第19話:謎の組織と不思議な人達(6)
風間と雫の戦いは僕たちが駆けつけると同時に決着が着いた。
刀で斧を受け、刀身から流れる風でゴーレムの攻撃を防ぐ。《風斬》は一体の巨兵魔器と一匹の神獣を相手にするのに手こずっていた。お思いっきり暴れればいいのだが、《雲霧》の斧の刃に触れれば問答無用でこの場から退場させられてしまう。だからといって斧ばかりに気を取られていればゴーレムの攻撃の餌食になる。
斧の柄の部分を刀で受け止めると、雫が言う。
「もう終わりにしようか」
そして瞬間移動。
移動したのは《風斬》ではない。
「な・・・・・・!?」
無防備の風間に雫本人がテレポートする。後はいつも通り。左手で触れて飛ばされる。
操魔師をその場から失った《風斬》は機能停止する。操魔師自身が殺されたわけでも気を失ったわけでもないので巨兵魔器はそのままだ。操魔師が意識を失わない限り巨兵魔器は自分から母艦に戻ることはない。風間は意識を持ったままここから飛ばされただけなのだから。
立ったまま動かなくなった《風斬》を《雲霧》は蹴っ飛ばす。派手な音を立てて《風斬》は壁にぶつかった。
「雫さん!」
僕の登場に雫はいつも通りの対応を取る。
「永峰くんも僕と戦うのかい?」
「あなたの答え次第です」
僕は雫を睨みつける。
「あなたは教団に対して本当はどんな風に思っているんですか?」
「どうな風って・・・・・・それはさっき――――――」
突然の質問に流石の雫も戸惑いを見せる。
「ウソですね」
雫の言葉を遮って断言する。僕にはそうだという確信があった。
「あんたは教団に復讐しようと企んでる! 十戒や教祖を皆殺しにしないと気が済まないという顔をしている!」
「根拠は?」
「復讐や他人を殺すことを全く考えていない人間が、そんなセリフを吐きながらあんな目をする筈がないんだよ!」
雫が一瞬見せた昏い目。
僕はあの目を見たことがある。あの目は絶望に酔って何かを壊したい衝動に駆られる前兆みたいなもの。マイナスなことしか考えられない人間が見せる狂気の目。僕はそれの状態の自分を鏡越しで見ている。四年前、秋菜を失って死にたいとか壊したいとかばかり考えていた頃によく見た僕の目と雫は全く同じだ。
「僕も過去に目の前で大切な人が死んだ。すぐ隣にいたのに助けることが出来なかった! ・・・・・・その後は絶望しか残ってなかった。中学生になったばかりの僕が考える絶望なんて大したことないかもしれないけど――――――それでも、雫さんと同じ目をした経験があるんだ。その時に考えていたことは今だって忘れられない――――――あんただってそうだろう!」
人が一番よく覚えている昔の思い出は苦しかったことだ。何故なら、それは忘れたくても忘れられない辛い記憶だから。
僕も秋菜のことで何を思い出すかと言われれば、一番に思い浮かぶのは初めての海外旅行――――――着いたばかりの空港ではしゃぐ彼女が一瞬で消える時だ。良い思い出も浮かぶが、どうしてもその記憶がフラッシュバックする。
雫も全く同じとは思わないがそれと似たような想いをしているのではないか?
僕の言葉を聞いた雫は目を閉じて沈黙する。
そして、目を開く。
「大したことない、なんてことはないよ」
「え?」
「中学生に成り立ての子供が追い込まれるほどの絶望は大人の時に考える絶望よりもずっと辛いと僕は思うよ。大人は大人になる前に汚いところもたくさん見てきているからね。その点、中学生には綺麗なものばかり映るから、ショックはかなり大きかったと思う。君は僕よりも辛い中にいたのに――――――これじゃ、どっちが子供かわからないな」
苦笑しながら雫は呟く。
「認めるんですね?」
「・・・・・・ああ、僕は教団を壊滅させる。十戒と教祖をこの世から消すことでね」
雫はいつもの軽い口調で簡単に言う。
「そんなの間違ってる」
「正解も不正解もないよ。復讐に正当性なんて無いんだからね」
《雲霧》が僕の方へ斧を構える。ゴーレムもいつでも襲い掛かってきてもおかしくない雰囲気だ。
「それじゃ、何が必要なのか? それは力だよ、永峰くん。強大な力を持つ巨兵魔器と神器の世界で生き残るには嫌でも必要になる。そして、何かを証明する唯一の手段でもある」
「それでも、間違ってる」
「だったら――――――証明してみなよ!」
《雲霧》とゴーレムが僕に突進する。
僕はポケットに手を突っ込む。教団は本気で僕を勧誘出来ると思っていたのか、ポケットの中にはグリモワールが入れっぱなしだった。入っているものを確認してから叫ぶ。
「来い、《月讀》!」
グリモワールから漆黒の亡霊飛び出し、鎧を纏った巨兵と化す。
拳を握りしめて《雲霧》にぶつける。
「遅い!」
実体化したばかりの《月讀》に《雲霧》が斧を振り落とす。
それを《月讀》は右手で受け止める。強制転移させる斧をその場に留まったままその刃を握る。
「馬鹿な! どうして移動しない!?」
雫が驚愕の声で叫ぶ。
《月讀》は握っていた刃をそのまま砕く。片刃になってしまった斧を持って後退する《雲霧》。
斧の刃を砕いた右手から漏れ出すのは闇だった。
重力が集まる虚無の闇。
「重力の闇は例え巨兵魔器を飛ばせる程の力でも呑み込むことが出来る――――――」
質量がより大きな物体の周囲では空間が大きく歪み、最終的には光の速度でもってしても脱出できなくなる領域が生じる。その領域をブラックホールと呼ぶ。それに呑み込まれたものは重力崩壊のように消滅する。
「あんたの攻撃は僕には効かない!」
雫が険しい顔になり、
「これならどうだ!」
ゴーレムが腕を地面に突き立てる。
すると、《月讀》の立っていた地面からコンクリートを抜けて、否巻き込んで土が盛り上がる。それは太い腕となって《月讀》に絡みつく。
「こんなことしたって――――――!」
《月讀》の腕に闇が纏い、それで強引に引き剥がそうとする。
元は土とはいえ、両儀相剋器によって強化されたゴーレムの力は半端なく強かった。しかし、《月讀》の力も負けてはいない。少しずつだが、《月讀》に纏わりつく腕に亀裂が入る。
「そのままジッとしててね」
雫が笑う。
砕けていない方の刃を《月讀》に向けて斧を振り上げる。
雫の狙いは《月讀》の動きを止めることだった。鈍らせるだけでもいい。そうすれば《月讀》を強制転移させることが出来る。
それで、勝負は着くのだ。
「これで終わり――――――」
その瞬間、隣の少女が笑った。
「起きろ、《風斬》!」
レーメルの声と同時に風が《月讀》に直撃する。当たった風は《月讀》を縛っていたゴーレムの腕を斬り刻み、解放される。
風が飛んできた方向を見ると、操魔師を失って動けなくなっていた《風斬》が刀を抜いて立っていた。
「操魔師なしに巨兵魔器が動いた・・・・・・まさか、ミデン・エクソシストか!?」
「気づくのが遅い――――――《風斬》!」
刀片手、鞘片手に《風斬》が《雲霧》に突貫する。
だが、その行く手を再び復活したゴーレムが立ちはだかる。それを見た《風斬》は刀を鞘に納める。
「ディアンカ、そいつを押さえ込め!」
雫がゴーレムに命令を出す。
そして、《風斬》による抜刀。抜かれた刀の勢いに鋭い風を纏ったその攻撃は雫の命令が届く前にクリティカルヒットする。ゴーレムが宙を舞い、空中に浮かびながら綺麗に五等分されて落下した。
抜刀術。
レーメルと似た――――――いや、同じ剣術を使う巨兵魔器《風斬》。
人間のレーメルと違って威力も迫力も桁違いだった。
「まだやるか?」
僕の横で日本刀を抜く姿勢で構えるレーメル。《風斬》もすぐさま同じように刀を握る。
正面には《月讀》がいて、すぐ後ろには《風斬》がいる。ゴーレムは何度もやられているうえに《雲霧》の斧は半分折れて不完全だ。勝敗はやらなくても判る。
「雫さん。もうやめましょう。これ以上は――――――」
「どうして――――――」
僕の言葉を遮って雫が呟く。
「どうしてみんなして僕の邪魔をするんだっ!」
雫が突然怒気を含めた声で叫ぶ。駄々を捏ねる子供のように。
「僕はただ彼女たちを救いたいんだ! それの何が悪い!」
「彼女、たち・・・・・・?」
雫は巨兵魔器から魂を解放させたいと言っていたことから、この場合はその彼女たちの一人に入るのだろう。だけど、他は誰だ?
「僕の契約神器であるレインちゃんは失声症でね。母親を目の前で教団に殺されるところを見たせいで」
僕は言葉を失う。
失声症はストレスや心的外傷などによる原因で声を発することが出来なくなる症状だ。今でも七、八歳くらいのレインが目の前で母親が死ぬ姿を見ればショックはかなり大きいだろう。
「僕はレインちゃんの母親にお世話になっていてね。それなりに親しくしていたんだ。だから死ぬ直前に彼女の願いを叶えること――――――彼女を、《雲霧》の生贄にすることにした」
「そんな・・・・・・」
じゃあ、あの斧を持った巨人の中にはレインの母親がいるというのか?
「これ以外に方法がなかった。一分一秒を争う状態で、今にも死にそうな彼女を救うには一つしかない――――――彼女を生贄にして、魔器によって癒された体を再び外に取り出すことだ」
雫が強い意志を込めた目で僕らを睨みつける。
「彼女が《雲霧》から解放されれば、レインちゃんの声も戻る。彼女たちが救えるんだ!」
《雲霧》が淡い光を放つ。さっき以上の力が注がれているのが解る。
暴走しているのだ。抑え切れない感情が《雲霧》に流れてそれが暴走させる原因になっている。その証拠に《雲霧》が斧を全く関係ないとこに振り下ろす。何度も、何度も横に薙いだり縦に下ろしたり、と滅茶苦茶だ。
僕は雫の考えに怒りを覚える。
「ふざけるな!」
《月讀》が乱舞する斧に右手を伸ばしてそれを掴む。
「レインの母親が解放されれば声が戻る? そんな馬鹿な話があるか!」
斧を掴んだ手を通して闇が溢れる。闇が斧全体を包み込んでバキバキッと音を立てた。
「順番が間違ってる。母親を封印しているのはわけのわからない魔器だけど、レインの声はあんたが癒して治すことが出来るだろ!」
原型を留めない形で斧が地面にバラバラと落ちる。その上に《月讀》は前進する。
「どうして目の前にある大切なものから救おうとしないんだ? あんたは僕と違って取り戻すことが出来るのに!」
僕の大切な人――――――秋菜はもう帰ってこない。どんなに願っても取り戻すことは出来ない。
だが、雫にはそれが出来る。時間は掛かるかもしれないが、レインの声が出なくなった原因が精神的ショックなら、身近で生活している雫なら取り戻せる筈だ。彼はレインの母親を蘇らせることばかり考えて近くのものが見えていない。
《月讀》の拳に力を込める。闇夜よりも濃い闇が右拳に集まる。
それを《雲霧》に向かってぶつける。咄嗟に《雲霧》は腕をクロスさせて受ける。しかし、そのまま後ろの壁に叩きつけられた。受け止めた筈の腕は不自然に曲がっていて動かすことも不可能だ。
「《雲霧》!」
雫は自分の巨兵魔器の名を呼ぶが《雲霧》は動かない。正確には動こうとしているのだが立ち上がれないのだ。
「もう本当に終わりです」
「終わらないさ――――――!」
雫が瞬間移動して僕の背後に回る。そのまま僕に触れて退場させる――――――筈だった。
パシッと雫の左手首――――――共通義肢でない部分を掴む。触れる直前に僕はそれを止めた。
「え?」
雫は解らない、と言った顔をする。その腹にレーメルが鞘に納めたままの日本刀で思いっきり殴る。中学生の少女の力で加えたとは思えないくらい雫の体はバウンドして地面を転がる。
僕は最初からこれを狙っていた。風間と雫の間に割り込む前に事前にレーメルと打ち合わせをしておいたのだ。消えた雫を僕の共通義肢で予知して受け止め、そこへレーメルの一撃を決める。近接戦闘型のレーメルが僕の横にずっといたのはこれが理由だ。《風斬》を操れたことは素で驚いたが。
横になって動かない雫の元に歩み寄る。
すると、その前にレインが立ちはだかった。両腕を広げて通せん坊する。表情は読み取れないが、行かせない、と言っているように見えた。
「いいんだ、レインちゃん」
横になったまま雫がレインの手を握る。屈んで自分の顔を覗き込むレインを雫は優しく抱きしめた。
「永峰くん、君の言う通りだ」
雫は静かに言う。
「僕は焦っていたんだ。封印している魂は両儀相剋器の力で抑えているとはいえ確実に減っている。一日でも早く解放してあげたいのに教団も解放する方法も見つからない。そうだね――――――うん。こんな近くにいるのに、ずっと遠い場所ばかり僕は見ていた」
レインを抱きしめながら雫は笑う。幸せそうに、微笑む。
「一つだけ聞かせてくれるか?」
レーメルが雫に問い掛ける。
「なんだい、お嬢ちゃん?」
「貴様はその子を――――――神器をどうして使わなかったんだ? それを使っていれば少なくとも今も立っていられた筈だぞ」
レーメルの質問に雫は苦笑する。
「使わないよ。レインちゃんは道具じゃないからね。僕は神器の柄を握る必要なんてない。僕が握るのはいつだってこの子の手だ」
そういってレインの両手を握る。小さな手を包み込むように優しく触れる。
これで終わり――――――そう思って安堵する。
刹那。
ガギンッ! と鋼鉄がぶつかる音が響く。そして、同時に《月讀》と《風斬》が地面に倒れた。
「何だっ!?」
新たな攻撃!?
また教団が戻ってきたのか、と攻撃のあった方を見るとそこにはとんでもないものがいた。
「飛行型の巨兵魔器・・・・・・!?」
廃墟の上空に純白の巨兵魔器が飛んでいた。両腕の手首にある鎧の隙間から装甲と同色の鎖が伸びている。おそらくあれで《月讀》と《風斬》を倒したのだろう。更に腰には剣の鞘のようなものも装備されている。
機械の四枚羽。悪魔のような翼。その羽は《月讀》の飛行ユニットと形状が似ていた。
「誰だ貴様!」
レーメルが日本刀を構える。
《月讀》も《風斬》も起き上がる。
純白の巨兵魔器が降下して起き上がったばかりの《風斬》に鎖を飛ばす。《風斬》はそれを刀で受け止めるが、それを握る腕ごと鎖に巻きつかれてしまった。純白の巨兵魔器が自分の方へ《風斬》を引き寄せる。若干の抵抗を見せたが、《風斬》はあっさりと引っ張られる。
《風斬》が弱いのではない、純白の巨兵魔器の力はすごいのだ。
驚いたのはその左拳に闇が纏っていた。《月讀》と同じ――――――いや、《月讀》の攻撃を漆黒の闇と例えるなら、あの巨兵魔器は純白の闇だ。
それを《風斬》にぶつける。《風斬》は金属の潰れる音と共に壁まで吹き飛ばされる。緑青色の装甲にはヒビが入り、鎖が巻かれた腕も酷く割れていた。無理に動かせば腕が折れてしまう。
一分も掛からずに純白の巨兵魔器は《風斬》を《雲霧》と同じようにしてしまった。
「何者だ! 出て来い!」
レーメルが叫ぶが純白の巨兵魔器の操魔師は出て来る様子はない。これが返事と言わんばかりに純白の巨兵魔器は両腰に備えられた鞘から剣を取る。
片刃の直剣。何となく陽山の『焔迦』を連想させる。
それを構えて今度は《月讀》に突貫する。その際に純白の巨兵魔器から何かが飛び降りる影が見えた。おそらくあれがこの巨兵魔器の操魔師だろう。ずっと背中に隠れていたようだ。
レーメルがその操魔師に向かって走り出す。操魔師自身もこちらに真っ直ぐ向かっている。操魔師の顔はターバンのような布で覆われていて目しか見えない。体の形と服装から女性であることは判る。
その両手には自分の巨兵魔器と同じ剣が握られていた。
だが、剣の種類が違う。
操魔師が持っているのは抜き身の刀だ。
レーメルが最初の一撃を入れる。操魔師はそれを右手の刀で受け止め、もう片方の刀でレーメルに斬りかかる。レーメルは体を右横に体重をかけてそれを躱す。しかし、すぐに右手の刀の角度を変えてレーメルのバランスを崩す。その背中に刀の柄頭をぶつけようとするが、レーメル体が縦に回転する。地面に片手を置いて共通義肢の足でその刀を弾く。空いた片手でレーメルは操魔師を逆立ちした状態で横薙に日本刀を振るう。操魔師はそれを後方にバックして避けた。
布越しでも操魔師が苛立っているのが伝わってくる。
「《天照》!」
声色はよく分からなかったが、それが純白の巨兵魔器のことであるのは解った。
《天照》と呼ばれた巨兵魔器は《月讀》との交戦中に片手の腕をレーメルへと向ける。そして、間を置かずに鎖を発射する。どう考えても避けられる状態じゃない。
「レーメル!」
レーメルは間一髪でその鎖を日本刀で受ける。だが、鎖の勢いが強すぎてレーメルがその衝撃で吹き飛ばされる。レーメルは蹴っ飛ばしたサッカーボールのように小さくバウンドして転がった。その時に日本刀を手放してしまい、途中で地面に突き刺さる。レーメル自身も五〇メートルくらいのところで止まったが起き上がる様子がない。
「お前っ!」
激昂した僕の意志に反応して《月讀》が《天照》に向かって拳を放つ。漆黒の闇を纏った重力の拳を。
しかし、《天照》はそれをあっさり躱して《月讀》の足を引っ掛ける。情けないくらい《月讀》は大転倒する。更にその背中を《天照》が強く踏みつけた。《月讀》から嫌な音が聞こえる。
――――――ダメだ。起き上がれない。
「いくら何でもやりすぎじゃないかい?」
やっと立てるようにまで回復した雫が操魔師の女に話しかける。なんだ、この二人は知り合いなのか?
女は答えない。代わりに《天照》の手が雫の前に伸びる。
「はいはい。乗ればいいのね」
雫は呆れるように呟きながらその掌に乗る。手を繋いだレインも一緒だ。更に操魔師の女も乗り込む。
「永峰くん、今日はありがとう。お陰で随分とすっきりとしたよ。じゃ、また会おう」
そう軽く手を振る雫。
それを合図に飛び上がる《天照》。
「待って――――――勝手に行かないでくださいよ!」
上昇してどんどん離れていく。このままでは見失ってしまう。
こうなったら《月讀》で追いかけてやる、と思ったが《月讀》の背中のエンジンが動かない。どうして、と考えてハッとする。さっき《天照》が踏みつけた時に故障したのだ。もしかしたらこれが狙いで攻撃したのかもしれない。
とにかく言えるのは、
「逃げられた・・・・・・」
風間が帰ってきたのは丁度《月讀》をグリモワールに戻した時だ。
「・・・・・・どうしたんですか、会長さん?」
相手は年下とはいえ生徒会長。言葉には気をつけなければならない。
いや、それがなくてもこの状況では僕は普通に声が掛けられなかっただろう。
何故なら、
「怖かったよー」
そういって半泣き状態で風間が廃墟に入ってきたからだ。気の強そうな第一印象が大きく崩れる。
生徒会の仕事だから気を入れていただけで実はこっちが本当の風間の姿なのか? それともそれを覆すほどの恐怖が外にあったのか? ・・・・・・夜の森って確かに不気味だしな。
「馬鹿かが。夜中に一人で外に放り出されたくらいで何を泣いている」
いつの間にか起きていたレーメルが呆れたように言う。
「レーメル。無事だったのか!?」
「ああ――――――大したことはない。ちょっと頭がくらくらした程度だ」
「それならいいんだけど」
実際レーメルは制服が土塗れになっただけで外傷らしい怪我は見当たらない。あんなに派手にぶっ飛ばされたのに無傷とは、流石は神器使い、といったところか。
「いつまで泣いている。さっさと泣き止め」
そう言いながらレーメルが風間の頭を引っ叩く。
「痛いよ、レーメル」
「これぐらいで情けないぞ。男ならちゃんとしろ」
「レーメルはここにいたから解らないけど、夜の森って一人で歩くとすっごく怖いんだよ! あと、歩いてる時に腕もすっごく痛かったし! 戻ってきたら《風斬》もボロボロだし・・・・・・」
そういえば《風斬》もいつの間にか消えていた。
「それは悪かった。だけど、貴様が泣く理由には当てはまらん」
「そんなあー・・・・・・」
弱々しく風間は呟く。
レーメルが強気なのは解るが、どうして風間はこんなにもひ弱になっているんだ?
「レーメル。もうそのへんにしとき」
声と共にエセ関西弁の釘宮がこっちに近づいてくる。
「お前は流輔に甘すぎるぞ」
「あんたがきつ過ぎるんや。あの子、今は車でぐっすり眠っとるけど、顔見てきたら?」
「そうか。では、そうしよう」
「ボクの行くー」
レーメルと風間はそのまま外に出て行く。
風間、一人称まで変わってるぞ。本当に大丈夫か?
「永峰はんはいかんの?」
「僕はいいよ」
なんとかく顔を合わせずらい。それにまた傷口を大きくするようなことはしたくないし。
「それよりも聞きたいんだけど」
「何?」
「会長さんって普段からこうなの?」
あまりにも最初に登場した時と戻って来た時では性格が違いすぎる。
「そうやよ。巨兵魔器出し取る時だけ強気になる。――――――これはレーメルの影響が強く出ててな」
「レーメルの?」
そういえば口調といい、なんとなくレーメルと雰囲気が似ていたな。
「流輔くんが《風斬》を受け取った時にレーメルが扱いたんや。だから《風斬》が外に出とる時だけ気が強くなっとる。ある意味二重人格やな。この場合、暗示なのかもしれんけど」
そうなのか。
気が弱そうな風間をここまで変えるなんてレーメルは一体彼に何をしたんだ。想像するだけでゾッとする。風間が哀れになってきた。
「じゃあ、《風斬》をレーメルが操れるのは何か関係があるのか?」
「レーメルから何か聞いとる?」
溜息を吐きながら釘宮が聞き返してくる。
「・・・・・・確か自分はミデン・エクソシストだって」
「ミデン・エクソシストは操魔師だった人のことを言うんよ」
静かに、何かを思い出すように遠くを見ながら釘宮が言う。
神器使いのレーメルに付けられた共通義肢。そして、操魔師の証である共通義肢を持つレーメルには巨兵魔器がない。更に風間の不在の時に《風斬》を操ってみせた。
レーメルは元操魔師。
「レーメルは《風斬》の――――――流輔くんの前の持ち主やったんよ」
それをまた操るには色々条件がいるんやけどね、と釘宮が後付ける。
そう――――――《風斬》の攻撃方法がレーメルに似ているのではない。レーメルの剣術が《風斬》と同じなのだ。
レーメルは風間を扱いた。理由は知らないけど、おそらく巨兵魔器を失った自分と同じ目に合わせないために。
中学生の身で大切な人を亡くす苦しみは大きい。
だが、再び同じことが起こった時、僕はどうするだろう。
不意に、あの言葉が頭に蘇る。
――――――五年後にこの世界は滅びる。