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第1話:崩された現実(1)

 高校二年生なってから一ヶ月が経った。

 まだ一年以上もあるのに学校で自分の将来がどうとか担任に言われた翌日の休日にそれは届いた。

 二〇センチ程の長方形の箱。中身は高そうな万年筆やらシャーペンなどで、今からでも頑張って勉強して良い大学目指せ、という意味が込められていた。なんとも気の早い話である。それとも僕が遅いのか? 

 届いた物品は高級感溢れまくってるせいで使うのがもったいなく感じる。ウチの学校付属だから勉強しなくてもエスカレータ式に大学は入れるんだぞ、とすぐにツッコミたかったが、相変わらず住所不定の生活を続けているため連絡のしようがない。

 それはまだいい。いつものことだし。

 だが問題は他にあった。

 足元には二メートル以上の人一人余裕に入れるくらいの大きな木箱が一緒にに届けられた。

 奇妙としか言いようがない荷物に開けるのも躊躇ってしまう。釘できっちり閉められているため開けるにしても苦労しそうだ。

 どうしようか迷っていると突然木箱が揺れた。

「うわっ。なんだよこれ!?」

 もしかして動物でも入ってるのか? 

 一人暮らしの僕に気を使っての配慮のつもりならすごく迷惑だ。すぐにでも返品したい。ていうかウチのマンション、ペット飼うの禁止だろ。

 だがその考えも次の瞬間一気に吹き飛んだ。

「ちょ、そこに誰かいんでしょ!? さっさと開けなさいよ!!」

 木箱の中から女の子の甲高い声が響いた。やばい幻聴が聞こえる。

 それを否定するように木箱を内側から殴るような音がして、木片が内側からはち切れるように飛んできた。割れた箱から細い人の腕が飛び出す。その手が僕を指差し、

「何黙って見てるのよ。美少女が助けを求めてるのに無視する気?」

「はあ・・・・・・」

 偉そうに命令してきた。自分で美少女って言っちゃったよ、この子。第一、腕だけで美少女かどうかなんて分かるか。

 僕は言われるがままに木箱を解体した。

「ふぅー、やっと外の空気吸えた。・・・・・・でもちょっと空気悪いわね。折角良い天気なんだから換気しなさいよ。換気!」

 そう言って勝手に窓を全開にする。これから出かける予定だから閉めたのに勝手に開けるなよ。

 開けると同時に心地よい風が流れ込んできた。

 木箱から出てきた少女の黒いロングストレートの髪が揺れる。自称するだけあって確かに美人であった。

 腰より長い闇夜のような漆黒の髪。ほっそりとした小顔に腰はくびれ、四肢はすらりと伸びているバランスの取れた体。それでいながら胸元は大きく膨らんでいる。思わず目がそっちに行ってしまいそうだ。

 ファッション雑誌に載っているモデル並の美貌とは正反対に着ている服は変わっていた。一言でまとめると和服と洋服を合体させたような格好だ。タンクトップのような服に、袴みたいなのを前だけ今時の女子高生のように短くした形の黒いスカート。腰は帯で結ばれ、腕には和服に付いている袖丈が地面を引きずるほど伸びている。体型も隠す筈の和服に露出を含めた洋服が混じった感じだ。

「私の名前は秋名あきな未来みらい。よろしくね、永峰春幸」

 窓を背にこちらを振り向いた彼女が唐突にそう名乗った。その名を聞いて胸が締め付けられるような気がした。四年前に死んだ姉と同じ名前の名字を持つ者が目の前に現れた。そんな偶然が何故起こるのかとても不思議で――――――すごく気分が悪かった。

 よく見ると姉と面影が似ているところが――――――

(駄目だ。今生きてる人と死んだ姉を重ねるなんて最低だ)

 すぐに頭に浮かび上がった考えを振り払う。

「・・・・・・よろしく。えーと、未来さんはどうして荷物として俺の部屋に?」

 僕は敢えて名字で言うのを避けた。さん付けでもすれば納得するだろ。

「いやーね! さん付けなんてしなくてもいいわよ、ハルユキ」

 何故こんなにテンション高いんだ、この人。

「私はあなたのお兄さんに頼まれたモノを届けにきたの」

「兄貴・・・・・・」

 僕にはいくらか年の離れた兄がいる。本当の両親を事故で亡くして二人きりになった僕らは頼る親戚がなかったため孤児院の施設に入った。それから一週間もしない内に兄貴は忽然と姿を消した。

 その後今の永峰家に僕は引き取られたが兄貴とはそれ以来一度も会っていない。

 今更その兄貴が出てきたところで僕は何とも思わない。別れたのはあまり記憶にない小さな時だし、会えたら嬉しいとか今更何の用だと怒る感情すら兄貴に対して残っていないのだ。顔も忘れたし。

 それよりも――――――

「どうして君が箱詰めになってここに?」

「お金が無くてさ。パスポートも作れないし、これくらいしかここに来る方法が思いつかなかったのよ」

 あはは、と照れるように告げた。それ犯罪だろ。何故そんな余裕なんだ。この密入国者は。

 えてそのことは無視して、

「君が入ってたこの箱。しっかりと釘で留めてあったけど、もしかしてそれは兄貴が・・・・・・?」

「ち、違うわよ! 私は人が良さそうなおじいちゃん捕まえて頼んだのよ」

 ミライが慌てて答える。人が良いおじいちゃんは女の子を箱詰めにして国外に流しません。

 そこも軽くスルーして、

「兄貴が僕に渡したいモノってのは・・・・・・君とか言わないよね?」

 行方不明の兄貴が僕に渡したいのが箱詰めにされた密入国者だとしたら流石に嫌だ。すぐにでも返品を要求する。

「それも違う! これよ、これ!」

 彼女が顔を赤面しながら袖口に手を引っ込めてそこから小箱を取り出した。

 小箱は贈り物に使うような宝石や婚約指輪が入ってそうなものだった。特に装飾はされていないが、箱を見ただけで中身が大切なものだと伝わってくる。

「宝石箱・・・・・・?」

「違う――――――いや、ある意味そうかね」

 ミライがからかうように微笑む。

「あなたのお兄さん――――――真堵まさとさんは『その目が視る未来を進め』って言ってたわよ」

 そう箱を僕に放って言う。

 僕は一瞬ドキッとするが、まさかな、と箱を受け取って無意識に右目に手を当てる。

 僕の右目は四年前の事故で義眼が埋め込まれている。よく見ないと判らないくらいよく出来た義眼は普通とは違っていた。しかし、このことは誰にも話したことはないので兄貴が知っている筈がない。

「どういう意味だよ」

「知らない。考えもなく箱開けるなってことじゃない?」

「すごく適当だな」

「仕方ないでしょ。本当に知らないんだから。でも、これだけは言える」

 ミライは真剣な目で告げる。

「これですべて揃った。後はあなたが選択するだけよ、ハルユキ」




 言うだけ言ってミライは部屋を出て行った。開ける気になったら呼んでねー、とか言っていたがミライの連絡先なんて知らないし、あんな言い方されたら開けるのがなんとなく怖くなった。

 行方不明の兄にその使い。残された小箱。朝から散々だ。

 身支度を済ませ、渡された小箱を適当に鞄に放り込む。僕は面倒なことを押し付けられた気分で学校に向かった。

 ミライの置いていった木箱はすぐには処分できないので帰ってきてから細かく切って燃えるゴミとして出すことにした。人一人入るには十分な大きさだったが、奇妙なことに中身の半分以上に布が敷き詰められていた。人が安静に眠れるような物ではなく、何か骨董品こっとうひんのような物を大事に仕舞う用に敷かれているみたいに布は固定されていた。それだけでなく真ん中には細い溝が掘ってあるだけで、とても人が入れるサイズとは思えなかった。

 どうやって入ってたのか気にはなったがすぐにやめた。考えたところで何か得することがあるわけでもないので、適当に部屋の端に放置してきた。大方、手品の道具みたいに聞いたら相当くだらないタネでした、ってオチに決まってる。

 傍迷惑な兄貴の荷物のせいで予定より三〇分も家を出るのが遅れてしまった。

 僕の通う修山しゅうざん学園は初等部から大学院まである付属の学校である。

 一応進学校となっているが学業を特に熱を入れているわけではなく、自己の自主性を尊重した方針で進めている。つまり頑張るヤツはそれなりに評価されるが、やる気のないヤツなど知らん、といった放任主義に近い教育方法だ。学校として大丈夫かと思うところだが、実際に結果を出す者は全国の上位に何人か上がっていたりする。

 結果を出してる生徒の中には既に大学生に交じって何らかの研究に参加している連中もいる程だ。噂では高校生で研究室の一室を与えられた天才もいるとか。

 学校の施設もかなり充実していて、並大抵の大学とは比べ物にならないくらい大きい。

 何故ならこの学校は山一つが学園なのだ。その規模を利用してあらゆる分野の研究施設を備えているため、態々外の研究グループが研究室を借りにくることもあるらしい。

 更に年々有名人やら一流企業、スポーツ選手など多くの分野の有能人物を生み出しているとかで、様々なところから支持を受けている。それを聞くと入学の偏差値も高そうなイメージがあるが、実際はそこらのバカ学校と呼ばれているところとあまり大差ない。つまり入学してから結果を出してくれればいいということなのだ。

 先輩に聞いた話によると、最悪な結果だとしても卒業はさせてもらえるらしい。さっさと出て行け、という意味で。

 僕は校門を潜ると真っ直ぐに目的の場所へと向かう。

 休日なのに校庭には多くの学生の姿が見えた。その殆どが私服の大学生とジャージや体操服姿の部活の学生で占めているため、学校と解っていても制服姿の自分が浮いているようで少し恥ずかしい。

 修山学園は規模が規模だけにそこは一つの街と言ってもいいくらい広い。それに並ぶ建物も一つ一つ立派で、その数もまたすごいものだ。

 僕はそれらの施設から離れ、人気が薄い道を進む。

 それから数分歩いた後、目的地が見えてきた。

 二階建ての木造建築。廃墟と間違えられても仕方がないくらい古い。一応ここは部室棟となっているのだが人気はなく、使っているのはウチの部活だけだ。代わりに不気味な雰囲気はバンバン出している。夜中にここに来ればいい心霊スポットになりそうだ。

 そこから制服姿の女の子が出てきた。僕を見つけるなり、主人を見つけた子犬のように手を振って走ってくる。中等部からの同級生の安藤あんどうしおりだ。同い年だが、低い背と童顔からどうしても年下に見えてしまう。

「おはよー、ハル!」

 朝からやけにテンションの高い声に僕は安心感を与えられる。それだけ今朝の出来事はショックは大き過ぎた。

「もう、遅いよ! 皆待ってるんだよ」

 そう言いながらもすごく楽しそうだ。

「おはよう・・・・・・今日は何人来てるんだ?」

「私といつもの二人だよ」

 またか、と呟くと栞がクスクス笑う。

「元々少ないんだから仕方ないよ。部長はいつも通りだし、高津原たかつはら先輩も相変わらず連絡取れないし。だからハルが休んだらもっと少なくなるよ」

「それはそうだけどさ」

 僕は歴史学部という部活に入部している。僕を含めて五人しかいない弱小部活だ。

 外に出て行った栞と別れて部室に入る。

「遅いぞ、ハル。突然美人の来訪でもあったか?」

 傷んだドアを開けるなり僕に気づいた沢崎さわさき和真かずまが声を掛けてきた。なんというか、感のいい男である。だが、来訪ではなく箱詰めにされた美女が届いたとは流石に言えなかった。

「そんなわけないだろ」

「お前が理由もなしに遅刻するわけないだろ。何があったのか話してみろって」

 長年友人をやってるだけあって僕のこともよく知っている。どう逃げるか僕は正直焦った。

「あ、あのー」

 横から控えめの声が僕の耳に届いた。

 声の方を向くと何冊もの本を抱えた長い髪を後ろに結んで垂らしている女の子がいた。メガネを掛けて本でも読んでいれば文学少女と通ってしまいそうなほど本と合っている。今朝会ったミライと負けないくらいの清楚せいそで美人――――――陽山ひやま沙月さつきだ。

「永峰くん・・・・・・おはよう」

 ギクシャクしたような緊張したような挨拶をする陽山。始めて会った時からこんな感じなので普通に対応する。

「おはよう、陽山。それ重くない? 運ぶの手伝うよ」

「だ、大丈夫です。・・・・・・ありがとう」

 そう言って走って奥の部屋に消えてしまう。結構重そうな量なのによく走れるなと僕は素直に関心してしまう。

「ハルってホント幸せだよな」

「なんだよいきなり」

 僕と陽山のやり取りを見て沢崎が呟く。あいさつくらいでなんだよ。沢崎だって会う度にするだろうに。

「解らないならいいさ。掴み損なわないことを祈るぜ、親友」

 訳の解らないことを言って沢崎も奥の部屋へと消えていった。

 なんだよそれ。




 今日歴史学部に集まったのは部室を掃除するためだ。

 年々増える歴史関係の本の整理と溜まりに溜まったホコリの処理をたった三人でするのは正直辛い。書庫となっているところはそれなりに整理はされているがホコリがひどい。普段使う部屋のスペースに置かれた本は適当に棚に詰め込まれたり机の上に放置と最悪だ。

 二人が書庫の方へ行ってしまったので僕は普段使うスペースを一人で掃除することにした。栞が戻ってくることを期待したが、どうやら部活に言ってしまったらしい。栞はたまにここに顔を出しに来るが部活は別なのだ。

 遅れて来た分しっかり働こうと普段使う部室の棚の整理を始める。

 古い建物ということもあって汚れがひどい。思ったよりもうまく掃除が進まない。狭い部屋に押し込まれたような本の山は整理するだけで苦労する。

 時計を見ると既に正午を回っていた。腹も空いてきたし、残りの二人はどうしてるのか書庫を覘いてみる。

 書庫の中を見た時僕は唖然とした。

 すぐに目に入ったのは沢崎。床に座り込んで本を読みふけている。まあ、それはいい。僕だって自分の部屋を掃除してる内に昔のアルバムとかを見つけたら見ちゃうし。しかし、沢崎の周りには読んだであろう本が複数積み上げられていた。近くから抜き取ったであろう本の隙間も見える。沢崎の肩や背中にホコリがついているが本人はそれに気づかないほど本に夢中だったらしい。

 陽山といえば隅の棚で立ち読みしていた。棚に中途半端に拭かれた雑巾が置いてあることから、今手にしている本を拭いてる最中に発見して沢崎と同じ理由で読みふけてしまったのだろう。

 パッと見ただけでも二人とも全く掃除が進行していないのが判る。奥に入ってからずっと本読んでたの君達?

 僕は溜息をついた。するとその肩を後ろから軽く叩かれた。

「こらこら、溜息ばかりついてると幸せが逃げてしまうわよ」

「あ、部長」

 振り返ると、歴史学部部長の倉嶋くらしま由貴美ゆきみがいた。身長が僕と同じくらいの大学二年生。整った顔立ちだが、眠た気な顔のせいで台無しだ。人前に出る前に顔を洗えばいいのに。根は真面目なのだが、どうしても朝は弱いのだ。

 ちなみにこの建物の二階の一室を占領してそこに下宿している。ちゃんと学校から許可が下りているから不思議だ。

「あの二人は相変わらずね」

「そうですね」

「起きてきたということは部長も掃除を手伝ってくれるんですか?」

「ごめんなさい。私は午後から教職の専門講義があるから」

 この先輩は教師を目指している。実にいいことなのだが、そのせいで部活にはあまり参加しない。こうして外出時に会うくらいである。まあ、いたとしても特にやることなんてないんだけどね。

「そうですか。折角の休みなのに大変ですね。頑張ってください」

「ありがとう。部室の掃除よろしくね」

 そういって床に置いてあったバケツを蹴飛ばす。中に入っていた水が床に広がる。

「あ・・・・・・」

 更にそれに驚いた倉嶋部長は机に激突する。その衝撃で机に積み上げられていた本が床にボトボトと落ちる。僕は慌てて水に濡れないように拾う。その際に頭を机の角にぶつけた。すごく痛い。

「っ・・・・・・」

「ごめんなさい! 大丈夫!?」

「大丈夫ですから。部長は講義に行ってください」

「でも・・・・・・」

「いいからいいから」

 僕は追い出すように部長を見送った。

 あの人は仕事は完璧にこなすし頭もいいのだが、寝ぼけているととことんドンくさい。目が覚めてからもしばらくはあんな状態だからやっかいだ。

 見送ってから部屋を見渡す。折角掃除したのにまたやり直さなければならない。

 僕は溜息をつく。幸せが逃げると部長は言ったが、そうしなければやっていけないのだ。

 そしてこれだけ騒いでも沢崎と陽山はこちらに気づくこともなく黙々と本を読んでいる。

「はぁ・・・・・・」

 僕は深い深い溜息をついた。

 その数時間後に更に辛い目に合うことなど、この時の僕には想像も出来なかった。

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