第22話:襲撃、修山学園(1)
最初の爆発を確認してから約三〇分後。
修山学園から立ち昇る黒煙は量を増やしていた。時々小規模の爆発音が響き、尋常でない事態が伝わってくる。
通学路である山の麓は僕らが向かった頃には野次馬とテレビ局で溢れていた。第一生徒会らしき中等部の制服を着た何人かの学生が交通規制を行っている。
とてもじゃないが、あの人混みを抜けて正面から修山学園に入るのは不可能だ。仕方がないので、全く反対方向の道とは呼べない山の斜面を登って僕と伊月さんは学園へと進入していく。
通れる場所を探しながら登ったせいで更に三〇分以上掛けてやっと校庭へと足を踏み入れる。
瞬間。
「伏せて!」
そう叫びながら頭を掴まれ、いきなりの行動に僕は何の抵抗も出来ずに顔面を地面に叩きつけられる。それと同時に背後でバカンッ! と硬いものが砕けるような音が耳に入った。
「何が・・・・・・」
「お出迎えよ」
僕の疑問に伊月さんが不満の声を帯びながら答える。
スッと立ち上がり、背負っていた包みを素早く広げる。その中から抜き身の刀が二本姿を現す。それを両方握り、いつでも攻防出来るように構えた。剣の構えもやはり陽山と似ていた。
彼女が見る先にはさっきまでいなかった筈の場所に長髪の男が立っていた。
年齢が二十代前半くらいで、藍葉とはまた別の恰好良さを持った人だ。来ている革のジャケットが様になっている。
だが、彼が持っているものが異様な雰囲気を放っていた。
パッと見ただけでも刀身が一メートルを超え、握っている柄も五〇センチくらいあるかもしれない。その巨大な剣はクレイモアと形状が似ていたが、明らかに別のものである。何故なら、その刃が真っ黒に染まっているからだ。
何かを引き寄せる妙な魅力を感じさせる剣を肩に担ぎながら男が不敵に笑う。
「どこの招かれざる客が来たかと思えば・・・・・・おやおや、これは歓迎すべき客人ではないか」
低い声で男は言った。
僕らを面白いものを見ているように観察する。
「《月讀》の操魔師はともかく、君のような生き残りに会えるとは思わなかったよ」
「あなた、玖珂義則ね?」
「そうだ」
「誰なんですか?」
僕は伊月さんに尋ねる。
「教団よ。十戒の一人」
「え・・・・・・」
僕は言葉を失う。何せ数日前に十戒に酷い目に合わされたばかりなのだ。
どうしてまた十世戒教団が現れるんだ? しかも敵対している修山学園にこんな空も明るい時間に。無謀もいいところだ。
「それにしても余裕ね、玖珂。ここが静か過ぎるのと関係あるのかしら?」
伊月の言葉で気づく。
周囲には破壊された建物がいくつも見えるし、未だに黒煙が上がっている場所もある。
しかし、そこには誰もいない。ここが襲撃されてから一時間くらいは経っている筈なのに、玖珂と交戦している、もしくは監視している者が一人も見当たらない。時々響いてくる衝撃音も何かを一方的に壊しているようにしか聞こえない。交戦している姿や跡がないのは明らかだ。いくらなんでもこれはおかしい。
「ああ――――――少しここの力を出現させる方法を絶ってみただけさ」
「それ、私には効くのかしら?」
伊月さんが挑発するように言う。
だが、伊月さん自身は油断を作らない。玖珂もその挑発に乗らずに剣を構える。
「効かないだろう。嘘だと思うなら巨兵魔器を呼んでみるといい。二対一なら、俺も楽しめそうだ」
「舐められたものね・・・・・・」
伊月さんが屈辱を受けたように顔を歪める。
玖珂を見る目が少し怖い。陽山も怒ったらこんな顔をするのだろうか・・・・・・。
「春幸くん。ここは私に任せて、あなたは先に行きなさい」
「え、でも・・・・・・」
「大丈夫。こんなやつにやられるほど私は柔じゃない――――――《天照》!」
伊月さんの呼びかけに応じて彼女の体から白い煙が上がる。それが純白の鎧を纏った巨人へと姿を変えた。
《天照》。
三機神の一柱にして、前回の教団の騒動で両儀相剋器である雫輝彦を手引きした巨兵魔器。
ここに来る前に一瞬だけ実体化させた純白の腕や今持っている刀からもしかしてとは思っていたが、まさか伊月さんが《天照》の操魔師だとは・・・・・・流石に驚いた。
でも、逆に操魔師の腕に関しては信頼出来る。
「それじゃ、ここはお願いします!」
そういって僕は校舎の奥へと進んでいった。
程なくして、襲撃者の仲間であろう臙脂色の巨兵魔器を見つけた。
建物を一つ挟んでいるので操魔師の姿は確認出来ない。だが、巨兵魔器を持たない教団の人間でないことは確かだ。だからといって学園の巨兵魔器とも思えない。教団に雇われているのだろうか?
今は何をしているか判らないが、ただ道を真っ直ぐに歩いている。生徒会が動いていないからか、堂々と学園内を徘徊している。心做しか巨兵魔器は警戒していなようにも見える。
――――――今がチャンスだ。
「来い、つく――――――っ!?」
《月讀》を呼ぼうとした瞬間、口を後ろから押さえられた。それだけでなく、首を左腕できつく絞められる。呼吸が苦しくなるうえに、足掻いてもがっちりと絞められているせいで余計に辛くなる。
僕の後ろで首を絞めている人が声を潜めて言う。
「アタシよ、永峰春幸」
水無瀬会長!?
その声は第三生徒会会長の水無瀬薫瑠の声だった。
「口から手を離すけど大声ださないでね。いい?」
僕はそれに軽く頷いて応える。
確認した水無瀬会長はパッと押さえていた手を離して僕を解放する。
「い、いきなり何するんですか」
少し喉を押さえながらY字の髪型の先輩に講義する。
「目立つようなことをされたら困るからよ。今、巨兵魔器呼ぼうとしてたでしょう?」
「そうですけど・・・・・・どうしていけないんですか?」
今は相手が油断している可能性が高い。
少々卑怯だが、その背後に《月讀》の一撃を入れれば勝ったも同然だ。
「勝手なことされるのは迷惑なだけ。こっちはこっちで色々考えてるんだから」
「そういえば、何で誰も出てこないんですか?」
「あそこ、見える?」
水無瀬会長が臙脂色の巨兵魔器とは反対の方向を指差す。
そこには黒焦げた普通より低い作りの鉄塔が見えた。様々な施設がある修山学園専用の独自の電気供給システムが備わった発電施設である。それらを管理する場所である鉄塔近くの建物も、半壊していて使い物にならないのが見ただけで判る。
「今の修山学園の電気供給は完全にストップしているわ。巨兵魔器の格納庫である母艦も電気がなきゃ動かない。イコール、母艦に巨兵魔器を置いている操魔師は必然的に呼ぶことが出来ない」
呼ぶだけでどこにでも現れる巨兵魔器も、転送してくれる装置そのものが動かなければ意味がない。あんな巨大なものを転移させる母艦は凄い技術だが、その動力が使えないとなるとかなり厄介だ。
「予備の電力とか無いんですか?」
「勿論あるわよ。でもその予備も使い物にならなくなってる」
水無瀬会長は苦々しく呟く。
「神器使いはどうしているんです? 神器ならすぐにでも反撃出来るじゃないですか」
神器は巨兵魔器と違ってどこかの格納庫にしまってあるわけではない。神器は呼べばすぐに手に出現する巨兵魔器より便利なものだ。
「表でアイツらが出て来る前に修山の砦に他の教団が侵入したの。レーメル・クラウンゼルグと釘宮泰鼓にそれを追ってもらって、それから――――――」
途中で言葉を切って臙脂色の巨兵魔器を睨みつける。
どうやら、神器使いである二人に砦に向かわせたせいで、地上に残っているのが操魔師のみとなってしまったらしい。一度入ったことがあるから解るが、あんな場所で誰かを追いかけられるのは神器使いのような身体的に加護を受けた者だけだ。追う相手が神器使いなら尚更である。
しかも、電気供給が断たれたということは学園内の通信は完全に使えなくなることを意味する。呼びたくても連絡を取ることが出来ない。
例え出来たとしても――――――
「砦は何よりも優先して護らなければならない場所だから、容易に呼び戻すことも出来ない。だからこちらにある戦力だけで出来る限りのことをするしかないのよ」
「それで、今は何をやっているんですか?」
「人待ちよ」
誰を待っているのだろう、と思ってすぐに顔と名前が出てきた。
「高津原先輩と倉嶋部長ですか?」
高津原先輩は噂でしか聞かないが、かなりの強力な巨兵魔器を持っている。倉嶋部長も同様に契約者を必要としない程の神柱利器としての力を身体に具えているという。
それを除いても彼らは第三生徒会を通して数々の巨兵魔器や神器絡みの仕事をよく請け負っているため、こういった状況にはすごく頼りになる存在だ。
「違うわ。あの二人は昨日から別件でここを離れている。今日明日に戻って来れるような場所じゃないから助けが来るのは期待するだけ無駄よ」
「じゃあ、誰が来るんですか? 僕の知っている人ですか?」
「あの二人の後輩よ」
「え?」
二人の後輩ということは・・・・・・。
「僕や陽山、ミライのことですか?」
「そうよ。グリモワールを持った操魔師一人に神器使いが二人――――――それも頼りになるくらいの腕前だからね。アナタだけよ? 連絡したのに返信を寄越さなかったのは」
言われてすぐに携帯電話を確認する。
確かにメールに着信の履歴がある。その時間は丁度伊月さんにあの映像を見せられていた頃だ。道理で気づかない筈である。更に同じ時間帯に陽山からも連絡が記録に残っていた。伊月さんに出会ったことで陽山の約束を完全に忘れていたことを今更思い出す。陽山に会うのが怖くなってきた。
「・・・・・・すいません」
「いいわ。今度からは気をつけてね」
「はい。・・・・・・それで、待っている間は他の人は何をしているんですか?」
「母艦からグリモワールを回収するために地道にそれぞれの生徒会室に向かっているわ」
「それならもっと早く戻ってこれるんじゃないんですか? 時間掛かりすぎです」
最初の爆発を確認してから既に一時間は経っている。
「バカね。電気がなきゃエレベーターも扉も開かない。只でさえ簡単に開かないようにしてあるから中に進入するだけで大分時間が掛かるわ。まあ、対してグリモワールはそれぞれの母艦に備わっているから回収は楽なんだけどね。格納庫に着けば後は大丈夫よ」
「それまでは時間を稼ぐ必要があるんじゃないんですか?」
それこそ、ここで《月讀》で暴れれば敵の目を引き付けることが出来る。
「だから、アンタら歴史学部を待ってるって言ってんでしょうが。敵は二人だけとは限らないし、それにあの臙脂色の巨兵魔器は――――――」
「壊し屋、フレイグ・フィリッツの巨兵魔器だから」
頭上から声が響く。
楽しむように笑ったその声の方を見ると、建物と建物の間に作られた小さな屋根の上に男が立っていた。派手な赤色の頭に派手な服装の青年がこちらを見下ろしている。
「ターゲットはっけーん、っと。へへっ、これでやっと暴れられるぜ」
狂気な笑みを浮かべて屋根から飛び降りる。
上着を捨てて僕たち――――――いや、僕を睨む。その目は狩りを行う猛獣のように僕を観察する。
「《月讀》の操魔師の永峰春幸――――――来るのがおせえんだよ!」
叫び、僕に向かって突進してくる。
上着を脱いだことで露になった左腕――――――共通義肢から五本の棒が飛び出す。アンテナのような形の棒を生やした腕で僕に殴り掛かってくる。突然の出来事に僕は動くことが出来なかった。
「バカッ!」
そういって腕が触れる直前に水無瀬会長が僕の脇腹に蹴りを入れた。左腕は壁に突き刺さり、蜘蛛の巣のようなヒビを作る。強い衝撃を腹に受け、地面に倒れながらその腕を見る。
その瞬間。
飛び出した棒の一部が再びカシャッと音を立てて腕の中に戻り、触れていた壁の部分が爆発して吹き飛んだ。爆発はそれほど大きなものではなかったが、男が攻撃した壁は既に無くなって只の大きな穴となっていた。こんなのをまともに受ければ人間なんか簡単にバラバラになる。
「操魔師自身は只のガキ、っと。巨兵魔器の操作に期待、ってことだな」
溜息混じりにそう呟く。
今自分が何をやったのかこいつは解っているのか? 人を殺すことに何の躊躇いもない様子に僕は背筋がゾッとする。
――――――こいつは僕を殺そうとしている。
何で、どうして? という考えが僕の頭の中を支配する。
目の前にいる殺人鬼にどう対処するとか、何をすれば勝てるとか、思考することが出来ないでいた。況してや、ここから逃げるという選択肢さえも思いつかない。ここ数日に似たような目に合ったが、その経験からすぐに行動に移るということはない。寧ろ、足が竦んでいるくらいである。所詮、僕は只の高校生なのだ。
今までの経験があるからこそ、どうして僕ばかりこんな目に――――――という気持ちが強くなる。
僕の気も知らないでフレイグと名乗った男が急かすように言う。
「時間やるからさっさとてめえの巨兵魔器を出しやがれ」
チラッと水無瀬会長を見ると軽く頷いて、
「許可するわ」
と、呟く。
予想より早くの敵との遭遇に水無瀬会長は眉をひそめていた。それ以上にここで手出し出来ないことに苛立っているように見える。
――――――やるしかないか。
僕は《月讀》を呼ぶために息を吸い込むと―――――
「その必要はありません!」
突如、僕の知っている声が聞こえた。
その声の主が僕とフレイグの間に入り、剣を構える。
「永峰くんに手出しはさせません」
双剣型の神器『焔迦』をフレイグに向けて陽山沙月がそう言い放った。
更に、
「これ以上暴れるなら容赦しないわ」
とミライが半透明の刀『布都霊』を持ってフレイグの後ろに立つ。
この状況にフレイグが、
「面白い展開になったじゃねえかっ!」
言葉と共に左腕が爆発する。
爆発によって生まれた煙で視界が閉ざされる。フレイグは疎か、ミライや水無瀬会長も見えなくなる。そんな中、唯一陽山だけが確認出来た。正確には陽山が爆発と同時に僕に急接近してきたのだ。
「怪我とかありませんか?」
「ああ、なんとか」
怪我はないがひどく情けなくなってきた。ついさっきまで怖気付いていたのに、同い年の女の子である陽山が僕を気遣っている。
それだけでなく、
「ここは私が引き受けますから、永峰くんは下がっていてください」
なんてことを言ってくる。
流石の僕もこれだけ言われれば黙っているわけにはいかない。
「そんなわけにはいかないよ。相手も操魔師だからここは僕が何とかする。陽山は水無瀬会長に指示をもらって――――――」
「ダメです!」
僕の言葉を遮って陽山が叫ぶ。あまりの突然な反応に僕はビクッとする。
「永峰くんが戦うのは――――――《月讀》を出してはいけません」
「《月讀》を?」
どうして《月讀》を出してはいけないんだ。フレイグの巨兵魔器と相性が悪いのか? それとも、それだけフレイグが危険な人物なのか。
「ここは私に任せて。絶対に《月讀》を呼ばないでください」
「そんなの――――――」
ダメだ、と言おうとしたが、再度起こった爆発がそれを掻き消す。今度は爆風が激しく、徐々に薄くなってきた煙を一気に掃う。
景色が見えるようになり、すぐさまフレイグを捜す。
見つけたフレイグの背後には既に臙脂色の巨兵魔器が立っていた。
その巨兵魔器はひどくバランスの悪い形のように思えた。細身の刃に曲線状の鍔。相手を突くことに特化した武器である鎧と同色のレイピアを右手に持っている。左手はそのレイピアを簡単にへし折ってしまいそうな銀色の巨大な爪が伸びた指をしていた。肩や腕は同じ大きさなのに対して、左右の手だけサイズが全然違う。
「さあ、戦いを始めようぜ」
フレイグが挑発するような笑みで言った。
それに応えるように陽山が動く。
「絶対に戦わないでください」
念を押してから僕に何か言わせる時間も与えず、陽山は臙脂色の巨兵魔器に飛び込む。
「《炸鳴》!」
《炸鳴》と呼ばれた巨兵魔器はレイピアで陽山に斬り掛かる。陽山はそれを神器によって強化された身体能力で回避する。攻撃が外れたレイピアは虚しく地面に突き刺さる。
刹那。
地面が、空気が、爆ぜる。
レイピアの切先を中心に爆発が起こり、その近くにいた陽山はその衝撃をまともに受ける。予想外の攻撃に当然陽山は対応出来ない。そのため、防御も取れずに爆風に流されるまま傍にある建物に吹き飛ばされる。壁ごと飛ばされた建物は陽山が中で何かにぶつかった衝撃で煙が穴から空気砲のように吹き出る。しかも、その勢いはまるでその建物内で爆発したかのような感じだった。見ていなければ間違いなくそう勘違いしていただろう。
「陽山っ!」
「サツキ!」
僕とミライが同時に陽山の名を呼ぶ。
だが、それに答える声は聞こえない。
「よくもーっ!」
ミライが刀の切先を《炸鳴》へと向ける。バチッと音が鳴り、そこから青白い閃光が《炸鳴》に放たれる。その攻撃を《炸鳴》は左腕の巨大な爪の手で受け止める。
その際も、小規模だが爆発が起きた。
「なんで!?」
雷撃を放った衝撃で赤い電気を帯電させたミライが驚きの声を上げる。
「ふん。ショボ過ぎる」
フレイグは鼻で笑ってから今度はレイピアをミライへと向ける。
――――――まずい!
「来い、《月讀》!」
僕の呼び掛けに応じて漆黒の亡霊がグリモワールから飛び出す。それが鎧を纏った巨人へと姿を変えて《炸鳴》に闇を乗せた拳をぶつける。しかし、強力な重力の塊を《炸鳴》は巨大な爪で受け止めた。
「止められた!?」
今まで止められたことのない闇の攻撃を《炸鳴》は左手で防ぐ。
《月讀》の拳は《炸鳴》の掌に触れてすらいない。爆発は起こらなかったが、その間にバチバチと赤い静電気のような閃光が走る。爆発はおそらく《月讀》の闇によって呑み込まれたと考えられる。だが、あの赤い光は何だ?
それでも、受け止められているとはいえ、実際は少しずつ《月讀》の方が押している。
このままなら《炸鳴》が押し負ける筈だった。けれど、突然僕自身の右腕がチクッと痛んだ。それを合図に《月讀》の闇が消える。重力の闇の消失によってがら空きになった右拳を《炸鳴》は鋭利な爪で捕らえる。
「な、なんで・・・・・・?」
チクッと痛んだ右腕がブルブルと震える。それを抑えようと左手で腕を握るが、止まらない。それどころか痛みが増していく。
「結構危なかったぜ。でもなあ、俺とてめえじゃ操魔師の経験値がちげえんだよ!」
《炸鳴》の爪が《月讀》の鎧に喰い込む。
その時に《炸鳴》の左腕に亀裂が入り、所々ボロッと鎧が欠ける。そこから臙脂色の結晶がこちらを覗いているのが見えた。更に先程の光が再びバチッと鳴る。それは、まるで故障した機械を見ているようだ。フレイグの言う通り危険な状態だったのかもしれない。
《月讀》の右腕を完全に掴んだ《炸鳴》はレイピアを構える。あんなのをまともに喰らえば、巨兵魔器でも只では済まない。
「――――――《月讀》!」
空いた左手に闇を纏う。
これだけ急接近していれば剣で攻撃するよりも拳で殴る方が絶対に速い。
「おせえ!」
突如、《炸鳴》の右腕の肘あたりから爆発の火を吹いた。
比喩ではない。
本当に爆発して、その勢いのまま右腕が《月讀》に当たる。レイピアを持った右腕が《月讀》の右胸に突き刺さる。
「くっ――――――!」
共通義肢の右目が痛みを訴える。同時に右腕も割れるように苦しい。
それを見たフレイグが、
「近過ぎてうまくコントロール出来なかった、か。まあ、これでも十分だな――――――」
口元を抑えきれないように吊り上げる。
「爆散!」
陽山の時のように爆発されれば、《月讀》でも損傷をするだろう。しかし、今はそのレイピアが《月讀》に刺さっている。内側から爆発されれば間違いなく破壊される。
それは即ち、僕の死を意味している。
瞬時に《月讀》が闇を纏った左手でレイピアを掴み、一気に上へと持ち上げる。無理矢理レイピアの刃を胸から肩まで持っていき、そこで臙脂色の炎が炸裂した。
《月讀》の右肩が腕ごと吹き飛び、爆発の勢いで《月讀》が横転する。
「あああああああああああああああ――――――っ!」
爆発と同時に僕は絶叫を上げていた。
右目が、右腕が、今まで感じたことのない激痛で蝕まれる。
当然だ。
腕が肩ごと爆発によって千切れる感覚が僕に流れてきたのだ。痛くない方がおかしい。
それでも、僕は涙目になりながらフレイグを睨む。ここで苦しんでいればそこを狙われる。だが、フレイグは僕の方を見ていなかった。幽霊でも見たかのように《月讀》を見ている。水無瀬会長も同じ顔をしていた。
《月讀》は右腕を肩から無くして、そこから漆黒の結晶を露にしている。そこを中心に爆発が起こったせいで、顔や腹などの部分が砕けてそこからも結晶を覗かせていた。
そして、そこに映るものを僕は疑う。
丁度《月讀》の腹の位置に透き通った人が足を抱くように結晶に捕らわれているのが見えた。
肩まで伸ばした茶色の髪に、ほっそりとした体躯。中学生くらいの少女が眠っているようにそこにいた。彼女を僕は知っている。忘れる筈がない。
「・・・・・・アキ」
僕は彼女の名を口にする。
彼女は永峰秋菜。
僕の義理の姉で、四年前の空港で死んだ少女。遺体は爆発による破壊のせいで発見は出来なかったが、これなら納得がいく。秋菜は死んだのではない。ずっと、あの日から《月讀》の中にいたのだ。変わらぬ姿のままで。
巨兵魔器の生贄には操魔師の意志はいらない。必要なのは、生贄になる者が強く望むこと。確かにそれなら僕が知らない内に契約されていても不思議ではない。しかし、一体いつその儀式を行ったんだ?
空港の爆発から僕の記憶はない。当然、秋菜だってそれに巻き込まれている。爆発から僕が病院で目が覚めるまでに秋菜が契約して《月讀》の生贄になるタイミングなんてあるのだろうか?
僕が気を失っている間に何かがあったんだ。
ここでハッとなる。
生贄が秋菜だったという事実に僕が衝撃を受けるのは当たり前だが、フレイグや水無瀬会長が驚くのはおかしい。
咄嗟に周囲を見渡す。すると、離れた場所でミライが倒れているのが見えた。
「ミライ・・・・・・!」
僕は反射的に駆け寄った。激痛に苦しみながらも、体が勝手にミライの方へ動いた。
ミライを抱き起こす。外傷はない。どうやら彼女は眠っているだけのようだ。
そこで、
「何故――――――」
水無瀬会長が口を開く。
「生贄が魔器の外にいるの・・・・・・?」
信じられないと言った口調で呟く。
そういえば、と思う。
初めてミライと会った時、秋菜に似ていると僕も感じた。数ヶ月同じ家で過ごしている時も、何故か懐かしさを覚えたこともあった。そして、《月讀》のグリモワールを僕に届けたのも、ここにいる秋名未来だ。・・・・・・これは、偶然か?
「ふん。どうでもいい」
フレイグが正気に戻って興味なさ気に言う。
「考えたって意味はねえ。ここで、死に逝く命なんてなっ!」
《炸鳴》が倒れている《月讀》にレイピアを振るう。
瞬間。
レイピアを黒い塊が弾いた。
《炸鳴》は驚いて後退する。《月讀》の攻撃に似ていたが、今は動ける状態ではない。
攻撃が飛んできた方向を見る。
そこには、蒼黒色の巨兵魔器を背後にした男が立っていた。