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第20話:出会った彼女は同じ人(1)

「おい、勝手にどこへ行くつもりだ」

 レーメルが不満の声と共に僕に言う。

「え、もう終わっただろ? もしかしてまだあるのか?」

「後二件残っている」

「・・・・・・まだ二件もあるのかよ」

 修山学園の校庭を歩きながら僕は深い溜息をつく。

 僕はつい先程、先日の十世戒教団の件についての報告を第一生徒会から第三生徒会までして来たところだ。

 教団の探していたのが僕の巨兵魔器アニマ・ミーレスの《月讀》だったことから、重要人物として似たような質問を尋問に近い形で各生徒会に話してきた。それで終わりと思いきや、まだ二件も残っていると言う。今度がどこにいくつもりなんだ?

「溜息ばかりつくんじゃない。生徒会の報告だけで音を上げるとは情けないぞ。しかし、これから行くところは生徒会より比較的楽だから安心しろ」

 僕に同伴しているレーメルが言う。

 簡単に言うけど、僕にとっては生徒会室に足を踏み入れるだけで緊張する。

 それに各生徒会によって当然なのだが、個性が違いすぎてより疲れるのだ。第二生徒会はずっと空気が重かったし、第三生徒会は完全に僕で遊んでいた(主に会長)。第一生徒会は巨兵魔器を出してない状態の生徒会長ではまともな会話にすらならなかった。

「今度はどこに行くんだ?」

「科学部」

「科学部? どうしてそんなところに?」

 科学部。歴史学部と同じ神器や巨兵魔器の存在を知っている人間で構成された部活。

 確かレーメルの日本刀を製作したところだ。

「預けていた刀を引き取りに行くんだ」

 いつも当たり前のように持っている日本刀が今日のレーメルにはない。どうしたのだろう、と思っていたが、科学部に預けていたのか。

 そういえば以前に定期的に検査しているとか言ってたな。

 だけど――――――

「それと僕は何か関係あるのか?」

「ない」

 ないのかよ。

「別に良いだろう。私だってこうして貴様の報告に付き合っているのだから」

「う・・・・・・」

 確かにそうだ。本当は僕一人で行く筈だったのだが、心細くて生徒会に顔が利くレーメルに同伴してもらうように頼んだのだ。

 ここは逆らえない。

 まあ、科学部の場所も少し興味あるし。行くことにしよう。・・・・・・そう思おう。

 科学部の場所は大学エリアにあった。

 三階建ての科学センター。その地下に科学部の部室と専用の実験室が備えてあるらしい。

 建物も内装も綺麗だったのに、科学部と書かれた矢印の看板の先に見えるのは薄暗い空間だった。汚れているわけではないが、何か出そうで怖い。まるで旧校舎の一部だけを残して建てた学校のようだ。

 その薄暗い空間を抜け、階段を降りて行くと地下の階に出る前に扉があった。その横には第二生徒会で見たようなタッチパネルが設置されてある。レーメルは迷うことなくパネルを操作してから、手の代わりに英語が書かれたカードをセンサーに翳す。

 すると、ピーという鍵が外れる音がしてドアが開いた。

「なんだ、そのカード?」

「来客用のカードキーだ。生徒会か科学部にコネがないと手に入らないがな」

 それじゃ、毎年普通に科学部に興味がある学生は入部不可能だろ。部活見学出来ないじゃん。

 開いたドアを潜り、地下の階に出ると、廊下に白衣を着た男が立っていた。まるで僕らが来ることを最初から解っていたように男はこちらに近づいて来る。その手にはレーメルの使っていた日本刀が握られていた。

「態々持ってきてくれたのか」

「今、研究室に誰も入れたくないから」

 そうボリボリとボサボサの頭を掻きながらレーメルに日本刀を手渡す。よれよれの白衣を着た男はパッと見たかぎり僕よりかなり年上に見える。大学生だろうか?

「で、そっちは?」

 僕を見ながら男はレーメルに訊ねる。

 聞いて置きながらその目は僕にあんまり興味なさそうだ。どちらかというと、知らない人間がここに来たことに嫌気が差しているようだった。

「永峰春幸だ」

「ど、どうも・・・・・・」

 一応、会釈したが相手は手を顎に置いて何やら考えている顔をする。何なんだ、この人?

 やがて、何かを思い出したような表情をしてから声を上げる。

「あ、思い出した! 君、あの《月讀》の操魔師エクソシスト?」

「はい。そうですけど・・・・・・」

 そう答えると、好奇心の目で僕を下から上へとマジマジと見つめる。正直、気持ち悪い。

「俺、貝塚かいづかまなぶって言うんだ。良ければなんだけど、《月讀》を科学部ウチに預けてみない?」

「はい?」

「ねえ、《月讀》の機能をもっと詳しく知りたいと思わない?」

 顔をどんどん僕に近づけながら急接近する貝塚に恐怖を感じる。動きたくてもうまく動かない。蛇に睨まれた蛙はこういう気持ちなのだろうか?

「その変にしておけ、學」

 押売り業者のような貝塚をレーメルが止める。

「春幸は第二生徒会の勧誘を断っている。貴様の誘いなんかに乗るはずないだろう」

「ん、そうなの?」

 意外だ、とでも言うような顔をする。

「はい」

「ん、それじゃ、これあげる」

 貝塚はあっさりと諦めたかと思えば、ポケットからカードを取り出す。それを僕の手に握らせた。

「また、いつでもいいからその気になったら来て」

 渡されたのはレーメルの持っていたのと同じドアを開けるためのカードキーだった。こんなにあっさり渡していいものなのか?

「はあ」

「いくぞ、春幸」

 そういってレーメルはドアへと歩いて行く。

 半場強引に僕らは科学センターを出た。




「次はどこに行くんだ?」

「この近くにある大学の研究室だ」

「研究室?」

 大学の研究室なんて大学生ならともかく、高校生が立ち寄るようなところじゃないよな。

 今は夏休みだから生徒は少ないが、大学のエリアを制服姿でウロウロするのは少し抵抗がある。部活やサークル活動している学生が通ってもおかしくはないのだが、今は人の気配すら殆ど感じない。まるでここには僕とレーメルの二人だけしかいないみたいだ。

 それも仕方ないことで、先日の十世戒教団のせいで現在は通学路が車で通行出来ない状態にある。徒歩なら何とか別ルートで通れるがそれでもきついだろう。学校側が言うには夏休みが終わる前に直すように急ピッチで修理しているとのことだ。

 科学センターからそんなに離れていない建物に入ってからレーメルに訊ねる。

「研究室に何の用なんだ?」

「知り合いの大学教授に用事を頼まれてな」

「・・・・・・教授に知り合いがいるのか」

 科学部といい、レーメルは広範囲に知人が多いな。年齢もバラバラだ。

「そういえば、陽山とも知り合いなんだよな。どういうきっかけで知り合ったんだ?」

 僕がまだ軍艦にいた頃に、レーメルを通して第一生徒会から陽山に協力の要請があったと聞いた。陽山のことを知らなければ、名指しで呼ぶことなんて出来ない。

「沙月とは通っていた剣道の道場で知り合った」

「へえ、どこの道場?」

 この辺で道場なんて聞かないからな。

「藍葉道場だ。沙月の家から少し離れた場所にあるが、知っているか?」

「藍葉って――――――」

 意外な名前が出てきた。

 その名前で思いつくのは一人しかいない。

「藍葉祐哉の実家とか?」

「そうだ。そこでは外国人は私一人だけだったから孤立してな。そこで私に声を掛けてきたのが沙月だ」

「陽山が声を掛けてきた・・・・・・?」

 その言葉に僕は少なからず驚いた。何せ陽山は極度の口下手だ。仲良くなってしまえばそうでもないが、言葉を一度も交わしたことのない相手にはうまく喋れない。

「貴様が驚くのも無理はないか。今では大人しいが、昔の沙月は道場の連中とは男女問わず仲が良かったのだぞ」

「男女問わずって、藍葉さんとも?」

「ああ。祐哉と沙月は特に仲が良かったな。まるで兄妹のように沙月は祐哉になついて、祐哉はそんな沙月を可愛がっていたからな」

「・・・・・・」

 全然想像出来ない。

 今の陽山は藍葉に気まずいような雰囲気だし、藍葉は陽山のことを嫌悪している。昔に何があったんだ?

「私も何故だかは知らんがな。喧嘩でもしたのだろう」

「そんな軽いことかなのか?」

「それでいいんだ。私たちが余計な詮索をするものじゃない」

 それもそうだな。

 あれこれ考えたところで答えは出ない。だからと言って本人たちに訊くのも野暮なことだ。ここはレーメルの言う通りそっとしておくのが一番なのかもしれない。

「ここだ」

 僕とレーメルは廊下の奥にある人気の全くない部屋の前まで来た。

 そのドアの横には『内海うつみわたる助教授』と書かれたプレートが掛けられていた。更にドアノブには『立入禁止!』と赤字で書かれたプレートが吊るされている。電気が点いていることから、どうやら中には居るようだ。

 プレートの言葉を無視してレーメルはノックもせずにドアを開ける。

「渉! 敷島しきしま教授が呼んでいたぞ。何故答えてあげない?」

 開口一番に用件を告げてレーメルはズカズカと研究室へと入っていく。

 しかし、僕は部屋の中を見てその場で唖然としてしまう。

 積み上げられた難しそうな本の山。

 一冊一冊が部厚い本が床や机にいくつも積み上げられていた。更に入口のすぐ左には天井に届くくらいの量の本が乱雑に積まれていて、いつ雪崩のように崩れてもおかしくない状態だった。

 渉と呼ばれたこの部屋の主は奥のデスクに突っ伏していた。レーメルの言葉を聞いてムクッと顔を上げる。

「・・・・・・誰っすか?」

「こっちを見ろ。私だ」

 あまり整えていないだろう肩より少し伸びた髪を揺らして顔をこちらに向ける。僕らの顔を見るなりパアッと表情が明るくなった。正確にはレーメルの顔を見て。

「レーメルちゃんだー! 久しぶりー! 会いたかったっすよー!!」

 そういってレーメルに抱きつく。しかもいきなり飛び掛るように抱きついたのでバランスを崩してレーメル共々本の山へダイブする形となった。更に渉はレーメルの頬に強引に頬擦りする。その光景はセクハラに近い。

「は、放せ! 馬鹿者!」

「いいじゃないっすかー」

「よくない!」

「すりすりー」

 レーメルがこんなにも取り乱すを初めて見た。どういう人なんだろう?

 暫く落ち着いてから僕らは空いた椅子に腰掛けた。

 入れたばかりのコーヒーを両手に渉が僕に顔を向ける。

「あたしの名前は内海渉っていうっす。これでも助教授やってます。よろしくー」

 話し方がなんとなく根岸に似ているなあ、と思いながら僕も名乗る。

「永峰春幸です」

 ビーカーに入れたコーヒーが机に置かれる。

 ちなみに机にあった本は全て本の山へ渉が放り投げた。それは正にこの部屋の惨状の根源を知った瞬間だった。

「内海さんは若いのにもう助教授なんですか?」

「渉でいいっすよー。内海って言いにくいっしょ? あたしは二八歳っすけど、助教授なんてポストが空いてれば案外あっさり入れるもんっすよ」

 それでもすごいと僕は思う。

 それ以前にこの人が二八歳に見えない。着ている服が飾り気のないタイトな黒いズボンにブラウス姿だから少しは大人っぽく見えるが、それがなければ高等部の制服を着ていても普通に通る気がする。ある意味、この人は栞以上の童顔だ。

「今日は何の用で来たんすか?」

「敷島教授が論文を提出してくれ、と貴様に伝えてほしいと私に連絡がきた。ぐうたら寝てないで自分の仕事をしろ」

「その話っすか。あたしはいち早く論文は提出したんすよ?」

「どういうことだ?」

 欠伸を漏らしながら渉が言う。

「論文が入ったUSBにあの教授、コーヒー零してダメにしたんすよ。なのにまた期限までに提出しろっつーんすよ? 今も寝ずに頑張ってたんすけど、無理っす」

 それは悲惨すぎる。

「寝てたけどな」

「力つきたんすよー」

 そういって渉が机に突っ伏す。

 すごくだらけているだけのように見えるが、実際疲れているのだろう。理不尽な要求をされればそれも仕方ない。軽く同情してしまう。

「このままだと、『お前の体で責任取れー』とか言われるんすかね?」

「安心しろ。それは絶対にない」

三十路みそじを二年後に控えたあたしに魅力はないと? 自慢じゃないけどスタイルは割りと良い方っすよ?」

 確かにパッと見ただけでも整った身体のラインをして・・・・・・僕はエロ親父か。

 それでもレーメルははっきりと、

「ないな」

「ひどいっすー」

 そして再び机に突っ伏す。これではキリがない。

「二人はどういった関係なんですか?」

 思い切って質問してみた。

 中学生のレーメルと大学助教授の渉では接点があるとは思わない。

「言ってなかったな。渉は私の契約神器だ」

「へ? じゃあ、渉さんって――――――」

「そうっす。あたしは『空絶くうぜつ』の神柱利器で、レーメルちゃんの相棒っす」

 言ってから机の下に手を伸ばす。

「そんでももってこっちがあたしたちの子供っすよー」

 そこから取り出したのは一体の生き物だった。

 長い首に細く引き締まった四肢。硬い土の上を速く走るためのひづめ。白色の体毛。そして一番特徴的と言えるのが、額の中央に螺旋状の筋の入った一本の鋭く尖った真っ直ぐな角。

 その姿は、伝説上の生き物の一角獣ユニコーンだ。

 しかし、それは全長五〇センチ前後の子供ユニコーンだった。

「誤解を生むような言い方をするな。春幸、これが私たちの守護神獣フラーテルのヘリクスだ」

「神獣と言うよりはマスコットだな」

「可愛いっしょ?」

 自慢するようにヘリクスを持ち上げて僕に見せびらかす。ヘリクスも慣れているのか、されるがままだ。

 それを呆れ顔で見たレーメルが不意に席を立つ。

「そろそろ行くぞ、春幸」

「えぇーもう行っちゃうんすか」

 渉が本気で残念そうな顔をする。

「渉は論文の提出があるだろう。そもそも、貴様が私のメールと電話にちゃんと出ればここまで来る必要はなかった」

「ひどいっす。久しぶりに会ったんだから、もうちょっとお話しましょうよー」

「私たちにも用事があるんだよ。春幸、時間は大丈夫か?」

 時計を見る。

 時刻は後十分ちょっとで一四時といったところだ。

「大丈夫。まだ余裕だよ」

「そうか。またな、渉」

「お邪魔しました」

「またいつでも遊びに来てくださいねー」

 そう軽く挨拶して渉の研究室を出た。

 そのまま校門でレーメルと別れて僕は待ち合わせの場所へ向かった。




 予定よりも三〇分早く目的地に着いた。

 場所は街中にあるオープンカフェ。

 お茶を楽しむカップルや主婦たちでテーブルが殆ど埋め尽くされている。その中の一つに待ち合わせをした相手の背中が見えた。

 長い黒髪を後ろに結んでいて、背筋をしっかり伸ばして座っている姿は、僕の知る陽山沙月に間違いない。荷物として彼女の横に棒を包んだようなものが二本置かれていたのが妙に気になったが、僕は彼女に近づいていく。

 今朝、彼女から『大事な話があります』とメールが届いた時は驚いた。正直来た時は自分の都合が良いような話か期待してしまったが、場所が場所なのでその考えはすぐに消えた。

 もしかしたら、深刻な話かもしれない。

 僕としては話の内容よりも怪我の具合が気になる。あれから数日経っているとはいえ、僕のせいで怪我をさせてしまったのだ。そのこともちゃんと謝っておきたい。お見舞いに行った時は、大したことないから大丈夫、と言って結局ウヤムヤになってしまった。

 本当は陽山より先に来ておきたかったのだが、やはりとは思っていたが予想より早く来ていたのを残念に思う。歴史学部でも集合する時は殆ど陽山が一番に来ているからな。一体何分前に到着しているのだろう?

 僕は陽山の背中に声を掛ける。

「ごめん、陽山。早く来たつもりだったけど何分前から――――――」

 僕の言葉を聞いて彼女はこちらへ振り返る。僕は途中から言葉を失った。

 目が合った彼女も驚いているようで、ありえない、といった顔をする。

「あはは――――――こんな形で会うことになるなんてね。油断してたわ」

 やがて、表情を崩して彼女は微笑んだ。

 僕の知る同じ声で、彼女は言う。

「久しぶり・・・・・・いや、初めましてかな、現在の永峰春幸。折角会えたのだから話をしましょう。そうね――――――五年後の世界についてなんてどうかしら?」

「あなたは、誰ですか?」

 僕は声を振り絞って言う。

 それに対して彼女はからかうように笑った。

「私は伊月いつき――――――陽山伊月よ。よろしくね、春幸くん」

 彼女は笑みを絶やさないまま、そう名乗った。同じだが、同じではないその顔で。

 陽山伊月と名乗った彼女は、陽山沙月と全くというほど似た顔をしていた。

 そして、こちらを見つめるその左目は僕と同じ精巧な機械だった。

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