第23話:襲撃、修山学園(2)
「まさか、修山が襲撃されるとはね・・・・・・思っても見なかったよ」
突然現れた男は苦笑を漏らしながら僕らを見渡す。
その男の顔は僕と似ていた。背は僕よりも高く、それなりに整った顔立ち。まだ暑い季節なのにも関わらず、身体を隠すようにロングコートを着ている。特に飾った格好をしているわけではないが、首に巻かれた長い金色の鎖に繋がれた懐中時計が妙に印象的だ。伊月さんとあまり変わらないくらいの年齢の彼は、まるで未来の自分の姿を見ているようだ。
光のない両目で彼は僕に薄く微笑んだ。共通義肢の両目で。
「久しぶり・・・・・・と、ここは再会を喜ぶところなのかな。春幸?」
「兄貴・・・・・・!?」
予想外な人物の登場に僕は戸惑う。
絶体絶命のピンチに駆けつけたのは十年以上も前に僕から姿を消した兄貴だった。ミライと出会ってから名前だけしか出てこなかった男が今更何しに来たんだ?
「秋菜は・・・・・・耐えられなかったか」
《月讀》とミライを交互に見てから、悲し気に呟いた。
真堵は秋菜のことを知っている。何故なら、彼は《月讀》のグリモワールをミライに託し、更に彼女を僕と共に行動するように仕向けた張本人だ。真堵ならどういう経緯で秋菜が《月讀》の生贄になったのか、どうして《月讀》の損傷に合わせてミライが倒れたのか、全部把握している筈である。このタイミングで現れたのも関係があるのかもしれない。
僕はそれを訊こうと口を開こうとした時、
「どうして、永峰秋菜が二人も存在しているの?」
と少し離れた場所に退避していた水無瀬会長が真堵に言う。
「《月讀》の生贄とそこに倒れている秋名未来は同一人物。四年前に死んだ彼女が生贄として存在するなら説明は出来るけど・・・・・・これは有り得ないわ」
怪訝な顔で言う水無瀬会長に真堵は疲れたように微笑む。
「四年前の空港の爆発事故で俺は一人の少女を見つけた」
水無瀬会長のいきなりの質問に真堵は昔を懐かしむように言った。
僕も水無瀬会長も黙ってそれを聞く。
「その子は血塗れの姿で俺のところまで歩いてきて、言った」
――――――春幸を助けて!
「彼女の手には虫の息の春幸がいた。だが、俺が驚いたのはこの惨事の中で彼女が無傷だったことだ」
「え?」
阿呆のように僕は声を漏らす。
空港が吹き飛び、沢山の死傷者を出した惨劇の中で無傷など、信じられない。そんなのはただの人間には不可能だ。
「訊いてみると、彼女は爆発の直前に『布都霊』という神器を身体に宿した神柱利器になっていた」
その言葉に疑問が生まれる。
「そんなタイミング良く神器が現れるのはおかしくないか? 第一、爆発した直前なら契約する時間なんてないじゃないか」
「神柱利器は通常とパターンが異なるんだ。神器の方が宿主の中に入ってから契約を行う。だから、契約をしていなくても宿している間は加護を受けることが出来る」
僕の腕の中で眠っているミライを見る。
彼女はあの場所を見てどう思っただろう。病院で目を覚ました僕でも怖くて震えた。でも、彼女は事故現場で数え切れないくらいの死体を見ている筈だ。そんな中を僕を助けるために走っていたのだ。きっと、辛くて、寂しいかっただろう。
「病院に行く時間もない状況で春幸を助けるためには《月讀》と契約するしかなかった。契約して、魔器の力で命を押し上げることしか春幸に助かる方法はない。だが、ここで問題があった」
その問題を水無瀬会長が言い当てる。
「契約させるには本人がそれを強く望まなければならない。でも、虫の息の永峰春幸には願うどころか意識すらなかった」
真堵が頷いて答える。
「そうだ。他者を生贄にさせるにしても、俺は操魔師。秋菜は神柱利器。周囲は死体と春幸と同じ状態の人間しかいない。契約条件に合う人間がその場に存在しなかった」
契約するには生贄になる者の強い意志が必要だ。瀕死の人間にそんなことが出来るわけがないし、操魔師や神柱利器のような普通の人間と違う者には資格さえ貰えない。
「そこで頼ったのが『布都霊』の能力だ」
「『布都霊』の能力?」
『布都霊』は雷撃を放つ攻撃向きの神器だ。もしかして、生体電気でも操るのか?
「雷撃は『布都霊』の過去の契約者である雷神の影響で付いた付属能力だ。その本質は霊剣にある」
霊剣、と言うことは――――――
「魂?」
「そうだ。秋菜の魂の一部を切り離して、それを《月讀》の生贄として捧げた」
「そうだったとしても――――――」
不自然だ。
ミライが《月讀》に魂を提供しているというのなら、腕が吹き飛んだ時に気を失ったことに説明がつく。しかし、魂を失うということは感情を無くしていくことだ。ミライは毎日、笑ったり、怒ったり、と自身の魂を削っている月島朱莉と反して表情豊かだ。感情を減らしているとは思えない。
そんな疑問を察したのか、真堵が僕に言う。
「秋菜が提供した魂の一部というのが、彼女の今までの人生で得た全ての記憶だ。人間の性格は親の遺伝子に強く影響を受ける。でも、生まれてきた子供が体験してきた出来事によって、根本的には難しいが表面的にならいくらでも変われる。感情も周囲の環境で同じように変化する。だから、感情を削る前に削られる根本的な理由を、最初から提供してやればいい。肉体ごと捧げる儀式と違って、これなら神柱利器でも生贄として認められる」
「それじゃあ――――――」
「ああ。秋菜は――――――秋名未来はあの空港の被災地で生まれた」
僕はその言葉を聞いて愕然とした。
秋菜が生きていてくれたことはとても嬉しい。しかし、僕を思い出してくれないという悲しみが混ざってどうしていいのか分からなくなる。
「秋菜の記憶を戻すことは・・・・・・?」
「無理だね。今更元に戻したところで失ったものは帰って来ない。元に戻す方法もないしね。それとも春幸は感情を失った彼女が見たいのかい?」
「それは・・・・・・」
「冗談だ。忘れられたことを悲しむのは仕方ない。思い出してもらえなくても、今いる彼女に思い出を作ってやればいい。だから、昔の秋菜と今の未来を重ねるな――――――と言いたいところだが」
真面目に話していると思っていた真堵が突然苦笑する。
「え?」
「秋菜は諦めてなかったぜ、春幸。秋名未来って名前は『秋菜の名前を未来に取り戻す』、って意味だ。契約する直前に秋菜が俺に記憶を失った自分にそう名前をつけてほしいと頼んできた」
秋菜の名前を未来に取り戻す。
この意味は自分の名前を思い出すことだけではない。自分の全ての記憶を再び取り戻すことを意味していることが僕にも伝わってきた。同時に、秋菜らしい考えだ、と内心で苦笑する。
「どうするかはお前次第だ。春幸。どんな選択をしてもいい。だけど、後悔だけはするな」
「兄貴・・・・・・」
何か言おうと思ったが、言葉が出てこない。
これで終わり、と言うように真堵は顔を僕から離れた場所にいるフレイグへと向ける。
「さあ、お待たせ。壊し屋のフレイグ・フィリッツ。こんなにのんびり俺と春幸に会話をする時間を与えてくれて感謝する。これも、依頼人に頼まれたことなのかな?」
「・・・・・・」
質問には答えない。代わりに《炸鳴》がいつでも攻撃に移れるようにレイピアと爪を構える。
すると、タイミングを合わせたようにフレイグの近くに人が跳んできた。長髪の恰好良い系のお兄さんが不釣り合いの長剣を持ってフレイグに並ぶ。
更にそれを追い掛けるように純白の巨兵魔器を従えた女性が現れた。それを見た真堵が微笑む。
「珍しい奴に会うな」
「真堵!? 何であんたがここにいるの?」
「五年ぶりだね。元気そうでなによりだよ」
「何よ。今更現れて・・・・・・」
苦々しく真堵を睨む伊月さん。対して真堵は飄々と言葉を流していた。
「――――――お喋りはそこまでにしてもらおうか」
真堵と伊月さんが口論(?)しているのを玖珂が制す。
そして、何か言うかと思いきや、玖珂は長剣を肩に担ぐだけで何もしてこない。フレイグも戦闘中に見せた態度は取らず、未だにただ黙って僕たちを見ていた。どうしたんだ?
その疑問は僕だけでなく、真堵や伊月さんも訝しむように二人を見る。
まるで、何かを待っているかのようだ。
「――――――すでに終焉を迎えた五年後の世界から、《素戔嗚》の機能でアナタは時空を越えて過去の世界にやってきた」
沈黙を破ったのは、意外にも水無瀬会長だった。
僕たち側でも教団側でもない中途半端な場所で真堵を見ながら独り事のように言う。
「それが五年前のアメリカの空港。しかし、あなたの見たのは、望んだ場所であって全く違う風景だった」
水無瀬会長が言っている場所はどこなのかは説明しなくても判る。だが、言っている内容がよく解らなかった。
とりあえず、口を挟まずに黙って話を聞く。
「そうだ。未来から来た俺はその日、楽しい思い出で終わる筈だった春幸と秋菜を一目見ようと、あの時間のあの空港に時間跳躍した」
「なのに、そこに広がっていたのは絶望だった」
「ああ。あれは正直きつかったよ。数少ない楽しい記憶の場所が血に染まっていたんだからな。でも、そこに俺が行ったから春幸を救うことが出来た」
「それでも、問題はあった。それは、当時中学生になったばかりの永峰春幸に三機神の一柱を契約させてしまったこと」
「まあね。当時はどうしようかと思ったけど、ちゃんと手は打ったよ」
「高津原直辰に歴史学部を設立させて、そこで永峰春幸を心身ともに彼に鍛えさせるつもりだった」
ここで意外な名前が出てきた。
高津原先輩はレーメル曰く、現在確認されている巨兵魔器で一番強力なのを持っているという。
「だけど、ここでも問題が起きた」
「直辰くんに何かを頼んでも、生徒会からの仕事で思うように動けないでいた。修山学園の生徒として振舞ってもらっている以上、生徒会の仕事は基本断れないからね。彼を通じて協力してくれるようになった由貴美さんも同様。更に生徒会の仕事を数多くこなしてきた二人は有名になってしまい、あまり目立つ行動が出来なくなった――――――お陰で春幸に《月讀》渡す機会が一年近く遅れたよ」
「だから、焦ったあなたは色々と予定を早めた。高津原直辰が抜擢されそうな仕事の情報を生徒会に流し、修山の砦に保管していた《月讀》の強化外装を彼に取りに行かせた」
「強化外装を手に入れた直辰くんには適当な理由を作って春幸に渡してもらうことになっていたけど、これは予想以上の良い結果になった」
沢崎と栞が見つけてきた怪しい噂に流されて、僕は偶然にも強化外装である飛行ユニットの回収と調査の仕事をしていた高津原先輩に出逢った。更に石像型の門番や防衛兵器との戦闘で《月讀》の機能が上がった。
そういえば、あの時の防衛兵器の攻撃で《月讀》の鎧はボロボロになって高津原先輩に怒られたな。脱出の際にも陽山と一緒に高度の場所から落下させてしまった。
ふと、そこで思った。
《月讀》の鎧が硬いとはいえ、ひび割れした状態で高いところから落下すればただでは済まない。もしかして、その時に陽山は《月讀》の中身を見たのではないだろうか?
砦から出た後は何故か陽山は元気がなかった。理由を訊いても答えてくれないし、重なるように色んな出来事があったから僕自身今の今まで忘れていた。
それに、さっきの陽山の言葉。彼女は《月讀》を出すのを断固として認めなかった。僕の感情が削れるのを第一に心配するなら、もっと以前から言っている筈だ。陽山は僕が彼女のことで一時、酷く心を閉ざしていたことを知っているので、口に出来なかったことの方が考えられる。
「気づいた時には全てが終わっていたわ。高津原を心配する由貴美を連れて砦まで行ったけど、すでに強化外装はそこにいる筈のない永峰春幸の手に渡っていた」
僕を見て水無瀬会長が苦笑しながら言った。
「強化外装を装備した《月讀》はもうそこらの巨兵魔器と比べられないほどに力を手に入れたわ。これをアナタが放って置く筈がない。だからアタシからも一つ、生徒会に情報を流した」
「――――――神器使いを中心とした組織、十世戒教団が漆黒の巨兵魔器を探している」
「そう。巨兵魔器を拒絶するようになった教団が巨兵魔器を探している。誰もが疑問を抱くわ。そして、それに当てはまる永峰春幸は当然、生徒会の保護を受けることになった」
「保護、ね・・・・・・。異変神獣と戦わせておいてよく言うよ」
真堵が呆れたように呟く。
強制的に太平洋まで連れて行かれたことを思い出す。あれは色んな意味でひどかった。
「それは第二生徒会の気紛れだから仕方ないわ。それよりも、教団とは別に漆黒の巨兵魔器を探している男がいると聞いて、アタシは喰い付いたと思った。でも、それは全く関係ない別の目的を持った男だった」
「その男に情報を与えた人物も俺を探していたみたいだが、それも失敗に終わったようだよ」
そういって真堵が伊月さんをチラッと見る。
ふてくされるように伊月さんは視線を逸らす。それに真堵は軽く微笑んだ。
「それでも諦めなかった教団は春幸と沙月を拉致した。その目的は俺を誘き寄せるため」
「そうよ。すぐに追い付かれるように二人を移動させて、アナタが来るまで軽く雑談していたわ。話ついでに保険として永峰春幸を教団に勧誘したけど、これも断られた――――――まあ、判ってたけどね」
「ある意味収穫はあったんじゃないか? 別人だったとはいえ、こいつもまた、消息を掴めなかった一人だ」
真堵はからかうように伊月さんを指しながら言った。
嫌な顔をして伊月さんはその指を叩く。この二人、仲が悪いのか?
「興味はあったけど、そこまでのリスクをかけてまで得たいものではなかったから」
「だから、そこまでしても出てこない俺を誘い出すために今度は修山を襲撃した」
「ええ、そうよ。電気供給を絶って巨兵魔器を呼べなくし、残った神器使いは砦に侵入した囮に向かわせた。アタシにとっての障害は高津原と由貴美、レーメルの三人だった。高津原と由貴美はいつも通りに生徒会の仕事を頼んでここを遠ざけ、レーメルは契約神器と共に砦に送り出した。修山の機能が停止した状態で立ち向かって来れるのは何の命令を受けていない歴史学部だけ」
「ふうん。随分と回りくどいことをするんだね」
真堵が嘲るように言葉を吐く。
「そこまで周到に行動してくるのに、春幸たちには甘いじゃないか。何か理由があるのか?」
「見てみたかったのよ。滅んでいく世界の中で在るかどうかも分からない希望を追いかけて、その一端を掴んだ人間が託した存在の成長を・・・・・・! 新しい希望を生んでくれる可能性を・・・・・・! でも――――――」
片腕を無くし、そこから漆黒の結晶を露にして、未だに横転している《月讀》を一瞥する。
「期待外れだわ。こんなことなら最初から潰しておけば良かったかしら」
「もういいだろう・・・・・・そろそろ君が何者なのか訊いてもいい?」
「ええ、いいわよ」
水無瀬会長はY字に結んだ頭を乱暴に解くと、癖のある髪がふわりと広がった。
真面目そうなイメージが一気に反転して、不良グループを束ねるリーダーのような顔つきになる。その目つきはまるで獲物を狩る猛獣の目だ。髪型が変わっただけなのに大分印象が違って見える。
「アタシは十世戒教団の祖――――――世界を救うために生まれた存在」
「狂ってる・・・・・・」
水無瀬会長の言葉を聞いた僕は思わずそう呟く。
今までに色々な教団のメンバーに会っているからこそ、そう思ってしまう。
「狂ってるのこの世界よ。だから、救う。邪魔する者は排除する――――――玖珂」
「はい。導師様」
玖珂は肩に背負った長剣を構える。
「『永傷』」
神器の名を呼ぶと黒い刀身が光を帯びる。
悪いものを呼び寄せるような魅力を発しながら、刃を地面へ叩き付ける。地面が砕け、蛇のように地を這いながら衝撃が建物にぶつかる。攻撃を受けた建物は轟音と土煙を上げて崩壊する。
そこは陽山が吹き飛ばされた建物だ。
「陽山っ!?」
僕の言葉に応えるように土煙から一つの影が飛び出す。
それは、両手に炎を纏う剣を持った陽山だった。
「途中から殺気が駄々漏れよ」
「・・・・・・」
陽山は何も答えずに『焔迦』を構える。
水無瀬会長は、やれやれといった態度で肩を落とす。
「それで、俺をこんなところに誘き寄せて、何をしたかったんだ?」
真堵が水無瀬会長に今更のように質問を投げかける。
それを呆れた、と言わんばかりに、
「あら、言わなきゃ判らない?」
「確認を取りたかっただけだよ。間違ってたら大変だからね」
蒼黒色の巨兵魔器が左手に持つ剣と右腕に濃密な闇を纏う。
おそらく、《月讀》と同じものなのだろうが、それが普段僕が操っている闇よりも、深く、強い力であることを肌で感じ取る。《月讀》を戦闘経験と自前の底力で倒したフレイグもその光景に目を奪われている。
「君には無理だよ、水無瀬薫瑠」
真堵が首を振る。
「あまり、自分の力を過信しない方がいいわ」
「それはこちらのセリフさ」
「後悔しなさい――――――《流世》!」
水無瀬会長の呼びかけに応じて虚空から藍色の巨兵魔器が出現する。ほっそりとした丸みを帯びた装甲の巨人は武器らしきものを何も持っておらず、見ただけだとひ弱な印象を受ける。
巨兵魔器が呼べたから一瞬電気供給が復活したのかと思ったが、敵がそんなことをする筈がないし、最初からこうなると判っていたのなら発電施設を破壊する前に自分のグリモワールを回収しているのが当然だろう。
《流世》と呼ばれた巨兵魔器は出て来るなり、蒼黒色の巨人――――――《素戔嗚》に向かって突撃する。その行動は、端からだと無謀な行為にしか見えない。
それを見た真堵も疲れたように微笑む。
だが、次の瞬間。
「なにっ!?」
真堵が驚きの声を上げる。
《流世》が消えた――――――と思った直後に轟音が響く。
《素戔嗚》がいた場所に蒼黒色の巨人は居なくて、変わりにその後ろにあった建物にめり込んでいる。その上には《流世》が覆い被さって《素戔嗚》を正面から羽交い絞めにしていた。
あまりにも突然の出来事に僕だけでなく、陽山や伊月さん――――――真堵自身も反応が遅れた。
「現代に存在する巨兵魔器の全てが、アナタが送り出した当時の性能のままだと思わないことね――――――玖珂! フレイグ!」
その隙に水無瀬会長が味方の名を呼ぶ。
二人共《素戔嗚》に向かって突進する。その先を伊月さんがフレイグが止め、陽山が玖珂の前に立ち塞がる。
「お嬢さん。そこをどいてくれ」
玖珂がナンパする若者のように陽山に言う。
「この先は行かせません!」
「・・・・・・だったら仕方ない。目覚めろ――――――ダーインスレイヴ」
玖珂の『永傷』が今まで以上に強く発光する。光るだけでなく、それに宿る力が増幅しているのも神器使いでない僕にも伝わってくる。
「真名の解放!?」
「急いでるんでね」
玖珂が『永傷』を陽山に振るう。その速度は目で追うことが出来ないくらい速い。
それでも、陽山は『焔迦』をクロスさせてに受け止める。辛そうな顔でその場に踏ん張る。陽山が押し負けるのではないかと思った時、玖珂の方が驚愕に顔を歪ませる。
「真名を解放していない神器でこれを受け止めただと!?」
『焔迦』の刀身の輝きが増し、纏った炎も勢いを上げる。
「面白い! しかし、今回は遊んでいる暇は、ない!」
玖珂が『焔迦』を弾く。弾かれた刀身に亀裂が走った。
更に振り上げた『永傷』を陽山に振り降ろす。陽山はそれに向かって『焔迦』を振るう。
バキンッ!
刃と刃がぶつかり、『焔迦』が砕けた。
輝きが失せ、纏った炎は最初から無かったように消える。折れた『焔迦』を陽山は呆然と見つめる。そこへ玖珂が陽山の鳩尾に拳を打ちこむ。陽山の体がくの字に折れ、その場に転がる。いつもの陽山なら、無理矢理でも起き上がりそうだが、神器を失った彼女にはそんな力はない。神器の加護を失った陽山は剣術が得意なただの女子学生でしかないのだ。悔しそうに唇を噛み、目には涙を溜めている。
伊月さんの方は《天照》と《炸鳴》が交戦中。操魔師自身も緊迫した状態で睨み合っている。
動けるのは僕と《月讀》しかいない。
「くそ――――――《月讀》!」
右腕を失った《月讀》が起き上がる。
「――――――くっ」
同時に、再び僕の右腕に痛みが走る。抑えた腕は筋肉が張ったように硬い。
「無理はしない方がいいわ。その右腕――――――共通義肢化しかけてるわよ」
水無瀬会長の言葉に反応したみたいに右腕の皮膚が陶器のようにパキッと割れる。そして、卵から孵る雛のように内側からポロポロと硬くなった皮膚が剥がれる。
痛みはなかった。
もしかしたら、痛みはあったのかもしれない。そこに映るものに目を奪われて痛みを忘れているだけなのかもしれない。
人間の皮膚を剥げば当然、血が出てくる。腕に中心には骨だってある。
だが、僕の腕の中はこの世のものとは思えない綺麗な結晶が――――――《月讀》と同じ漆黒の魔器があった。
「おめでとう。アナタ自身に能力が一つ増えたわね」
からかうように微笑んで、僕から視線を真堵に移す。
無防備になった真堵に『永傷』を持った玖珂が襲い掛かるところだった。
「兄貴――――――!」
思わず叫ぶ。
しかし、真堵は慌てることなく真っ直ぐに玖珂を見据えている。
「《素戔嗚》は未来の人類が自らの命を犠牲にして作った希望だ」
真堵は振り下ろされた刃を片腕で受け止める。
玖珂も水無瀬会長もその光景を見て驚愕する。僕も目を疑った。
「その操魔師もそれに見合う能力がないとね」
刃を握る真堵の腕から濃密な闇が漏れる。
玖珂は真堵の手の中から『永傷』を抜こうとするが、重力によって急激な圧力を加えられる闇からは逃れられない。
「俺は通常の操魔師と違って契約した時から手足と両目が共通義肢化している。無防備な俺自身が襲われた時のためにね。だから、それなりの神器使い相手なら《素戔嗚》を使うまでもない」
「便利なように聞こえるが、それ相応のリスクがあるんじゃないか?」
玖珂が余裕顔で真堵に訊ねた。だが、その表情は無理矢理笑っているようにしか見えない。
それに対して、本当の余裕顔で真堵は言う。
「もちろん。どれだけ共通義肢を使っても俺の魂は削れない。だけど、生贄にした魂が消えた時、俺も一緒に消滅する。魂ごとね」
消滅、とは死を意味する。
通常、操魔師が死んだ場合、契約に捧げた生贄の魂は自動消滅する。しかし、巨兵魔器の完全破壊や魂の消滅によって操魔師が死ぬことはない。
真堵は『永傷』の刀身を折らんばかりにそれを握る手に力を込める。
瞬間。
パンッ! という乾いた音が真堵の背後から聞こえた。
最初は何の音か判らなかった。何せ、その音は普段絶対聞くようなものではないし、聞くとしても精々テレビや映画くらいだ。
真堵の脇腹から赤い染みが浮かび上がり、それはすぐに服を染め上げていく。真堵が口からゴフッと血を吐くのを見て、やっと彼が撃たれたのだと気づいた。
「手足は共通義肢なら、他は生身の体ってことよね」
いつの間にか真堵の背後に回っていた水無瀬会長が拳銃を握っていた。ほんの少し目を離した隙のことだ。
心臓や頭を狙わず、水無瀬会長が真堵の脇腹を撃ったのは、近くにいる玖珂に貫通した弾が当たらない角度で発砲したから。
「――――――春幸!」
離れた場所にいた伊月さんがそれを見て叫ぶ。
崩れ落ちた真堵の体を玖珂が『永傷』で殴りつける。腹から血を流した真堵が地面を転がった。その際に首に巻いていた金の懐中時計が外れる。当然ながら真堵は自力で起き上がることが出来ない。
そこへ伊月さんが駆け寄り、真堵を抱き上げる。
「・・・・・・沙月か。情けない姿見せたな・・・・・・」
「しっかりしてよ、春幸。世界を・・・・・・救うんでしょ? あの時言ったことは嘘なの?」
「・・・・・・ごめん・・・・・・」
「そんな言葉聞きたくないっ! ――――――そんなこと、言わないでよ・・・・・・」
伊月さんが肩を震わせて言う。溜まった涙が止まることなく零れ落ちる。
「・・・・・・最後まで心配かけて・・・・・・ごめん・・・・・・」
「謝らないでよ。私は好きでやってるんだから」
「・・・・・・ありがとう」
そう言って真堵は目を閉じる。
そして、彼の身体が徐々に薄れていく。まるで、幽霊のように身体が透明になり――――――消えた。残ったのは真堵が身に着けていた服のみだ。それを抱いて伊月さんは蹲る。嗚咽の声も少しだが聞こえてくる。
「あっけない最後だったわね。それにしても――――――」
真堵が落とした懐中時計を拾い上げ、
「懐中時計型のグリモワールか――――――いい趣味してるわ」
水無瀬会長が何事もなかったかのように言った。自分が今何をしたのか、この人は理解しているのか?
人を殺したうえでこの態度。この人はやはり狂ってる。
そして、今の僕たちの状況は最悪だ。未だに動けない陽山と、蹲った伊月さん――――――それに、損傷した《月讀》と気を失ったミライ。対して敵は三人とも万全の状態――――――どうすればいい?
心の中で焦っていると――――――
ドンッ! と地響きがした。腹に響くような音は、主を失った蒼黒色の巨人から発せられたものだ。
今度は何だと、《素戔嗚》を見ていると、いきなり中心から闇が染み出した。慌てて《流世》は《素戔嗚》から離れる。
「何よ、これ・・・・・・? アイツ、何か仕込んでたわね!」
水無瀬会長が声を荒げる。
その間も闇は空気を入れた風船のように徐々にそれは広がって、とうとう僕らのところにまで迫ってくる。教団はすぐにその場を離れる。でも、僕らは動けない。
「――――――《月讀》!」
僕は腕の痛みに耐えながら自らの巨人を呼ぶ。
《月讀》は片腕で闇を受け止める。必死に押し戻そうとするが、闇は進行を止めない。それどころか《月讀》の触れていない部分が僕らを覆うように広がっていく。
闇と闇がぶつかり合うせいか、その圧力が僕にもかかり息苦しくなる。視界までも闇に呑まれ、それでも僕は《月讀》の力を止めなかった。意識も徐々に薄れていく。けれど、やめられない。抱えている筈のミライの感触も無くなる。だからこそ、諦められない。《素戔嗚》の力に全力で抗う。
どれだけ力を使ったのか解らない。
いつのまにか、僕は闇が支配する世界で意識を失った。