体の鍛え方が違うわけだ。

 それを聞いて僕はホッとする。教団のような危ない連中に拉致されたことがあるせいか、そういう話をする人間をどうしても疑った目で見てしまう。見ず知らずの僕を助けてくれた人を疑ったことに申し訳なくて内心で反省する。

「そうだったんですか。どうして辞めちゃったんですか?」

「あそこは思っていた以上に残酷すぎた。私にとっても、あの子たちにとっても・・・・・・」

 感傷に浸るように遠い目で呟く。何かを思い出しているかのような目だ。

「あの子たちって、ティエルたちのことですか?」

「ええ。子供たちとは軍の施設で会いました。世界が統一され、私は日本から離れてロシアの軍施設へ配属されました。そこでの私の任務があの子たちの面倒を見ることでした」

 懐かしむように表情が緩む。

「神器、神柱利器、神獣。私が配属された軍施設ではそれらから何か世界を救う方法はないかと研究をしていました。毎日検査の日々で大変な子供たちに私は心休まる場所を作ろうと努力しました。任務ということもありましたが、やはり家ではゆくっりと休ませてあげたかったからですね」

 いかにも優作さんらしいと思った。ティエルたちが優作さんを信頼している理由がなんとなく伝わってくる。

「そんなある日。人手が足りないとかでいつも検査をする研究室に私は呼ばれました」

 一瞬、躊躇うように口を閉ざす。

 そして、意を決して再び話し出す。

「そこで、私は見てしまいました。検査を行う部屋が血で壁や床がべっとりと濡れているのを」

「・・・・・・っ!」

 それを聞いて言葉を失ってしまう。何となくその理由が僕の中で解ってしまった。

「血の海には全身から血を流した子供がいました。ティエルたちと同じように検査を受けていた子供たちです」

「・・・・・・人体、実験・・・・・・」

「ええ・・・・・・私も多少危険なモノだとは思っていました。何せ、世界を救うための研究ですから。・・・・・・私は信じていました。この研究は危険な中でも、子供たちの命を尊重し、且つ世界を救うものだと。なのに・・・・・・!」

「・・・・・・」

 僕はどう声を掛ければ良いのか分からなかった。

 信じていたものを裏切られ、守りたかったものをこれから奪われることを知ったら、僕なら一体どうしただろう・・・・・・。

「私はすぐに子供たちのところに戻って施設を出ました。私の命に代えてでもあの子たちを助けようと決意して。・・・・・・でも、所詮それは安い覚悟。軍はすぐに私たちを追ってきました。そこに運良くどこからか研究施設を嗅ぎ付けてきた教団が施設を襲撃したため、なんとか私たちは逃げることが出来ました。以来色んな場所を転々としています」

 部屋の内装を見る。簡易で質素な部屋は荷物が全くというほどない。それは、単に突然の来訪で用意されたからではない。ティエルの部屋も見たが、僕とあまり変わらない内装だった。年頃の女の子の部屋にしては素朴すぎる理由は、いつでもここを出てもいいように、荷物は最低限なものだけしか置かれていなかったからだ。

「なんだか、昔の話をしていたら疲れてしまいました。続きは明日でもよろしいですか?」

 そう言って優作さんが立ち上がる。僕から見ても確かに疲れているようだった。この話はある意味優作さんにとってトラウマなのかもしれない。

「あ、はい・・・・・・ありがとうございます」

 僕も立ち上がって軽く頭を下げる。

「それではお休みなさい」

 優作さんは簡単に挨拶して逃げるように部屋を出て行った。




 優作さんの話を聞いて改めて僕は未来に来たのだと実感した。

 五年間。

 たったそれだけで世界は大きく変わった。正直、今の情勢についていける自信がない。

 日本に帰りたいとは思うが、そこが戦場になっていると聞くとあまり気乗りがしない。過去に戻れたとしても、未来の世界がこんな状況なら帰っても一緒だ。お陰で今後の行動をどうするべきなのか決まらない。

「みんな・・・・・・」

 ベットに横になり、暗くなった天井を見ながら呟く。

 皆は一体どうしているのだろう。一緒に《素戔嗚》の攻撃を受けた陽山とミライ、伊月さんは僕のように未来に飛ばされている筈だ。いや、《月讀》の攻撃がうまく相殺してくれていたなら陽山と伊月さんは無事である可能性がある。

 でも、

「そうだったとしたら、陽山は僕よりも五歳年上か」

 呟いてみて微妙な気分になる。助かってほしいという気持ちはあるが、それだと五つも年の差が出来てしまう。なんとも複雑な気持ちだ。しかも五年後の姿が伊月さんそのものだから会った時の対応に困る。何せ、見た目も中身も僕よりもずっと大人なのだ。下手をすれば一緒にいるだけで浮いてしまう。

 考えるだけで溜息が出てくる。

「・・・・・・眠れない」

 さっさと寝てしまおうと思ったが、色々と考えすぎて逆に眠れない。昼間あんなに体を動かしたというのに不思議なものだ。

「散歩でもするか」

 少しでも歩いていれば眠たくもなるだろう、と思いながら僕はベットから起き上がる。

 部屋を出て廊下を静かに歩く。古い造りになっている教会の廊下は歩く度にギシギシと音を立てる。ティエルたちを起こさないようにそっと外へ出ようとする。

 その途端。

 バカンッ! と何かが吹き飛ぶ音が響いた。

「なんだ!?」

 音は聖堂の方から聞こえた。

 僕はすぐに聖堂に繋がる扉を開けて中へ飛び込むように入る。

「掠っただけでそのザマか? 元軍人だからって毎日の鍛錬を忘れないことをお薦めするよ。・・・・・・って、もう遅いか」

 最初に嘲笑するような声が聞こえた。

 月明かりが良い具合に入ってくるお陰でそれがすぐに確認出来た。

 聖堂の入口の大扉。そこに見知らぬ男が立っていた。

 扉は無残に破壊され、聖堂内に並べてあった古い長椅子も吹き飛ばされている。

 異様な雰囲気を纏った男が見ていた先には脇腹を押さえた優作さんが壁に凭れていた。その壁もひび割れていることから、さっきの衝撃音は優作さん自身が吹き飛ばされたものなのかもしれない。

「優作さん!」

 僕は慌てて優作さんの元へ駆け寄る。暗くてよく判らなかったが、優作さん服が脇腹から別の色に変わっていた。それが血であると優作の表情からすぐに解った。

「春幸さん・・・・・・ダメだ。早くここから逃げて・・・・・・」

 呻くように優作さんは言う。

 それを無視して男の方へ向き直る。男は突然の邪魔が入ったことに、腹を立てているように眉をひそめる。

「誰だ、お前?」

「なにやってんだよ、あんた! 一体何なんだよ!?」

「質問に質問で返さないでくれ」

 男が呆れるように呟く。

 すると、

「なに、これ・・・・・・」

 この騒ぎに駆けつけたティエルたちが聖堂に入ってくる。突然の来訪者と優作さんが倒れている事態の意味が解らずその場から動けないでいる。

 それを見た男が嬉しそうに言う。

「そこにいたか。迎えにきたからさっさとこちらに来い」

 冷めた笑みでティエルたちに手招きをする。

 言っている意味が解らなくてティエルたちはキョトンとしている。その中でエディックだけ冷静に大剣を出して構える。

「誰だか知らないがさっさと帰れ。斬り殺されたくなかったらな!」

「立場をわきまえろよ、実験体モルモット

 男が右手を突き出し、その腕に淡い光を放つ魔法陣を纏う。

「『硬煌こうこう』!」

 事態を察したエディックが神器の名を叫ぶ。

 同時に男の手から爆発的な光がエディックに向かって放たれる。

 エディックの神器と光がぶつかり、衝撃が音や風圧となって僕にまで届く。やがて、力負けしてエディックが吹き飛ばされる。

「エディック!」

 鈍い音と共にエディックは壁まで吹き飛ばされる。

 壁に激突したエディックはすぐに剣を杖代わりにして立ち上がる。ふらふらと立ち上がって睨むが、男はそれを気にした様子もなく笑う。寧ろ、その様子に呆れているようにも見えた。

「力を抑えてやったというのに耐えられなかったか」

「黙れ!」

 エディックが激昂する。それに男はやはり笑って返す。

「黙るのはお前だ」

 再び男の腕に魔法陣が現れる。そして、エディックに向けて光が発せられた。

 音が消えた。さっきのような衝撃はない。

 光が止むと、静寂が訪れる。

「なんだ・・・・・・」

 初めて男に戸惑いの表情が浮かんだ。

 そして、光を消した僕を睨み付ける。

「何が目的か知らないけど、これ以上好きにはさせない!」

 言って、右拳を強く握る。

 そこから闇夜よりも暗い漆黒の闇が陽炎のように腕を纏っていた。

 共通義肢イニシエータは自分の巨兵魔器と同じことが出来る。つまり、僕には《月讀》と同じ能力が使える。光の衝撃波を放つだけの男の攻撃を無効化することなど《月讀》には造作もない。

「くっ、はははははっ! まさかこんなところで会えるとはな!」

 暫く訝しんでいた男が突然狂ったように笑い出した。

「な、なんだ?」

 質問に答えず、男は何のモーションも無しにさっき以上の威力で光を僕に放ってきた。

 僕は慌てて右手で防ぐ。威力が大きかったせいか、ザザッと靴底が地面を滑る。

「ほう、流石は俺様が最も求める稀少の魔石。改めてその力に驚かされる」

 自分の攻撃が効かなかったことに男は何故か満足しているようだった。

 この男が言っていることはさっきから不自然だ。まるで、僕のことを知っていることのような言い方だ。

「今日は良いものが見れた。礼に回収は諦めて帰ってやるとしよう」

 そう言ってきびすを返す。勝手に自己満足して何事も無かったかのようにここを出て行こうとする。

 僕はその背に向けて声を上げる。

「待てよ! 誰なんだあんた! これだけのことをしておいて何であっさりと退くんだ!?」

「財団所属のメトセラだ。退く理由は簡単・・・・・・タイムアップだ」

 メトセラと名乗った男に合わせたように教会の屋根が爆発によって吹き飛ぶ。落ちてくる木片に気をつけながら天井を見上げる。

「なんだ!?」

「俺様がここを発見出来たように教団がここを嗅ぎ付けて来たんだろう」

 メトセラが他人事のように言う。

 窓の外を見ると巨大な影が見えた。その影は銃器のようなものを持ち、教会に向けて銃口を向けている。

巨人兵器オートマタ!?」

 巨大な人型兵器が教会を囲んでいた。数も相当なものだ。一体いつの間に・・・・・・。

「それじゃあ、俺様は行く。この程度で死ぬなよ。・・・・・・いずれ俺様の力になるんだからな」

「どういう意味だ?」

「次に会う時までにもっと強くなれ」

 そう言うとメトセラはこちらに振り返ることなく夜の闇へと消えていった。

 逃げたメトセラに対する疑問を前に、今度は壁が吹き飛ぶ。

 煙が立ち昇る向こう側で銃を僕らに向けているシルエットが見えた。

 ――――――そして、間もなく引き鉄は引かれた。

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